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一部 第四十七話

「うわあああああっ!!」


 巨人の振り下ろされる腕がローブをかすめる。自分の体には毛ほども当たっていないのに、すさまじい風圧が僕を襲い、体勢を崩された。


「し、死ぬかと思った!」


 腕持ってかれると本気で思った。こりゃ、まともにぶつかるのは愚の骨頂だ。


「確かこの手のモンスター相手のセオリーは……」


 前衛と後衛二人ずつの最低でも四人一組で取り囲み、前衛が後衛の攻撃発動までの時間稼ぎ、だったっけ。


 ……一人なんだからできるわけないじゃん。


「うおおおおぉぉっ!?」


 自分で考えて無理だ、と一人突っ込みをしていたら頭上から平手が落ちてきた。直撃したら僕の体が潰されてしまうこと請け合いだ。


「うわわわわっ!」


 こちらも横に全力で跳んで避けることには成功したのだが、先ほどの拳とは段違いの風圧が僕の体を浮かせる。


 空中で体を回転させて着地するものの、今度は巨人の蹴りが僕目がけて放たれる。


「っと!」


 後ろに下がってしゃがむことでそれも避けるが、こちらの反撃ができないことに歯噛みする。


 向こうはただ手足を振り回しているだけでも凶悪かつ広範囲な攻撃になってしまう。一発でも直撃すれば僕の体なんてバラバラになってしまうだろうし、かといって避けるにしても体全体を使って避けなければいけない。


「厄介極まりないな……」


 安全だと判断できる位置まで下がって、僕はそう愚痴をこぼす。


 刀でもあれば話は少し変わって攻撃に出ることも可能なのだが、ギル爺から受け取った刀はすでに返してしまっている。しかも優勝できなかったから本当にぶん殴られた。


「時間稼ぎが適切だろうね……」


 とにかく、この巨人相手に僕一人では勝ち目がない。魔法を行使しようにも魔力を練り上げる一瞬の溜めがこいつ相手では致命的な隙になる。そもそもこいつの攻撃事態に隙がない。


「でも……」


 僕がこれからやろうとしていることはロゼをその攻撃にさらすことなのだ。ハッキリ言って不安の方が大きい。


 彼女にこの攻撃をさばき切れるのか、と自問自答しても答えは出ない。だけど、今は……、


「信じるしかない、か……」


 なんて都合のよく、なんて独善的な言葉なんだろう、と自嘲しながら僕は目の前に来た拳を避け続けた。






「まだ、なの……?」


 戦闘を開始して体感時間ではすでに二時間は経過している。まあ、実際のところでは五分から十分前後だろうけど。


 体が重く、酸素にあえぐ肺が痛む。おまけに思考も何やら靄のようなものがかかっておりハッキリしない。


(マズイ……疲れてきた……)


 殺し合いの空気というのは予想以上に消耗が激しい。僕も慣れてはいるのだが、これほど格上の相手とたった一人で相対するのは初めてだった。


 ……これほど死の気配を濃厚に感じたのは何年振りだろうな。


 死の恐怖が全身を蝕むと同時、何か言い知れぬ充実感のようなものが全身に渦巻いているのもまた事実。


 攻撃を避けるたびに全身へ走るこの快感。そう、これは……、


(生の充足……)


 生きている、という強烈な実感。まだ生きている。死んでいない。僕はここにいる。という世界へ己が存在を叩きつけるような気分が脳を支配する。


「ふ、ふふふ……」


 だからなのか、こんな状況でも僕の口元には笑いがあった。


「……っ!」


 僕と相対している雪の巨人(スノウジャイアント)は一向に死なない僕に焦れたのか、両手を広げ、僕を押し潰そうと迫った。


 それを僕は極限まで研ぎ澄まされた五感で指と指の間のわずかな隙間を見切り、体をねじ込む。


 普段なら絶対できない芸当も今の高揚した状態なら容易い。


「は、ハハハッ!!」


 何だか自分が自分でない気さえする。ここまで気分が良いのも珍しい。


「シッ!」


 そしてようやくめぐってきた攻撃の好機。これを逃すつもりはなかった。


 杖の先端に付けたクリスタルの刃を手の甲に深く突き刺す。


 途端に上がる苦悶の声の大音量に顔をしかめつつ、突き刺した刃を抜いてもう一度振りかぶる。


 だが、そこで雪の巨人(スノウジャイアント)は予想だにしなかった行動に出た。




 中指を丸め、親指で支える――平たく言ってしまえばでこピンの形を取って、僕の体を弾いたのだ。




「が、ぎっ!?」


 攻撃される直前で気付けたため、何とか身をひねって体の芯に攻撃が当たることだけは防げたが、受けることは避けられなかった。


 直撃を受けた右腕は見るも無残な形にひしゃげてしまっており、そこかしこから骨がはみ出て血も噴出する。


「――っ、づっ、ぐっ!」


 今すぐにでも泣き喚きたいほどの痛みが走っているはずなのだが、気分が高揚していたのが功を奏して痛み自体はそれほどひどくなかった。どちらかと言えばしびれている感じだ。


(痛みが薄いのはありがたいけど……! 今はマズイ!)


