一部 第三十三話
「ぜぇ……ぜぇ……、さすがに勢いだけじゃ厳しいな……」
ガウス、そのセリフを言うのは今でも戦っている僕の援護をしてからにして。
「早く倒さないと増援が来るよ! あと、いい加減僕一人での戦線維持はキツイんだけど!?」
道が狭いから良かったものの、もう一メルでも広かったら突破されていた。
現在、僕たちは大空洞に続くと思われる道を一直線に歩いている。その途中、僕たちは何度も魔法生物の洗礼を受けていた。
最初に現れた人肉人形はほぼ最初に出てきただけで、残りのほとんどは石人形や水人形などの厄介な奴らばかりだ。
基本的にこいつらの対処は核となっている部分を砕くか、動かす体そのものを粉々にしてしまうより他ない。前者はともかく、後者は水であるため、蒸発させるか核を破壊するしかない。
幸い、使われている水がさほど汚れていないため核の位置がわかりやすく、破壊は何とかなるのが救いだ。
僕は杖の全体にクリスタルを纏わせて、石と水でできた二本の腕を何とか防ぐたびに腕から力が抜けそうになる。
「早く……援護……、このままじゃ……!」
すでに腕の感覚が失せている。僕一人で戦い始めて十五分は経過している。こんなに体力があるなんて我ながら驚きだが、そろそろ限界だ。
「ちょっと待ってください……! 魔力が……全然……戻ってないんですわ!」
ロゼは息も絶え絶えになりながら必死で魔力を回復させようとしている。だが、魔力の回復は睡眠を取るか休憩をするしかない。そしてたかだか十五分程度で回復する魔力は微々たるものでしかない。
「……ゴメン。私たちはもうダメみたい。エクセだけでも先に行って」
ディアナ、それは俗に言う死にキャラのセリフだ。そのセリフを言った奴は小説だと八割以上死ぬぞ。
「悪い、俺ももう魔力が尽きてる……。だけど素手じゃ戦えない……」
ディアナもガウスも限界だ。魔力譲渡ができれば良いのだが、あいにく僕が魔力を送ると常人よりも遥かに魔力量が多いロゼでも、魔力の膨大さに耐え切れず破裂してしまうだろう。
蛇足だが、魔力がゼロになると人間は生命活動が維持できなくなって死に至る。そのため、ロゼたちが魔力が尽きたと言っているのは自由に使える魔力がなくなったという意味になる。
「ポーションでも持って来てよ! いや、忘れた僕が言うのもなんだけどさ!」
石人形の土手っ腹に全力の蹴りを叩き込んで距離を離し、《風撃》で通路の向こう側まで吹き飛ばす。
わずかにできた時間を使って痛む心臓を静かにさせ、同時に空気中に微粒子状のクリスタルを作り出す。
「この……っ! いい加減、消えろ!」
《風撃》をもう一度使い《星屑の礫》を放ってある程度の数を一網打尽にする。
「いい加減に、しろぉっ!」
まだ向かってきている奴らを杖の先端から伸ばしたクリスタルで薙ぎ払う。それでようやく僕の視界から敵がいなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ!」
さ、さすがに疲労が半端じゃない。膝と腕と肩がもう限界だ。
「エクセ、大丈夫ですの!?」
「な、何とか……。魔力はまだあるけど、体力がもう持たない……」
ロゼが駆け寄って背中をさすってくれる。僕以外の面子は魔力が尽き、ディアナは体力もほとんど尽きかけている。
「一休みしよう……。このままじゃマズイ……」
「異論はないぜ。誰か見張りに立ってないといけないから、俺が行くよ」
ガウスが率先して先ほどまで僕が戦っていた場所に立つ。僕はディアナの隣に腰を下ろし、持ってきていた水を飲み干す。
「……ぷはっ!」
「……全部飲んでいいの?」
手持ちの水を一番大切に飲んでいた僕が一気に全部飲んだことに、ディアナが心配そうな目を向ける。別に気が狂ったわけじゃないから安心してほしい。
