一部 第三十七話
「ギル爺、約束通り来たよ」
大会当日の朝早く、僕はいつも着ている黒のズボンとワイシャツの制服にローブだけを脱いでギル爺のところへやってきた。
「待ってたぞ。……お前さん、こんな日も制服なのか?」
「仕方ないじゃん。これしかないんだし」
この学院に入学した時に着ていた服はすでに小さ過ぎて着れないのだ。成長期って僕としては嬉しいけど、財政的にはまったく嬉しくない。
「まあ、あれに服装規定はなかったからいいのか……。とにかく、お前さんに約束した代物だ。持っていけ」
そう言ってギル爺は僕に布にくるまれた棒状の物を手渡してきた。
受け取るとずっしりと重い。これは金属特有の重さだ。
「えっと……」
手に伝わってきた金属の感触から形を想像すると剣に近い。だが、微妙に曲がっている気がして違和感を与える。
何なのか本格的に気になった僕は急いで包みを取り払う。すると中から出てきたのは――
「これは……刀?」
柄と刀身含めて僕の腰あたりまであるやや長めの刀だった。
「ああ、疑問にする必要もなく刀だ」
ギル爺は僕の呆ける顔がさも心地よいと言わんばかりに顔を笑みの形に歪める。
「え、でも、何で? だってこれは東方の国にしか伝わらない武器じゃ……」
「バカモン、鍛冶師の情報網を舐めるな。武器に関する情報なら誰よりも詳しい連中なんだぞ。このくらい、誰でも知っている」
「そうなの!? じゃあどうして刀が流通しないの!? おかしいでしょ、刀は剣よりも優秀な武器になるはずじゃ……!」
僕の脳裏に浮かぶのは一振りの刀を手に全ての敵を斬り捨てる兄さんの姿。子供の頃からずっと見せられ、魅せられ続けてきた姿。
あの姿が目に焼きついて離れない僕としては、刀が有名にならない理由がわからなかった。
「そりゃお前、聞かれなかったからに決まっとる。確かにほとんどの鍛冶師は刀の存在を知っておるが……鍛え方まで知っておるのはほんの一握りなんだ。何も知らない奴の手で鍛えられたナマクラで優秀な武器になどなるわけないだろう」
「それは……その通りだけど」
「それに刀の鋭さよりも剣の重さの方が扱いやすい奴もいる。人によって得意な武器は変わるからな」
ギル爺の理路整然とした説明に僕はぐうの音も出ずにうなだれるしかない。
「ギル爺の言う通りだね……。でも、何で僕の武器が刀だってわかったの? 僕、基本的に杖を使っていたはずだけど」
「前に武器の試し切りをやらせた時があった。その時、抜刀術の構えを取られりゃ嫌でもわかる」
「あ、そうだね」
ギル爺とも仲が良くなり始めた頃にうっかり見せてしまった記憶がある。自分の迂闊というか無防備さに思わず苦笑いし、頬をかいてしまう。
「その武器には軽量化の術式が仕込んであるから、通常の刀よりはいくぶん軽いはずだ。今回はあまり手の込んだ術式ではないから大して変わらんがな」
「言われてみれば……」
金属のずっしりした重さはあるものの、それでも重さは僕の守り刀くらいだった。この長さの刀からすれば恐ろしく軽いことになるのだろう。
「それを鞘から抜かなければ大会でも認められるはずだ。ちなみにうちの紋章が取り付けてある。それで負けてでもしてみろ。お前さんの顔がもう少し見れたものになるぞ」
それはつまり、顔の形が変わるまで殴られるということですか?
「あはは……、それじゃ、気張ってくるよ」
ギル爺なりの激励に軽く笑いながら、僕は外に出て大会会場へ歩を進めた。
「あら、エクセは今やって来ましたの?」
会場の控え室に入るなり、僕の姿を見つけたロゼがこちらにやってくる。服装は動きやすそうなズボンにチュニック。そして要所要所を件の鎖帷子で固めていた。
「うん。予選は入り乱れるからね。あまり印象付けはしておきたくなかったんだ」
言葉の通り、予選では一気に数を減らすべく参加者全員の乱戦となる。これで最後の八人まで削り、残った人間が決勝戦に足を進めるのだ。
そして予選に限っては小細工ができる。顔を覚えられないようにして攻撃の的になることを意図的に避けたり、逆に何人かを買収して強そうな奴を先に潰すなどのことができる。
……つまりロゼがやってきた時点で僕の顔は覚えられてしまっただろう。ロゼを狙う男子と女子全員に。なので作戦は大失敗ということになる。
またもや彼女に出鼻をくじかれたことになり、憂鬱な顔を隠しもせずにため息を吐く。
「ど、どうしましたのいきなり?」
「……僕の作戦ってどうしていつも頓挫するのかな、と思ってさ」
「……? どういう意味ですの?」
ロゼは訳がわからないとばかりに首をかしげる。
「いや、わからなければいいんだ……うん」
ロゼみたいに真っ直ぐな性格になれば僕もこんな風に悩まないで済むのかも、と一瞬でも思ったことは黙っておこう。
「まあいいや。ロゼ、決勝目指して頑張ろう。お互いに」
過去のことをくよくよと後悔しても仕方ない。全てはこれからどうとでもなる、と自分に言い聞かせ、立ち直る。
「ええ、あなたこそ決勝まで負けないようにしなさい」
「はいはい」
ロゼは言いたいことだけ言って颯爽と去っていく。僕はそれを見送りながら、ひっそりとため息をついた。
「なんだか嫌な目で見られてるなあ……」
ロゼと友人ゆえの有名税と考えて諦めるしかないのだろう。
「……おはよう。エクセ」
「あ、ディアナ。おはよう」
