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二部 第二話

 夕食後、兄さんはまだ話すのを迷っているような素振りを見せた。まだ迷うような理由があるのだろうか……。


「あの、」


「気にしないでいいわよ。兄さん、あたしに話そうとした時もこうだったから。肝心な部分への踏ん切りがすぐにつかないのよ」


 不安に思った僕が何か言おうとしたのだが、何か言う前にニーナに制されてしまう。なるほど、確かに僕も自分が絶対言わないって決めていたことを誰かに話すのは気が進まない。


「……悪いなエクセ。これはオレの、言うなれば兄弟喧嘩に近いんだ。正直話すのは今でも気が進まない」


 それよりも僕は兄さんに兄弟がいたことが驚きなんだが。五年間も黙り続けた兄さんの口の堅さには閉口せざるを得ない。


 ……ん? そう考えれば、兄さんは最低でも七年ほど誰かを探しているということで……。


「あのさ、話の腰を折るようで申し訳ないけど……。兄さんって今何歳?」


 少なくとも僕が村から連れ出された時にはすでに成人していたのは間違いない。だけど、そういえば兄さんの年齢って聞いたことがない気がする。


「あ、あたしも知らないわね。兄さんが嫌じゃなければ教えてくれない?」


「うん? 言ってなかったか? 三十二歳だぞ」


「……ウソ?」


 見た目が僕たちと大して変わらないように見えるんだけど。いくら七年経っていても、せいぜい二十代後半だと思っていた。


「ウソなんてついても意味がないだろ。本当だ」


「……………………シャレにならない」


 どこまで若作りしてるんだ。並んだら僕よりも少し年上の人にしか見えないぞ。


「あたしも驚いたわ。まさかそこまで年齢差あるなんて……。あ、ごめんね? 話をそらして」


「いや、別に気にしなくていいさ。どうせいつかバレることだ」


 たぶん、聞かなかったら永遠にバレなかったと思う。僕だって知りたいと思ったのは偶然で、聞かなければ兄さんの年齢はずっと二十代後半だと思っていたはずだ。


「話を戻してだな……。エクセ、最終確認だ。十中八九聞いたらお前は首を突っ込んでくる。でもハッキリ言ってキツイ道だ。ひょっとしたらオレより強い奴に一人で挑まないといけない時もあるかもしれない」


「くどいよ。僕はもう決めた。一度決めたことは覆さない。兄さんの教えだよ」


 それに兄さんより強くてもやりようはいくらでもある。勝利条件が違えば目的達成のみを目指せばいいのだし、殺すつもりで戦えばどうにでもなる。遠距離から究極魔法連発とか。


「ふふ……、あたしたちがこうなったのって誰のせいかしら? エクセは聞くまでもないわよね」


「当然」


 兄さんに育てられた僕たちが兄さんと似ない理由がない。それに言っていることじゃないか。


「自分で決める。そして決めたことには最後まで責任を取る。僕だって伊達に修羅場をくぐってない。兄さんは僕たちを巻き込んだんじゃない。僕が自分から渦中に飛び込むんだ」


 というか、ティアマトにいたことで旅していた頃よりもさらに密度の濃い修羅場を何度か経験した。ロゼと一緒にいるとなぜかやたらと強力なモンスターと出くわしてしまうのだ。


 ……もうね、あれはぶっちゃけ何か疫病神か何かに憑かれてるんじゃないかとしか思えないね。無論、気のせいだと自分に言い聞かせてごまかしていたけど。


「はぁ……、育て方間違えたかな……」


 兄さんはどこか満足気なため息を空に向かって吐き出し、僕たちの――いや、厳密には僕の方へ向き直った。


「ニーナは休んでてもいいぞ。今日の見張りはオレがやる予定だし、この話はもうお前にはしているはずだしな」


「そう? じゃああたしはこの辺の散策をしてくるわ。なーんか、嫌な予感がするし……」


 ニーナの言葉で僕と兄さんの警戒レベルが高まる。この中で索敵に最も長けているのはニーナなのだ。そのニーナの嫌な予感は無視できない。ひょっとしたら近くに敵がいるのかもしれない。


