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一部 第四十六話

 その日は朝から嫌な予感が止まらなかった。


 僕は普段、朝は日が昇ると同時に目が覚めるのだが、今朝に限っては日が昇り始める遥か前から目が覚めてしまった。


 しかも悪夢でも見たのか、全身汗びっしょりの姿になって。


「あの夢……は見てないし……」


 見ていたら鮮明に内容を覚えているはず。村が滅んだ夢だけは鮮明に映し出されるのだから。


「……寒っ」


 汗をかいてしまったため、全身が冷え切っている。僕は腹の奥底でわだかまっているモヤモヤとした感覚を振り払うように、焚き火に当たり始めた。


「……ん、エクセ?」


「あ、ロゼ。起きちゃったの?」


 しばらく火に当たっていると、ロゼも慣れない野宿で早く起きてしまった。


「日は……まだ昇ってませんわね」


「うん、ちょっと起きたのが早過ぎた。ロゼはもう少し寝てていいよ」


「もう目が覚めてしまいましたわ。エクセこそどうなのです?」


 意訳すると『エクセもこの二日間で疲れているでしょうから、休んではいかがです?』とこんな感じだろう。僕を気遣ってくれるのは素直に嬉しい。


「ごめん。僕はちょっと夢見が悪かったんだ。だから少し起きてるよ」


 それに下着が汗を吸ってひどく気持ち悪い。乾かすまでは眠れそうにない。


「あら、そう言う割には暗くなりませんのね。朝の始まりが悪夢ですとかなり気分も悪くなりませんこと?」


 ロゼの言い分にも一理ある。確かに僕も寝起きに村が滅びる夢を見ると、一日気分が悪くなる。もっとも、旅している間に顔に出さない術を身につけたが。


「とにかく、僕はこういうの慣れてるから大丈夫。ロゼは寝てて。寝ないと寝かす」


「どのようにして、ですの?」


 僕の発言に対して、ロゼは挑発的な笑顔を浮かべてこちらを流し眼で見てきた。どんな答えを期待されているのかは知らんが、お答えしよう。


「ちょっと頭を下げて――」


「あ、もう結構ですわ。読めましたから」


「そこを全力で叩く! 安心して。後遺症が残るほど強く叩くつもりはないから。けど、人間絶対もあり得ないから不慮の事故が起こる可能性もあるね」


「そんな不安要素だらけの寝かしつけ方なんて願い下げですわ!」


 まあ、さすがにそんなことはやらないけど。ちょっと頸動脈を圧迫して意識を落とすだけだ。


「はぁ……あなたとバカやっていたおかげで完全に目が覚めてしまいましたわ。エクセ、スープでも飲みますか?」


「一応聞くよ。ロゼ、料理ってやったことある?」


 名家のお嬢様だから答えは予想できていた。しかし、予想だけでは何ともならないので念のため聞いておく。


「ありませんわよ。ですが、シェフの作る姿をいつも見ていました。よって、不可能ではありませんわ」


 どこからどんな考えをたどればそんな結論にたどり着ける。


「やめてね。うん。確かに何事も一から始めるけど、そういうのはもっと安全なところでやろう? ね? ね? ね?」


「そ、そこまで言うのでしたら……。というかエクセ、あなたどうしてそこまで過剰に反応しますの?」


 話すべきだろうか。僕やニーナが生まれて初めて作った料理で起こった阿鼻叫喚の地獄絵図を。


「…………聞きたい?」


 僕の暗い顔と声に言い表せぬ何かを感じたのか、ロゼの腰がわずかに引くのを見た。


「ま、まあそれなりには」


 それでもなお聞きたいと言うあたり、ロゼの好奇心と度胸には大したものがあると思う。


「じゃあ教えようか。あれは僕とニーナ――前にも話したけど、幼馴染の奴ね――と一緒に旅に出て一週間目ぐらいの日だった……」


 話の内容を軽くまとめると、料理のりの字も知らない十歳の子供が二人集まったところで美味しい料理などできるはずもなく、できたのは悲惨過ぎる黒いナニカ。


「念のため。本っ当に念のために味見したニーナは真っ先に落ちた。目が覚めたのは翌日になって、僕が揺り起こしたから……」


「…………」


 すでに何も言えないらしく、ロゼは固唾を飲んで見守るばかり。


 ……無駄だろうけど、言ってみるか。


「あの、これ以上は別に話さなくても……。ほら、食欲がなくなっても困るし」


「……ここで引いたら負けた気がしますわ」


 わからないでもないけど、ここでこだわるべきは勝敗よりも朝食を美味しく食べることにあるのだと思うのだがいかがだろう。


「じゃあ話すよ。そしてその光景に恐れをなし、だからと言って食べる勇気もなかった当時の僕は、それを兄さんに出した……。兄さんの顔があんなに絶望に染まっていたのは後にも先にもそれだけだね」


 正直、あの顔だけは今も頭に焼き付いている。いつも飄々として頼りになる兄さんの顔があそこまで情けなく見えたのは初めてだった。


「だけど兄さんは男だった……! 子供で体のでき切っていないものの、ニーナを一撃で沈めたそれを食べ切った……! ……………………どさくさに紛れて混ぜておいた僕の分まで」


