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一部 第四十三話

「……ん」


 身じろぎがしたかったのだが、何かに体を固定されて動けない。


「ん……?」


 体が動かないなんて普通じゃないと思い、眠気の残る思考で必死に直前までの行動を思い出してみる。


 確か、僕は……、


「そうだ……ロゼと試合して……」


 それからどうなったのか、記憶にない。ロゼの肩を砕いたが、僕は彼女の上級魔法をまともに受けてしまい、気を失ったのだった。


「……エクセ? 目が覚めたの?」


 ようやく記憶がハッキリしてきたところで自分のいる場所の横合いから声がした。物静かで、しかしそれでいて確かな優しさを感じさせるこの声は――


「ディアナ? そこにいるの?」


 現在、僕の体は固定されているため首も動かせず、必然的に視界も限定されてしまう。僕の視界にディアナはいなかった。


「……ここ」


 ディアナは僕の眼前に顔を見せてきた。目の下にはビッシリと隈ができており、何がなんだかわからない僕としては驚くことしかできない。


「どうしたの? そんなに隈を作って。まるで何日間も寝てないみたいな……」


「……エクセ。あなたは、二日間、寝たきりだった。この意味が理解できる?」


 ディアナは一言一言ゆっくり区切りながら僕にそう言ってきた。


「え……、二日も?」


 さすがに聞き返してしまう。そんなに長い期間眠り続けたのは生まれて初めてだ。


「ロゼとの試合で俺と戦ったときの傷が完全に開いて、おまけに《竜巻(サイクロン)》の直撃だ。ロゼの魔力が切れて途中で終わってなければ今頃お前は墓の中だよ」


「その声はガウスだね。ロゼは?」


 ガウスの声だけが聞こえるが、気配を読めば近くにいるのがわかる。


「ロゼはお前より傷が浅かったから、治癒を行っておしまい。その日のうちに意識は取り戻していたよ。もっとも、試合自体は引き分けになったが」


「引き分け?」


 そうか。意識を失う直前にロゼが倒れる姿を見た気がしたのだが、本当だったのか。


「ということは……」


「ご推察のとおり、優勝者なしだ。両方とも負け扱いだからな。おまけに二人とも意識を失ってたから三位だけに賞金を渡しておしまいだ。……ってか、両方とも負けてんだから一位も二位もないだろ」


「……冗談?」


 冗談だと言ってほしい。今ならまだ笑って流せるから。


「残念ながら真実だ」


 僕のすがるような視線を完璧に無視したガウスが無慈悲な事実を告げる。


「……本当なの? ディアナ」


「……うん」


「俺の言うこと信じられないのかよ!?」


 ガウスの言葉を無視してディアナに聞いてみたところ、ディアナからも同じ返事が来た。やはりガウスの言っていることは真実なのだろう。


「賞金……なしなんて……」


 賞金がないという事実に僕は際限なく落ち込んでいく。確かにあの大会には腕試しの意図も存在したが、何よりも賞金が目当てだったのだ。それなのにこれでは本末転倒だ。


「お、落ち込むなよ……。何とかなるからさ、なっ!」


「お金貸してください。具体的には今月を乗り切れるほど」


「無理。俺も余裕ない」


 何とかなると言ったのはどの口だ。


「ははっ、まさかこんなことになるなんて……。お笑いも良いところじゃないか、はははははは……」


 全てを諦めた者にしか出せない乾き切った笑い声を上げながら、僕は腕や足に力を入れて体の調子を把握しようとした。


(ふむ、一応動かす分には痛まなさそうだな……。僕が寝ている間にも治癒魔導士が治癒してくれたんだろう。ありがたい)


