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一部 第四十四話

 魔法大会が終わり、一年ももう少しで終わる頃、それは起こった。


 切っ掛けは例によってロゼ。もういい加減、彼女の事件体質は異常なのではないかと思い始めている。ほぼ毎回巻き込まれている僕が言うのもどうかと思うけど。


「モンスター調査?」


「ええ、正確に言えばモンスターの生態調査、ですわ。以前、ガウスの故郷がモンスターに襲われた事件、あれの新しい情報が入ってきましたの」


 僕としてはガウスの国で起きた事件がそこまで広まっていることに驚きを隠せない。そんなに重要な内容だったのか?


「はぁ……、それがモンスター調査? でも何で僕たちに?」


 そういうのは専門家がいるはずだ。モンスターだって一応は生態系をちゃんと作っている以上、生物学の領域でもある。


「何でも周辺の草花が急に枯れ始めているそうで、そちらの調査にかかりきりだそうですわ。こちらは情報に確実性があるわけではありませんし、深追いしなければわたくしたちでも大丈夫だと判断されたのでしょう」


「なるほどねえ……。んで、その新しい情報っていうのは何なの?」


「知りたいのでしたら、この場でわたくしに協力して一緒に調査へ行くと誓いなさい」


「ぐっ……」


 誓ったら後々面倒くさいことになるのは目に見えている。だが、内容も気になる。嫌な選択を突き付けてきた。


「………………わかったよ。誓うよ。どうせロゼは立候補してるんだろうし、相方には僕を推薦しているだろうしね」


 通常、街の外へ調査などをする時は最低でも二人一組になる必要がある。万一、片方が死んだとしても残りの片方が戻って報告ができるためだ。それに一人が怪我をした場合も戻って助けを呼ぶことができるし。


「あら、よくおわかりですわね」


 そしてロゼは僕の戦闘力という面においてそれなりの信頼を置いている。ならばこの結果も必然的に予想できるというものだ。


「そりゃあ、ロゼとは長い付き合いだしね……。そろそろ二年かあ」


 長い付き合い、という言葉で僕がここにいられる期間をなぜか思い出してしまう。確か兄さんたちが迎えに来るのは春の初めということだった。


 そして今は冬真っ盛りといったところ。兄さんたちが来るまで、残り三ヶ月ほどだった。


「あなたはもうすぐこの街を出るのでしたわね……」


 僕の発言を聞いたロゼも何やらしんみりしてしまう。


「あはは、ちょっと早過ぎる感傷だね。ほら、早くロゼの情報ってやつを話してよ」


 ほんの少し重くなってしまった空気を振り払うように笑いながら、僕はロゼの話を促した。


「……そうですわね。心して聞きなさい。これはかなり重要な情報ですわよ」


 僕の意図を読み取ってくれたのだろう。ロゼは気を取り直してモンスター調査の概要を話し始める。


「先日、ガウスの故郷である街――ロウニードが大規模なモンスターの集団に襲われたのはご存じですね」


「へえ、ガウスの故郷ってロウニードなんだ」


 ガウスは自分の街、としか言わなかったからわからなかった。だけどロウニードならこのブレス大陸でも相当に大きな部類に入る。


 兄さんたちは僕のいない間に行ったのかな。だとしたら少しうらやましい。


「まあ、襲われた場所はさほど重要ではないので今は省かせていただきますわね。問題なのはどうしてそこが襲われたのか、ですのよ」


「うん、そりゃあそうだろうね」


 何で襲われたのか。その理由さえハッキリしていれば対策の立てようもある。十中八九ロウニード側だって調査団などを派遣したはずだ。


「当初はかなり強力なモンスターの存在も危ぶまれておりましたので、かなりの精鋭部隊が向かったそうですわ。ですが何事もなかったそうです」


「……良かったことなんじゃないの?」


 人死になんて出ない方が良いに決まってる。


「もちろん、それは素晴らしいことですわ。問題は『何の手がかりも得られなかった』ことなんですの」


「……何の手がかりも得られない?」


 それはさすがにおかしい。大規模にモンスターが移動したのだから、何らかの痕跡があるはずだ。


「信じられないようですが、本当のことですわ。向こう側にウソをつく理由がありませんもの。かくしてモンスター襲撃事件は原因不明の得体の知れない事件となりました」


「いやいやいやいや、そこで話を終わらせちゃダメでしょ。モンスターなんて本能の塊なんだから、意味のない行動は絶対に取らないはずだよ。つまり、何らかの理由があったはず」


 もっとも、人間が後ろにいる場合はその限りじゃなくなるが。人間はこの世界で唯一、まったく意味のない行動が取れる動物だ。


「エクセの言う通り、学者の方々もそう考えております。だからこそのモンスター調査ですわ」


「だからこそ……ああ、原因がわからないなら、僕たちの方に来る可能性も否定できない。だからこそ先手を打つんだね」


 一応見回りをして、何事もなければそれでよし。何かあればそれに対策すればいい。簡単な話だ。


 そしてこの仕事を依頼してきた上の人たちもそう考えているのだろう。でなければ多少手間をかけてでも正規の魔導士に向かわせるはずだ。


「わかった。やらせてもらうよ。時間は?」


「明朝、正門前に集合ですわ。ちなみに三日ほど時間をかける必要がありますので、野宿の用意も忘れずに」


 野宿が必要な外出など久しぶりだ。以前の下水道の時は野宿とは言い難いものだったし……。


「はいはい。ところで、行くのは僕たちだけ?」


「ええ、ディアナたちも誘いたいところなのですが、彼女は何やら魔闘士の試験が近いようなので」


「へぇ、もう受けられるんだ。あれ」


 魔導士もそうだが、魔闘士も正式に認められるためには試験を受ける必要がある。魔導士としての試験は術式構築の技量や魔法学への造詣の深さなどを図るため、筆記試験が主なのだが、魔闘士はそれとは正反対だ。