「待ちなさい。あなた相当非道なことをやりませんでした?」


「…………誰か一人は意識を保つ必要があった。そのための苦渋の決断だ」


 もちろん、当時十歳の子供がそんな難しい判断を下せるはずもなく、今言った理由はとっさに思いついた後付けに過ぎない。


「ウソつくんじゃありませんの! 十歳の子供がそこまで達観しているわけありませんわ!」


 そうだよね。とはいえ、あの頃は村を滅ぼされてすぐだったから結構落ち込みやすかったけど。


「……とまあ、僕の昔話はこんなところかな。はい、朝ご飯できたよ」


 話を締めくくり、同時に片手間で温めていたスープをロゼに渡す。


「いつの間に作ったんですの!? わたくし、あなたの話に夢中で気が付きませんでしたわ!」


 ロゼは実に自然な動作で受け取ってから、いつの間にか作られたスープに戦慄していた。


 ……計算づくでやったんだけどね。ロゼ、一つのことにものすごく集中するタイプっていうの知ってたから。


「さあね」


 素知らぬ顔でスープを飲みながら、僕は作戦が上手くいったことに内心でほくそ笑んでいた。






「んじゃ、今日で何か見つかるといいね」


「そうですわね。手ぶらでは戻れませんわ」


 朝食を食べ終えてから、僕たちは再びモンスター調査に戻った。今日こそ何らかの手がかりを見つけるつもりだ。


 ……まあ、こういうのって根気が物を言う作業だから三日程度で成果が出るのか、と言われれば結構怪しいが。


「考えても仕方ないか……。ロゼ、これを持って」


 僕はロゼに魔法の術式が描かれた札を渡す。ロゼは受け取り、しげしげとそれを眺めてからこちらを見返す。


「これは……通信用の札、ですか? これを作れることにも驚きますが、どうして今になって……」


 こういう魔力を込めた札を作るのが得意なのだ。術式を覚えるだけでできるし、これには僕の魔力が良い意味で役立っている。


 血には微量の魔力が含まれており、それで描くことによって術式が意味を持つ。だが、普通の魔導士はそこへさらに魔力を込めながら描かないと完成しないため、手間がかかるのだ。


 僕はその魔力を込める手順を省略できる。これができると知った時には狂喜したものだ。


「安全性を重要視したんだよ。二人で固まってた方が何かと安全でしょ? でも、もうそんなこと言ってられない。だからこれを持って二手に分かれよう」


「なるほど……、確かにあなたの言い分にも一理ありますわね。わかりました。効果範囲はどれほどで?」


「一応半径八百メルまでは反応するように設定しておいた。だけど限界ギリギリまで離れないようにね。さすがにそこからじゃ僕でも向かうのに時間がかかるから」


「了解ですわ。約三十分おきに連絡も取り合うことにしましょう。では」


 僕の説明にうなずいたロゼは札を持って森の中へ分け入って行った。


 ……定期的に連絡を取り合うなんて方法、どこで知ったんだろう。戦に携わる人じゃない限り知る必要のない情報なんだけど。


「……まあ、いいか」


 ロゼだし。彼女なら何をやらかしてもおかしくはない。


 そう自分に言い聞かせながら、僕もロゼとは逆の方向に足を進めて行った。






「寒い……」


 一人で探索を始めて二時間ほど経過した。


 僕たちにおける収穫は一向にゼロ。本来ならもっと大人数で期間を長く設けてやる必要のあることだから仕方ないと言えばそれまでだが、そう思ってしまうのは諦めに近いため、何となく癪だった。


 ロゼとの定時連絡も行っていたのだが、向こうでも収穫はないようだった。彼女のお世辞にも長いとは言えない忍耐の紐がだんだんと切れているのが通信札越しにもわかった。


 それにしても寒い。昨日も冷え込んだのだが、今日のは別格だ。これは雪でも降るんじゃないか?


 ティアマトでは一応四季はハッキリしているのだが、夏と冬の気温差はさほど大きくない。気温の波がなだらかな地方なのだ。


 そのため、雪なんて滅多に降らないはずなのだが……、今日は別だった。


「あ……、やっぱり降り出した」


 木々の隙間から綿のように重たそうな雪が降ってきた。雪の粒の大きさからして、これは積もるだろう。


「……戻るか」


 雪まで降り始めた以上、二手に分かれて遭難されたらマズイなんてものではない。サッサと合流して帰ることも視野に入れた予定を立てないと。


 そう考え踵を返した時、後ろから非常に重量感のある足音が聞こえた。具体的にはズシン、ズシン、と言った擬音が聞こえそうなくらい。


「……………………」


 僕の恐ろしい予想が外れていることを全力で願いながら、恐る恐る後ろを振り返った。


雪の巨人(スノウジャイアント)……!」


 これはヤバい。僕の恐ろしい予想をさらに上回る奴だ。


 そしてマズイことに僕はこいつと戦ったことがない。つまり全て本の知識に頼って戦うしかないのだ。


「……っ!!」


 四メル近い巨体が僕を見下ろすのを感じ、一瞬で喉が干上がる。


 究極魔法で倒す? 無理。そんな溜めの長い魔法の使用を許してくれるほど目の前の相手は優しくない。


 逃げる? 《身体強化(フィジカルチャージ)を全力で行使したならば可能かもしれないが、歩幅の長さ自体が違う。逃げられる可能性は低い。


 戦う? 魔法剣を使えるのなら倒せるかもしれないが、僕一人では少々不安が残る。


「……時間稼ぎ一択!! ロゼ、こっちはヤバい敵に襲われてる! だから早く来て助けてください!」


 それを言った瞬間、目の前に迫っていた巨人が腕を降り下ろしてきたため、それを避けようと横に跳んだら、札を破かれてしまった。


『は? いきなり何ですの!? とにかくそちらに向かえば――』


 ロゼの言葉も途中で途切れてしまい、僕は結構な焦りに襲われた。


 ……というか詰んだかも?


「ハハハ……、これじゃ僕もロゼのことを悪く言えないかな……」


 杖を構えながら、僕はロゼに負けず劣らずの自分の巻き込まれ体質を呪った。

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