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一部 第五十三話

「……むぁ?」


 真っ暗だった視界が開け、徐々に物を鮮明に映し出していく。


「あれ……、僕は……」


 病院のベッドで寝ていたらしく、僕はなぜか痛む上半身を起こしながら寝起きの頭に活を入れる。


「んぅ……?」


 ダメだ。どうしてここにいるのかがまったく思い出せない。


「エクセ!? 目が覚めたのか!」


 どうにもハッキリしない頭に誰かの声が響く。


「えっと……ガウス?」


 この見覚えのある赤髪はそれしか思い浮かばない。


「そうだよ! お前、丸々一日寝っぱなしだったんだぞ!」


「丸一日寝っぱなし……」


 何で? という疑問が頭の中をグルグルと渦巻き、フッとした瞬間で何もかも思い出す。


 ひどい火傷を負って倒れるロゼ。キレた僕。そして後先考えずに放った《終焉(カタストロフィー)》。そして――


「思い出した……。ロゼは!?」


 ギーガのおかげで様々なことを知ることができたが、今重要なのはロゼの安否だった。思わずガウスに掴みかかって聞いてしまう。


「落ち着け! ……大丈夫だよ。命に別状はない」


 僕はガウスに無理やりベッドに戻されながら、ロゼの容態が無事であることを知らされる。


「ほっ……、よかったよ。本当に」


 たとえ死んだところで彼女自身が選んだことである以上、彼女の責任であることに変わりはないのだが、それについてきてしまった僕の責任でもある。男はいつだって女を守らなければならないのだ。


 ……と兄さんは言っていた。


「まあな……。二人だけで下水道に行ったと書置きで見た時は度肝を抜かれたぞ。ったく、何かあったら俺たちが動かないといけないとはいえ、無断で行くのはやめろよな」


「うん……」


 ガウスに説教されてしまうが、彼の気持ちもわからなくもないので素直にうなずく。僕だって仲間外れにされたら悲しい。


「あ、そうだ。お前にお客さんだぞ。男女の二人組だけど。お前の知り合いって言ってた」


 いや、僕の知ってる人で男女の二人組なんて思い当たるのが一つしかないよ。


「すぐに通して! 二秒以内!」


「相当会いたい人みたいだな……、それじゃ、どうぞ」


 二年ぶりに会うであろう人たちに対し、僕は抑え切れない胸の高鳴りと違うのでは? という不安の二つに苛まれていた。




「よっ、久しぶりだなエクセ」




 だからこそ病室に入ってきた人が、僕の予想通り夜の闇を溶かし込んだような黒い髪の精悍な人が入ってきた時の感動は計り知れなかった。


「ヤマト兄さん!」


 僕の命と心を助けてくれた大恩人であり、僕たちの父であり兄であるヤマト兄さん。そして僕の知る限り世界最強の剣士だ。


「おっと、抱きつこうなんて思うなよ。お前が病み上がりなのは見ればわかる」


「大丈夫だよこれくらい! ニーナもいるの!?」


「当たり前だろ。来た時にはお前が倒れているって聞いたから、果物を買いに行ってる」


「そっか……」


 なんだか力が抜けてしまい、ベッドに思いっ切り背中を預ける。


 そんな僕を兄さんが見下ろし、優しそうな目で髪を撫でた。


「話の大部分は聞かせてもらった。ロゼリッタさんにディアナさん、そしてガウスくん、だったか……。決めたことはやり抜けたか?」


 決めたことの内容は聞かないあたり、兄さんは大人だと思った。まあ、兄さんと一緒にいるのだから予想は容易いのだろうが。


「うん。兄さんの重さ、少しだけ理解した気がするよ」


 自分の判断によって左右される命の重さ。正直、戦っている時は怖くて仕方なかった。自分の判断は間違ってないだろうか? もっと別の状況があるのではないか? とかが次々と浮かんでしまい、それを振り払うのに必死だった。


