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一部 第五十五話

 病院に運ばれた僕だが、怪我自体はほとんど負っていない。強いて言うなら激しく動いたため、筋肉痛があるくらいだ。


 なので、入院期間も一応の検査入院という形に近かったのでもう退院できた。実質目が覚めたらから退院したようなものだ。


「二日で退院か……」


「まあ、妥当でしょ。僕の症状なんて魔力を急激に消費したことくらいなんだから」


「そりゃそうなんだが……、もうお前とお別れか……。短い二年だったよ」


 ガウスがしみじみとつぶやく中、僕は寮の自室で黙々と旅支度を整えていた。


 出発は明日。兄さんたちには適当に宿でも見つけて休んでいてもらう予定だ。


「まあ、そうだね。でも今生の別れってわけでもないさ」


 僕がそう言うと、ガウスは心底驚いたような目でこちらを見返してきた。


「……何さ?」


 そんなにおかしいことを言っただろうか。死別するわけじゃないし、僕は気軽な根無し草になるだけだ。ならば気持ち一つで帰ってくることだってできる。


 もちろん、兄さんたちの許可が必要だが……。


「いや……お前がそんなこと言うのに驚いたんだよ」


「……? そんなに変なこと言った?」


「おかしくはないって。けど、二年近くお前と一緒にいた俺からすれば変だ。だってお前、あまり物事に執着しないタイプだろ?」


 ガウスの言葉が的確で思わず返事に詰まってしまう。確かに僕は割と物事への執着が薄い。


 だが、それは興味が持てない、あるいは執着する価値もないと判断したものに対してのことで、僕は普通の人に比べてその範囲が少しだけ広いだけ。


 その代わり、一度価値があると判断したものに対しての執着心は半端じゃない。例えば友人なら命を懸けてでも守ろうとするし、憎い敵なら地の果てまで追いかけて叩き潰すぐらいのことはする。


「何でもかんでも執着しないわけじゃないよ。こう見えて――憎しみの感情だって持ち合わせてる」


「憎しみ……、お前からは縁遠い言葉のような気もするけど、お前だって人間だものな……」


 温厚な性格である自覚はある。どちらかと言えば押しに弱い方である自覚もある。だけど、一度決めたことだけは絶対に譲らない。


「まあ、話すつもりはないよ。あんまり軽々しく話していい内容でもないしね……。それより、明日はどうするの?」


「ああ、もちろんお前の見送りだ。ロゼも病院から一時外出の許可はもらってるって言ってたから、来るらしいぜ」


 そうなのか。ロゼの傷も目に見えて治癒が行われていたし、もうすぐ退院だろう。外傷で済まされる程度なら、魔法で何とかなる。


 それよりヤバいのは内臓系の損傷だ。目に見える傷ではないため、治癒魔導士にもちゃんとした技術と知識が要求される。この辺になると、もう治癒魔法をちょっとかじった程度ではどうにもならなく、専門家に任せるしかない。


 幸い、ロゼの怪我はそのレベルまで達していなかったため、肉体に負荷がかかり過ぎない程度のポーション投薬と治癒魔法で十分らしい。


「そっか……。ディアナは?」


「仕事有り。だけど見送りには絶対行くって。あっちも大変だよなあ。俺たちと同い年で魔闘士に受かるなんて」


 それだけ彼女の技術が卓越しており、なおかつこれからも伸びると判断されたものだからだろう。それでもディアナの友人としては鼻が高い。


「よもや受かってるとは思わなかったよ……。いや、この言い方は失礼だけどさ」


 確かに彼女の年齢なら受けること自体は不可能ではないが、それでも経験を積んだ年上の人の方が有利であることは否定できない。


 そのハンデを背負ってなおディアナは勝った。魔闘士という自分の夢を叶えたのだ。


(夢、か……)


 僕にはないものだ。今はとりあえず兄さんの目的を叶えることが目標。そして――


(あの魔法陣の意味……、それにアインス帝国のことも気になる……)


 知りたいのだ。後者はまだ理解できる。僕の魔力がおかしいというのは僕自身が一番良くわかっている。


 だが、魔法陣の意味。それだけが理解できない。


 奴の死に際の言葉がウソでないとするならば、一度この世界は滅んでいる。それでもわずかに生き残った人間がまた文明を再興させたのか、はたまた別種の存在として進化したのかそれは定かではない。


 ハッキリしているのは一つ。あの魔法陣は絶対に何らかの驚異を排除するためのものとして作られたということ。でなければあんな究極の自己犠牲魔法陣なんて作られるはずがない。