次に話しかけてきたのは皮製の軽鎧に身を包んだディアナだった。どうして僕の知り合いは僕を見つけると真っ先に声をかけてくるのだろうか。
「……準備は良い? 負けるつもりはないから」
「こっちもね。勝たせてもらうよ」
「……楽しみにしてる」
ディアナは心なしウキウキした足取りで僕から離れる。僕と本気で戦えるから嬉しいのかな。でも僕、夜な夜な行っている訓練で手を抜いたつもりはないんだけど。
「……あ、そういえばディアナがどんな魔法使うのか見たことないや」
僕と一緒に騒動に巻き込まれている時は剣しか使っていなかった。ロゼやガウスが完全に後衛だったから仕方のないことだと言えばそれまでなんだけど。
「やれやれ……前途多難だなあ」
決勝に出ても、まずは僕の友人である天才三人を倒さなければ優勝は望めない。あの三人に限って予選で落ちるなんてヘマはしないだろうし。
その時、参加予定者が試合場に参加するのを知らせる鐘が重く低い音を奏でる。
僕たち参加予定者は何も言わずに立ち上がり、みなぎる気迫を全身に纏いながら歩き出した。
『さあさあお集まりの皆さん! ここティアマト唯一の大イベント! 魔法大会の始まりだあぁぁぁぁーー!!』
司会の人が威勢よく声を張り上げると、観客たちもそれに合わせるように大歓声を上げる。その声のあまりの大きさに僕は眉をしかめる。
『ルールは昨年と同様! まずはここにお集まりの出場者全員でルール無用の潰し合い! 最後の八人まで立っていた者だけが決勝に進出だぁ!!』
その説明と同時に、僕の周囲にいた出場者がピリピリとした殺気を放ち始める。気がはやり過ぎではないだろうか。
……あれ? 気が立っているように見えるの僕の周囲だけ? ってことは僕が狙われてる?
『それでは試合開始の前に物理、魔法無効化フィールドを張らせていただきます。少々お待ちください』
司会の人がいきなり丁寧な物腰になったかと思いきや、僕たちの立っている試合場の淵から半円状に青い膜が広がっていく。これが物理、魔法無効化フィールドだ。
無効化、なんて言ってはいるが、一定以上の威力がぶつけられれば結構簡単に壊れる代物だ。国と国との戦時下でも用いられるが、戦術級魔法を五発も打ち込まれれば壊れてしまう。
つまり何が言いたいかというと、僕の使う魔法では一撃で散らしてしまうから魔法は使用できないということだ。
ちなみにこの会場はボウル状に作られており、僕たち出場者はその底の部分に。司会含めた観客は僕たちよりも上の場所に座って見物している。
『……フィールドの設置が完了いたしましたので、そろそろ開始させていただきます。――用意はいいかい!?』
ザッ、と音が聞こえるほどの速度でみんなが各々の武器を構えたり、魔法の用意をしたりする。僕も最初から潰されないよう刀を構える。
『それでは――始め!!』
その声と同時に、僕たちは一ヶ所に留まらないよう走り出した。
結論から言うと、真っ先に狙われたのは予想通りと言うべきか僕だった。
「な、なんでこんなに狙われなきゃ……!」
必死に走りながら一瞬だけ後ろを振り返ると、僕を狙っている奴らの悪魔のごとき形相が目に入ってきた。
「僕が何したっていうんだよーーーー!」
そう悲鳴を上げながら逃げ回るが、すでに人数は減っている方だった。
最初に出場した人が二百名余り。だが、今数えてみると百人前後しかいない。
こういった乱戦では魔法を使う奴らを先に仕留めるのが鉄則だ。つまり、開始前から魔法の準備に入っている時点で彼らが潰されることは確定していたのだ。遠距離から魔法でチクチクと撃ち落とされることが一番怖い。
そして僕は逃げ回りながらも僕を狙ってなく、別の人と戦っていた相手を倒したりして地道に戦果を上げていた。
(このペースだとあと三十分足らずで決着がつく……。その時まで、立っていられるかどうか…)
もう一度後ろを振り返ると、そこには悪魔の形相で僕を追いかける人がなおも二十名前後いた。しかも五人が壁で迫り、後ろの十五人は魔法を詠唱しながら近寄ってくる徹底ぶりだ。
……僕、この人たちの恨みを買うようなことしただろうか。
何で追いかけられるのかわからないまま、僕は鞘に収めた刀で振り向きざまに三人を打ち抜く。
「なっ!? いきなり攻撃に!?」
「いつまでも逃げてばっかりじゃ終わらないよね!」
《身体強化》を自らにかけ、一気に攻勢に転じる。相手側は今まで逃げ惑っていた奴が急に攻撃し始めたことに動揺していた。そんなのでは三流だぞ。
僕のあらゆる行動を予測しろとまでは言わないが、予想外の展開に対してもすぐさま対応できるようにしなければ戦場ではすぐに死ぬ。
やっぱり素人の集まりか……、と僕は半ば興醒めた気持ちで残りの十七人を叩きのめした。
「よし、次行くか」
次の相手を探して走り出そうとした瞬間、先ほど倒した奴の服が鎧の隙間から見えているのに気付く。
「ん……?」
何やら派手派手しい色だったので目に留まり、マジマジと見つめてしまう。そこには……、
「ロゼ様命!! ねえ……」
つまり彼らはロゼと仲良くしている僕を潰そうとしてきたのだ。ロゼのファンクラブは女性が多いにも関わらず、見上げた根性である。
「でも、素直に告白すればいいのに……」
玉砕は確実だろうが、少なくともここで僕を狙おうとするよりは建設的なはずだ。
何だかドッと疲れが湧いてくるが、気にしたら負けだと自分に言い聞かせて僕はもう一度走り出した。