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一部 第三十四話

 僕とロゼは同じ答えにたどり着いたことを確認し合い、小さく首を縦に動かす。


「どう考えてもこれは魔法陣……。だけど、一体何の効果が? そして何のために?」


「そのようなことわたくしがわかるわけないでしょう。ですが、安易に発動させることが得策だとは思えません」


 それはそうだろう。僕だってさすがにティアマトの地下にある魔法陣を起動させようなんて思わない。これだけの大きさだと、地上を吹っ飛ばすような物騒な効果である可能性も否定できないんだ。


「でも、これってかなりわかりにくく作られてるよね。一体どんな効果があるのか、地道に調べるより方法がなさそうだよ」


 これが古代人の作り出した新種の魔法陣である可能性は結構高い。そして、古代の魔法陣は軒並み強力なものが多い。


「…………ガウスにディアナにも協力してもらいましょう。エクセ、あなたはどうにかして魔法陣に描かれている文様を特定していただけません?」


 ロゼは僕の答えを聞かずに走り去ってしまった。ガウスたちを呼びに行ったのだろう。


 一人残された僕は先が見えない魔法陣を地道に手でなぞる作業が待っていることに肩を落としながらも、懐から白い粉を取り出してふりかけ始めた。


 ちなみに粉は小麦粉。見えないものを浮かび上がらせる際によく用いる方法だ。どこで事件に巻き込まれるかわかったものじゃない生活を送っているのでいつも持ち歩いているのだが、実際に使う日が来るとは思わなかった。