「まあ、僕はもう寝るよ。明日は早いし。ガウスも見送るんだったら僕より早く起きなよ」


「善処はするとだけ言っておく。ダメだったら起こして」


 そこまで開き直れるのは一種の才能だと思う。というか出発する人間が見送る人間起こしてどうするのさ。


「はぁ……、わかったよ。ありとあらゆる手段で起こさせてもらうよ」


 あらかじめこいつのエロ本を机の上にぶちまけてから起こし、そして寝ぼけた貴様を引っ張って全てうやむやにしてやる。


「なんか不安があるが……、まあ頼む」


 ガウスはそそくさとベッドに潜り込んで健やかな寝息を立て始めた。


 ……なんて寝付きの良さだ。旅人時代の僕だってこうも寝付きはよくなかったぞ。


 むしろ外敵などの用心が必要だったから、眠りは基本的に浅かった。僅かな物音にも対応して目が覚めるようにしておかないと身を守れないのだ。


「うらやましいな……」


 その眠りの深さ、これから旅に出る僕にしてみれば縁遠いものになってしまうだろう。もちろん、それで嫌がる理由にはならないが。


 僕も早く寝ようと思い、ベッドにもぞもぞと潜り込む。


 ふかふかのベッドで眠れるのも当分はお預けとなる。たっぷり堪能しよう。


 そう思って僕は意識を徐々に眠りへと落としていった。






「……ん」


 目が覚めたのはまだ朝日も昇っていない、出発するにはやや早過ぎる時間帯だった。


「…………」


 しばしベッドの中でぼんやりしていたが、どうやら目が覚めてしまったらしく二度寝ができない。


「やれやれ……」


 予想以上にこの時を待ちわびていたらしく、すでに心臓の鼓動がうるさく感じられるほど高鳴っている。まったく、この安穏とした時間が終わることがそんなに嬉しいか。


「……ああ、嬉しいさ」


 十歳の頃からずっと続けていた旅だ。二年間、ここで足を止めることとなってしまったが、もう一度兄さんたちと旅ができる。これほど嬉しいことはない。


「それに……」


 旅していた時、一番の足手まといは間違いなく僕だった。魔法は行く先々の村や街でごくわずかに得られている魔法書を読み込む程度の学習しかできず、もっぱらクリスタルの防御力を利用した壁が基本だった。


 ……本当にあの頃は魔法が使えなかったのだ。そこらの魔法書でわかるような初級魔法が僕には軒並み扱えなかった。


 だから役に立とうとして覚えた剣術も隠密技術も才能が足りなかった。どちらも未だに中の下止まり。一般人や素人を騙す程度の技術はあるが、本職の人たち相手では話にならない。


 しかし、そんな足手まといももうおしまいだ。僕はここで徹底的に魔法と技術を磨いた。僕だけにしか活かせないものも見えてきた。


(圧倒的な攻撃力と防御力……。これが僕の持ち味……)


 遠距離からの殲滅戦をやらせれば僕は文字通り世界最強になれる。そして魔法完全遮断で、なおかつ世界最硬物質であるクリスタルの防御力も変わらないまま――いや、生成の技術も上がっている以上、防御力も上昇している。


(これでようやく……、僕はみんなの役に立てる……!)


