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一部 第三十二話

 下水道の中に入って三日が経過した。


 冗談のように聞こえるかもしれないが、嘘偽り一切なしの真実である。


 ……まさか貴重な休みを下水道で消費することになるなんて予想もしなかった。


「それにしても、エクセが持ってきていた野営道具がなければ悲惨でしたわね……」


 この中で僕だけが野営道具を持ってきていたのだが、まさか使うことになるとは思わなかった。誰かがごねて魔法陣を使って帰るだろうと思っていたのだ。


 しかし予想以上にみんなの意志は固かった。下水道の中で夜を明かすことに誰一人反対せず、僕の野営道具は使われることになってしまったのだ。


「……しかし、さすがに三日もこの中にいると気が滅入るな。日の光が恋しいぜ」


 僕は初日から気が滅入っていたよ。というか何がそこまであなたたちを駆り立てるの? そこまで課題をやりたいのか?


「……下水道の中で三日も過ごすなんて犯罪者になった気分」


 うんざりした様子のディアナに全力で同意したい。何が悲しくてこんな目に合わなければ……。


「ロゼ、これ以上は食糧事情が厳しいよ。節約してあと二日が限界。それ以上になったら戻ることも検討しないと」


「くっ……、それは仕方ありませんわ。でしたら、少しでも進んで先を急ぎましょう」


「わかったよ……」


 僕は最長であと二日、ここにい続けることを理解して肩を落とす。しかし僕一人がごねたところで仲間割れの原因にしかならない。グッと堪えておく。


「それにしても……。相当な大迷宮だね、ここは」


 通算十七枚目になる地図を取り出しながら、僕はつぶやく。もう街の中全て歩き尽くしたと言ってもいいくらいなのだが、未だに大空洞は見つからない。


 ひょっとしたらそんなもの存在しないのでは? と考えたこともあるが、みんなが口に出さない以上、僕も出すわけにはいかなかった。本当にヤバいと思ったら言わせてもらおう。


「まったくですわ。冒険者たちもここを探検すればよろしいのに」


「うーん……、確かに規模はすごく広いけど、財宝があるかどうかはなあ……」


 果てしなく怪しいものだ。冒険者が未開の洞窟を探検するのはお宝があるかもしれないからであり、すでに探し尽くされた洞窟に好き好んで入る輩などいない。


「……先に進もう。まだ見ていない場所は山のようにある」


「そうだぞ。その中に大空洞へ続く道があるかもしれないしな!」


 ディアナはともかく、ガウスはどうしてそこまで楽天的でいられるのだろう。理解できないが、同時にまぶしいとも思う。


「やれやれ……、先に進むよ」


 僕の人生、どこでこの運命が決定していたのだろうね。






「邪魔だ!」


 糸にクリスタルを纏わせたモーニングスターでゾンビの頭をカチ割りながら、周囲の状況を観察する。


「ったく、こっちも挟まれてる! ディアナ、頼む!」


「言われなくても……!」


「エクセ、左からゾンビが五体ほど近づいてますわ! 右はわたくしが倒しますからそちらをお願いします!」


「わかった!」


 数が多過ぎる。どこでこんなに囲まれたというんだ。


 現在、僕たちは下水道の比較的広い道で多数のゾンビに狙われていた。前後左右から迫り来るゾンビ相手に僕たちは背中合わせになって何とか攻撃を防いでいる状態だ。


「このぉっ!」


 《星屑の礫(スターダスト)》を作って目の前に迫ってきたゾンビを全て吹き散らす。しかし、すぐにまた新手がやってきてキリがない。


「ガウス! 大技使って一気に倒せない!?」


「無理だ! 敵味方識別(マーキング)してないからお前らまで巻き添えになる! おまけにこんな狭い空間で炎なんて使ったら蒸し焼きだぞ!」


 正論過ぎて何も言えなかった。舌打ちをしながら、ロゼの方を見る。


「ロゼは!? 何かできない!?」


「わたくしの手持ちでは彼らを殲滅できるような高威力はありませんわ! 以前見せた《暴風(ストーム)》が限界ですわよ!」


 それでは僕のクリスタルと併用してもせん滅するのは難しいだろう。


「お前こそどうなんだよ! 何か起死回生の魔法はないのか!?」


 別にそこまで追い詰められているわけではないのだが、ガウスが僕に怒鳴って聞いてくる。


「僕の魔法じゃこの街そのものが吹っ飛ぶ! 当然、僕たちも無事じゃ済まない!」


「どうしてそんな物騒な魔法しかないんだよ!? もっと弱いやつはないのか!?」


 あったらとっくに使っている。僕だって自分の手持ちが極端なやつであることくらい自覚しているんだよ。


「……白兵戦で倒すしかない。時間さえかければ問題なく倒せるはず」


 ディアナは心なしか苛立った様子で僕たちの会話をまとめる。そして同時に彼女の目の前にいたゾンビを斬り捨てる。


 そのゾッとするほどの斬線に背筋が寒くなるような錯覚に襲われる。生粋の剣士である兄さんとは比べるべくもないが、今のはどう見ても才能の片鱗だった。


 ……要するに僕にはないものである。うらやましい。


「そうだね……。ロゼ、援護お願い!」


「わかっておりますわ! 《地槍(アースランス)》!!」


 僕の声に反応したロゼが地属性の下級魔法を唱える。局所的に地面を隆起させ、相手を串刺しにする魔法だ。


 これの真価は地形に関係することであり、上手く使えば戦場の条件自体を変化させる可能性をも秘めている。


 僕の後ろから左右に分かれて土の槍がゾンビに殺到する。鈍重なゾンビがそれを避けられるはずもなく、串刺しになっていくのを横目に見ながら、僕も目の前のゾンビに蹴りを食らわせ、距離を離してからモーニングスターで頭をカチ割った。


