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一部 第四十話

 少し時間を飛ばし、僕の第二回戦に飛ぶ。ぶっちゃけ、そこまで目新しい試合内容でもなかったし。


 ガウスが無難に炎を纏わせた拳で相手を殴り飛ばしておしまい。所要時間にして十秒満たなかった。対戦相手が吹き飛ばされながら滂沱の涙を流していたのが印象的だった。完璧にかませ犬となってしまったのが切なかったのだろうか。


「よっ、何とか勝てたよ」


「それを僕に言うか」


 すぐに決め、なおかつ無傷のお前が。こっちは満身創痍一歩手前でようやく辛勝だぞ。


「ははっ、悪い悪い。でもこっちだってひどいもんだぜ? あんまり早く終わらせちまったから観客席からはため息しか聞こえないっての」


 ガウスは微塵も疲れを感じさせない朗らかな笑顔で僕の肩を叩く。先ほどまで炎を纏っていた手袋越しだから火傷しそうなほどに熱い。


「そんなの知らないよ。僕もディアナも全力を尽くした結果としてあれだからね」


「そうだな。だからこそ、期待してる。お前、押しが弱いからいっつもロゼとかに引っ張られているのに、結局騒動は自分の手で解決しちまうからな。一緒にツルんでる奴らはみんなお前が一番強いって思ってんじゃねえ?」


 押しが弱いのは否定するつもりはないが、いつもいつも僕が事件に巻き込まれているように言われるのは心外だ。ごくたまにではあるけど、自分から首を突っ込むものもある。


「まあ、要するにだ……。俺はお前と戦いたいってことだよ。全力でな」


「……この戦闘狂」


 でもまあ、わからなくもない。僕だっていつかは兄さんに勝ちたいと思っている。その思いと似たようなものだろう。


 僕は回復用に支給されたポーションを飲み干しながら、やる気満々に体を動かしているガウスを見ていた。


「ぷはっ、苦っ……。ところで、ロゼたちは?」


「まだ試合中。ロゼも意外に手こずってるし、次の試合もあるから俺たちの番まで結構時間あるんじゃないか?」


 ガウスが待合室の窓から試合を見下ろしている。僕はディアナとの試合で使ってしまった魔力の回復で忙しい。いくら飲んでも魔力が戻らないんだよ。


「げぷっ……、もう飲めない……」


「お前どんだけポーション飲んでんだよ!? というかさっきからずっと飲んでたよな!?」


「だって……魔力が戻らなくて……」


 もうあの薬特有の苦味はうんざりだ。万物の霊薬(エリクシル)が飲みたい気分だ。こんな状況で使うなんてバカバカし過ぎるから使わないけど。


「バラユの花で作ったポーションだぞ! せいぜい駆け出し魔導士の回復ぐらいにしか役立たないっての! お前じゃ何百本飲んでも無理だろ!」


「……だよね」


 それでも数を飲めば何とかなると思っていたが、見通しが甘かった。


「ったく……。お前、本当に不思議な奴だよな……。頭が良いかと思ったらバカなことやるし、押しに弱いかと思ったら積極的に行動するし……」


「そうかな?」


 いつも自分の心に従ってきた結果なんだけど。一貫性がないように見えるかもしれないが、僕の中ではちゃんとした共通性があるのだ。


「まっ、お前が俺の友達でよかったということさ! ……おっと、ロゼが勝ったみたいだぞ」


「え? ホント?」


「ああ、至近距離からの《風撃(ウインド)》が完璧に決まってた。痛そうだ……」


 ガウスが自分もその部分に攻撃を受けたように腹を押さえる。何事にも当てはまることだが、至近距離で攻撃を食らえば痛いのは当たり前だ。


「消耗は?」


「こっからじゃよく見えないな。ただ、ちょっと肩が上下してるっぽい」


 つまりそれなりに体を動かしたということだろう。相手の人が粘ったのかな。


「僕たちは次の次か……。四回戦も見ておかないと」


「俺が決勝戦で当たる相手かもしれないからな」


「何をほざく。僕が当たるに決まってるでしょ」


「俺だ」


「僕」


「俺」


「僕」


 お互い単語で自分たちのことを指差し、表面上にこやかな笑顔で顔を近づけ合う。だが、その目はこれっぽっちも笑ってはいなかった。


 しばしこの体勢で見つめ合い、待合室にやってきたロゼに誤解を受けるのはこれから一分後のことだった。






「まったく……お二人とも子供ですか! そういうのは勝負で決めればよいことでしょう!」


 ロゼがプリプリと怒りながら僕たちを正座させて見下ろす。僕たちが殴り合い一歩手前の空気をかもし出しながら笑い合っていた光景を見て、ビックリしてしまったのが恥ずかしかったのだろう。


