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一部 第三話

 途中過程に意味はないので、結果だけ言おう。収穫は何もなかった。


 かれこれ一週間ほどは聞き込みを続けたのだが、めぼしい情報は一切なし。下手人の名前すら割れないほどだった。


「ぜんっぜんダメですわ! このままじゃ被害者は増える一方ですわよ!」


 そんなわけで僕たちは今、先日立ち寄ったカフェで愚痴をこぼし合っていた。


「うん。これは僕も予想してなかったなあ……」


 紅茶を口に含み、その特有の渋味に少しだけ眉をひそめながら、僕も現状の不可解さに疑問を浮かべる。


 衛兵たちだって無能じゃない。死霊術師が無作為に人を集めているだけならば、簡単に居場所が割れると思っていたのだけど……。犯人は相当慎重で頭が切れるようだ。


 そして被害者の数も依然として増え続けており、状況は悪くなる一方だった。


「かろうじてわかったことは被害者がどこで出たかの分布ぐらいか……。それにしたって、無作為過ぎるし……」


 ティアマト内の地図を広げ、その上に僕たちが聞き込んで調べた赤い点をいくつか付けていく。それは恐ろしいまでにまんべんなく配置されていた。これを見ても犯人が意図してやっていることが容易にわかる。


「順番を付けていっても関連性や法則がまったく見出せない。これ、犯人は相当な切れ者だよ」


「そんなことわかっておりますわ! チョコレートケーキ!」


 ロゼはウェイターにケーキを頼みながら僕の説明を聞いていた。……本当にやる気があるのだろうか。


「甘い物でも取らないとやってられませんわ……。それはそうとエクセ。あなた結構やる気ありますわね。わたくしはてっきりすぐにやめるものかと……」


「心外だね。一度やり始めたことには責任持つよ」


 それが兄さんの教えだし。自分で考えて決めたことである以上、最後までやり遂げるって。


「立派な心がけですわ。では、わたくしがこれを食べ終わったら聞き込みに戻りましょう」


 ロゼは僕の信条としている言葉に満足そうな顔を見せ、機嫌良くチョコレートケーキに手を付け始めた。


 でも、もう情報は出尽くした感があるんだけどなあ……。衛兵たちも行き詰まっている以上、持っている情報は僕たちと大差ないはずだ。


「……あれ?」


 衛兵たちの配っている似顔絵付きの手配書を眺め、さらに犯行現場と予測される場所を見比べていると、妙な部分に目がいった。


「どうかしましたの?」


「いや、何で今まで気に留めなかったんだろう……。この人、名前が載ってないんだ」


 つまり、衛兵たちの側でも顔だけがわかっている状態であるということ。ならば、こいつの正体もおのずと知れる。




「つまり、外から来た人間、ということですの?」




 それは今まで気付かないのがおかしい情報。というより、僕たちが少し真面目に手配書を見ればわかるべき内容だ。むしろ気付かなかった僕たちがバカ呼ばわりされる。


「そう考えるのが妥当だろうね。もちろん、門番だって立ってるから実行は難しい。でも、僕たちと同じようにこの犯人も一応は魔導士だ。監視を潜り抜ける方法なんて知ってるだろうさ」


 僕にはできないけど。まともに使える魔法が偏り過ぎてるから。


「認識阻害の魔法、ですわね」


「扱いやすいものとしてはね。他にも死霊術師しか知らない魔法もあるかも」


 だとしたら衛兵たちを責められない。魔導士相手に戦えるのは魔導士だと相場が決まっているのだ。


「……それでは、これ以上の聞き込みは成果が見込めないということですわね」


「うん。もうここからは犯行現場を片っ端から見ていくくらいしか思いつかない」


 聞き込みの時以上に根気のいる作業だ。おまけに頭も使う。やれやれ、面倒なことに首を突っ込んだもんだ……。


 先ほどの気分良さそうな調子とは打って変わってチョコレートケーキを黙々と食べるロゼの顔を見ながら、僕は本格的に厄介なことになってきたと頭を抱えた。






「結局、僕が支払うのか……」


「あら、ああいった場所では殿方が支払うのが常識でしょう?」


 いや、懐事情によって決めるのが常識だろう。おかげでこの前稼いだ銀貨三枚がどんどん減っていく。この勢いで減り続けると、三日持たない。


「君の方が懐に余裕があるでしょ。知ってるよね? 僕が奨学金とアルバイトで生活してるの」


 僕はカツカツの生活を送っているというのに、こいつは余裕綽々の実家からの仕送りだ。なんて格差。しかもケーキ代は僕持ち。訴えるぞ。


「もちろん存じ上げておりますわ。ですが、あなたが本当に苦しんでいる姿をわたくしは見たことがありませんの。あなた、言うほど苦しんでいないでしょう?」


「う……良く見てるね……」


「ほら、わたくしの予想通り――」


「なんて言うとでも思ったか! こちとら教授のパシリでクリスタル生成したり、食堂のバイトで朝から晩まで働いたり、クリスタルをギル爺に横流ししたりでようやく人間らしい生活送ってんだよ! そんな僕からたかろうとするなんて貴様は悪魔か!」