「そっか。どんな形であれ、勉強になったなら送り出した意味があった。……でも、何で魔法の勉強に来た街でそんなことを学ぶんだ?」


 僕が聞きたいよ。魔法を本格的に学ぶためにティアマトへ来たのに、いつの間にか旅していた時と遜色のない冒険をしてしまった。


「あはは……、ロゼはトラブルメーカーですから。俺も少し巻き込まれましたけど、大半はこいつが巻き込まれてましたよ」


 ガウスが苦笑いしながら丁寧語で説明する。ガウスも初めての人にはそれなりに礼を払う。しばらくしていらないと判断したら取っ払うようだけど。


「エクセ……、その体質は変わらないか……」


 兄さん、そんな目で僕を見ないでほしい。僕だって好きで巻き込まれたわけじゃない。あと体質って何さ。


「う、うるさいな。兄さんに言われたくないよ!」


「んなっ、お前オレが巻き込まれ体質だとでも言うつもりか!?」


「そうじゃなきゃどうして行く先々で女の人に絡まれるのさ! この女垂らし!」


 断言したっていい。僕の巻き込まれ体質は兄さんに染まったからだ。


「お前なあ! 女性が困ってたら助けるのが筋だろ! それがわからない子に育てた覚えはありません!」


「それで美人局にあって殺されかけたのはどこの誰だ!? おまけにどうしてそこら中の街でピンポイントに困ってる女性がいるのさ! それこそおかしいよ!」


 だんだん思い出してきたぞ。兄さんのおかげで僕とニーナがどれだけ苦労したか。行く先々で女性をたらし込み、その女性の悩み事を僕たちまで巻き込んで解決する兄さんの人間台風っぷりを。


「それは……その……。ほら、オレって女運強いからじゃないのか?」


「女性絡みのトラブルに巻き込まれなくなったらそう言ってあげるよ。今のところ女運は最悪だね」


 知り合いにはなれるけど、そこに到るまで絶対に何か巻き込まれる。ヤクザを倒すくらいならまだ軽いくらいで、ひどい場合になると誰も帰ってこなかったという洞窟まで向かって、モンスター退治をすることすらある。


「言わせておけば……事実だけど納得がいかん!」


 僕の容赦ない事実を突きつける攻撃に兄さんがうなだれてしまう。少し言い過ぎたかもしれない。


「えっと……」


「お前だって人のこと言えないだろ! 押しが弱いからオレだけじゃなく、ニーナの事件まで巻き込まれてんじゃねえか!」


 慰めようと言葉を探した瞬間、兄さんが聞き捨てならないセリフを吐いた。


「――兄さん、それは言っちゃいけないことだよ」


 事と場合によっては魔法で忘れさせることも視野に入れなければならない。


「ハッ、やってみろ! オレ相手に魔法を当てられたら褒めてやるよ!」


 言ったな。地獄への片道切符。


「上等だ。とりあえず消し炭にはならないようにしろ」


 あれだけの魔力を使ったにも関わらず、未だ潤沢な量を誇る僕の魔力に活を入れ、炎属性のクリスタルを生成する。


「え? ちょ、何だこの魔力量!? オレと旅してた頃はもっと少なくなかったか!?」


「いっぺんに出せる量も質も増えたんだよ……!」


 僕もついさっきの戦いでようやく気付いたのだが、この体に宿る魔力は僕の想像を遥かに超えている。僕は前に星一つ滅ぼしても問題のないほど、と例えたがそんなレベルではない。




 ――この魔力はひょっとしたら、星という星を全て消し飛ばしてもなお余るほどではないだろうか?




