一部 第五十四話
一応けが人であることは考慮してくれたらしくある程度は手加減されて、しかししこたま殴られた後、僕とガウスは廊下で待たされていた。
「何で俺まで……」
「ごめん。近くにいたから」
あと少しでも僕に来る被害が減れば儲け物かな、と思ったんだけど。ディアナもいたからあまり上手くはいかなかった。
「近くにいたからで巻き込むなよ! 今回ばかりは俺、無実だよな!? 俺、お前を止めたよな!」
「もっとしっかり止めればよかったんだよ。まったく使えない」
「正しいこと言ったはずなのに逆ギレされた!?」
などと軽いやり取りをしてから、二人揃ってため息をつきながら壁に背を預ける。
「……でも、無事でよかった」
「ああ。……なあ、事の大筋は聞いてるつもりだけど、逃げられなかったのか?」
「うん? ああ、そのこと。うーん……」
考えれば一応逃げることぐらいはできたかもしれない。というか、逃げるだけなら問題は特になかったはずだ。
しかし、ギーガは少なくとも焦るだろう。僕とロゼが逃げればまず間違いなくこの事実を広める。そう考えるのが自然であり、おそらく逃がすつもりは毛頭なかったはずだ。
「……難しいと思うよ。それに逃げると相手の行動が予測できなかった。魔力を吸い取るペースをさらに上げて死人が出たかもしれない。おまけにあそこは道が狭いのに雑魚が大量にいた。突破した僕たちが倒すのが理想だったと思う」
「そっか……。まあ、どっちも生きて帰ってきてくれたんだから構わないさ。結果オーライだ」
そう言ってもらえると助かる。僕自身、あの場で怒ったからこそ生き残れた部分もある。そして理解できたこともあった。
おそらく、いや確実に今の僕は遠距離からの魔法戦をやらせたら世界最強になれる。
距離を詰められた場合の逃げる方法も備えているし、周囲の被害を考えずバカスカ放てれば無敵に近いだろう。その周囲の被害を考えないようにするのが難しいのだが。
(大技専門の魔導士として生きるか、魔法剣士として歩き始めるかの二択か……)
どっちつかずになるのはあまりよろしくない。魔法剣士はただでさえ剣術と魔法の二つを学ばないといけない職業だ。魔導士も弛まぬ研鑽が実力を生む。
一日の時間は限られているのだ。どれだけ学ぶ質、量ともに上げたとしても限界がある。
(……まあ、あとでいいか)
兄さんたちとの旅に出るのは確実だ。その時、兄さんたちがどんな人間を求めているかで身の振り方を決めよう。
『……エクセ?』
そのようなことを思っていた時、ドア越しにロゼの声が耳を叩いた。
「ん、どうしたの? 悪いけど僕もさっき目が覚めたから、お見舞いの果物は期待しないでよ」
お見舞いの果物で思い出したが、ニーナたちは本気で僕のお見舞いに持ってきた果物を食べているのだろうか。
……本気だろうなあ。
『そのような卑しいことしませんわ! もう着替え終わりましたから入ってきても構いませんわよ、と言おうとしただけです!』
着替え終わった、とかさっきの光景を連想させるような言葉はやめてほしい。一応忘れようとして違う言葉を選んだのに。
「……わかったよ。それじゃお言葉に甘えて」
今度はしっかりノックもして部屋に入る。
「……今後気をつけるように」
「返す言葉もございません」
ディアナの短く端的なお説教を神妙な面持ちで受ける。いや、本当に面目ない。
「まったく……一つ言っておくけど、俺は濡れ衣だからな」
「……うん、ごめん」
ちっ、ガウスだけちゃっかり無実を証明しやがって。旅に出る時にはガウスの机の中に隠してあるエロ本を全部ぶちまけてから行ってやる。
「それはさておきロゼ。調子はどう?」
密かな野望は胸に秘めておき、僕はロゼの方を見る。僕と同じ素っ気ない病院着に身を包み、今はベッドに腰掛けていた。
「傷の方は大丈夫ですわ。痕も残らないそうですし、エクセの行動がよかったらしいですわね」
僕が何かしただろうか。覚えは手持ちのポーションをありったけぶっかけた覚えしかない。
「うーん……、あれがそんなに効果を出したようには思えないんだけど……」
ポーションは別に飲まなくても、体にかけるだけで効果があるのは知っているが、効力自体は落ちる。やはり体内から摂取するのが一番効果が高い。
「やらないよりはマシ、という点では最善でしょう。あなたが治癒系の魔法を使えないのは周知の事実ですから」
「ぐっ……」
兄さんたちの役に立つためには一番有用な魔法なのだが、魔力の使い方は大ざっぱなままだったため、習得はできなかった。術式だけは覚えているため、札に書いて魔力を込めれば多少は効果を発揮するが……、やはり習得できないことに変わりはない。
「あ、それで思い出したけど、僕はどうして意識を失ったの? ロゼを連れて脱出した辺りから記憶がほとんど抜けてて」
思い出そうとしているけど、まったく思い出せない。正直なところ、脱出した瞬間昏倒したと言われても信じそうなくらいだ。
「あぁ……、憶えてないのか。大変だったんだぞ」
ガウスはやれやれと言わんばかりに辟易した表情を作る。そこまでの行動を取ったのだろうか僕は。
「うっ……」
「……うん、ガウスの言うとおり。あの時ほど焦ったことはない」
「ディアナにまで!?」
本当にどんな行動を取った僕。いきなり脱ぎ出したとかそういったレベルか?