 苦労してんだぞこっちは。主にクリスタルを卸す際の価格交渉で。クリスタルの生成自体は片手間でできる。


「そ、そこまで切実に叫びますか……」


 ロゼが僕の言葉に引いているようだが、これだけは言わないと気が済まない。


「当たり前! こっちは生活かかってる! だからもう少し遠慮してくださいお願いします!」


「そこでわたくしにおごらせようという考えが出ないあたり、あなたらしいですわね……」


 いや、ああは言ったけど、僕自身も女性におごらせるのはどうかと思ってるし。


「……失礼。ちょっと取り乱した」


「い、いえ……。それより、そろそろ最初の犯行現場に着くのでは?」


 ロゼの言葉で今さらながらに気付かされる。確かに僕たちのいる場所には衛兵たちがチラホラと見受けられた。


「そうみたいだね。だけど、あまり大っぴらには動けそうにないよ。僕たちが疑われるような真似はしないように」


「そうなったら弁明すればいいだけでしょう。わたくしたちは何もしてないのですから」


 胸を張って言うロゼに僕はこめかみの部分に鈍い痛みを感じた。この人、マジで言ってるの?


「あのねえ……。衛兵たちだって焦ってるんだよ? そんな中で疑われるような行動を取ってごらんよ。十中八九捕まって犯人扱いされるって。仮に無実が証明されたとしても、それまで牢屋暮らしは避けられない。それでもやる? だったら僕は逃げるけど」


「……物事は慎重に進めるべきですわね」


 賢明な判断だよ。


 ロゼが物事を理解したので、僕たちは二人で犯行現場らしき場所をこっそり盗み見る。


「……案外、何とかなるものですわね。エクセの提案した一般人に紛れるというだけでも」


「魔法学院生徒の顔と名前を一致させてる人なんてそうそういないからね。ローブ脱げばほとんど変わらないさ」


 僕たちのほとんどはローブを着ているか否かで見分けられている。教授たちでさえ、自分と交流のある人以外は顔を覚えていないだろう。


「まあ、犯行現場を見てもわかるものはないね……。犯行、というよりさらわれただけだから痕跡も特に残らない」


 被害者が抵抗してくれるなら痕跡が残るだろうけど、相手は魔導士だ。僕が犯人だったら絶対に眠らせるなり麻痺させるなりする。


「だからこそ衛兵も困っているのではないですか。これはもうわたくしたちの領分です」


「否定はしないけど……、ギルドの方にだって魔導士はいるよ。衛兵の方には宮廷魔導士みたいな一流の魔導士だっているし……。一生徒の領分ではないと思うな」


 魔導士には魔導士。その理論にケチをつける気はないけど、だからといって魔法学院の生徒でしかない僕たちがこれに首を突っ込み過ぎるのも違う気がする。


「だからさ、犯人の根城を突き止めるまでは僕も付き合うけど、そこから先はギルドの人たちに任せてしまおう? 僕たちだけの事件ってわけでもないんだし、それで充分だって」


 まず間違いなく戦闘が予想される事件だ。根城を突き止めるだけでも分不相応に決まってる。


 ……本音を言ってしまえば危ない橋を渡りたくないというのがあるけど。


「エクセ、あなたはそれで良いのですか!? 仮にわたくしたちが根城を突き止めたとして、それを衛兵たちに伝える間にどれほどの被害者が出ると思っているのです!」


「うーん……」


 そこを言われてしまうと弱い。僕だって出るとわかっている被害者に目をつむるのは後味が悪い。可能なら何とかしたいが……。


「それでもダメ。僕たちが被害者の一覧に入る危険性は犯さない方が良い。ただでさえ僕たちは素人なんだ。衛兵たちに任せるべきだよ。彼らだってこのために鍛えてるんだから」


