一部 第三十五話
ドラゴンゾンビの猛攻が僕の防御を削り、僕にダメージを与えようとする。どうやら向こうは僕が一番の脅威だとみなしているらしい。
「このっ! エクセにばかり!」
ディアナが必死に攻撃して注意を引こうとしているが、わずらわしげに振るわれる尻尾を対処するので精一杯に見える。
「ロゼ! ガウス! 魔力の回復は!?」
「まだですわよ! 戦闘が始まってから五分経っておりませんわ!」
「ポーションを持ってこなかったことが痛手だな!」
ガウスの言うとおりだ。魔力回復のポーションがあればもっと早くこいつは倒せるはず。それを持ってこなかったのは僕たちの怠慢だとしか言いようがない。
そして五分足らずの間に僕の腕は限界に近づいていた。《身体強化》はもちろんかけている状態なのに、だ。
(どうする? このままだと……死ぬ)
やはり究極魔法を発動させるべきか? でも、それをやったらみんなが余波を受けて死ぬかもしれない。いや、おそらく死ぬだろう。
そんな手段を用いてまで生き残るべきか? それは絶対に否。それだったら死んだ方がマシだ。
(敵は骨であり、痛みとかをほとんど感じない……そうだ!)
「ロゼ! 今使えるありったけの魔力で《風撃》お願い! ガウスは《炎弾》でこいつの気を引いて!」
「了解ですわ!」
「任せろ!」
二人の威勢のよい返事が続き、二人の手から僕の指示した魔法がそれぞれ放たれる。それを受けたドラゴンゾンビの体がほんの少しだけバランスを崩す。
(――今だ!)
ちなみに僕が期待していたのはロゼの方だ。ガウスの方は正直上手くいったら儲けものぐらいにしか思ってなかった。
「おおおおおおおおおおぉぉぉっ!!」
一気に《身体強化》に込める魔力を増やし、強化しまくった体でドラゴンゾンビに向かって突進する。
『――――っ!!』
ドラゴンゾンビは骨をガシャガシャ鳴らしながら懐に入り込んだ僕を牙で噛み砕こうとするが、残像すら残して動く僕を捉え切れない。
僕はそのまま走る勢いを弱めずにドラゴンゾンビの骨に足を乗せ、一息にその巨体を駆け上がる。
そして頭頂部まで達してからさらに強化された脚力で跳躍し、ドラゴンゾンビの真上に浮かび上がる。
空中でフワリと体を翻し、僕の視線がドラゴンゾンビの穴の開いた瞳とぶつかる。そこで僕は今まで体内に溜めていた魔力を魔法に変える作業を始めた。
「――《加重》!!」
闇属性の派生属性である重力魔法を発動させる。これは文字通り相手に重力の負荷をかける魔法で、込める魔力や術式によってはドラゴンでさえ一撃で踏み潰せる威力となる。
だが、僕は当然それを上手く扱えない。無意識に行われる収束が魔法の範囲を著しく狭めてしまうからだ。
しかし、だ。普通、魔法の範囲は込めた魔力量や魔力の拡散技能に比例する。ならば――
僕の収束によって狭まってしまう範囲以上に魔力を込めれば普通に効果が出るのではないか?
もちろん、この理論だと普通の魔法を発動させるのでさえ膨大な魔力が必要になる。平たく言ってしまえば魔力量に物を言わせた力任せのゴリ押しだからだ。
けど、この場では十二分な威力を発揮する。
僕の持っているクリスタルを纏わせた杖に魔法で作られた紫色の重力球が乗せられ、僕の体ごと下に引きずり下ろそうとする。
それに逆らわず、僕は杖に纏わせているクリスタルの量をさらに増やし、クリスタルの大剣を作ってドラゴンゾンビの頭上から振り下ろす。
「受けてみろぉ!」
――重剣・断頭台。
重力の加護を受けたクリスタルがドラゴンゾンビの骨を砕き、大理石の床でクリスタルの大剣が粉々に砕け散る。
柔軟性の低いクリスタルだから壊れるだろうとは思っていた。そもそも今編み出した攻撃自体、並みの武器では重力と地面との力に耐え切れず自壊してしまうような代物だ。
クリスタルが残滓のようにこびりついている杖を持ち上げ、ドラゴンゾンビの様子を確かめてみる。
頭蓋骨がカチ割れ、大剣にして剣身を伸ばしたため背骨の中ほどまでバッサリと斬られている。これだけやっておけばさすがに動かないはずだ。
「た、倒しましたの……?」
「……みたいだね」
ロゼの不安そうな一言でようやく僕も気を抜いて良いと判断し、肩の力を抜く。
「……生きてるのが不思議」
「まったくだな……。さすがにドラゴンゾンビなんて見たこともなかったぞ」
みんなが思い思いに勝った余韻に浸りながら地面に座り込む。僕も消耗がひどいし、何より右腕の傷から流れる血が止まらない。結構太い血管が切られたのかもしれない。
「エクセ、傷をお見せなさい。応急処置くらいはして差し上げますわよ」
「あ、お願い」
駆け寄ってきたロゼに右腕の傷を見せる。あの時は急いでいたから僕も見てなかったのだが、ザックリ筋肉の中ほどまで切られているひどい傷だった。
「以前見たときよりひどい傷ですわね……。まったく、どうしてあなたはいつも無茶ばかり……」
誰のせいでこうなっているのか小一時間は問い詰めたいところだ。僕だって怪我したくてしているわけじゃない。
傷口に治癒魔法独自の暖かな光とお湯が染み入るような心地良さが痛みを消すように注ぎ込まれる。そして目に見えて、という速度ではないがゆっくりと血が止まっていくのがわかった。