 僕は何もかもが生まれ変わったような気分で部屋を出る。さすがに早過ぎるから誰も起きていないだろうし、少しばかり街を見納めで歩いておきたかった。


 二年間住んでいた学院寮を見上げ、何となしに目を細める。ここの土を踏むことが金輪際ないとは言わないが、しばらくの間は踏めないだろう。


 存分に地面を踏みつけてから、僕は寮をあとにしてギル爺の鍛冶場に向かった。






「やっほー、ギル爺生きてるー?」


 ギル爺はこの時間帯でも起きていることがわかっているため、容赦なく大きな物音を立てながら中に入る。


「朝っぱらからうるせえ。ワシは低血圧なんだ」


 だが返ってきたのは拳だった。


「危なっ!? 出会い頭に何するのさ!」


「そりゃこっちのセリフだ。朝の一時、静かな鍛冶場で飲む挽きたてのコーヒー……。この幸福を破壊した罪は重いぞ」


 しまった。どうやら僕がバカだったようだ。他人のこう言ったささやかな幸福は理解を得難い代わりに本人にしてみれば誰よりも重いものになる。


「えっと……、ごめんなさい」


 なのでぐだぐだと未練がましい言い訳をするよりは、素直に謝ってしまうのが得策だった。


「ったく……。で? 行くのか?」


「――うん」


 ギル爺の端的なお言葉。それに対して答えるべき言葉も端的。僕はうなずいて背中にかけてある剣に手を触れる。


「お前専用に作ったクリスタルコーティングをして剣身を構成する剣……。役に立ちそうか?」


「十二分に。これがあれば僕は立派に戦える。――盾として」


 覆うクリスタルの量を増やせば大剣にもなる。しかもクリスタルだからやたら軽い。扱いには若干技術がいるが、剣と盾を両立できる武器なんてこれぐらいしかない。


「そいつは重畳。武器として生まれた以上、武器としてまっとうな使われ方をしてほしいってのが武器を作った人間としての思いだ……。時にエクセ、手を出せ」


「え?」


「いいから黙って手を出せ」


 ギル爺の有無を言わせぬ剣幕に押されて僕はおとなしく手を差し出す。


 するとギル爺は僕の手をそのがっしりした手で握り締め、僕の手に何かを乗せた。


「これは……石?」


 しかもやけに透明感あふれる青い綺麗な石だ。こんな石、見たことがない。


 ……待てよ? こんな特徴がある鉱石をどこかの図鑑で見たことがあるような……。


「それに魔力込めてみろ。全力でも最小でもなく、平常時の魔力だ」


「へ? ……まさか、これって……」


 魔力を込めると反応する鉱石なんてそう多くない。墨の知っている知識を照らし合わせると、魔法と感応する鉱石は宝石各種にミスリル銀。そして分類に入れるべきか迷うが、専用の術式を刻めば鉄でも魔法には感応する。


 だが、それはそれなりの大きさになって初めて意味を成す。そしてミスリル銀は銀だけあって、透き通ってはいない。さらにこれは宝石と呼ぶには透明度と輝き方が違い過ぎる。


「オリハルコンじゃ……」


「その通りだ。よくわかったな」


「いや、シャレにならないよ!? これ、超貴重な金属じゃん! いや、超貴重なんて言葉ですら表せないほどだよ!」


 通称神の贈り物。クリスタルには及ばないも世界第二の硬度を持ち、さらに魔法への感応力も半端じゃない。これを使って何かを作れば、ありとあらゆる面で最高品質の逸品ができるだろう。


 だが、それだけに入手には困難を極める。鉱山丸々一つ掘り尽くしたとしても微量が出てくるかどうか。出てこない時だってザラにあるくらいだ。風の噂ではこれを巡って殺し合いすらあったとか。


 つまり僕が何を言いたいかというと、これはそれだけの代物であるということだ。


「以前お前に話したろ。お前の魔力を拡散させる、あるいは魔法を問題なく発動できる何かがほしい、と」


 それは確かに言った覚えがある。ギル爺が覚えているとは予想外もいいとこだが。


「んで、あれをやってやろうと思っただけだ。……これでお前の魔力は測れた。あとは調整と微調整を繰り返せばできる」


「えっと……、僕はこれから旅に出るからそういったことはもっと前に……」


「アホ抜かせ。ワシだって色々と依頼がある。それをやりながらの合間を見つつこっちもやるんだ。半年や一年程度で終わる作業じゃない」


 それもそうだ。確か魔法関係で特注を頼むと時間がかかるというのは知っている。魔法媒体は誰にでも扱えるようにある程度術式が簡略化されているため、僕やロゼもある程度は使えるが……、その人個人個人に合わせたものになると細かい魔力放出量なども定めてやらないといけないから時間がかかるのだ。


「僕個人用にこれは……大き過ぎるよ! 正気!?」


「雇い主に対して大した口の聞き方するじゃねえか。まあ、今までピンハネし続けた給料分を現物支給しようってところかね……」


「はぁ!? 僕の給料ピンハネされてたの!? 道理で重労働の割に賃金が安いと思ったら!!」


 安いと言っても、他よりは高いためやり続けるしかなかったジレンマ。だがしかし、さすがに鉱山まで行って鉱石採取という重労働に対する賃金にはそれでも安過ぎる。


「だからオリハルコン使ったんじゃねえか。……おら、作業の邪魔になるから出てけ。……達者でな」 


 せっかく顔を見に来たというのに、まったく相手にされなかった。しかもギル爺はもう作業に入っている。


「はぁ……。わかったよ。……せめてそれが完成するまでは死なないでよ。魔法を普通に使うっていうのは僕の望みなんだから」


 僕の声にもギル爺はおざなりに手を振るばかり。どうやら本格的に集中を始めたらしい。


「やれやれ……、僕はそろそろ待ち合わせの場所に行こうかな……」


 ギル爺の鍛冶場でだいぶ時間を使ってしまった。そろそろみんなも待っている頃だろう。


 そう思って、僕は待ち合わせの場所であるティアマトに入る正門へ足を向けた。

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