一部 第三十六話
下水道での探検からおおよそ二ヶ月が経過した。
季節は秋も深まってそろそろ寒くなってくる頃、それはやってきた。
「あの時期だな……」
「うん、あの時期だね」
僕とガウスは寮の自室でいかに寒くない部屋にするかについて頭を悩ませながら、同時に学院に張り出されていた紙に記された内容について話し合っていた。
「やってきた。魔法大会が」
魔法大会とは読んで字のごとく、魔法を打ち合う大会のことだ。ちなみに武器使用有り。
平たく言ってしまえば、魔導士を志す者が大勢集まって実力を競う大会だ。殺してはいけないのと、決められたフィールドから出てはいけないこと以外、反則はなし。
「去年は出られなかったんだよね。一年生はロクに魔法が扱えないからって」
「ああ。ったく、あれは差別だよな……。俺は炎属性に限って言えばその頃から並以上はあったし、お前なんて究極魔法クラスがすでに使えてたよな」
それしか使えないんだけどね。この一年間、弱点をなくすべく様々な方法を試したが、全て結果は芳しくなかった。もう僕のこれは体質で仕方のないことなんだと割り切ってしまうしかない。
……弱点をなくすことを諦めているわけじゃないけど。
「僕もあれは出たかったんだけどね。魔法は実際使わなくてもいいみたいだし」
模擬戦用の刃を潰した剣や、穂先に分厚い布をかぶせた槍などの使用は認められている。それが使えれば僕もそれなりに良い線はイケるはず。
何よりおいしいのは大会で入賞した際にもらえる賞金だ。
なんとこの大会、学院主催の癖に賞金が出る。その理由は規模の大きさをアピールすることで外部からも人を呼び込みたいからであり、何より娯楽の少ないティアマトにおける唯一の馬鹿騒ぎができる機会なのだ。賭け事やら何やらで多少の金銭が動くのは致し方ないことである。この日ばかりは衛兵も多少目をつむってくれるし。
「ま、今年から大暴れしてやろうぜ。俺は参加申し込みするけどお前もするか?」
「するに決まってるでしょ。僕だってこんな力試しの場所を逃したくはないね」
それでこそエクセだ、とガウスは笑いながら部屋を出て行った。言葉通り参加受付けをしに行くのだろう。
「……一応、対策は練っておくか」
ガウスとぶつかった場合が非常にマズイ。苦戦するとかそういう問題ではなく、十中八九こちらが負ける。これは確信だ。
僕はクリスタルと自分の強化が持ち味だ。後者はともかく、前者は大会中に禁止されている。『クリスタルを作ってそれを攻撃手段にしてはいけない』なんてルールがあるわけでないと突っぱねることもできるのだが、ひどく情けないのでそれはやりたくない。
そしてガウスは今まで見せ場こそ特になかったが、炎属性に限って言えば紛れもない天才だ。学び始めてたった二年で上位魔法まで習得している。
「それに脅威はガウスだけじゃないしね……」
最近はなりを潜めていたが、ロゼもこういった勝負事には目がない。ほぼ確実に僕を誘って参加してくるだろう。
さらに言えばディアナも出てくるはず。彼女も腕試しの機会は逃さないだろうし、ああ見えて意外と好戦的だったりする。
そして僕は自慢じゃないが、魔法の恩恵なしで彼女たちに勝てる算段がこれっぽっちもない。
……つくづく自分の能力の偏りが嫌になる。
「まあ、やれるだけのことをやるしかないか……」
大会の開催まであと二週間ほど。鍛錬はいつも通りにやるとして、この際新しい魔法の習得は諦めて僕の欠点を補うような魔法道具でも探してみよう。
僕はこれからの予定を立てながら、ガウスが戻ってくる前に眠りについてしまうことにした。
