一部 第四十二話
『さあ、お集まりの皆様。ついにこの時がやってまいりました! 本日のメインイベント! 祭の本番! 今までのは前座に過ぎない!』
司会の人がいつになく興奮した口調でまくし立て、観客の人たちもそれにあおられるように注目が高まっていく。
『それではここまで到達した猛者の紹介だあ! まずは女性の身でありながらその多彩な魔法で敵を沈める! ロゼリッタ・フォン・クーベルチュール選手!!』
司会の人が紹介すると同時にロゼは誇らしげに杖を持つ右手を高く上げ、その姿に触発された観客たちの歓声が響き渡った。甲高い女性の声しか聞こえないのは気のせいだろう。
『片方はこのティアマトで知らない者はいない、魔道の特異点! クリスタルを個人で作れてしまう稀代の魔導士! エクセル選手だ!!』
そこまで僕の名前は有名なのだろうか、と疑問に思いながらもロゼと同じように僕も刀を持つ右手を上げる。すると、そこかしこから僕の名前を呼ぶ声が聞こえて驚いてしまう。
「ふふふ、あなた、自分がどのように思われているか知らないのですね」
僕を応援してくれる人がいることに僕自身が驚いていると、その姿を見たロゼがおかしそうに口元へ手を当てた。
「もちろん、あなたのことを疎ましく思う人がいるのは事実ですが……、それを補って大勢の人があなたの味方であることも事実なのですわ。だからこそ、わたくしやガウスが友達でいるのですわ」
「は、はぁ……」
そんなこと言われたって実感がわかない。確かに意図して嫌われるような行動は取っていないが、好かれるようなこともした覚えがない。
「……まあ、今はそのようなことどうでもよろしいことですわ。……準備はよろしくて?」
ロゼは背中を丸め、いつでも動ける姿勢を取る。彼女の中で戦闘開始のカウントダウンが開始したのだ。
「僕の方はいつでもどうぞ。いつ、どんな時でも、戦った時が万全さ」
そう言って、僕の方も右手に持った刀を正眼に構える。左手はまだ完治し切っていないのだ。薄い皮膚はできているものの、激しく動かしたらすぐにはがれてしまう。
旅人の教えというよりも兄さんの教えだ。そしてこの考え方はどちらかというと剣士の考え方に近い。
敵と相対した時が自分の万全。武器があろうとなかろうと関係なし。使える全ての手段で相手を倒す。それだけだ。
『彼らの準備はすでに万端のようだ! あとは私の合図一つで彼らの激突が始まる! さあ、準備はいいか!?』
その言葉は僕たちにではなく、観客たちに向けた言葉だった。これから始まる今大会最大最後の勝負、一寸たりとも見逃すな、という意味だろう。
『それでは――決勝戦、開始!!』
喉が潰れるのではないかと錯覚してしまうほどの大音量で、それは告げられた。
「――行くぞっ!」
僕はその言葉を合図に突進を開始し、
「受けて立ちますわっ!」
ロゼは魔導士らしく、僕から距離を取り始めた。
「いい加減、離れなさい!」
「お断り、だねっ!」
そう言ってロゼが放つ風属性初級魔法の《風刃》を僕は大気の流れを読むことで回避しつつ、何とかロゼを僕の攻撃範囲に収めようと必死になっていた。
初級魔法と言えど、バカにはできない。魔法というのは位が上がれば上がるほど必要魔力と術式の組み立てに時間がかかるようにできている。
つまり、対個人が相手のような今回の試合では発動も早く、人一人倒すには十分な威力のある初級魔法は最大の脅威となるのだ。
「このっ! しつこいっ!」
ロゼはなおも追いすがる僕に対し《魔力弾》を弾幕のようにばら撒いて一気に決めようとする。
視界全てを埋め尽くすような魔力の雪崩を見て、これを避け切るのは無理だと悟る。その時点で僕の取れる行動は迎撃するか防御するかの二択に絞られた。
クリスタルの生成が禁じられているため、防御する選択肢を除外する。すると残るのは必然的に迎撃となる。
「でりゃあ!!」
術式を素早く組み立て、右手に風の塊を作り出す。かなり荒っぽい使い方になるけど、仕方ない!