「いや、それでも男には退いちゃいけない時がな……」


 ガウスはそれでも言い訳をしており、僕もそれに追従するようにうんうんとうなずく。あの場面では目を逸らした方が負けなのだ。いや、何に負けるの? とか聞かれると困るけど。


「何か仰いまして?」


「何でもありませんロゼ様!」


 ガウスと同時に土下座する。これが上に立つ者の迫力とでも言うのだろうか。逆らおうとする気自体が起こらない。


「ほら、戦いから帰ってきたわたくしに何か言うことはありませんの?」


 ロゼの何かを期待する瞳で僕は彼女に何をすべきかを思い出す。そうだった。ロゼが戻ってきたら彼女にやるべきことがあったんだ。


「ああ、そういえばあったね。ガウス」


「ん? ああ、あれだな。ちょっと取ってくる」


「あら、何か渡すものでもあるのですか? 殊勝な心がけですわね」


 いや、あれは試合が終わった人全員に渡すものなんだけど……。


「ほらよ。魔力回復ポーション」


 ガウスが両手に抱えたポーションをロゼに渡し、ロゼが抱え切れない分を僕が持つ。


「……はい?」


「試合に勝った人はこれ飲んで次の試合に備えないとダメだよ。ロゼが次に当たるであろう人はわからないけど、決して楽に勝てる相手じゃないだろうから」


 それはそうと何でロゼはまったく予想しなかった行動に出られた、見たいな顔をしているのだろうか。口をぽかんと開けている姿はあまりお上品とは言いがたいよ。


「うわ、もう終わってるぞ! エクセ、急いで控え室に行かないと!」


 ロゼの顔を注意しようとした矢先、ガウスの慌てた声に振り返って驚かざるを得なかった。まだロゼの試合が終わってから五分経ってないぞ。


「え、ホント? 急ぐよ!」


「おう! んじゃ、ロゼはちゃんとポーション飲めよな! まあ、エクセみたいにバカ飲みする必要もないけど!」


「ちなみにガウスの発言は根も葉もない狂言だから」


「あっ、てめっ、事実をごまかそうとするなよ!」


 などと言い合いながら僕たちは控え室まで走っていった。待合室から出る直前に視界に入ったロゼのそんなバカな!? とでも言いたげな顔が妙に頭に焼きついた。






『さあそれではお待ちかねの第二回戦! 一試合目は第一回戦での勝者同士、エクセル選手とガウス選手の戦いだあああぁぁ!!』


 僕とガウスがお互いの武器を構えて立っていると、司会が僕たちの紹介をする。


『彼らの紹介はもう前回の試合で見せられている! 彼らの戦い、勝利の女神はどちらに微笑む!? さあ――試合、開始!!』


 今までとは違いかなり簡略化され、なおかつ観客たちの興奮をあおる言葉で司会は試合の開始を宣言する。


「っしゃあ! 《付加・炎エンチャント・ファイア》!!」


 試合開始と同時にガウスは己の武器である鉄板仕込みのグローブに炎の属性を付与する。おかげで僕はまともにあの拳を受けられなくなってしまった。


 実のところ付与魔法は対モンスター相手にしか役に立たないように思われがちだ。光属性や闇属性は付与したところであまり人体に影響がない。


 だが、炎属性や氷属性、雷属性になると例外だ。この辺は攻撃を受けると凍ったり焼かれたり痺れたりしてしまうため、防御するという行動が取れなくなってしまう。


 対人戦に限って言えば、ガウスは相当有効的な魔法を選択したことになる。


「そんな魔法使えるなら、下水道の時にも使ってよ」


「無理だっての。これで殴ったところで火は燃え広がらないからな。結局、これが役立つのは本当に対人戦の時だけさ」


 ガウスは自らの使う魔法の使い勝手の悪さに苦笑しながら、ゆっくりと格闘の構えを取る。左腕を心持ち下げ、右腕を肘の部分で曲げながら握り拳を作り、半身になった。


(あの姿勢から判断するに縦の直線軌道は俊敏だけど、横への動きは鈍くなる……。一撃で勝負を決める腹積もりみたいだね。なら……)