翌日、僕はギル爺の鍜治場へ行こうと大通りを歩いていた。僕の知る限り街一番の鍛冶師であるあの人なら何か良い物を知っているかもしれない。
そう思って歩いていたのだが……、
「あら、エクセではありませんの。どうしたのです?」
まさか寮を出て五分でロゼに見つかるとは思わなかった。
「えっと……、ちょっとギル爺のところまでね。ほら、バイトがあるからさ……」
言外に帰れと言ってみるのだが、ロゼがその程度で引き下がるような人であれば、僕はもっと平穏な日々を過ごせていたはず。
「それはちょうどいいですわ。わたくしもそちらの方向に少し用事があるのです。途中までご一緒しませんこと?」
ロゼの言い分は完璧で、僕の反論を全て封じてしまった。
「……うん、わかった」
僕はこの隠し事がバレないよう心の中で祈りながら、ロゼの後ろを歩き出した。
「ところで、ロゼはどうして鍜治場の方に行くの? 武器とか防具ぐらいしか売ってないでしょ」
しかしタダで起き上がってなるものかと、僕はロゼに軽く探りを入れてみる。大会前からすでに戦いは始まっているのだ。情報戦という名の戦いが。
「その防具を買いに来たのですから、当然ですわ」
思いのほかアッサリ返事がきたため、僕は呆気に取られてしまう。
「……えっと、何を?」
「そうですね……、やはり服の内側に着込む鎖帷子が妥当なところですわね。安全であるとはいえ、やはり模造剣や槍は危険ですから」
「……そうですか」
何だか自分が情けなくなってきた。いつの間に自分はここまでみみっちい男になったのだろう。
……改善する気はないが。勝った方が正義だ。
「何を落ち込んでいるのです。ほら、見えてきましたわよ」
「あ、うん。それじゃ」
いつの間にか到着していたギル爺の鍜治場前で、僕は軽く手を上げながらロゼが歩いていくのを見送る。
ああいう颯爽とした振る舞いには一人の男として憧れるものがある。同時に自分には絶対無理だとも思う。ああいうのは見てるだけで十分だ。
……でも、そんな格好良い彼女が僕なんかに付きまとう理由に関してはわからないのだが。
「気を取り直すか……」
いきなり出鼻をくじかれてしまったが、まあ結果オーライだろう。
「ギル爺、暇してるー?」
「うるせぇ! 今声かけるんじゃねえ!」
ドアをノックして開けると、いきなり怒鳴られてしまった。
その声の音量に首を縮こまらせ、肩をすくめる。鍛冶場に入った瞬間、怒鳴られることなんて日常茶飯事だ。声の大きさに慣れることはないが、すぐに落ち着ける程度にはなる。
いつものことだと思いながら僕はその辺にあった椅子に腰かける。鍜治場の熱に当てられたそれはかなりの熱を持っていたが、立ちっぱなしよりはマシだと自分に言い聞かせた。
暇を持て余しながら熱さに耐えること十分ほど。ようやく金床から顔を上げたギル爺が僕を視界に入れる。
「ん……? エクセじゃねえか。仕事ならねえぞ」
あったらあったで断るつもりだ。わざわざ鉱山の奥深くまで潜って鉱石採集なんて、あまりやりたい仕事ではない。
「わかってるって。今日はお客として来たんだよ。何か便利な魔法道具ない?」
ちなみに僕とギル爺、何度も仕事を任し任されることをやっていたため、気心はとっくに知れている。もっとも、ギル爺は誰が相手でも態度を変えることは滅多にないが。
「何かって言われてもこっちが困るだろうが。もっと具体的に言え」
もっとも過ぎる答えだった。僕はここに来ることが目的になっており、その辺のことをあまり考えていなかったため、顎に手を当てて考える仕草をする。
「うーん……」
「考えてなかったのか……、早くせい。ワシは暇じゃないんだぞ」
「うん、そうだよね。老い先短いんだし、少しでも良い物を鍛えたいっていう気持ちはわかる――ぐはっ!」