「《身体強化(フィジカルチャージ)》!!」


 それがわかった瞬間、僕は自分の体に強化を施して、僕の体を固定している器具を破壊した。


「お、おいエクセ!?」


「……今までの行動から、エクセが次にとる行動が何となく読めた。……忠告しておく。思い留まった方が良い」


 ディアナの妙に冷静というか悟った言葉が気になったが、特に考えることなく僕は窓に手をかけた。


「あ、俺も理解できた。俺からも言っておく。やめておいた方がいいぞ」


 なぜかガウスまでディアナと同じことを言い始めるが、もはや僕は誰にも止められない。


「さらば現実!」


 そう叫びながら窓を開け放ち、窓枠に足をかけて高らかに宙を舞った。


 全身を無重力感が包み込み、すぐに重力に引かれて地面に向かう。この感覚が終わる時、僕は現世とのお別れをしているはずだ。


 ……はず、だった。


「あ、あれ……?」


 予想に反して着地までの時間が短く、ちょっと足に負担がかかった程度だった。


「……言う必要もないから言わないでおいたけど、ここは一階」


「一階で、しかも足から飛んで死ねる奴なんていないっての。いたら見てみたいわ」


 僕が疑問に頭を悩ませていると、後ろから呆れ切った顔をしたガウスとディアナが僕のことを見下ろしている。


「……僕、すっごくバカなことした?」


 途端、ガウスとディアナの顔がにやにやとした笑い顔に変わった。ヤバい、この二人絶対今の行動でからかうつもりだ……!