「一応、確認も兼ねて見てくるわね。何かあったらすぐ戻ってくるから。あたしの隠密技能はわかってるでしょ?」


「ああ。そうだエクセは知らなかったな。この二年でニーナも腕を上げたんだぞ。平たく言えば目の前にいるのに知覚できないレベル」


「ニーナも順調に人の道を外れてるよね」


 もしかしなくても兄さん以上だろう。兄さんの場合、卓越した剣の才能があるだけで世界最強の剣士というわけではないらしいし。


 僕? 僕の場合は先天的に持って生まれたものだから、あまり誇れるものではない。それにおかげで他の才能が全部持っていかれてしまった。


「あんたに言われたくないわよ。それじゃ、ちょっと行ってくるわね」


 ベーと舌を出しながらニーナは僕の前から姿を消した。


 ……あれ? ニーナって僕の目でも追えないほど早かったっけ?


「気配を消しただけだ。よく見ろ。探せば必ず見つかる」


「……いや、いないでしょ」


 全然わからん。でも、とりあえず隠密状態にあることだけは理解した。そう考えないといけないと自分に言い聞かせておく。


「まあ、ニーナに任せておけばこっちは警戒しなくてもいいだろう。話すか。オレが旅してる事情。そして目的を……」


「……うん」


 神妙な顔をしてうなずくと、兄さんは語り始めた。十年前から続く兄弟喧嘩の話を……。






「まず、探しているのはオレの弟だ。一年離れのな」


「はぁ……」


 身内の話だとは言っていたが、まさか弟がいるとは思ってなかった。


「細かい動機などはオレもわからないから省くが……、大まかに言ってしまえばそいつはウチの月断流(りゅうは)においてやっちゃいけないことをやったんだ。そして行方をくらまして今に至る」


「そっか……。ところでその人が破った禁忌って何?」


 推察だが、兄さんの流派は殺し合い前提の流派だ。ならば人を殺して悪いということはあるまい。正当防衛である限り。


「剣だ。道場が大切に保管していた剣を奪って逃げた。その際に何人か門弟を殺している」


「剣、ねえ……」


 たかが剣、と言いたいところだが剣士にとって剣は命だろう。魔導士の間でだって魔法書を巡って殺し合いがあったという話もザラに聞く。


「そう。剣だ。オレが今使ってる刀――波切(なぎり)よりも数段上の代物らしい。遥か昔に失われた技術も使われているからな。ブラックボックスもいいとこだ」


「えっと……なんか古文書に書かれてあったりしなかったの?」


「要領を得ないんだよ。ウチの師範とかと頭悩ませたんだが、まったくわからなかった。ただ、オレは以前見たことがあるんだが……あれはヤバい。見ただけで全身の感覚が粟立つなんて初めてだった」


 兄さんがそこまで言うということは相当ヤバい代物であることは疑いようがない。兄さんの五感の鋭さは折り紙付きだ。


「それに弟の不始末は兄が付けるのが筋だ……。だからオレは故郷を離れて弟を追いかける旅に出た……。それが十年前の話になる」


「なるほど……」


 しかし、それだけなら話しても別に問題がない気がする。むしろ特徴だけでも教えておけば万が一出会った時でも素早く逃げることができるのに。


「何でたったそれだけの情報を今まで出し渋っていたのか、って聞きたそうな顔してるな。当然だ。オレだってこのくらいの情報、酒場とかで情報収集する際にペラペラ話していることだ。……問題はここからなんだよ」


