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一部 第五十一話

 とうとう部屋の前まで到着した。


「……今の正直な気持ちを吐露してもよろしいでしょうか」


「……ダメですわ。こちらの気持ちまで折れてしまいますわよ」


 もう折れかけてるよ。なに、このピリピリとした肌を突き刺すような威圧感。


「こんな威圧感、兄さん相手でも感じたことないぞ……」


 魔法と剣で分野が違うから比べにくいが、ひょっとしたら兄さん以上の使い手かもしれない。


「…………」


「エクセ? どうしたのです? ここまで来て臆したとか言わないでくださいまし」


 ロゼの懸念は見事に当たっていた。僕はここまで来たにも関わらず、ビビってしまったのだ。


 ……こう言うのも何だが、僕が今まで戦ってこれたのは彼らが兄さん以下の使い手であったことが大きい。


 ゆえにこう思えたのだ。『こんなのは兄さんよりも弱い。だから大丈夫』と。


 それがない、というのは僕にとって初めてで、同時に不安を際限なく膨らませるものでもある。


「…………」


「……わたくしの予想が的中したみたいですわね。まさかエクセが、と思っていた部分もありますが……しっかりなさい!」


 ロゼに乱暴に肩をゆすられ、ようやく僕は正気に戻った。


「……はぁ、大丈夫だよ。さっきのはちょっと悪い方向に妄想が入ってただけだから」


 深く、それでいて短い呼吸を一度だけ行い、今まで考えていた全ての悪い考えを振り払う。


「ん、もう大丈夫。僕には――」




 ――守らないといけない人がいるから。




 この一言は飲み込み、胸の中にしまっておく。


 ……どうせロゼに言ったところで否定されるのが落ちだろうし。


 ただ、思ったことは事実である。僕の後ろには大切な友人がいるのだ。ならば相手がどんなに強大でも歯を食いしばって戦わなければならない。ここまで来て逃げるなんて選択、ロゼが許さないだろうし、僕自身選ぶつもりはない。


 自分で選んだことは最後までやれ。そして責任も取れ。兄さんの教えだ。


 これがあるからこそ、僕はたとえ兄さん以上の使い手でも、たとえそれが世界最強の魔導士でも、自分で選んだ以上戦って勝たなければいけない。


(兄さんの教え……今になってようやく重さがわかるなんて……)


 つくづく未熟なままだった、と自嘲しながら僕は背中の剣に手をかける。


「……ロゼ、この先では激しい戦闘が予想される。だから絶対に僕の指示に従って。わかった?」


 まず忘れてはいけないこととして、僕たちは先遣隊に近い形でここまで来ている。ゆえに深追いはせず、少しでも手傷を与えられれば上々と考えておかねばならない。


「当然ですわ。あなたの方がわたくしよりも戦闘経験豊富ですし、何より、この形がわたくしたちにとって一番戦いやすい姿でしょう?」


 僕が前に出てロゼが援護。確かにこの形で戦うことが一番多かった。


(そういえば、死霊術師相手に戦った時もその形だったっけ)


 確かあの時は幻影魔法で視覚をごまかされて、ロゼを人質に取られてありとあらゆる苦痛を味わわされたんだった。


 ……思い出したくもない思い出に入るな。


 あの時の二の舞にはならないよう気をつけよう、と肝に銘じてから僕たちは魔法陣の部屋へと踏み込んだ。






「中はすごい魔力が充満してる……。ロゼ?」


 部屋の中に入ってその魔力量に茫然としていると、後ろにいるロゼの様子が気になった。


 これほどまでに高密度な魔力が充満している空間だ。体調を崩してもおかしくない。


「あら? どうかしまして?」


「いや、これだけ濃密な魔力があるから大丈夫かな、と……」


 しかし僕の予想に反してロゼはケロッとしていた。理由を考えると、すぐに思い当たる節があったので納得せざるを得なかった。


(僕のそばにいたからかな……)


 ここの魔力は確かにすごい魔力だが、それでも僕には及ばない。例えを出して言うなら小豆とスイカくらいの差がある。


 そして話は変わるが、人間であれどんな生物であれ微弱な魔力を常に流し続けているのだ。もちろん、自己生成で事足りる程度だが。


 僕の場合はもともとの魔力量自体がおかしいため、生み出される魔力量も人間としての限界はあるが、それでも遥かに密度、量ともに多い。


 僕と一緒にいることでその魔力にさらされていたロゼは、ある程度魔力に対する抵抗ができていたのだろう。まったく、人生何がどんな役に立つかわからないものである。


「そうですの。心配してくれてありがとうございますわ。ですがご心配には及びませんの」


「だろうね。それより……」


 魔法陣の中心には一人の男性が立っていた。


 遠目だから顔立ちを細かく把握はできないが、何となく男性的な雰囲気を醸し出している。


 着ている服装は僕の着ている濃紺のローブではなく、濃い紫色のローブだった。


 ……悪趣味なローブ。


「先手必勝!」


 僕は即座に剣を抜いて、全身に電撃を纏わせた。


 剣がクリスタル製なため、剣自体に魔法を纏わせることができない。よって魔法剣と言っても、僕の体に魔法を使うか、はたまた魔法の効果自体を剣にぶつけて使うしかない。クリスタルで作った武器の欠点の一つである。


 それはともかく、僕は全身に雷を纏ったまま走り出し、加速された神経伝達であっという間に距離を詰める。


「はぁっ!!」


 肩から回転を伝達させ、十二分に体重を乗せ、さらに今までの助走の勢いまで付いている。これならたとえ兄さんが相手でも受け流すことは不可能だろう。


 だが、相手の行動は僕の予想を完全に越えていた。


「な……っ!?」


 掴んだのだ。振り下ろされた剣を。それも無造作に。


「…………」


 そして男はこちらに胡乱げな瞳を向けてきた。


(ヤバッ……!!)