 これで出血がひどくなければまだ戦う選択もあったのだが、出血するペースは予想以上に激しい。このまま激しい動きを続けたら命を落としかねない。


「……くそっ!」


 ロゼのバカ、とわけもなく彼女に対して文句を言ってから僕は逃げることを決意した。


「――っ、りゃあ!」


 《星屑の礫(スターダスト)》で目くらましをして、まずは近くの木陰に身を隠す。


 どうせ薙ぎ払われたら僕もろとも死んでしまうが、ここで重要なのは少しでも止血を施すことだ。


 かろうじて難を逃れた左手と歯を使って不器用に肩を縛り上げ、血管を圧迫して止血する。


「いっつ……っ!」


 肩に布が触れた瞬間、頭の芯まで響くような痛みが走る。……そういえば、さっきから右腕全体がだらりと垂れ下がっている気が……。


 恐る恐る左腕で右肩に触ってみると、骨の感触がバラバラになっていた。どうやら衝撃で肩の骨まで砕けてしまったらしい。


 ……本当に気が昂ぶっていてよかった。もしも僕が冷静なままだったら、受けた瞬間気を失っていてもおかしくない痛みだ。


 それでも何とか応急処置としての止血は施した。僕は一瞬だけ後ろを見て巨人がどのくらいの場所まで近づいているのかを確かめようとしたのだが――




 木陰から顔を出した瞬間、巨人と目がバッチリ合ってしまった。




「…………」


『…………』


 あんまりにもあんまりなタイミングで目が合ってしまったため、お互いしばし無言になってしまう。いち早く正気を取り戻した僕はそろりそろりと逃げ出す機会を探っていたのだが……。


『ウガアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!』


「やっぱりこうなるよね!」


 右腕に走る痛みを一瞬だけ忘れ、僕はすぐさま木陰から飛び出して走り出す。


 僕のついさっきまで隠れていた木が巨人の腕に薙ぎ払われて粉々になってしまう。破片が飛んできて次々と僕に当たり、突き刺さっていく。


「いた、痛い!」


 特に右腕に当たるのがヤバい。気が遠くなりそうな痛みが連続して走るため、どうしても体勢が崩れてしまう。


「あ、ヤバ……」


 そして今までは軽口を叩ける余裕があったのだが、ついにその余裕も失せてしまう。空元気も底をついてしまったのだ。


 余裕がなくなったと頭が理解すると、急激に意識が薄れ始めてきた。体って現金過ぎる。


 足元がおぼつかなくなり、走っているのか歩いているのか、はたまた本当に地面に足があるのか。それすらも理解できなくなってしまう。


(……死んだかな?)


 朦朧として霞みがかった意識の中、思ったのは約束を守れないかもしれないという罪悪感と、悲しむであろうみんなへの謝罪だった。


「みんな……、ごめ――」




「謝るのは早いですわよ!」




 言葉を最後まで続けられず、僕の体が誰かに引っ張られる。


「……ロゼ?」


「その通りですわ! 少し森の中でゴブリンの群れに襲われまして遅くなりましたわね!」


 ロゼが来た、という事実が少しだけ頭をスッキリさせてくれた。


「……悪いけど、逃げた方がいい。ちょっと深手を負った」


「わかっておりますわ。ですので、今すぐこれをお飲みなさい」


 ロゼは僕の右腕を痛ましげに見つめ、僕の左手に瓶を握らせた。


「わたくしではあなたを抱えての逃走は難しい……。二人で生き残るには、わたくしがあいつを足止めする必要がありますわね。……絶対に、来てくださいね? 信じてますわよ」


 最後につぶやいたロゼの声には妙な信頼と温かさが込められていて、朦朧とした思考でも耳に残るほどだった。


「あ、待って……」


 しかし、止める間もなくロゼは巨人のいる方向へ駆け出してしまった。


 追いかけようとしたのだが、外気に触れた右腕が激しく痛んでたたらを踏んでしまう。


「あ……つっ……」


 ロゼが来たことで安心してしまったのか、傷の痛みがひどくなった。恐怖は思考を鈍らせるが、同時に痛みも鈍らせる。逆に安堵は思考を鋭敏にさせるが、同時に痛みも敏感にさせるのかもしれない。


 僕の頭は痛みに支配され、それから逃れたい一心で左手に収まっていた瓶詰めの液体をロクに確認もせずに飲み干す。


「ぐっ……!?」


 途端、右腕に火傷のような熱が走り、心臓が爆発してしまうのではないかと錯覚してしまうほど激しく拍動する。


 しばらく痛みに耐えてうずくまっていると、右腕の痛みが消えるとまではいかなくてもスッと引いた。同時に頭に血が巡り始める。


「これは……」


 おそらく造血作用と相当強力な治癒のポーション。少なくとも既製品ではない。


「ロゼの作った薬か……」


 平時と同等、まではいかなくてもかなり回復した思考が答えを導き出し、同時に体の調子も把握しようと努める。


 相変わらず右腕は使い物にならないが、出血自体はかなり収まってくれた。それに造血効果もまだ続いているため、血が出ているくらいがちょうどいい。


 結論。言うまでもなく戦闘可能。


「……よしっ!」


 早くロゼを助けに行かなければ。先ほどの痛みに耐えてうずくまっているので時間をいくらか消費してしまった。


 生粋の魔導士である彼女があの巨人相手に何分も持つとは思えない。体術のたの字も知らないようなロゼだ。急いで向かわないとマズイ。


「必ず助ける……!」


 ロゼが僕に向けてくれた無類の信頼に応えるために。


 そして、何より女性に何度も助けられ続けて何もしないというのは僕の性に合わない。


 僕はロゼの向かっていった方向に向かって走り始め、同時に体内でうねり出している魔力に術式を刻み始めた。

最近話のクオリティが下がっている気がします……。


なので、何かご指摘などがあればお願いします。誤字、脱字、荒らし以外はなんでも結構ですので。

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