一部 最終話
僕が正門に到着すると、すでに兄さんとニーナ、それにディアナとロゼが待っていた。
「……僕が最後?」
おかしいな。これでもかなり早く集まった方なんだけど。
「オレとニーナは単純に習性だ。たぶん、お前が起きたちょっとあとには目が覚めてたと思うぜ?」
うん、まあこの二人はいいんだ。僕がいない間も旅していたんだし、早く起きるのも当然理解できる。
「何でロゼとディアナまで……?」
僕、この二人に正確な時間を教えただろうか。割とあいまいなままだったはずだけど。
「……いつなのかわからなかったから、三時間前ぐらいからここで待っていた」
「同じく! ですわ」
「エクセ……、とりあえず謝っとけ。これはオレたちが全面的に悪い」
兄さんの言葉が全面的に正しいと僕は心の底から思った。ディアナとロゼにそこまでの執念があるとは。
「えっと……、ごめん。ちゃんとした時間を伝えなかったから、そんなに待たせちゃって……」
「ダメ、許さない」
「ええ。デートする時にそんな言い訳が通用すると思いますの?」
「うっ……」
ディアナが怒るのはわからないでもないのだが、ロゼの例えが意味不明だった。ただ、ロゼの言っていることがある意味この世の真理を突いている気がしたため、うなずいておく。
「……だから、罰を要求する」
そしてディアナが続けた一言で、僕がここまで責められた理由の一端を垣間見た。
「……ここに残れ、っていうのは聞けないよ。絶対に」
「ふーん……、ニーナさん聞きまして? あいつ、ニ年もここにいてあんな綺麗どころと知り合ってるのにあんなこと言いましてよ」
兄さん、二年前はそんな人じゃなかったよね? 何でそんなにノリが良くなってるの?
「兄さん、悪乗りはやめなさい。でも後半部分にはあたしも同意するわ」
「ニーナまで!? ねえ、この二年の間にいったい何があったの!?」
僕の知っていた二人は二年間のうちに変わり果ててしまったのだろうか。というか偽物を疑ってもいいレベルだぞこれは。
「冗談はこれくらいにしておいて……。お嬢さん方、うちのエクセに対するお願いは何かな? オレも聞いておけば可能な限りそれを叶えるために動けるんだが……」
え、あれ? 今までの全部小芝居? 兄さん、どっちが兄さんの本性なの?
「ああ、それでしたら……簡単なことですわ」
僕がこれから旅の道連れとなる二人に対し果てしない不安を抱いていると、ディアナがこちらに近寄ってきた。
そして右手をスッと差し出す。
「……これは?」
「……再会の握手。私の手を取ったが最後、いつか必ずこの街に戻ってきてもう一度私たちに会う……!」
よく見るとディアナの目には涙が溜まっていた。いつも冷静な彼女だが、だからこそ僕がこれから出る旅が途方もなく危険なものであることがわかっているのだろう。
旅人なんてやっていて長生きできる人間は本当に稀だ。明日も知れぬぶらり旅。明日の今頃、僕たちが死体をさらしていることだってあり得ないことではない。
だから確約はできない。でも――
「うん、絶対にまた会おう」
気付けば僕はディアナの手を取って固い握手を交わしていた。
「……うん、エクセは約束を守る。だから安心した」
ちゃんと約束をしたことにディアナは安堵したような綺麗な微笑みを見せ、手を離す。
次にロゼが僕の前にやってきて、何か言いたげな顔で口を何度かパクパクさせる。
「……あの、わたくしも――」
そしてロゼが口を開いた瞬間、僕は直感的に彼女の言わんとしていることを理解した。
「ダメだよ。それはできない」
そのため、僕はロゼが最後まで言う前に否定の言葉を口にしていた。
「そんな……!」
ロゼはそれで裏切られたような顔をして罪悪感で胸が痛むが、それでも僕は首を横に振った。
「ロゼの言いたいことは何となくわかる。僕の旅についていくって言いたいんでしょ? ――絶対にダメ」
「どうしてですか!? わたくしはあなたと一緒にこの二年、ずっと騒いできたではありませんか……!」
それは否定できない。ぶっちゃけロゼは魔法の天才だし、連れて行っても十二分な戦力になるだろう。むしろ汎用性のある分、僕より役に立つ可能性も否めない。