 理性が何か考える前に本能が死の危険を訴える。それに従い、僕は剣を掴んでいる腕に魔力を収束させて作り出したクリスタルのナイフを叩きつけた。


「これは……」


 男は剣から手を離してこちらを驚いたような視線で見つめようとするが、僕はそれに取り合わず全力で距離を取った。


「ロゼ! いつでも逃げられるように扉付近で援護に徹して! そして僕が死んだ、あるいは致命傷を負ったと判断したら即刻撤退! 逃げて街の人に避難するように指示! これは命令!」


 本気でヤバい。さっきから皮膚が粟立ちっぱなしだ。腹の奥からゾクゾクして今すぐにでも逃げ出したい気分になる。


(でも……)


 少なくとも僕は逃げられない。すでに奴の標的にされてしまっている気配がする。僕がロゼと一緒に逃げる素振りを見せたら、向こうがどんな行動に出るかわかったものじゃない。相手側の動きが予測できない行動はするべきではない。


 ギリッ、と歯を食いしばった音が口の中から響く。逃げたいという惰弱な意志を腹の底から絞り出した気合と男の意地で押し込める。


 弱気を押し込めた勢いそのままに、僕は炎属性のクリスタルを生み出しそれを魔法媒体として、一気に魔力を喚起させる。


 背中の方に熱を纏った翼ができる感覚を味わいながら、術式を刻んだ魔力をすぐさま右腕に収束させ、


「《熾天使の裁き(セラフィレイズ)》!!」


 解き放った。


 炎の究極魔法が射線上の全てを焼き尽くしながら男の方で爆発した。


「エクセ!? 一体どうしたのです、いきなりそんな大魔法! 下手したらこの部屋が崩れますよ!」


 先ほどからの僕の行動がおかしいと思っていたであろうロゼがそう言って咎めてくる。しかし止まるつもりはない。


「部屋が崩れてこいつが死んでくれるなら僥倖! 捕らえるとかそんなこと言ってられない!」


 すぐさま風のクリスタルを生成し、風の究極魔法の準備に入る。


 全身から放出される魔力によって風が生み出され、僕の体がわずかに浮く。


「ククク……驚いたよ……」


 一応、相手の生死を確認してから放とうと思っていたら、煙の向こうから男が傷一つない姿でたたずんでいた。その様子にはいかほどの焦りも見られない。


「受けてみろ! 《風神の吐息(シルフィブラスト)》!」


 その様子を見てすぐさま用意していた風属性究極魔法をぶっ放す。無数の風の刃が渦のように竜巻を作りながら、僕の見ている先を全て薙ぎ払っていく。


「危ないな……。対個人にこんな魔法、過剰じゃないか……?」


 しかし、それでも男は傷を負わなかった。僕の魔法が途中でただの魔力に分解されていたのだ。


「何だこれ……!?」


 僕の魔法が分解される? なぜ!?


 そこで思い出されるのは以前ここに来た時、読まされた古代文字。


(確か……『吸収』があったような……)


 他にも『鍵』や『効果』などがあったが、ここで一番重要なのは『吸収』という単語のはずだ。


 さっきから頭の中をかすめるあの字。意味はおそらく――


(魔力の吸収か……!)


 それがこれほど大規模な魔法陣で行われている。ティアマトの方で被害が出るのも当然のことだった。


「やれやれ……人の話は聞くように言われなかったのか……?」


「あいにく、両親がいた記憶はほとんど風化してるんでね!」


 そう叫び返しながら、僕は魔法が効かなければ接近戦を仕掛けるしかないと猛攻をかけていた。杖にクリスタルを纏わせた刃と、ギル爺からもらった剣の二刀流で連撃を行う。


 ちなみにさっき言ったことは事実だ。十歳以前の記憶はニーナと遊んだ記憶くらいしか残っていない。十歳にしては経験した過去がハード過ぎるから心が無意識に忘れた可能性も高いのだが、僕自身は特に気にしていないから問題はない。