「いいよ。もうこれ以上の戦闘は誰にとってもキツイし、次にあんな大群が出てきたら僕でも無理だ。たぶん、ロゼも理解してる」
もう長居はしない。それが確信できているからこそ、こんな風に贅沢な真似もできるのだ。
「みんなも残してあるものがあったら出し惜しみしない方がいいよ。出し惜しみして使わないよりは使った方がマシだと思うから」
「わかっておりますわ。……ですが、持ってきた道具にポーションなどの類がないのが痛手ですわね」
今さらだけどね。僕自身、魔力が尽きるなんて経験をしたことがないから魔力回復ポーションのありがたみがわかっていなかった。
「……ガウスが見張りについていてくれる。今は回復に専念すべき」
「そうだね。ガウス! 少ししたら交代しよう!」
「助かる!」
僕とロゼ、そしてディアナは体を休め、空腹を満たし、次に来るであろう敵に備えた。
「これで、おしまいっ!」
《身体強化》を施し、強力になった一撃で機械人形を吹き飛ばす。
「まさかこんな奴までいるとはね……」
しかし驚いた。機械人形は大昔の遺跡でチラホラと見つかるくらいのものだ。それがここに住んでいるとは。
「エクセはこういった奴らを見たことがあるのですか? わたくしはてっきりアインス帝国が生み出した新兵器かと……」
そんなものができていたらとっくに宣戦布告をしているだろう。もっとも、僕がいる限り攻め込むことなど不可能だろうが。姿が見えた瞬間、究極魔法ぶち込めばいいだけだし。
「……でも、大して強くない」
ディアナの言う通りだ。機械人形は長い間――本当に長い時を過ごしているため、間接部分が錆付いたりしており、戦っても大したことはない。
「でも、これで確定だよ。ここは相当な大昔に作られている。それこそティアマトが建設される以前だろうね」
ティアマトが作られたのは三百年ほど前。他の街に比べれば割と長い方に入るが、それでも当時機械人形作成の技術があったとは思えない。
やはりこれは最低でも二千年以上昔にあたるだろう。古代文明の最盛期がその頃だったし。
「……ってことは俺たち、とんでもない発見をしているってことじゃないか?」
「そうなるね。もしこれが公にされたらかなり騒がれるだろうね。古代人の使っていた魔法術式の一つでも見つかれば、僕たちは時の人だよ」
その代わり、色々な人から狙われる可能性が出てくるけど、という言葉は呑み込んでおく。
「それじゃ、行こう。僕たちの目的地はすぐそこだよ」
度重なる戦闘で力の入らない膝に活を入れ、僕たちは歩き出した。
「ここが大空洞……」
「だろうね」
呆然とつぶやくロゼの言葉に相槌を打ちながら、僕も目の前に広がる光景にやや圧倒されていた。
「すっげぇ……」
「……まさか、こんなに広いなんて」
ディアナのつぶやいた言葉に僕は内心で同意する。それほどに僕たちの見ているものは常軌を逸していた。
わかりやすく言ってしまえば――明るくて広いのだ。特に広さは向こう側が見えないほどに。
しかも地面も先ほどまで踏みしめていた石造りの床ではなく、何やら滑らかな素材――おそらく大理石――で造られていた。
「何でこんなものが地下に……。いや、これはもうティアマトの地下に収まっているようなものじゃないよ」
明らかにティアマトの直径より広い。ティアマトも村などに比べれば遥かに広い土地を持つが、それでも建物がなければ端まで見渡せる程度の広さだ。
「じゃあ、俺たちの通ってきた下水道はどうなってんだよ? あれはティアマトの地下にしか広がってないぞ?」
「おそらくだけど、僕たちは少しずつ地下に向かっていたんだと思う。ほら、最後の方は少し坂になってたでしょ?」