そして、それだけの才能があるロゼだからこそ僕は彼女を連れて行けなかった。
「ロゼ。君には才能がある。僕みたいな魔法の特異点とは違った、本物の才能が。それは二年ちょっとで完成されるものじゃないし、されていいものでもない。……言いたいことわかる?」
要するにロゼには才能があるからここでもっと磨いてこい、ということだ。
「それに前、言ってたじゃない。ロゼは賢者になるのが夢だって。その夢は僕なんかと一緒に行くことで潰しちゃいけない尊い夢だよ」
彼女なら掛け値なしに賢者になれる才能がある。前に倒した『水の大賢者』の時に思い知った。今はまだ届かなくても、いつか絶対彼女は賢者に届く。
「わたくしは、それでも……!!」
ううむ、意固地だな。まあ、彼女が一度決めたことを容易に覆さないとは知っていたが。
「……じゃあ、こうしよう」
こっちが頭ごなしにダメだと言うから向こうも反発するのであって、ここは彼女お得意の勝負事に持ち込んで何とかしよう。
「僕は旅に出てからもずっと魔法の勉強はするつもりだったけど……、『魔導王』を本格的に目指してみようと思う」
実のところ片手間だ。僕は戦闘の時にはクリスタルで作った武器と大威力の魔法を駆使した戦法を取る。そのため、戦闘スタイル自体は魔法剣士と酷似するのだ。
だが、魔法の勉強までおろそかにするつもりは毛頭ない。むしろ魔法剣士のスタイルで戦う以上、魔法も剣も両方学んでいく必要がある。
ならば『魔導王』を目指すのも悪くはないだろう。
「だからロゼは……賢者を目指して。どっちが早くその位階に至れるか……勝負だよ」
「勝負、ですか……」
「そう、勝負。僕は旅に出て、合間合間を見ながらの勉強。そしてロゼはここに留まって魔法書に囲まれての勉強。これくらい丁度いいハンデだよね」
すでに魔法の術式自体は全て覚えている。だからこっちは使えるようになりさえすれば『魔導王』への道はそう遠くない。
……その使えるようになるまでが途方もなく辛いんだけど。
「ハンデ……、このわたくしに……?」
ロゼは僕の言葉に反応し、ピクリと体を動かした。
「その通り。……さあ、僕の知っているロゼはここまでコケにされて黙ってはいられない人だよ。だからこの勝負を受けて。そしてまた会った時、僕を驚かせてよ」
「……いいですわ。このわたくしをバカにした罪、重いですわよ!」
ロゼはようやく瞳にいつもの強気な光を取り戻し、僕を挑発的な目で見る。
「ですが! 期間を設けないとどちらもいつの間にかなっていました! なんてことになりかねませんわ! よって、帰ってきてもらう時を決めます!」
「わかった。それくらいならいいよ。……いいよね、兄さん」
兄さんたちの方を見ると、何やら息子の成長を誇らしく思っているかのような生暖かい視線が向けられた。
……ちょっと待った。何でニーナまでそんな目をしている。お前は僕と同い年だろ。
「ああ。ただ、一ヶ月やちょっとはさすがに無理だけど……」
「そこまで無茶振りはいたしませんわ。そうですわね……三年、というのはどうでしょう?」
三年か……、ロゼの方は多少不安が残るが、僕の方ならおそらく問題はないだろう。
「わかった。受けて立つよ。三年経ったら必ず戻る。……これでいい?」
「ええ、これでわたくしとあなたの間に勝負が交わされましたわ! ……だから、絶対に無事に帰ってくるのですわよ! 絶対に!!」
「――必ず」
ロゼの強気な言葉の中に隠された言葉に僕はためらわずにうなずいてみせる。
これで僕は約束をした。そして僕は兄さんと同じで口に出したことは必ず守る主義だ。
「さて……、再会の約束は交わしたか?」
僕たちのやり取りを始終眺めていた兄さんが僕の肩を叩いてそう言ってくる。僕はうなずこうとして――
「あ、ガウスを忘れてた」
うっかり起こし忘れてしまった。まあ、今から起こしに行くのも面倒だし放置しておこう。
「忘れんなよ!」
僕がガウスの扱いを心の中で決めた瞬間、ガウス本人に突っ込まれた。
……ん? ガウス本人?
