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一部 第四十五話

 森の奥に入って地道にモンスターを探すこと半日。本日の収穫は一切なし。


「まったく……モンスターでどうして会いたくないときに出くわして、会いたい時にはいないんだろ」


 僕は先頭に立って草をかき分けながら愚痴をこぼす。後ろにいたロゼも深くうなずいて追従してきた。


「往々にして人生はそういうもの……。そんな言葉ですんなり納得できるほどわたくしたちは悟っておりませんものね」


「そうだね。でもそろそろ今日の探索は切り上げない? 日もだいぶ傾いてきてる」


 まだかろうじて日光の当たる場所を探索しているため、何とか日の傾き具合を観測できる。そして茜色に僕たちを染め上げる夕陽は、もうすぐ夕闇がやってくることを雄弁に告げていた。


「では、野営の場所を探しましょう。これはエクセに一任しますわ」


「別に任されるようなことでもないけどね……」


 木の洞なんてのがあるとありがたい。もしくは洞窟と言うには浅すぎるほら穴とか。雨の心配をする必要もないし、モンスターの警戒も格段に楽になる。


「……おっと、この辺なんか良さそう。ロゼ、ここでいい?」


 僕が見つけたのは木々の間にあった適度な大きさの広間だ。木々が多くて視界が悪い分、警戒するには不向きだが、火を絶やさなければ問題ないだろう。


「これに関してはあなたの方が一日の長がありますからね。信じてますわよ。エクセ」


 あまり嬉しくない信頼のような気がするのは僕が疑り深いせいだろうか。


「んじゃ、ちゃっちゃと準備を……あれ?」


 疑問の声を出してから、何がおかしいのか自分でもわからないという不思議な状態になった。何だろうか、この違和感は。


「どうかしましたの? 特に何もないようですけど」


 ロゼが僕の声に釣られて僕が見ている方を横から見るが、変わったものはないと言った。




 ――何もない?




「それだ!!」


 ロゼの一言が答えにつながった。僕はすぐに地面を手でなぞり、次に木々を見上げた。


「エクセ? どうかしましたの? 獣の足跡でもありましたか?」


「その可能性もあるにはあるけど……。でもこれはちょっと違うみたい」


 軽く見渡したところ木の皮を剥いだ痕跡もないし、生物のいた痕跡もない。いや、なさ過ぎる、と言った方が正確か。


「……? いったい何なんですの。もったいぶらないで言いなさい」


「あ、うん。ちょっと確証がないから不安でもあるんだけど……」


 ただ、他に思い当たる節がないのも事実。しかし話さないことには何も解決しない。僕は前置きをしてから僕の推論を話し始めた。




「これ――魔力の枯渇現象だと思う」




「――っ! そういえば……これは確かに!」


 ロゼは僕の一言で全て理解したようで、先ほどの僕と同じように地面を見下ろし、次に木々を見つめる。


「草花がほとんどないのに、木はこんなに元気……。確かにこれは枯渇現象と似通った部分がありますわね」


「うん。この辺一帯の魔力が枯渇すれば植物は枯れるし、その植物を食べる草食動物が移動すれば肉食動物もそれを追って移動する。……モンスターの大移動もこれと同じ可能性があるよ」


 魔力というのは多かれ少なかれどんなものにも存在する。それこそ道端に落ちているような石ころにだって魔力は微弱ながら存在する。


 そしてこれは意外と知られていないことなのだが、生物は魔力が体内から消えると生命維持ができなくなってしまう。つまり死を意味するのだ。


「ですが、枯渇現象なんて自然に発生するものでして? 人為的な何かをわたくしは感じるのですけど」


「そうだね。その可能性が高い。魔力がどこから生まれてくるのか、という問題に答えは出ていないけど、少なくとも自然に起こり得ることじゃない」


 つまりこの辺、あるいはティアマトのどこかに魔力が必要で、それを外から持って来ようとする輩が存在するということになる。


「……笑えませんわね」


「うん。これは放置したらマズイ」


 すでに近辺での動物の分布図が変わり始めている。ひょっとしたらこの地方では見かけないような動物まで入ってきているかもしれない。


 それが肉食動物だったり、強力なモンスターだったりしたら目も当てられない。住処を追い出されたモンスターたちがティアマトを狙う可能性は非常に高くなってしまう。


「ですが、以前に見かけたエンシェントドラゴンがそのようなことをしている可能性はありませんの? あれほど大きな竜でしたら、体の維持に必要な魔力も多いのでは?」


「うーん……、そんなことするかなあ……」


 エンシェントドラゴンは僕たちとは比べ物にならない知能を持っているし、竜種は魔力を体内で生成するのも人間なんかより遥かに効率がいい。ハッキリ言ってそんなことをする利点が見当たらない。


「……まあ、これは保留にして今日は休もう。明日から本格的に範囲を広げて調査を始めよう」


「そうですわね。ここであれこれ話していても答えが見つかるわけではありませんし……」


 僕たちは予想以上に事が重大かもしれない、という妙な空気の重さの中で黙々と野営の準備をした。


 その日の会話はそれっきりなく、無言のまま次の日を迎えた。






「……よしっ! 気合い入れてやるよ!」


「ええ! わたくしたちでこの原因を解き明かして見せましょう!」


 しかし、空気が重たいのは一日だけだった。昨日は大変なことに巻き込まれたと頭を抱えていたのだが、一日経ったら開き直れた。


 僕たちの引き受けた仕事は近辺のモンスター調査だ。この辺の生態系の異常に関しては畑違いであり、見習い魔導士がしゃしゃり出ていい問題ではない。


「あの、ロゼ? 解き明かすって何を?」


 そう考えて今日一日に臨む予定だったのだが……、ロゼの一言でいきなり出鼻をくじかれた気になる。


「当然、この異常現象の原因に決まっておりますわ。エクセこそ何を不思議そうな顔をしているんですの?」


「待って待って待って。お願い冷静になって。確かにこれは気にならないわけじゃないけど、僕たちに頼まれたことを忘れたの!? モンスター調査だよ!? わかるよね!?」


「わかっておりますわ。ですが、モンスター調査をするにもまずはモンスターを見つけねばなりません。そのモンスターが移動してしまっているのはこれのせいでしょう? でしたら調べることにも意味はあるのではないですの?」