「《風の鉄槌》!!」
そう叫びながら、僕は下からひねり上げるようなアッパーカットを放ち、同時に腕に纏わせた《風撃》を解き放つ。
僕の拳の勢いも相まって《風撃》以上《暴風》以下の小型の竜巻が作られてロゼの放った攻撃を全て吹き散らす。
「んなっ!? 防ぎましたの!?」
さすがにこんな方法で受け切るとは思わなかったのだろう。ロゼは目を見開き、動きも止めて驚きを露にしている。
「隙だよ。ロゼ」
すぐさま《身体強化》を発動させ、ロゼの懐まで一気に入り込む。その速度は先ほどの動きとは別次元だ。
「……くっ!」
眼前まで近づき、勝負を決めようとロゼの鳩尾に狙いを定めて突きを放とうとすると、ロゼの右手に集まっていた魔力が爆発した。
「がっ!?」
その衝撃に吹き飛ばされ、僕とロゼの距離が開いてしまう。空中にいる間に何とか体勢を立て直し、着地するが、今度は僕がロゼの行動に驚く番だった。
(近づかれた相手から距離を離すために意図した魔力の暴発って……)
下手したら魔力の集まっていた右腕が弾け飛んでいたところだ。そこまでして勝ちたいと思うロゼの執念にはほとほと舌を巻く。
それだけでも十二分に驚嘆すべきことなのだが、さらに驚くべきことにロゼは暴発した魔力に属性付けまでやってのけたのだ。それも適性が低いはずの炎属性を。
意図して暴発させるのは魔法をある程度学んだ人間なら誰でもできる(やりたがる人なんていないけど)のだが、それに属性付けを行うなんて離れ業は彼女しかできないだろう。恐ろしいまでに緻密な魔法制御能力だ。
「ふふふ……何を驚いているのです。この程度、できずしてあなたには勝てませんわ」
「いやいやいや……、厳しいなあ……っと!」
距離が離れたことで余裕を見せるロゼに肉薄すべく力強く走り出そうとした瞬間、胸の辺りに激痛が走る。
それが先ほどの応急処置で塞いだ傷が再び開いたことであるとすぐに気付く。だが、この状況でどうこうできるわけではないので可能な限り無視をすることにした。
「動きが鈍くなっておりますわよ! それにわたくし相手に同じ小技は二度も通じませんわ!」
敵に己の傷を見破られるのは愚の骨頂ということで隠そうとしたのだが、さすがに隠し切れる傷ではなく、すぐにバレてしまう。
「そんなことは、わかってるよっ!」
それでも勢いを弱めるわけにはいかない。勢いを弱めたら押し切られる。その確信が僕にはあった。
「まあ、選んだのはエクセです。よって、わたくしは全力であなたを倒しに行きますわ!」
僕の走る方向とまったく同じ方向に走り出し、ロゼは僕から距離を稼ぐ。去り際に《地槍》で足止めまでする始末だ。まったく性質が悪い。
「……っ!」
何とか攻撃自体は避け切ったのだが、身をよじった時に胸やわき腹から苦痛が走り、膝をついてしまう。
(マズイ……!)