「……あなたがそこまで弱い心の持ち主だとは思いませんでした」


 あ、なんか嫌な予感。


「もういいです! これからはわたくしだけで探しますので失礼!」


 肩を怒らせたロゼが僕を置いて歩き出してしまう。やれやれ……。


「何とかロゼだけでも引き下がらせようとしたんだけど……逆効果か」


 あの言い分じゃ僕だけが逃げるみたいな感じになってしまうから、無理もないか。いや、言葉選びを間違えた。


「せめて僕が終わらせようと思ったんだけど……」


 少なくとも、街の外でゴブリン相手に戦うよりは良い経験になるだろう。対人戦で命のやり取りなんて本当に久しぶりだし。


「やれやれ……。本当にやれやれだよ……」


 最悪、ロゼを抱えながら戦うのか。厄介なことになったな。


 僕は頭をかきながら、ロゼの後を再び追った。






「ふむ……ロゼに任せても何とかなるもんだなあ」


 何だかんだで頭も切れるし、要領も良い彼女のことだ。一人でも大丈夫だろうと思っていたのだが……、まさかここまでとは思わなかった。というか、僕がいない方が早いんじゃないか?


「もう根城まで突き止めたのか……。早過ぎだろ」


 遠巻きに観察していたので、何をどうやって根城を突き止めたのかはわからないが、あの迷いのない足取りはおそらく当たりだろう。


「とはいえ……それが当たりかどうか……」


 色々と考えるべきことはある。その場所が偽物ではないか、その場所が正解だったとして、犯人まで到達する際に予想されるトラップを突破できるか、などなど探せばキリがない。


 僕はこそこそと尾行を続けながら、これからの取るべき行動を取捨選択していた。


(僕一人で行くのが理想だけど……。正面から説明したところで絶対に納得しないのが目に見えてるし……。まあ、いくらロゼが猪突猛進でも、見つけてすぐに突撃かけるほどバカじゃないだろ。頭は切れるんだし、用心することくらいできるはずだ)


 長々と考えた結果として、僕はもうしばらく静観をすることに決める。何だか良いとこ取りをするみたいで気が引けなくもないが、ロゼの命を思ってのことだと自分に言い聞かせる。


 ロゼの向かった先は街の下水道への入り口だった。


 下水道? と一瞬は首をかしげたのだが、すぐに理由にたどり着く。


 ティアマトの下水道は都市中をクモの巣のように張り巡らされている。その中には袋小路になっているものや、ひょっとしたら領主邸内まで続いているようなものまであるかもしれない。


 そんな場所の把握、衛兵にだって不可能だ。その場所を根城にしたなら、単純に誰か来たかを教える程度のトラップで追手の目は眩ませられる。


 おまけに下水道の出口は複数ある。そこを無作為に使えば証拠も特に残すことなく行動は可能だ。


 ……つくづく良く考えられた犯行だな、と僕も呆気に取られてしまう。たかだか死霊術の実験一つにそこまで用心深くするものかね?


 まあ、僕も死霊術師と相対するのは初めてだからよく知らんけど。


 とにもかくも、下水道の中を根城としているのはまず間違いないはず。ロゼもそれを確信できたのか、満足そうに何度かうなずきながらこちらに足を向けてきた。


 茂みに姿を隠してロゼの表情を盗み見る。その顔には溢れんばかりの使命感と正義感がありありと窺えた。


 この調子だとすぐにでも突撃したいところだが、さすがにそれは自殺行為だと思い直して準備しに戻った、といったところか。賢明な判断だ。


 ロゼが人込みの中まで戻るのを確認してから、僕も中を少しだけ見てから戻ることにする。僕だって未知の敵相手に丸腰で挑むほど酔狂な趣味は持っていない。


「ふむ……。やっぱ入り口には罠はなし、と……」


 下水道のふたを開け、足から慎重に下ろす。下水特有の臭気が鼻をつき、思わず鼻を押さえてしまう。


「なるほど、ね……」


 鼻の曲がる臭いとはこのことだなと思いながら下水の中を見回すと、やはりというべきか魔力の蠢く気配がいくつか感じられた。おそらく、侵入者の存在を知らせる罠か何かだろう。


「今は引くべき、だな……」


 僕みたいな駆け出しの魔導士が解除できる代物とは思えないし、ロゼが退いた理由と同じく準備が足りない。


 下水道から出るために設置されたはしごを登りながら、明日は早めに起きる必要があるな、と明日の予定を軽く立てていた。




 まあ、この時の僕は状況を楽観視し過ぎたのだと後になって思った。いや、正確に言えばロゼの性格を見誤っていた、だろうか。

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