「わたくしの《治癒》ではかすり傷の治療がせいぜいですわ。ですから、戻ってから正規の治癒魔導士に見せてもらった方がよろしいでしょう。わかりましたね?」
「えー……、だって治癒魔導士はお金がかかる――」
「わ・か・り・ま・し・た・ね?」
「ハイ、わかりました」
しまった。ロゼの言うことにはなぜか逆らえない僕がいる。というか、ロゼの確認時の迫力が恐ろしいのが原因の一つではあるのだけど。
「あー……。お二人さん、そろそろ俺たちの存在に気付いてくれないか?」
僕が治癒魔導士のところへ行くのを約束させられていると、後ろからガウスが居心地の悪そうな顔で声をかけてきた。別にやましいことをしているわけじゃないから、普通に声をかけてくれたって良いのに。
「いや、気付いてるって。ガウス……は怪我するわけないし、ディアナは大丈夫?」
後衛には絶対に攻撃行かないようにしていたのだ。これでガウスが怪我をしていたら落ち込むぞ。自分に課した役割すら果たせないのだから。
「……エクセのクリスタルのおかげで何とか攻撃は防げた。何度かかすめた時もあったけど、せいぜい打ち身程度。このくらいなら日常茶飯事」
「そっか……」
何にしてもみんな大したことないようだし、本当に僥倖だ。ドラゴンゾンビ相手にしてこの程度の被害で済むなんて。
正直なところ僕は誰かが大怪我を負う、あるいは死ぬ未来も予想していた。今回僕たちが対峙した相手はそれほどの大物なのだ。
「……それじゃ、帰ろうか」
「竜骨は採取していかないのですか? 貴重な材料になりますわよ」
ロゼはそう言うが、これだってもともとは魔法人形の一種だ。骨には魔法人形の自立術式が組み込まれていると考えるべきだろう。
「やめておいた方が良いよ。もう動かないけど妙な仕掛けがないとも限らないし」
もしかしたら機密保持のために自壊術式でも組み込まれているかもしれない。それに巻き込まれたら僕たちだって一巻の終わりだ。
「……エクセの言うとおり。普通のモンスターなら問題ないけど、この手の人工生命体は動かなくなってからも油断しない方がいい」
時たまいるのだ。最初から負けること前提で生物を作り、その生物に自爆術式をかけて道連れにするような方法を取る外道が。
ディアナと僕は将来的にこういった連中との戦いが増えるかもしれないため、本を読んで知識を増やしているのだ。特に僕の場合は旅先でその土地特有のモンスターと戦う場合も考えられるため、本によって得られる知識はかなり貴重だ。
「早く戻ろうぜ。俺もうクタクタだよ……」
ガウスは疲労困ぱいだと言わんばかりに膝に手をついている。僕も今回は傷口から血が流れ過ぎたため、いつもより疲労感が大きい。
「そうだね……、じゃあロゼ。魔法陣の発動よろしく」
「え? わたくしの魔力はもう残ってませんわよ?」
「は?」
思わず間抜けな声を上げてしまう。だって入り口に魔法陣仕掛けたのはロゼでしょ? 魔法陣は仕掛けた人にしか発動ができない。それが常識だ。
「……本当?」
「ええ、あなたが全力で魔法を撃てと言いましたから。ああ、安心してくださいな。魔法陣の発動に必要な魔力程度、五分もあれば回復する……ど、どうしましたのいきなり地面にへたり込んだりして!?」
こ、怖かった。さすがに来た道を引き返せと言われたら絶望するしかないんだぞ。もう食料だって残ってないし、体力だって残ってないんだ。
「はぁ……、驚かせないでよ。本当に驚いたんだから……」
「ちょっとした冗談ですわ。こんな話をしている間に回復する程度ですわよ。……そろそろ戻りましたわ。帰りましょう」
全員が疲れた体を引きずってロゼの元へ行く。ロゼ自身もやや疲れを感じさせる動きで懐から魔法陣の描かれた羊皮紙を取り出し、魔力を流し込んだ。
とたん、足元に精密な幾何学模様の入った円が僕たちを包み込む。あとわずかでこの場所からさよならできる。その瞬間だった。
(ん……? 今、何か……)
見間違いだろうか。一瞬だけ大理石に描かれた魔法陣が光ったように見えたのだ。
だが、それについて深く考える間もなく僕たちは転移し、ティアマトへと戻ってしまった。
「やっと帰ってこれましたわね。やっぱり日光が懐かしい……」
「……目が痛い」
「目、目を閉じておくべきだった! 死ぬ! これは痛い!」
三者三様な行動を取るが、ロゼ以外の二人は目を押さえていた。というか、ロゼはどうして暗い場所から明るい場所に一気に出たのに目が痛まないのか不思議だ。
「ん……」
僕も軽くまぶたの上を手で押さえながら、先ほど見たものを考えようとした。
「ああっ! 結局課題終わったことにならねえぞ! 急いで何か考えないと!」
「そうでしたわ! もう休みも残り少ないですわよ! エクセも何か考えなさい!」
「え? あ……、そうだね。いったん寮に戻って何か考えようか」
ロゼの声で現実問題として迫っている課題を思い出し、僕は先ほどまで考えていたことを忘れてみんなのところへ行ってしまった。
さっき考えていたことがどれだけ重要なことなのかもわからないまま。