「隙ありですわ!」
僕がマズイと思った瞬間をロゼは見逃さず、今まで放っていた初級魔法とは違う中級魔法である《暴風》を放つ。それも僕を中心に。
生身の体で受けたら絶対無事では済まない上、今の僕は重傷を負っている状態だ。まともに受けたら命を落としかねない。
「う……らぁっ!!」
痛みを無理やりこらえながら《身体強化》に込める魔力を全開にして、なりふり構わず後ろに跳躍する。
「ごっ!?」
後先考えず全力の魔力を込めたためか、全身の強化が僕の予想以上に施されてしまい、勢い余って壁に激突してしまう。
「あああぁぁ……」
背中をぶつけた衝撃が粉砕骨折している肋骨に響き、痛みに耐性のない人ならショック死してもおかしくない痛みが全身を襲う。
「なかなか耐えますわね……。今ならまだ降参ができますわよ。あなた、それ以上何か受けたら審判からストップかけられてしまいますわよ」
確かにそうだ。命に関わる傷を負ったと判断された場合、相手の意思を無視して試合を終わらせる権利が審判にはある。
審判側が何を考えているのかは知らないが、おそらく僕が未だにここに立っていられること自体奇跡に近いものがあるだろう。だが、その奇跡も次に何か攻撃を受けるまでだ。
「……その通りだね」
「でしょう? そうなったらあなたは審判に止められて試合に負けるということになりますわ。あなたとの真剣勝負がそんな後味の悪い結果に終わることなんて、わたくしが望みません。もう一度言います。――降参なさい」
ロゼの意見はもっともだ。僕だって治癒魔導士に止められて試合終了なんて情けなさ過ぎる。それなら降参した方がマシだろう。でも――
「だったら、僕の勝利で試合を終わらせた方がもっと気持ちが良い」
「……それでこそエクセ、と言うべきなのでしょうね。わたくしなりの優しさでしたのに、それを跳ね除けるなんて高くつきますわよ?」
僕の返答をロゼは半ば予想していたのか、しょうがないなと言わんばかりの苦笑を浮かべ、両手に再度魔力が集中する。
「――あなたの意思、確かに受け取りました。わたくしはこれから、あなたを完膚なきまでに叩き潰し、わたくしの勝利を誰が見ても疑いのないものとしましょう」
「上等……! なら僕はその未来を覆してやるよ……!」
痛みなど今はどうでもいい。体が本当に危険な状態にあることだってどうでもいい。
今はただ、目の前の敵に勝つことだけが全てだ。
「……せあっ!!」
《身体強化》を今度は僕にも制御できる程度に魔力を込める。足が地面を踏みしめるたびに、呼吸をするたびに走る痛みは気にならない。
そして両足には魔力を込めて作り上げた電気を纏わせる。
「これで終わらせる!」
そう叫びながら僕は右手の刀を突き出すように構え、その場に停止した。
この一撃が決まれば僕の勝ち。避けられる、あるいは耐え切られたりしたら文句なしに向こうの勝ちだ。
「……来なさい!」
ロゼは僕の姿勢が意味する行動を読み切ったのか、その場に踏みとどまって魔法の詠唱に集中し始めた。正解だ。これから放つ攻撃は僕の中で最速。発動してから避けることなんて不可能のはずだ。
「……終わりだ!」
瞬剣・突。
足だけに纏わせていた電気をいつの間にか全身に纏い、青白い残光を残してロゼの右肩目掛けて突進する。本当なら胸や腹を狙うのだが、さすがにそれをやると鞘にしまっていても致命傷になってしまう。
その打突は右肩の骨を正確に砕いた感触を僕の手に与えた。
「……っ!」
避けるどころか身じろぎすることすらできずに直撃したロゼは苦痛に顔を歪めながらも、どこかしてやったりと言った顔をした。
「受けなさいっ!! 《竜巻》!!」
「な――」
まさかここで上級魔法が来るか……。
《暴風》とは比べ物にならない規模の竜巻が僕を空高く巻き上げる。
風の刃から身を護ろうと何とか体を丸める僕だが、先ほどの攻撃のために力のほとんどを使い果たしたのもあって意識が急速に薄れていく。
体を切り裂く痛みも消え、もはや何も感じられない砂粒ほどの意識の中、ロゼが満足そうに笑って倒れる姿が見えた気がした。
最近、妙に執筆速度が速くなっています。調子が良い時は一時間半で一話書き上げたりすることも可能になってます。これが追い込まれた人間の底力なのかもしれません。
誤字、脱字、指摘などがありましたらお願いします。