つまり、ここは僕たちが入っていた下水道よりさらに地下にあるということだ。僕の推察が正しければそうなる。
もちろん、どこかで転移の魔法陣があって気付かぬうちに飛ばされた可能性もないわけではない。だとしたら僕たちは相当のバカになるが。
「なるほどね……。しかし、これは何だ? 異質過ぎる」
みんなの思っているであろうことをガウスが口に出す。僕もそれは気になっていたことであり、課題を終わらせるためには絶対に調べなければならないことであった。
「……モンスターの気配はないけど、念のため二人一組になって辺りを調べてみよう」
「異論はありませんわ。それでは、わたくしとエクセ。ディアナとガウスでよろしいですか?」
前衛後衛のバランスを考えてもそれが妥当だろう。それに補助魔法に適正の強いロゼの方が僕の相棒に適している。
それにロゼとガウスでは後衛同士でバランスが悪くなる。僕もディアナと一緒ではいっぺんに前に出られない可能性もある。同士討ち的な意味で。
「………………………………異論はない」
そのいつもの六倍近く伸びた間と、不服そうに膨らんだ頬の理由を説明してほしいところだった。
「こっちは別にいいぜ。ディアナ、あっちの方を見に行かな――な、なんだよ。何でそんな冷たい目で俺を見るんだよ?」
「……別に」
何が何だかわからないという目でガウスがこちらを見てくるが、こっちだって訳がわからない状態だ。
曖昧に肩をすくめてから、僕はロゼの方に向き直った。
「それじゃ行こうか。僕たちは向こうだ」
「ええ、わかってますわよ」
ロゼは僕の三歩後ろについて、僕の背中をじっと見つめる。背中は任せろという意味だろう。そうに違いない。
「……意外とたくましい背中をしてますのね」
などというつぶやきも僕には聞こえなかったんだ。僕は何も聞いてないんだ。
背中でブツブツつぶやき続けるロゼを怖いと思いながら、僕はひたすらにだだっ広い空間を歩き始めた。
「こんなに広い空間全てが大理石か……、いくらかかるんだろう」
僕はコツコツと小気味良い音を立てる床を見つめながら、そんなことを思う。きっと僕の全財産どころか、一生で稼ぐお金全てつぎ込んでも足りないんだろうなあ。
「想像もつきませんわね……。それより、この空間にも果てがあるようですわよ」
ロゼの指差す先には確かに空間の最果てがあった。壁までも大理石の滑らかな光沢を放っており、触ると石特有のひんやりした冷たさが伝わってくる。
「ここが終点で円状になっているみたいだね……。でも、何か意味があるはずなんだけど……」
さすがにこれだけ広い空間を稀少価値の高い大理石で埋め尽くしておいて、ただの道楽だと思えるほど脳天気な性格はしていない。
「……エクセ、これを見なさい」
僕が大理石に何かないかと、壁に手を当てていたところをロゼに呼ばれる。
「ん? 何か見つかったの?」
ロゼは何やら地面に手をつき、ある一定の場所を撫でていた。そこに何かあるのだろうと思ってのぞき込んでみるが、特に何かあるようには見えない。
「ちょっと目では見づらいですわ。こちらの方に手をついた方がわかりやすいですわよ」
そう言うと同時にロゼが僕の手を掴んで大理石の床に触れさせる。石の冷たさが手に襲いかかるが、それよりも気になることがあった。
「……あれ? 切れ込み? いや、これは……」
石を刃物か何かで削って線を作ってあるのだ。そしてその線は恐ろしく滑らかな曲線を描いて円を作っているらしい。
「――エクセ。わたくしはこの街の地下にあって、さらにこうして地面に描いて使うものなど、一つしか思いつきませんわ」
「奇遇だねロゼ。僕もそれしかないと思うよ」
僕も何度か線を手でなぞり、確信に至った。そう、これは――
『これは――超大規模な魔法陣だ』