二部 第三話
久しぶりにあの夢を見た。
村が燃え、その中を必死に逃げ惑う僕。そしてようやく掴み取った一つの手。
最後に映るのは決まって黒い鎧を纏った剣士であり、僕がクリスタルを暴走させているところを兄さんに救われることで終わる。
「……っ!」
なんだかんだ言ってこの夢がトラウマになっている僕は、これを見ると決まって汗だくで目を覚ます。
汗を吸い取って気持ちの悪い肌着に辟易しながらも、僕は今までとは違うことに思考を向けていた。
(あの時……本当は何が起こった? 僕の記憶が確かなら、村を襲ったのは黒い剣士ただ一人。対して村の規模は小さいながらもそれなりに人はいた。……何かがおかしい)
抵抗したのか逃げ出したのか、それは今となってはわからないが、村人全員が逃げていたなら生き残りが僕たちだけというのもおかしい。ああいった時、真っ先に死ぬのが子供なのだから。
ここで考えるべきは剣士の能力だ。僕が兄さんの旅についていけば、遠からず奴とは対峙する。その際、推測でも何でもいいからある程度動きが読めれば格段に動きやすくなる。
昨日のうちに確認しておいたことで、ヤマト兄さんも奴も魔法の才能はからっきしらしい。魔法で村を焼いた線は自然と消える。
問題は全容を把握できない月断流の技だ。剣技ならまだ何とか予測もできるが、兄さんの言っている天技という原理不明(使い手である兄さんたちもわからないらしい。ただ、やればできるとのこと)の技である可能性も否めないのが痛い。
……天技って本当に何だろう。純粋な剣技だけで次元を断ったなんて言われたら魔導士の商売がほとんど上がったりだ。
とにかくあれに関しては考えないようにしよう。燃やすような技があれば兄さんが教えてくれるだろうし。
そうすると考えられるのは必然的に奴が持ち出したとされる剣の能力になるのだが……、ただの発火だけか?
おそらく答えは否。発火することしかできないような剣が大切に保管されるわけがない。他の効果の副作用と考えるのが適切だ。
「……ん、エクセ? もう目が覚めたのか? 早いな」
そこまで考えたところで、寝ずの番をしていた兄さんが声をかけてくる。
「これ、見ればわかるでしょ」
兄さんに僕の汗だくとなっている額や体に張り付く肌着を見せると、兄さんはすぐに察知して気まずそうな顔をする。
「その……悪かったな。オレが話したせいか?」
「少しはあるだろうけど、結局は僕のせいだから気にしないで。それと兄さん、本当に弟さんが使っていた剣の能力はわからないの?」
兄さんの首は力なく横に振られる。やはり本当にわからないようだ。
「……兄さん。兄さんには悪いかもしれないけど、僕は兄さんに説得させる時間すら与えずに殺すつもりだよ。正直、対峙した時に理性を保てるかどうかすら危うい」
「わかってる。オレも今さらそんなことは言わない。あいつはそれだけやっちゃいけないことをやったし、オレがかばったところでお前はオレごと殺すだろう?」
「…………」
否定はしない。僕にとって村の記憶は薄れていると言っても、奴への憎しみが消えたわけではない。いや、むしろ憎しみに関してはニーナより強いと断言できる。
おぼろげにしか覚えていない村を焼き払い、両親含めた村人を惨殺したのも憎しみの一因にある。それに――
僕から故郷の記憶を奪った憎しみが非常に強く残っている。
トラウマになってしまっている以上、仕方ないとも言える。だが、そんな言葉でどうにかなるほど軽いものではないのだ。
それにあの村にはきっと両親との思い出もあっただろうし、楽しい思い出だってあったはずなのだ。それを奴は……。
「落ち着けエクセ。今のお前は旅に連れ出したばかりのお前に似てるぞ」
「…………」
ギリっ、と奥歯を強く噛み締めることで暴れ出しそうな感情を抑えつける。兄さんの言う通りだ。今の僕は自分から見ても明らかなほど冷静さを欠いている。
「……ごめん。大丈夫……大丈夫だから……。少しすれば落ち着く」
「……そうか」
それっきり兄さんも黙ってしまい、僕たちはお互いに黙ったままそこに佇んだ。
朝食も終えるとさすがに僕の心も落ち着きを取り戻し、ニーナに気まずい思いをさせることはなくなった。
「兄さん、エクセを迎えに来たはいいけどこれからどこ行くの? あたしも知らないんだけど」
ニーナが今後の予定を聞いてくる。そういえば、僕がいない間に二人はどこを旅していたのだろう。全然聞いてないや。
「んー……、正直手詰まり感も強いんだよな……。今まで通り近くの街や村に寄って情報収集とその日稼ぎの仕事を請け負うくらいだ。方針としては」
それって僕がいた頃とほとんど変わりないじゃないか。……だったら僕の頼みも聞いてもらえるのでは?