「いやぁ……、大火傷負ってるロゼ抱えてるお前が寮に向かったんだよ。そして俺の部屋に来て『ロゼが重傷! 助けて』なんて錯乱状態で言われてさ。俺たちがまごまごしてる間にお前はお前でベッドにロゼを寝かせたと思ったらぶっ倒れるし……」
「……そこまでですか」
そんなに錯乱していたのか。道理で記憶が抜けているはずだ。覚えていたら悶絶ものだぞ。
「倒れた理由は急激な魔力の消耗。潜在魔力量もついでに測ったけど、まったくわからずじまい。ただ、人間の身にはちょっと毒な量を放出したのは間違いないんだな?」
「うん。それは確か」
《終焉》はもともと理論だけの魔法だ。究極魔法を六属性一度に発動させることだって国中の魔導士が集まっても不可能なことを、さらに無理やり纏めて解き放ったのだから、むしろ気絶するのは当然か。
……というか、下手したら寿命が縮まっていてもおかしくない。
「ったく……、驚いたんだぜ? 急に大地震みたいな揺れがあったんだからな。おまけに俺たちみたいな駆け出しでもわかるような膨大な魔力の波動。これでお前と結び付けない人間なんてこの街にはいないっての」
「はぁ……」
ここ最近よく思うのだが、どうも僕と周りの人の認識ってずれてないか?
「……まあいいや。倒れた理由はわかったし。ロゼの様子も良好なみたいだから、僕は部屋に戻るね」
今ならまだ果物が食えるかもしれない。さっきから胃が丸一日何も食べていないことを認識し始めてうるさいんだ。
「んじゃ、お大事にね。……あ、そうだ。僕はもうすぐこの街を出るよ」
何でもないことのようにさらりと言ってみたところ、みんなも予想はしていた、とでも言いたそうな顔をしてうなずいた。
「……ヤマトさん、でしたか。あの方でしたらわたくしの方にも来ましたわよ」
「あ、そうなの? だったら話は早いね。兄さんが迎えに来た以上、僕はここで長居するつもりはない」
もうニ年が経過したという事実でもある。僕がここで魔法を学ぶ理由そのものが来てしまったのだ。この街に滞在する理由がなくなってしまった。
「……そう、ですか。………………わたくしは少し休みたいので、少々外してもらえません?」
「っと、少し話し込みすぎたな。悪い」
「……ごめん」
ガウスとディアナが一言謝ってから部屋を出て行く。僕はなんとなしに最後まで残り、ロゼの顔を見ていた。
「……何ですの。わたくしの顔に何か付いていらして?」
僕の視線に気付いたロゼがじっとりとした視線で僕を見てくる。僕はわずかに視線を逸らしながら、頬を指でかく。
「何も付いてないけど……、何となく、ね。ほら、ロゼの顔を見ていられるのも明日か明後日までだから」
そう思うと妙に名残惜しいと思うのも事実だ。同時に兄さんたちとの久しぶりの旅に心が踊っているのも事実。
人間って二律背反をする生き物だな、としみじみ思いながら僕はロゼから背を向けた。いつまでも見ていちゃ失礼だよね。
「あ……」
去り際、ロゼが何やら寂しそうな声を出していたのは、子どもが一人になるのを嫌がるものであると自分に言い聞かせた。
「ただいまー……って何やってんのさ二人とも」
僕が自室に戻ってくると、兄さんとニーナの二人が果物片手に聞き耳を立てていた。
「ニーナ……あれをどう思う」
「十中八九まず間違いなくほぼ確実に恋ね。しかもエクセは心のどこかでは気付いているのに、意図的に気付かない演出をしてる。まったく……いつの間にこんな女垂らしに!」
僕は二人がいつの間にこんな野次馬根性丸出しの人間になったのかを知りたいよ。あと、僕の心情を勝手に捏造するな。
「二人とも殴っていい? 割と全力で」
『全力でお断りします』
くそ、なんか妙に息が合っている。
「はぁ……。ニーナ、僕にも果物一個ちょうだい」
「あ、今あたしたちが食べてるので最後」
そう言って、ニーナは手に持っていたリンゴを飲み込む。兄さんの手にはすでに果物は握られていなかった。
「誰のために買ってきたんだよ!? 曲がりなりにも病人のために買ったものでしょ!?」
なのに病人である僕が一つも食べられないってどういうことだ。
「いやー、久しぶりの果物だから美味しくって。最近は狩りで捕まえた肉ばっかりだったからさ」
てへっ、とニーナは舌を出して謝る。うん、その姿は確かに愛らしい。おまけに色気もある。
「そんなのが十年来の幼馴染の僕に効くと思うか! いくら二年間顔合わせなかったからって限度があるわ!」
だがしかし、幼馴染相手にそれは愚策に過ぎる。というかお前の子供の頃を知っている僕を舐めているのか。
「はぁ……、なんか疲れた……」
おかしいな。この二人ってこんなにはっちゃけていたっけ? ひょっとして僕のいない間に何かあったの?
………………ない、よね?
「? どしたの?」
「な、何でもない。何でもないです。はい」
無防備に近づいてくるニーナの顔がまともに見られず、僕は逃げるようにベッドに潜り込んだ。
思い過ごしでありますように……!
そう切実に願いながら、僕は無理やり意識を睡眠へと落とした。
……後日、僕の予想は外れていることがわかって心底安堵したのは別の話。