途中で殴られた。何か変なことを言っただろうか。
「ワシが老い先短いのも良い物を鍛えたいっていう気持ちにもウソはないが、お前さんに言われると腹立つ」
「理不尽だ!」
あまりに身勝手な言い分に僕は頭を抱えてしまうが、それが切っ掛けで素晴らしい考えが浮かんだ。
「あ、良いの思いついた。ブレスレットで、効果は魔力の拡散。どう?」
「うん? そんなのあるわけねえだろう。よく考えても見ろよ。魔力の収束効果があるならともかく、そんな効果があるやつなんて売れるわけねえ」
「それはそうだ。でも、あるはずだよ。ほら、衛兵が使う手枷とかさ……」
あれには非常に強力な魔力の拡散が行われるよう処理を施されている。その効果は僕でさえ突破できないほどだ。
どんな魔法でも発動するにはそれなりの収束をさせる必要がある。ただ垂れ流しているだけでは一般人となんら変わりはない。魔力は循環させ、収束させ、そこに術式を刻むことで初めて魔法となるのだ。
……まあ、僕はその収束が異常な域で行われてしまい、逆に魔法が発動しなくなってしまうのだが。草花に水をやり過ぎてもいけない理屈と同じだ。
「おお! なるほど、そいつがあったか!」
「そう。でもあれじゃ僕でも扱えないから、ギル爺にはその効果を少し弱めてほしいんだ。できるでしょ?」
そしてそんな僕が考え出した方法。それは無意識に行われる魔力の収束を外部要因で無理やり拡散させてしまおうという方法だ。これなら僕でも普通の魔法が扱えるかもしれない。
「そんぐらい朝飯前だ……と言いたいところだが、すぐには無理だ」
「え? どうして?」
「お前がどのくらいの勢いで魔力を収束させているかがわからねえ。それがわからねえってことはどの程度拡散させればいいかってこともわからねえってことになる。つまり、お前に最も適した拡散度合いを調べねえことにはどうにもならねえ」
そして微調整まで加えるとどれだけの作業になるのやら……、と言ってギル爺は言葉を締める。
僕はそこまで考えておらず、弱点がなくなるならマシかな、程度にしか考えてなかった。
「……どのくらいかかる?」
「大雑把な調整までは楽だろうが……、そこらは根気と時間と運の作業だからな……。調子良くいけば半年ってとこ。悪ければ一年以上ってとこか」
思わず目まいを感じてしまう。それじゃどう考えても魔法大会には間に合わない。
「えっとさ……再来週に魔法大会があるって知ってるよね?」
「おお。ティアマト唯一の娯楽だからな。忘れるわけねえよ」
「じゃあ……その時までに用意できて、僕でも使えそうな魔法道具ってないかな……?」
もう八割以上諦めに支配されていた。どうせ僕みたいな奴は地道に努力を積んでいくしかないのさ。
「お前でも使えるねえ……。確か、武器は支給品だよな?」
「ううん、確か自前のがある人はそれを使ってもいいって言ってた。ただし、剣なら鞘から出さない。槍なら布でくるむとか言ってたけど」
そして威力の減らしようがないモーニングスターやら斧などの武器は使用禁止となっている。一応、祭りでもあるので死者を出すわけにはいかないのだ。
「んじゃあ、何とかしてやる。当日になったら取りに来い」
「はぁ……?」
何か取っておきの代物でもあるのだろうか? と疑問に思ったのだが、ギル爺は話すことは全て話したと言わんばかりにシッシと腕を振る。
「わかったよ。んじゃ当日にまた取りに来るね」
「おう。うちの看板背負わせるんだから、優勝じゃなきゃタダじゃおかねえからな」
「怖い怖い」
ギル爺の凄みに肩をすくめながら、僕は鍜治場を後にした。
そして二週間後、僕は再びギル爺の鍜治場に訪れた。