「ねえ、二人とも。兄さんたちが来た時に僕が意識を失ってた原因って知ってる?」
「うん? 確か急激な魔力の放出だろ? それがどうかしたのか?」
兄さんはなんてことのないように言うが、それを行った理由が明らかにされていない。
「……あれ? 兄さん、エクセがそんな自分の体に毒なほどの魔力放出を行う時ってかなり限られてない?」
お、ニーナが鋭い。
「ニーナの言う通りなんだよ。僕はあそこでかなり大規模な事件に巻き込まれてた。僕が負けてたら世界が滅んでもおかしくないほどのやつに」
「おいおい、そんな事件がほいほい転がってたら世の中とっくに滅んでるって」
兄さんが呆れたような顔をするが、気持ちはわかる。僕だってあれがそんなに大きな事件であるとは思っていなかった。
「本当なんだよ。ティアマトの地下に魔法陣があったんだけど、あれが起点になって世界中に点在する魔法陣が起動するらしいんだ。おまけにその効果は範囲内の生物から魔力を根こそぎ奪う……らしい」
敵の発言のため、全て真実だとすれば悪夢のような効果だ。信じたくはないが、無視できる内容でもない。
「……エゲツない代物だな。おまけに全部が全部デタラメってわけでもないんだろ?」
「うん……。少なくともティアマトはそれのおかげで街の機能が死にかけたし、それらしき魔法陣があるのは事実だよ。あと、僕の体が狙われてる」
今の今まで忘れていたが、そういえば僕は狙われているんだった。それも国絡みで。
「はぁ!? 先に言えよそういうことは!」
兄さんが非難の声を上げるが、ごもっともとしか言えない。これに関しては失念していた僕のミスだ。
「ゴメン。一度しか襲われなかったし、規模も小さかったからすっかり忘れていた」
あの街であった騒動の規模から言わせてもらえばかなり小さい方だ。
……おかしいな。結構大変な思いをした気がするのに、詳細が思い出せない。何で犯人は裏切ろうとしたんだっけ?
「はぁ……。時々、お前が大物な気がするよ……」
兄さんは僕がその情報を特に危機感も持たずに話している姿に、呆れを隠せないような視線をした。
「あはは、褒めないでよ」
「褒めてないわよ。呆れ果ててるだけ」
ニーナの突っ込みが胸に痛い。僕だって冗談でやったから突っ込みがあるのは嬉しいけど、ちょっと冷た過ぎる。
「で、どこに狙われてんだ?」
「アインス帝国」
「……え? シャレ?」
僕がサラッと言ったことに反応したのはニーナだった。しかも兄さんまで冷や汗をかいている。
「……? 二人とも、どうかしたの?」
「お前こそどうしたんだよ! アインス帝国なんて言ったら、機械文明で栄えている大国だぞ! そんなところに狙われてたのか!?」
「うん……、どうもクリスタルを動力にするらしいよ」
機械文明と言っても根本的な部分では魔力依存だ。僕の底知らずな魔力は連中にしてみれば喉から手が出るほど欲しいだろう。
「なるほど……、それなら狙われるのも納得が行く。そっちも問題なんだな……。お前、どれだけ問題抱えてるんだ?」
僕に言わないでほしい。僕だって好き好んで狙われているわけでもないし、魔法陣のことを知ったのは完璧に偶然だ。
「そんなの知らないよ。僕だって頭が痛い問題なんだ。……とにかく、行き先に当てがないなら僕の都合を優先してもいいかな?」
二人の話を聞く限り、兄さんの弟を探す旅にも情報がなくなりかけているのは確かだ。ならば僕の方を先に終わらせてほしかった。
「ん、構わないぞ。どうせ行く当てのない旅になってたし、お前の言ってる魔法陣ってのも気にかかる。それにアインス帝国の方も何とかしなきゃならない……。……まったく、お前と一緒にいると退屈しないな」
それは聞き捨てならないセリフだった。まるで人をトラブルメーカーみたいに。
「失礼な! 行く先々で女絡みのトラブルに巻き込まれてるのはどこの誰さ!」
それに行く先々で女性のトラブルに出会える兄さんの女運にも驚きだよ。良いんだか悪いんだかまったく判断がつかない。
「何だと! オレだって好きで巻き込まれてるわけじゃねえよ! それに目の前で困ってる人がいたら助けるのが人の常識だろ!」
それがどうして女性ばかりなのかを小一時間は問い詰めたいところだ。
「何度も何度も自分たちの前にばかり困っている人が現れればいい加減怪しいと思うよ! 放っておけないのはわかるけど、明らかに自業自得な人も混ざっていたじゃん!」
女の人に騙され、その街を牛耳っているヤクザと全面戦争する羽目になったのは思い出したくもない思い出だ。
「うっ……、でもさあ! 可哀相だとは思わないのか!? この鬼畜!」
「思わないね。自業自得の人間にかける憐れみは一欠片も持ってない」
それが本当に運が悪いだけだったら助けるのもやぶさかではないが、どう見ても自分のせいだと思う人間を助けてやるほどお人好しにもなれない。
……そう考えると兄さんってつくづくお人好しなんだな、と思ってしまう。
無論、僕もニーナも兄さんのこう言った部分は大好きだ。兄さんがお人好しでなければ僕たちはあの日に死んでいるし、救われなかった人が大勢いたことだろう。
だからこうして怒る反面、仕方ないなと苦笑する気持ちも存在するのだ。誰でも信じられるのは兄さんの美徳だろうし。
「……だが! オレはそれでも人を助けるのをやめない!」
「誰がやめろなんて言ったのさ。……もう止めないよ。ただ、疑わない兄さんがいるのなら、僕は存分に疑わせてもらうよ」
これだけは譲れない。兄さんが人を信じるのなら、僕は疑う。兄さんが絶対の信頼を寄せても、僕は絶対の懐疑を持って人に接する。
「無駄だと思うけどね。なんだかんだ言ってエクセも人は信じちゃうから。あと……」
僕の発言をニーナは鼻で笑い、握り拳を作った。
「朝っぱらからうるさいのよ! 人が寝てる時に!」
僕と兄さんの話はニーナにぶん殴られることによって終わりとなった。
……ニーナ、いくらうるさかったからって鳩尾を全力はひどいと思うんだ。
テスト間近なため、結構色々とヤバいです。おまけに書き溜めも以前の故障騒ぎでほとんど使い切ってしまいました……。そのため、少し途切れる可能性もあります。ご了承ください。