「ウソっ!? ガウスが自分で起きた!?」
「俺だってお前任せにするのは悪いと思ってんだよ! それにダチの見送りにも行かないほど嫌な奴になった覚えはないぜ!」
いや、そんな嫌な奴だったなら友達にならないから。むしろ部屋から追い出そうと動くから。
……まあ、嬉しかったのは否定しないけど。
「んで……、行くんだな?」
「うん、もう出発するところだったからガウスは本当にギリギリだよ」
「うへぇ……危なかった……」
本当に危ないところだ。僕もガウスには悪いが、今から起こそうとは微塵も思わなかったのだ。
「まあそれはさておき……、俺からは一言だけだな」
ガウスは僕に拳を突きつけながら高らかに宣言した。
「俺は――もっと強くなる! もっと炎の魔法を磨いて、もっと拳闘術も磨いて、いつかお前の隣に立つ!」
その言葉に僕は面食らう。まさかガウスにもそんな夢があったとは思わなかった。今から一緒の旅に出る、とかじゃないから安心だけど。
「……できるものならやってみなよ。僕はこう見えても何でもありの勝負ならそこそこ腕は立つよ。……まあ、頑張って。保証するよ。きっとガウスは強くなれる」
炎属性に卓越した才能があることは言うまでもないことだし、戦いの才能は僕以上にある。炎属性は戦闘特化だから、戦えば僕が危ういのは確かだ。
「本当か!? お前も俺に追い抜かれないように頑張れよ!」
「努力するよ」
魔法以外の才能がからっきしの僕にはそれしかできないのだから。がむしゃらに努力して試行錯誤して知恵を振り絞って戦うのが僕だ。直感に頼ったりするのは天才のやること。
……ごく身近にそれを実践する人が二人ほどいるんだけどね。それもこれから一緒に旅に出る人間に。
「とにかく……、元気でな。俺の目標だってお前が生きてないと達成できないんだからな。それと、俺も三年間のうちに国に戻るかもしれないからそれは覚えておいてくれ」
「ん、わかったよ」
そういえばガウスの故郷では大規模なモンスターの群れがやってきたんだった。
……あれも魔法陣が関わっている可能性が否定できない。兄さんたちの都合がつけば一度は見に行きたいものだ。
「さて、今度こそ、だな……」
兄さんとニーナが僕の両肩に手を置いて微笑みかける。いい仲間ができたな、とでも言うように。
……だからニーナ。僕は君と同い年だからそんな目をされるのは心外なんだけど。
「それじゃ、うちのバカがお世話になりました」
「三年後、だな。覚えとくよ。それとオレの弟分の面倒を見てくれてありがとうな」
「待ってよ! 兄さんはともかくニーナがそんな態度を取るのは納得がいかないんだけど!」
「うるさいわね。あんたなんてこのくらいの扱いで丁度いいのよ。あたしの盾なんだからあたしの前に出るのが当然でしょう」
その割には僕はニーナの後ろ手で引っ張られている気がするのだが。
「細かいことを気にする男はモテないわよ?」
「モテたいと思ったこと自体、今まで一度もないから結構! とにかく離して! せめてお別れくらい決めさせて!」
さすがに僕の必死さが伝わったらしく、兄さんもニーナも手を離して先に正門の方へ向かってくれた。
僕はみんなに気まずい場面が見られたことをごまかそうと咳払いをしてから、杖を持っている手を高らかに上げる。
「みんな――また会おうね!!」
『応!!』
僕の言葉に応えてくれたことがこの上なく嬉しく、僕は胸にグッと来るものをこらえながら兄さんたちに追いついた。
「……それじゃ、行こうぜ。三人揃ったんだ。本格的に動くとするか!」
兄さんの鶴の一声で、僕たちはティアマトを旅立った。
そして三年後、僕はもう一度ここに戻ることとなる。
――誰にも負けない魔法剣士となって。
一部だけで二ヶ月近くかかりました……、この調子で完結するのはいつになるのだろう……。
なにはともあれ、一部はこれでおしまいです。二部からはエクセルとニーナ、そしてヤマトの三人で旅に出ます。ここまで散々ばらまいた伏線の回収も少しずつ行ない始めますので、どうか最後まで目をかけてやってください。