「……エクセ、あなた何をやってるんですの?」


 しかも間の悪いことに後ろから聞きなれた声がかけられる。


「……ロゼさん」


「何ですの? いきなりさん付けなんてして」


「……見てらっしゃいました? 僕の、その……」


 一生からかわれるであろうことが確定の恥ずかしい場面を。


「……? いいえ。わたくしはあなたが『さらば現実!』と叫びながら窓枠から飛ぼうとする姿しか見ておりませんわよ」


「最初から最後まで見られた!」


 よし、死のう。生き恥をさらして生きるつもりはない。


「さらば現世!」


「おやめなさい!」


 ロゼの鉄拳により僕の自殺は未遂に終わった。






「ごめんなさい。ちょっと情緒不安定でした」


 ロゼにしこたま殴られた後、ようやく正気を取り戻した僕はおとなしく病院のベッドで横になって、お見舞いに来てくれた三人に頭を下げる。


「ありがとうね。わざわざ来てくれて」


「いいってことよ。面白いものも見れたしな」


「……ガウスに同意。きっとこれは我が家の歴史に語り継がれる」


「右に同じですわ。あなたの行動は世界中に広まることでしょう」


「世界規模で広めないで! そんなことされたら僕の生きる場所なくなっちゃうから!」


 素直にお礼を言ったのに、どうしてみんなは僕の傷をえぐってくるのだろう。というか本当に彼らはお見舞いに来たのだろうか。なんだか僕の傷を深めに来た気がしてならない。


「まあ、それはさておき……。お疲れさん。エクセ」


「……頑張った」


「そうですわね。エクセ、恰好良かったですわよ」


「……三人とも、何の話してるの?」


 さっきまでの嫌らしい笑みとは一転した穏やかな笑みを浮かべたみんなが、僕のことを労い始める。一体何の話だろう。


「大会の話だよ! 驚いたぜ。お前が魔法と剣を組み合わせて戦ってくるなんて」


「あれ? ガウスに魔法って使ったっけ?」


 ディアナとロゼの勝負では使った覚えがあるのだが、ガウスとの戦いで使った覚えがない。拳の攻撃が激し過ぎて使う余裕がなかったのが本音だけど。


「まあ俺の時はな……。でも、正面からの勝負で負けたんだ。スッキリしてるぜ」


「……そう言えば、僕はガウスの勝負に乗ったから今ここにいるんだよね」


 あそこでガウスの勝負に付き合わなければ、僕は今頃ウハウハの左団扇な生活を送れていたのだろう。後悔はしていないけど。


「それにしてもエクセ。あんな風に魔法が使えるのでしたら、もっと早く使ってもよかったのでは? 普通に初級魔法も使えるのでしょう?」


「いやあ、買いかぶりだよ。あれだって本当は収束が行われて小さくなっているのを、魔力込めて無理やり大きくした代物だからね。魔力の消費が尋常じゃない」


 普通の魔導士が《魔力弾(フォースショット)》に一の魔力を消費するとしたら、僕が同じ規模の《魔力弾(フォースショット)》を放とうとしたら千倍近い魔力が必要になる。


 こんな使い方をしていれば、いくら僕の魔力が異常だからと言ってもすぐになくなるのが目に見えている。だからあまり使いたくなかったのだ。


 僕がそのことを懇切丁寧に説明すると、ロゼとディアナが何やら納得したような顔になる。


「……納得した。普通に魔法が使えるなら、あそこまで追い詰められてしか使わないのは不自然」


「そうですわね。わたくしとの勝負だってほとんど魔法は使いませんでしたものね」


「そういうこと。こればっかりはね」


 改善の努力はしていても、すぐに結果が出ないものだ。この方法で使えるようになるまでにも結構な苦労があった。具体的には瞬間放出魔力量を今以上に増やすべく、限界一歩手前まで魔力の放出を行ったり。


「……それよりもさ、三人とも僕が眠っていた間のことを教えてよ。何もわからないからさ」


 大会の話を聞いていると何やらむずがゆくなりそうなことをたくさん言われそうな気がしたため、話題を変えることにした。






「へぇ……。そんなことが」


「ええ。大変でしたのよ……」


「まっ、見てる分には面白かったけどな」


 僕が眠っていた間、ロゼは大会での戦いっぷりが切っ掛けでさらなる人気を同性から稼ぎ、大量の告白を受けまくったらしい。ロゼも捌くのが大変だったそうだ。


「一つくらい受けちゃえば? 意外とハマるかもよ」


「絶っっっ対お断りですわ! わたくしにだって相手を選ぶ権利はあります! せめて異性が良いのです!」


 そういえばお見合い騒動の時にもそんなセリフを聞いた覚えがあった。ロゼもなまじ普通の感性を持っているから苦労している。


「んじゃガウスとか」


「何もかも嫌ですわ! 絶対友人より先には行きたくないですわね!」


 嫌なのはわかったから、もう少し言葉に気をつけてほしい。ガウスが自殺しそうなくらい落ち込んでいるから。


 ガウス、ロゼ、僕が三人で談笑している中、ディアナは壁際で本を読んでいた。もともと物静かな空間が好きな人だし、僕たちも彼女を無理やり話の輪に入れるつもりもない。そういうのは好き好きだ。


「……それにしてもさあ。エクセって何だか魔法剣士っぽいよな」


 話している最中、ガウスが唐突にそんなことを言い出した。


「ウソ……でしょ?」


 自覚していなかった僕の驚愕は大きい。魔法剣士というのは僕にとってなりたくない職業でもあるのだ。


「いや、本気本気。だってさぁ、武器は剣だし魔法と剣の組み合わせはするし、少なくとも魔導士には見えねえよ」


「うっ……言われてみれば……」


 僕の魔導士としての力には偏りがある。それは事実だ。だからそれを埋めるべく、他の手段を模索していたのだが……。


「……ガウスの言っていることは正しい。魔法でどうにかならなければ別の手段を持ってくる人間は魔導士という人種に当てはまらない。魔導士はより一層の研さんを。魔闘士や魔法剣士は別の手段を探す」


 そこで本から顔を上げたディアナもガウスに同意する。確かに僕は自分の魔法でどうにもならなければ剣や知恵など、別の方法を模索し始める。魔導士らしくないと言われればその通りだ。


「確かに今のエクセは魔法剣士というのがピッタリですわ。ですが、エクセは頭の回転も速いのですから、むしろ向いているのでは?」


「そう、なのかなあ……」


 三人にそう言われると自信がなくなってくる。でも、剣の才能のなさは兄さんからの教えでわかりきったことだし……。


「まあ、考えておくよ」


 その日、僕はそれだけ言うのが限界だった。

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