 兄さんは本当に苦悩している様子が垣間見える顔で、僕の方を見る。


「まず断っておく。取り乱すな、とは言わない。けど絶対に感情を昂らせるな。危険性はお前が一番わかってるはずだ」


 取り乱す危険性なんて僕が一番良くわかっている。感情の昂ぶり一つでクリスタルを生成してしまう僕である以上、感情のコントロールはかなりの精度で行える。


「へ? うん……」


 元来、僕は基本的に感情の起伏が少ない。そのため、感情の針が大きく振れることなんて滅多にないんけど……。




「オレの弟は……お前の村を滅ぼした張本人だ」




 しかし、兄さんの告げた言葉はそんな僕の余裕を粉々に打ち砕くほどの威力を秘めていた。


「な……っ!」


 腹の底がザワザワと騒ぎ、一瞬で頭に血が上る。激昂した感情に引きずられるように空気中に粒子状のクリスタルがいくらかでき始めた。


 フラッシュバックのように脳裏によぎる光景はただ一つ。殺しても殺し足りない全身黒の鎧に身を包んだ剣士の姿。


 あいつが……、あいつが……!!


「落ち着け! お前が落ち着かないとこれ以上の話ができない!」


「…………」


 兄さんに強い声で諭され、僕は額に手を当てて深呼吸を繰り返す。


 そうだ、落ち着け。僕はまだマシな方なんだ。命はあるし、あの日の記憶はほとんど残っていない。


 もっとキツイのはニーナのはずだ。ニーナは僕と違って村で過ごした記憶もあるらしいし、何より彼女が事実を知ったのは僕より一年も早いのだ。


「……ゴメン」


 しばらく深呼吸を続けると意識も落ち着きを取り戻し、僕の周囲でフワフワと停滞していたクリスタルも地面に落ちた。


「大丈夫だ。ニーナに話した時も似たような行動を取られたしな。……もっとも、お前みたいに感情を昂らせるだけで被害が出るような行動はしなかったけど」


「うっ……」


 仕方ないじゃないか。僕はこういう体質なのだから。


「んで、落ち着いたか?」


「うん。もう大丈夫。……んで、どういうこと? 時と場合によっては兄さんと敵対するかもしれないよ」


 もし、兄さんが弟さんを連れて帰る、なんて言ったら僕はそれを許容できないだろう。本人と対峙したら、それこそ兄さんを戦闘不能にしてでもそいつを殺そうとするはずだ。


 感情の起伏は少ないが、その分本気でキレると何をしでかすか僕でもわからないのだ。


「安心しろ。オレももうあいつを擁護するつもりはない。そりゃ、村が滅ぼされるまではそうだったが……。あいつはオレの知ってる奴じゃなくなってる……」


「そう、なんだ……」


 言われて思い出したが、話の焦点は兄さんの弟なのだ。苦悩するところはあるのだろう。


「七年前、オレはようやく弟の手がかりを見つけたと思って喜び勇んでお前たちの暮らしていた村に向かった。まあ、結果は見えているだろうが……そういうことだ」


 それがあの日、僕たちの村が黒い鎧に身を包んだ剣士に滅ぼされた時か。助かったのは僕とニーナだけの凄惨極まりない――しかしありふれた災害だ。


 僕たちの暮らしていた村が地図にも乗らない小さなものであることが証拠となる。ぶっちゃけるとちょっと強いモンスターや盗賊が来ればあっさり壊滅するほどだ。


 でも、もうおぼろげにしか覚えていないがあそこでの生活は幸せだった。それを破壊したあいつを放置することは絶対にできない。


「あの日、お前たちを拾ってオレはあいつを連れて帰る望みを絶って、一時的に旅のペースを緩めることにしたんだ。お前たちを立派に育てたかった。……弟が間違った道に入ってしまったからな。色々と思うところがあったってわけだ」


 大方、僕たちをちゃんと育てることによって自分の心の安定を取り戻そうとしたのだろう。肉親に裏切られた時の気持ちはわからないが、大きな絶望があることは想像に難くない。


 無論のことだが、どうこう言うつもりはない。兄さんにどんな思惑があろうと、僕とニーナを救ってくれたのは事実で、僕たちはそれに感謝している。ならば十分だ。


「ここまで話せばわかるだろうが、今のオレの目的は――」


 兄さんはそこで一旦言葉を切り、近くにかけておいた刀を手に取り、




「――弟を殺すことだ」




 戻す手すら見えなかった抜刀術で、そこにある空気を切り裂いた。

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