「うぐっ……」


 ロゼらしからぬ見事な正論に黙らされてしまう。というかロゼにそう言われるとそんな気もしてくるのが不思議だ。


「ですから、まずはこちらの原因を解明してしまいましょう。もちろん、解明する途中でモンスターに出会えればそれでよし。わたくしだって頼まれたことをやらずに自分勝手をすることなどあり得ませんわ」


「…………」


 果てしなく怪しいところだが、わざわざ指摘して話をこじれさせる必要もないので、黙っておく。それに指摘したら怒り出しそうだ。


「……まあ、基本はモンスター探しだよ。でも、こんな感じの景色が続くようならそっちの調査もしよう」


 答えが出せるとは思えないが、それでも得た情報は何らかの役に立つはずだ。ならば調べておいて損はない。


 方針を纏めた僕たちは速やかに出発準備を整え、すぐにその場を発った。






 結論から言おう。モンスター自体は普通に見つかった。


「おっと!」


 僕に向かって錆びたナイフを突き出してくるゴブリンの攻撃を避け、がら空きになった後頭部に杖の打撃を殺さない程度に手加減して叩き込む。


「ふぅ……。ロゼ、出てきていいよ」


 ゴブリンが気絶しているのを確かめてから、草むらに隠れているように言っておいたロゼに出てくるよう指示する。


「あら、もう終わりましたの?」


 ロゼは倒れ伏しているゴブリンを特に恐れもせず、こちらに駆け寄ってきた。


「まあ、ゴブリン一体だしね。二人がかりで戦う必要はないよ」


 それに下手に魔法を使って、魔力の残滓からモンスターたちに寄って来られても困る。普段はしなくても構わない心配なのだが、周囲一体の魔力がないこの辺に限っては別だ。魔力に飢えたモンスターが来てもおかしくない。


「それもそうですわね。何より、モンスターが出ることがわかって一安心ですわ」


「うん、だけど……」


「わかっておりますわよ。ゴブリンは本来、群れで活動をすると言いたいのですわね?」


 ロゼの問いかけの形をした断言に僕はうなずく。このゴブリンがただの見張りなどなら問題はないのだが、装備から判断するにこれはどう見ても本隊、しかも隊長クラスのゴブリンだ。


「そんなものがここにいるということは……」


「他のゴブリンがいない、あるいは殺されたということになりますわね」


 ゴブリンが殺されることは基本的に珍しくない。モンスターの中でも最弱の部類に入るモンスターであり、それゆえに地力の低さを数の多さで補っているのだ。


『はぁ……』


 ロゼもこの事実に気付いており、二人同時にため息をこぼす。先がまったく予測できず、それでいて嫌な方向に物事が進んでいることだけはハッキリと理解できる。あまり良い気分ではない。


「……とにかく、できることを頑張るしかないよね」


「まったくですわね。暗中模索とはこのことですわ」


 難しい言葉知ってるね、と感嘆しながら僕たちは再度歩き始めた。






「ダメだったね……」


「ええ……」


 暗くなってしまった空を見上げながら、僕たちは肩を落とす。自分たちは精一杯動いているのに、手ごたえが一向にない。それがこんなにも徒労感を催すものであると初めて知った。


「……そろそろ野営の準備をしよう。まだ明日もある」


「……そうですわね」


 ロゼの返事にもいつもの覇気がない。やはり僕と同じで言いようのない疲労感があるのだろう。


「…………」


 それを理解した僕はあえて何も言わず、黙って天幕を張って食事の支度を始めた。この手の疲労感は食べて気を紛らわせた方が良い。


「……ん、完成」


 肉と野菜のたっぷり入ったスープだ。ちょっと味見をして、美味くできていることを確認してからロゼに渡す。


「はい、ロゼ。暖かいスープ。美味しいよ」


「……ありがとうございますわ。ちょうど体が冷えていたところですの」


 そりゃそうだろう。一年も終わりに近いのだから。周囲の環境をある程度整えるこのローブがなければ火を絶やすことなどできなかったところだ。寝る場所にも気を使う必要があるし。


「……美味しい」


「それはよかった。飲んだら早く寝た方がいいよ。昨日も今日も動きっぱなしだからね」


 僕もロゼの対面に腰を下ろして自分の分のスープを飲む。胃の奥に暖かい汁が染み入るのが心地よい。


 そんな僕の様子をロゼはまじまじと見詰め、フッと相好を崩した。


「ありがとう。エクセ。あなたがわたくしの友人でよかったですわ」


「ん? よくわからないけど、とりあえずどういたしましてと返しておくよ」


 別にお礼を言われるほど特別なことをやった覚えはない。ただ、ロゼが元気になっているということだけはわかった。


 その日も何の収穫もなかったが、一応明日に向けて前向きな気持ちのまま、僕たちは眠りについた。


 そして――事は翌日に動きを見せた。

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