「……絶対足りないよね。これ」


 しかし、こんなに大きな魔法陣を調べるために持ってきているわけではない。これではせいぜい数メル進めば終わりだ。


「まあいいか、その時考えれば……」


 ガウスたちがこちらに駆け寄ってくるのを遠目に眺めながら、僕は小麦粉をかける仕事に従事した。






「向こうに書いてあったなら先に言ってよ! おかげですっごい無駄な苦労しちゃったよ!」


 ガウスたちも発見があった。見つけたものはなんとこの魔法陣の縮尺図と効果の描かれた壁画。僕の苦労を返せ。


「……人生、そんなこともある」


 ディアナ。慰めてるつもりがあるの? 僕には首を必死に背けて笑いを堪えているようにしか見えないんだけど。


「まあまあ……。今回は被害が小麦粉だけだったんだから、割と少ない方じゃないのか? 杖なくすよりはマシだろ?」


「そりゃそうだけどさ……、はぁ」


 精神的に疲れてしまった。もう今すぐにでも床に寝転がりたい気分だ。


「……………………で? なんだったの?」


 深呼吸を繰り返して何とか気分を落ち着け、僕はガウスに魔法陣の効果を聞いた。


「読めなかった」


「……は?」


「いや、だから読めな――がふっ!?」


 しまった。反射的に体が拳を作って鳩尾に入れてしまった。事故ということにしておこう。


「バカでしょ! せめて解読してから報告してよ! いい加減キレるぞコラァ!」


「うおっ!? エクセがキレた!?」


 僕だって怒らないわけじゃないんだよ。ただでさえ疲れているのに、無駄な行動を取らされた僕の怒りは結構高い。


「落ち着きなさいエクセ」


「ごぼっ!?」


 僕が怒りに身を任せようとした瞬間を狙いすましたかのように、ロゼの正拳突きが肝臓に決まる。


「あ、あ、あああぁぁぁ…………」


 呼吸ができず、うずくまってブルブル震える僕をロゼ以外の二人が哀れそうな目で見下ろしてくる。そんな目で見るくらいなら助けてほしい。


「まったく、エクセも怒らないで見てみなさいな。あれは明らかに新種の古代語ですわよ」


「古代語ねえ……」


 冒険者時代の名残で多少は読めるが、それにしたって多少止まりだ。文法とかを考えたら絶対に読めない。


「とりあえず、そこに案内してよ。ひょっとしたら読めるかもしれないし」


 古代遺跡にある祭壇やらを解読していたため、固有名詞にやたら強い僕の古代語力。どの程度まで通じるか試してみよう。


「おう、向こうにあるぞ。俺たちは少しでも調べておくよ」


「うん、お願い」


 どうやるかはわからないが、いきなり魔法陣に別の線を書き加えるようなバカはやらないから安心できるはずだ。


「ガウス!? あなた、いきなり既存の円に線加えようとしているのですか!? 暴発するかもしれませんのよ!」


「え!? そうなの!?」


 ………………………………なるべく早く調べておこう。何もしていないのに消し炭になっては死んでも死に切れない。


 駆け足でディアナたちが指差した場所を目指すと、視界に妙な字が入ってきた。


「これか……」


 目の前まで近寄って指でなぞってみる。理解できる単語だけ拾うと『魔法陣』、『これ』、『鍵』、『効果』、『吸収』だ。


「これだけじゃハッキリとわからないけど……」


 単語しかわからなかったが、人々に良い効果を与える代物には到底思えなかった。


「……破壊するか?」


 僕の魔法を使えば不可能ではない。だが、これほど大きな魔法陣は世界中どこを見てもないだろう。


 そんなものを僕の一存で壊していいのか? いや、僕の解釈が間違っている可能性だって存在する。その思い込みだけでこれは壊されて良いものか?


「……ダメだ。破壊はできない」


 結論として、これは学院の教授たちに教えるだけにしておくことにした。僕にはこの魔法陣を起動させる勇気もなければ破壊する勇気もなかった。


 僕は何となく後ろ髪を引かれる思いをしながら、みんなのもとへ戻った。






「エクセは単語だけでも理解できたのですか……。ですが、その内容は本当ですの?」


 みんなに説明をしたところ、誰もが難しい顔をした。やはり単語から導き出される答えが物騒なものになってしまったのだろう。


「うん。何度も遺跡で見たことがあるからそれは覚えている。絶対とは言えないけど、あまり面白いものは期待できないね」


「そうか……、じゃあうかつに調べることもできないな」


 ガウスの言葉にうなずきながら、僕は大理石に描かれている魔法陣を眺める。


「…………でも、どうするの?」


 それが問題なんだ。僕たちが魔法人形(ゴーレム)を倒してしまった以上、もうここまで道を遮るものはいない。万に一つという可能性でしかないが、何も知らない奴がここに迷い込んでしまうかもしれない。そうなったら目も当てられない事態になる。


「僕はこれを学院の教授たちに教えることを提案する。誰か専門家がいた方がいいだろうし、僕たちの一存で破壊してしまうにはこれは価値があり過ぎる……」


「……こういう時、わたくしたちが魔導士であることを呪いたくなりますわね」


 ロゼの言っていることに全力で同意する。なまじこれの価値がわかってしまうから破壊という選択が取れない。


「まったくだよ……。僕の魔法なら跡形も残さず破壊できるというのに……」


 この場合は《地割れ(アースブレイク)》で壊すのが最も良いだろう。地上への被害を一番少なくできる。


 光属性や闇属性の魔法は威力が他の四属性と比べて大きい。少しだけ説明すると、光属性究極魔法の《輝ける光翼(アークレイ)》は使うと光の羽が遥か上空から舞い降りる魔法だ。


 まあ、今の説明だけでは単純に綺麗な魔法と見られておしまいかもしれない。


 ……羽の一枚一枚が上位魔法クラスの威力を兼ね備えていなければ。


 おまけに羽自体は副産物でしかなく、主攻撃は最初に放たれる光線だ。これは威力自体は《熾天使の裁き(セラフィレイズ)》並の威力を持っている。


(あんな使いどころに困る魔法、どこで使えってんだよ……)