 魔闘士に求められるものは戦闘能力であり、魔法学への造詣など二の次三の次なのだ。おろそかにして良いわけではもちろんないが、魔導士よりは軽視される。


「ディアナかぁ……、受かるといいね」


「そうですわね。受かったら思いっ切り祝福してあげましょう」


 魔闘士というのは完全に実力主義な世界だ。多少の年齢制限はあるが、実力さえあればディアナみたいな僕と同い年の少女でもなれる。


 逆に魔導士は実力主義であることは間違いないが、知識分野であるためどうしても年功序列がある。普通に考えれば長生きしている方が知識が豊富に違いないのだ。


 だからこそディアナは魔闘士試験を受けるのだし、僕たちはまだ受けないのだ。魔導士試験は一番早くても学院滞在三年目くらいに受け始め、受かるのは七年目くらいになるのが通例だ。


「それじゃあガウスは?」


「彼は教授に捕まって補習だそうです。まったく、日ごろの勉強をおろそかにするからあんな悲惨なことになるのです」


 おかしいな。ガウス、部屋ではそんな素振り見せていないぞ。今日から補習なのか、はたまた補習というのはただの方便で、別の何かがあるのか……。


 まあ、どちらにせよガウスは来られない。その事実がわかっていれば十分か。


「んじゃ、今日はこの辺で失礼するよ。明日の準備もあるし」


「ええ、遅れないようにするのですわよ。それではまた明日」


 また明日ー、と手を振ってお互いに別れる。僕は寮の自室へと戻る道を歩きながら、今さらな疑問に気が付く。


「……あれ? 出かけてる間の講義ってどうなるの?」


 まさか無断欠席扱いにはならないだろう。まさか、まさかね。


「大丈夫……だよね?」


 微妙に不安な気持ちを抱えながら、僕は寮の門をくぐった。






「んじゃ、行ってきます」


 翌日。僕は野営用の道具を背負って、昨日から一睡もせずに補習の課題にかかっているガウスに声をかける。


「…………」


 返事はなく、無言で手を振られる。どうやら相当疲れているようだ。同情の気持ちもなくはないが、結局は自業自得なので何とも言えない。


 冬のキンと冷えた空気を胸一杯に吸い込みながら、正門までの道を急ぐ。やっぱり冬の空気が一番気の引き締まる感じがして好きだ。


「あら、エクセ。早いのですわね」


 正門に到着すると、すでにロゼが待っていた。目がわずかに見開かれていることから、僕が早く来たのが予想外だったらしい。


「おはよう、ロゼ。それと僕は基本的に時間は守るよ。遅れるのが当然見たいな顔されると心外なんだけど」


 誰かと待ち合わせたら必ず五分前にはいないと気が済まない方だ。


「そのような顔、まったくしておりませんわ」


「平気そうな口調で言うけど、視線を逸らす癖は直した方がいいよ」


 僕が指摘するとロゼは決まりが悪そうに咳払いをしてその場をごまかそうとする。僕としてもこれ以上追及する気はなかったため、大人しく引いた。


「そ、それではそろそろ出発しましょう! エクセも準備してきましたわね!」


「うん、まあ必要最低限は」


 とりあえず三日分の携帯食料と飲み水は持ってきてある。あとは夜露をしのぐ天幕や毛布ぐらいだ。


「……ずいぶん小さくまとめてありますのね。さすがに旅慣れているだけありますか」


「あはははは……」


 ロゼに素直に称賛されると何かむずがゆい。僕は愛想笑いでごまかしながら、ロゼの先に立って歩き始める。


「あ、待ちなさい! わたくしが前ですわよ!」


 そんな僕に対し、慌てて後を走って追い抜こうとするロゼを僕は何となく楽しい気持ちになって見つめていた。


「はいはい、わかったよ……。ところで、これから向かう先はどこなの? 僕は聞いてないんだけど」


「あ、言っておりませんでしたわね。場所はわたくしたちが前にフィールドワークに行った場所、わかります?」


「うん、よく覚えてる」


 レッサードラゴンに襲われて散々な目に遭った場所だ。忘れようにも忘れられない。


「今回はモンスター調査ですからね。あの時ほど奥に、までとは申しませんが、それなりに奥には行くことになりますわよ」


「うへぇ……」


 ドラゴンが生息しているような場所の近くまで行くのか……。


(まあ、下手に刺激しなければ大丈夫だろう……)


 というかそうでないと困る。またドラゴンと戦うなんてまっぴらごめんだ。


「……ロゼ、気をつけてよ」


 そしてそのレッサードラゴンに襲われる要因を作ったロゼにはジト目を向けざるを得ない。


「わ、わかっておりますわよ。同じ失敗を二度はいたしませんわ」


「へぇ……」


 前科持ちの人間の言うことを誰が信じると思う。僕は話半分にそのセリフを聞き流す。


「ぐ、うぅぅ……っ! いいですわ、行動で示して上げますの! ついてらっしゃい!」


 僕のジト目が彼女の嫌なスイッチを押してしまったらしく、肩を怒らせながらロゼが歩き出す。


「やっちゃった……」


 僕は自分のやってしまったことを嘆きながら、ロゼの後を追うことにした。


 僕と彼女のモンスター調査の始まりだった。

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