 結局、僕たちが全てのゾンビを倒すのには二時間を要した。






「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息が荒い。特に僕とディアナは前衛を務めていたため、消耗も激しく立ち上がることもままならない状態になっていた。


「ぜぇ……、ロゼは大丈夫か?」


 ガウスとロゼは後衛にいたため消耗は僕たちほどではないのだが、それでも息は荒れている。だが、ガウスはロゼを気遣う余裕があるのでさほど消耗はしていないのかもしれない。


 ロゼは僕たちの中で一番消耗しているらしく、ガウスの気遣いに答えることすらできなかった。しかし意識はあるようで、腕を上げることでそれに応えていた。


「ふぅ……ディアナは大丈夫?」


 僕とディアナも消耗は激しかったのだが、同時に前線に出る以上体も鍛えているため、体力が戻り切ったのはロゼたちとほぼ同時だった。


「……ギリギリ。でも剣が消耗してる」


 ディアナはすでにいつも通りの無表情に戻りながら、腰に差してある剣を抜き放って僕に渡してくれる。


「どれどれ……。うわ、これはひどい」


 オパールの燐光を頼りにじっくり調べてみたのだが刃こぼれがそこかしこにあり、おまけにゾンビ――つまり人肉を斬り続けたため、血と脂が剣にべっとり付いていた。


「これは……もう斬れそうにないね」


「……マズイかも。私は剣の重さを利用した攻撃が苦手」


 うん、それは体つきを見ればわかる。そんな華奢な体で体重を活かした剣捌きをやるなんて無謀もいいところだ。


「うーん……応急処置だけど、これで何とかならない?」


 僕はディアナの剣にうっすらとクリスタルコーティングを施して本人に返す。最硬物質であるから、少なくとも切れ味はマシになるはず。


「……あまり重さも変わってないし、ありがたい」


 ディアナはクリスタルの膜で覆われた自分の剣を何度か振って様子を確かめながら、僕にお礼を言う。


 別にこれくらいなら僕の消耗にもならないし、あくまで応急処置だ。クリスタルは確かに地上で最も硬いが、結晶体だけあってひどくもろい。


「でも、応急処置の域を出ないから絶対に今度新しいの買った方がいいよ」


「……わかった。肝に銘じておく」


 ディアナが剣を鞘に収めるのを見てから、僕はロゼの方に向き直る。


「みんな結構消耗が大きいよ。ロゼ、さっきみたいな状況がもう一度あったら逃げた方がいいと思う」


 僕はそう提案するのだが、ロゼは何やら動かぬゾンビの体を一心不乱に見つめ、微動だにしない。どうやら聞こえていないようだ。


「……ロゼ?」


 不思議に思った僕もロゼの見るものを見つめてみる。しかし、それはどう見てもゾンビの体にしか見えなかった――


「……?」


 はず、なのだが何か引っかかる。僕の視線に気付いたのか、ロゼも顔を上げて僕の方を見る。


「どう見えます? これ、ただのゾンビにしては違和感がありますわ」


「うん……」


 通常、ゾンビは死霊術士によって仮初めの命を吹き込まれるか、あるいはその場に留まっていた亡霊が入り込むことによって生み出される。


 だが、目の前に転がっているゾンビはどれとも違うように見えた。なんだか、妙な魔力の残滓があるのだ。


「……なあ、それって魔法生物(ゴーレム)なんじゃないのか?」


 僕とロゼが頭を悩ませていると、横からやってきたガウスがポツリとそんなことを言う。


魔法生物(ゴーレム)? ……あ!」


 ガウスに言われてその線を考えると、驚くほどあっさり答えは出た。


 つまりこれは人肉魔法生物(フレッシュゴーレム)だ。名前の通り、人肉を使って生み出されるゾンビとはまた違う存在である。


「それなら先ほどの大群もうなずけますわね。通常、魔法生物(ゴーレム)は特定の場所の守護を目的として生み出されます。わたくしたちがこの場所に足を踏み入れたから襲いかかってきたのでしょう」


 ロゼの推測にみんながうなずく。僕もそうだと思っていたし、実際それは間違いじゃないだろう。


「ってことは……」


「ええ、この奥には誰かにとって見られたくない“何か”が存在することは間違いないでしょうね」


 その言葉でみんなの顔に生気が戻る。三日間も目立った収穫なしだった状態から一気に好転したのだ。喜ぶのも無理はない。


「……やる気が出てきた」


「残りもう少しのはずだ! やってやろうぜ!」


 ディアナとガウスが立ち上がり、気合いに満ちた顔をこちらに向けてくる。当然、その言葉に反論する必要はない。


「もちろんですわ。ここまで来て引くことなど、わたくしが許しませんわよ! わかってますわね、エクセ!」


 何でここで僕の方を見るのだろう。みんなが盛り上がっているところに水を差すほど空気が読めないわけじゃないぞ。


「わかってるって……。それに、僕だってこの奥には興味が湧いてきたんだから」


 おそらく、向かう先にも魔法人形(ゴーレム)は出てくるだろう。だが、今の僕たちの前に敵はいない。自然にそう思えた。


「よし、行こう! 目的地はきっと目の前だよ!」


 だから僕は進むことを選んだ。

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