 そこまで大威力の魔法が必要になる場面なんて、戦時下でもない限り一生ないだろう。


「……とにかく、いったん戻ろう。僕たちじゃこれはどうにもできないことだけは確かだ」


「……エクセの意見に賛成。これは私たちにできる範囲を超えている」


「そうですわね……。まさかこんなものが見つかるなんて思いもしませんでしたわ」


「ああ……、俺の課題が……遠のいていく……」


 みんな思い思いのことを言っているが、ガウスだけは自分の課題を気にしていた。わからないでもないが、ここで言うのを間違いだと思うのは僕だけだろうか。


「ほら、行くよ」


「あ、テメッ、離せ!」


 ガウスの首根っこを掴んで引きずりながら、僕たちがロゼに集まって転移の魔法陣を使おうとした瞬間だった。




 竜の骨で作られたバケモノが頭上から落ちてきたのは。




「……っ!?」


 ガウスの首から即座に手を離し、杖全体にクリスタルコーティングを施してクリスタルの剣を作りながら前に出る。


「こ、これは!?」


「ドラゴンゾンビ! しかも成体のドラゴン並!」


 ドラゴンの骨に特殊な術式を施して動かしているものだが……、まさかこんなものが守護者にいたとは。


「……マズイ?」


「死ぬほどマズイ! この手の連中は感覚がないから完全に破壊するまで止まらないよ!」


 それに僕だって本で読んだことがあるだけで、実際に戦ったことはない。


「エクセ! 指示出してくれ! 慌ててたんじゃ四人全滅だ!」


「わかってる!」


 ガウスの言葉に叫ぶように返事をしてから、頭を必死に回転させる。


 相手は僕たちよりも格上で、なおかつ理性がない真性のバケモノだから僕たちを殺し尽くすまで止まらない。


 唯一の救いは骨だけになっているから本物のドラゴンよりも耐久力が低いこと。そして呼吸をしていないのでブレス攻撃がないことだ。


 だが、それを差し引いてもドラゴンゆえの敏捷性と破壊力は驚異的で、防ぐには《障壁(バリア)》を何重にも張る必要がある。


(どうする? 僕が魔法を使えばおそらく勝つことはできる。でも、《敵味方識別(マーキング)》を施す時間は絶対に得られないし、発動までに必要な溜め時間を三人で稼ぐのは無理だ)


 これは決して信頼しているとかそんな次元ではなく、純然たる事実だ。


 そもそも駆け出し魔導士四人で立ち向かうような相手ではないのだ。この中の誰もが天才と呼べる才能を持っているとしても、まだそれは磨かれていない原石のようなもの。ドラゴン相手では役不足なのは自明の理。


「………………来る!」


 ディアナのそれで思考が現実に戻った瞬間、ドラゴンゾンビが凄まじい速度で左の爪を振り下ろしてくる。


「イテッ……!」


 左に跳んで避けたつもりなのに、右腕の二の腕がザックリ切り裂かれる。血が吹き出て焼けるような痛みが腕から脳に伝わる。


 意識が一瞬だけ失いかけるが、同時に天啓のごとき考えが頭に浮かんだ。


(これだ……!)


 魔法をあまり使わず、周りへの被害も最小限に抑えられてなおかつ勝算が最も高い方法があった。


 それが思いつくと同時、ドラゴンゾンビが追撃の右を振り下ろしてくる。


「くっ!」


 傷ついた右腕をかばいながら後ろに下がってそれをかろうじてかわす。


「ロゼ! 遠距離からの回復ってできる!?」


「無茶ですわ! そんな治癒魔導士でも難しい高度技能をわたくしが持っていると思いまして!?」


 いや、何かと万能なロゼならできると思ったんだけど。やはり無理なものは無理か。


「ガウスとロゼは後ろで魔力の回復に専念して、自分の撃てる一番大きな魔法をお願い! ディアナは僕と敵の気を引きつける! 無理はしないように!」


 僕は素早く指示を飛ばしながら、動きの鈍くなった右腕をダラリと下げて、左手だけでドラゴンゾンビの猛攻をクリスタルの剣でさばく。


(今は機を狙え……! 必ず倒せる時が来る……!)


「待たせた! ――ぐっ!?」


 ディアナが僕の隣に来て攻撃を受け流そうとするが、ドラゴンの重さが存分に乗った攻撃に苦しそうなうめき声を上げる。


「まともに受けないで! それと並の剣じゃ防ぐこともままならない!」


 クリスタルをディアナの剣にも纏わせてやり、二人で左右に走り出す。これで片方だけの腕に集中すれば避けるなり受けるなりするのは簡単になる。


「ディアナ、気をつけて! ヤバいと思ったら即刻退いて!」


「……今の状況が十二分にヤバい。逃げたところであまり変化はない」


 正論だが、この状況下では僕も他人に気を払う余裕はない。今だって爪と尻尾による猛攻を何とか防いでいる状態なんだ。


「……エクセ。策があるのなら、早いところ試してほしい。私もあまり長くは持たない」


「わかってるよ!」


 試したいのはやまやまなのだが、機会が巡ってこないのだ。機を待たずに試したところで僕が殺されるのがオチだ。


 左腕の感覚が徐々に消えていくのがわかる。これが完全になくなった時が僕の死ぬ時だ。


 それまでに僕の勝ち目が出るか、向こうに持っていかれるか。まさに死ぬか生きるかの戦い。


「まったく……、どこでこんな大物と戦う羽目になったんだろうな、僕」


 体内の魔力を喚起させながら、僕は誰にでもなくつぶやいた。

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