 受けて立とうじゃないか。


「……いいねえ。応えてくれるってか」


 腰を落とし、刀を左腕に持ちながら右手で柄を持つ抜刀術の構えを取る。向こうが一撃必殺の攻めなら、こっちは一撃必殺の守りだ。


「こうでもしないと、ガウスは後がうるさそうだからね。まだ負けてないってさ」


「ハッ、そういうのは――勝ってから言え!!」


 言うが否や、ガウスがすさまじい速度の踏み込みで僕の懐に入ろうとする。


「《身体強化(フィジカルチャージ)》!!」


 僕はガウスが懐に入られるまでのわずかな間で施せるだけの強化を体に施す。さすがに全身に魔力を行き渡らせる時間はない。


(ディアナ、借りるよ!)


 動体視力と体を動かす神経系に魔力を巡らせ、ガウスの攻撃の出を見切ろうとする。


 全てのものが異常にゆっくり動く中、僕は振りかぶられたガウスの右拳に全ての意識を集中させていた。


 まずは炎を纏った右拳を紙一重の差で避ける。避けた際に炎の熱が当たって皮膚が痛んだが、大したダメージではないと言い聞かせて次の攻撃に備えた。


「まだまだぁっ!!」


 やはり二撃目は右拳の死角に隠れて下から肝臓を狙ってくる左拳。そっちも予測済みだ。


 両手で持っている刀の柄でそれを受け流し、それでようやくこちらからも攻撃に入る。


「食らえっ!!」


 受け流した時の勢いを利用して、逆袈裟に刀を振り上げる。だが、ガウスはそれをバックステップで華麗に避けてみせた。素晴らしい動体視力だ。


 しかし、僕の攻撃はここで止まらない。


「も一つ!」


 逆袈裟に切り上げ、さらに右足を一歩踏み込んでから軸にして左回転し、左足を高く振り上げて回しかかと落としを放つ。


「っ!」


 その攻撃をまたもやガウスはバックステップで避ける。勢いの止まらないかかと落としは地面を砕いて止まり、さらにそのまま軸足とする。


「トドメだ!」


 もう一度左回転をし、今度は振りかぶった刀を袈裟懸けに切り下ろした。


 兄さんから教わった蔓から編み出したオリジナルで(くき)と名付けた技だ。


 ……最近、騒動に巻き込まれることが多いから妙に技が磨かれている。喜ぶべきなのか微妙だけど。


 とにもかくも、僕はこの一撃で決めるつもりだった。だが――




「待ってたぜ、これを!!」




 ガウスは僕の刀を掴んで見せたのだ。


「んなっ!?」


 確かに不可能じゃない。鞘に収めたままで刀身も出ていない以上、手を痛める覚悟さえあれば掴むことはできる。


「二回転分の勢いだぞ……。手、砕けてんじゃないの!?」


 あまりに予想外なガウスの行動に僕は目を剥いて動きを止める。事実、ガウスの顔は苦痛の脂汗に塗れていた。


「腕一本でお前から勝ちを取れるんなら、安いもんだ!!」


 だが、それは些細なことだと言わんばかりにガウスが吼える。その姿を見て、僕は今までの自分を恥じたくなる気持ちが湧いてきた。


 彼の全力とはこういうことだったのだ。なのに僕は全力に応えると抜かしながらその実、無傷で次の試合に進むことを考えていた。


 甘い考えは捨てよう。ガウスは、僕も後先考えずに戦わないと倒せない強敵だ。


「食らええぇぇっ!!」


 ガウスが僕を潰そうとして右拳を僕に向けて放つ。それを僕は左手で止めた。


「いって……!」


 肉が焼け爛れる苦痛が脳天を貫き、全身に響き渡る。しかし、僕は掴んだ左手をそのままにガウスへと向かって刀を握り締めた拳で殴り飛ばす。


「ぐはっ!?」


 大きく吹き飛ばされるガウス。その様子を目で追ってから、まともに動く右腕で立つようにちょいちょいと動かす。


「立てよ。勝負はこれからだ」


「……いいぜ! 乗ってやろうじゃねえか!」


 ガウスは僕の挑発に意図的に乗って飛び起き、再び突進を仕掛けてきた。


「来い!」


 僕とガウスはお互い無事な右手を力強く握り締め、激突を交わした。

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