「足りないな……どう見ても迫力がない……。剣速も大したことはない……」


 手先は器用だから二刀流も問題なく扱えるのだが、攻撃がかすりもしない。どれも男のわずかな身じろぎだけで避けられてしまう。


「……このっ!」


 双剣を交差させた斬撃を放つが、一瞬のうちに親指と人差し指で二刀とも白刃取りされてしまう。


「っらぁ!」


 しかし、これに限っては予想していた動きのため、僕は交差させた剣の部分を蹴って掴んだ指を切ってしまおうとする。


「……っと! 危ない」


 さすがにこれは引かざるを得なかったらしく、男がそこで初めて一歩下がる。


「ロゼ! 目くらましで援護! こいつに直接当てないで! 魔力に分解される!」


「わ、わかりましたわ!」


 僕の指示に若干の戸惑いも見受けられたが、ロゼはすぐに気を取り直して光属性初級魔法の《光輝(ライト)》の魔法で男の目を潰そうとする。


「いい連携だ。だが……甘い!」


 それに対し、男は一応防ぐために左腕を目の前にかざし、右腕を僕たちの方に向けてくる。


 直後、全身に痺れのようなものが体に走り、膝をついてしまう。


「な、あ?」


 いつの間に行われた? さほど強くはないけど、腕に力が入らない。


「ロ……ゼ……」


 剣を落とした腕を使って何とか後ろを振り返る。そこには――




 体のそこかしこから煙を出して倒れ伏すロゼの姿があった。




「な……っ!?」


 今度こそ度肝を抜かれた。なぜだ!? なぜ至近距離で攻撃を受けた僕よりも彼女の方が重傷なんだ!?


「ふむ、クリスタルを持つお前には効果が薄いか……集めた魔力の一部を用いたほどなんだがな……」


 つまり、僕がクリスタルの剣を持っていなかったら、ロゼと同じくらいひどい目に遭っていたということか。


「そんなこと言ってる場合じゃない! ロゼ! 大丈夫!?」


 感覚の失せた足で走る感触に顔をしかめながらも、僕は急いでロゼの方に駆け寄って傷を診る。


「ひどいな……」


 ローブを脱がせないと何とも言えないが、少なくとも全身の大火傷は変わらない。わずかに露出している手の部分が焼け爛れているのを見る限り、放置しておいたら命に関わるレベルだ。


 だが、僕には治癒魔法が一切使えない。繊細な制御で傷口に必要な魔力を必要なだけ送り込む類の魔法は完全に使えないのだ。


 そして何より、僕の後ろにいる男がこれ以上待ってもらえるとも思えない。


(……速やかに奴を倒してロゼを連れて転移。そして医者に見せる。これしかない)


 頭の中で即座にこれからのことを考え、実行できるだけの算段もつける。あとは実行するだけ。


 逃げるなんて選択肢は思い浮かばなかった。ここまでコケにされて逃げるというのが癪であるのもあったし、何よりこの場所を知られた奴が何か行動を起こさない理由がない。


 よって――この場で倒す。


「……一応聞いておくよ。こんなことをする理由はなぜ? あと名を名乗りやがれ、テメェ」


 僕の中でかつてないほど強い感情が渦巻いているのがわかる。久しく感じなかったそれは怒りのそれに近い。


「ずいぶんと纏う雰囲気が尖り出したな……。面白い! 私の名はギーガ! この魔法陣による魔力吸収効果は素晴らしいぞ! これさえあれば世界を意のままにすることも可能だ!」


 効果範囲はティアマトから結構遠くまである。その付近の魔力を吸い取れるなら確かに強大極まりない力となるだろう。


 だが本人は気付いているのだろうか。その魔力吸収の範囲内に何もかもなくなってしまえばそれは意味を成さないということに。


(仮初めの夢、か……)


 しかし、それでもその夢を叶えて上げることはできない。僕にとって、ここは何物にも代え難い故郷にも等しい場所なのだから。


「……させない、とだけ言っておくよ。あんたは、これから僕の魔法で死ぬ。たった今確定した」


 ロゼの体を抱え、扉の向こう側にゆっくりと寝かせる。効果は薄いかもしれないが、ありったけの回復ポーションを体にかけておく。何もしないよりはマシだろう。


「待たせたね。じゃあ――始めようか」


「戦いを、か? それは少し違うな。お前と私では力が拮抗しない。拮抗しない人間同士の戦いは戦いとは呼ばんよ。虐殺だ」


「へぇ、奇遇だね。僕もそう言おうと思っていたんだ」


 全身に魔力を漲らせ、底知らずな魔力の底を探ろうとなお魔力を張り巡らせる。


「そう、これは虐殺……。ただし、僕が殺す側だ」


 理論だけで使ったことはない究極破壊魔法。ぶっちゃけ魔法と呼べるのかどうかもあやふやなそれを使う。


 おそらく僕の魔力は尽きる寸前までいくだろうが……、それは些事だ。極端な話、転移札を使うだけの魔力が残ればいい。


「な……!? いくらあのエクセルといえど、これほどの魔力が……!?」


 僕の名前は知っていたのか。まあ、魔法をたしなむ人間なら誰もが知っている情報、らしい。クリスタルを自分で作れる人間だからだろう。


 それに僕自身、全力で後先を一切考えない魔法行使なんて初めてだ。僕の魔力量の存在を知っている人間などいないだろう。僕もハッキリしたところは知らないし。


「始めようか――虐殺を」


 僕は六属性それぞれのクリスタルを宙に浮かべながら、宣言した。

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