 そのことを考えると、胸の奥が氷でできた針に刺されるような寒さと痛みを感じる。


 だが、今はそれを無視して魔法術式を構築し、兄さんに向かって放とうとした時――


「病み上がりなんだから静かにしなさい!」


 いきなり僕の後ろから出現したニーナに殴られて止められた。


「あぅっ!?」


「ハハハ! オレがニーナの存在に気付かないとでも思ったか!」


 思いっ切り殴られてくわんくわん揺れる頭を押さえている僕の姿を見て、兄さんは高笑いしていた。


「兄さんも!」


「おごっ!?」


 しかし、兄さんも同じように殴られていたため、僕も兄さんを心の中で大笑いした。


「あはは……、ニーナ。久しぶりだね」


 僕は殴られた頭をさすりながら、二年ぶりに出会って成長した幼馴染の姿を見た。


 先端の方までストンと流れる星の海のような銀髪はずいぶんと艶が増したように見える。ついでに言えば二年前より伸びている。


 さらに顔のパーツはそれぞれが大人っぽくなっており、僕の記憶にある姿とは一線を画していた。平たく言えば子供っぽさが抜けて色気が漂うようになっている。


「……っ、ずいぶんと変わったなあ」


 兄さんは僕たちと旅を始めた頃から成人していたからほとんど変化がないが、ニーナは変化が著しい。


「そりゃあね。成長期だし。あんたも、ずいぶんと変わったじゃない。ヒョロッとした感じがなくなった」


 失礼な。あの時でも鍛えてはいたんだぞ。ここに来てからもっと鍛えられた自覚はあるけど。


「でも……本当に久しぶりだ。もう、ニ年経つんだね」


 あの時、僕とニーナは十五歳だったからもう十七歳になる。僕も成長期を過ごしたから、今の身長はニーナを越えるほどになった。さようなら、二年前の惨めな思いをした僕。


「まったく……、こんなに背が大きくなるなんて生意気よ? あんたはあたしの盾なんだからね?」


 そう言いながらニーナは僕の頭を押さえる。そんなことをしたくらいで身長差は変わらないよ。


「あはは、盾ならこれくらいでちょうどいいんだよ。それに、男としては色々と思うところがあったからね」


 惨めで悲しい過去は終わった。これからは僕の時代だ。


「まあ、男の中で背が高い方ってわけじゃないけどな」


「そこ、水を差さない!」


 いいじゃないか。女の人よりも小さいよりはマシだ。


「あー……、ロゼの方はいいのか? 懐かしい人たちに会って嬉しいのはわかるけどさ」


 ガウスが僕たちの中でやや居心地が悪そうに声をかけてくる。その内容で僕はようやく夢見心地な気分から脱した。


「しまった! 忘れてた!」


 反省しなければ。いくら兄さんたちと会えたことが嬉しいからと言って、ロゼをないがしろにしてしまうとは。


「ロゼの様子は!? まだ寝てるの!?」


「いや、もう意識は戻ってる。様子見に行くか?」


「行く! 早く案内して!」


 僕は先日の激戦で(ギーガとの戦いよりもそこに辿りつくまでのザコの方が消耗は大きい)筋肉痛になってしまった体をぎこちなく動かしながら、いつの間にか着替えられていた病院着の上からローブを羽織る。


「んじゃちょっと友達の様子見てくるから、二人ともここでゆっくりしてて!」


「あいあい」


「了解よ。ところで兄さん、美味しそうな果物を見つけたんだけど、一緒にどう? エクセには内緒で」


「おっ、いいね。さっそく食べるか」


 兄さん、ニーナ。そういう発言は僕が完全にいなくなってから言ってほしい。聞いてしまった以上、何の果物なのか無性に気になるじゃないか。


 後ろ髪を引かれる思いで少し僕の病室を見ていたが、すぐに切り替えてガウスの後ろをついて行った。果物も非常に気になるが、今重要なのはロゼの様子だ。


「ここがロゼの部屋――あ、おい! 一応ノックぐらいしないと、」


「ロゼ! 大丈夫!? 痕とか残ってない!?」


 ガウスの制止をまともに聞かず、僕は転がり込むような勢いで部屋の中に入る。そこにいたのは――




「え……?」


「……エクセ?」




 着替え中のロゼと、それを手伝っていたディアナの二人だった。おまけにタイミングが悪かったらしく、ロゼはちょうど上着を脱いだところだ。


 ……タイミングとしては良かったのかな?


 そんなことを頭の片隅で思いながら、残りの思考は全力で今後の凄惨な未来を逃れる方法を探していた。


(謝る? 殴られる。逃げる? ディアナがいるから無理。逆ギレ? あまり感情が上下しない僕じゃ無理。……終わった)


 色々と考えた結果として、この状況はどう考えても僕が悪いため大人しく罰を受けるべき、となった。


 静かに、だが激しい怒りを宿したロゼが拳を固める姿を、それに追従するように同じ行動を取るディアナを見てようやく僕にも諦めがついた。


 ならば、とせめてもの道連れとして僕はある一言をつぶやいた。


「……実はガウスに押されて来たんだ」


「いや、巻き込むなよ俺を!?」


『問答無用!!』


 二人の拳が襲いかかるのをどこか他人事のように眺めながら、僕は何もかもを受け入れ悟ったような気分で両手を広げた。

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