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一部 第三十一話

 翌日、僕たちは下水道の入口前に集合していた。


「時間通りですわね。感心ですわ」


 ロゼがやってきた時にはすでに全員が集まっており、それを満足そうに眺めて息を吐くロゼ。


「そりゃあね。……それより、まずは持ってきた荷物の確認だよ。誰が何を持っているのかは把握しておこう」


 僕はロゼの褒め言葉に肩をすくめてから、みんなの背に持っている荷物を確認しようとする。


「んじゃ、まずは俺からだな」


 ガウスが荷物袋を開けて、中から持ってきた物を取り出す。


「お菓子に……遊び用のボール。あと魔法媒体のルビーを埋め込んだ腕輪だ。以上!」


「…………………………」


 あまりにあまりな内容に絶句してしまう。洒落で言っているならまだ救いがあるが、彼の目を見る限り大真面目にやっているようだった。


「……エクセ、この人」


「ああうん、最後まで言わないで。言いたいことは理解できるから。それにこれでも良いところあるんだよ? だからお願いします口を開かないでください」


 ディアナが物言いたげな視線を投げかけてくるが、全力で拝み倒して何とか思っていることをそのまま心に秘めてもらう。


「エクセ、ガウスは大丈夫ですの? 激しく不安になってきましたわ」


「僕が必死にディアナ止めてたの見たよね!? 何でだかわかる!? その一言が聞きたくなかったからだよチクショウ!」


 ……頭が痛くなってきた。この面子では僕が苦労するのが目に見えているぞ。


「………………ちょっと取り乱した。次はディアナにいってみよう」


 大丈夫だ。彼女は魔闘士志望なんだ。きっとまともなものを持ってきてくれる。そうだ。信じるんだ僕……!


「……私はこれ」


 そう言って荷物袋から取り出したのは小型で円形の盾と、携帯食料がいくらか。そして燐光の術式が刻まれたコハクだ。


「よかった。まともだ」


「……?」


「ゴメン。こっちの話。でも、魔法媒体は?」


 魔闘士を目指している以上、忘れているなんてことはないはずだ。魔闘士の心得はいついかなる時でも戦場にいる心構えで、だから。


「……剣の柄に埋め込んである」


「え? ……あ、本当だ」


 ガーネットか。確か炎属性と少しだけ闇属性を含んだ宝石だ。


「闇属性は使うの? 暗いから光属性の方が良いと思うんだけど……」


「……私たちの存在に気付いていないモンスターを静かに仕留めるには闇属性が一番」


 それって魔闘士のすることじゃないよね。どちらかというと暗殺者のやることだよ。


「…………まあいいや。ロゼは?」


「わたくしはこれを持ってきてますわ」


 そう言って取り出したのは……杖?


「……………………なにこれ? 新種の魔法具(アーティファクト)?」


 魔法具(アーティファクト)は文字通り、魔法の力を秘めた道具のことだ。真水のこんこんと湧き出る壺とか、空を飛ぶじゅうたんとかがそれにあたる。


 時たまとんでもない効果を持った代物もあるので、一概に見た目だけでは判断できないのが特徴だ。


「違うに決まってるでしょう。これがわたくしの魔法媒体ですわ」


「え? でもロゼはいつも指輪を使っていたんじゃ……」


 魔法媒体なんて極端な話、宝石さえあれば問題ないのだ。


 ならば持ち運びのしやすい指輪とか腕輪の方が便利に決まっているのだ。魔法術式は杖も指輪も腕輪も全て共通だから。


 ……当然、小さなものに術式を刻むから値段も高いんだけど。


「指輪の方は術式が簡単なものになるんですのよ。知りませんでしたの?」


「知るかよそんなお金持ち御用達の媒体なんて!」


 チクショウ。そんなに僕との格差を見せびらかしたいのか。泣くぞ。


「もちろん、指輪もつけてますのよ? ですが、何日かかるかわからない時にはこうして杖も持っていくことにしているのですわ」


 ……ん? 今何か変な単語が聞こえたような気がするぞ。


「他にはディアナと同じく携帯食料に水、あとはこれですわ」


 ロゼが取り出したのは一枚の羊皮紙だった。そこにはインクで複雑怪奇な文様が描かれていた。


「……魔法陣?」


 しかも見覚えがある。昔兄さんが買っていたこれは確か……。


「転移の魔法陣か……」


 転移門(ポータル)の簡易版である。これは二対になっており、片方を設置してもう片方は自分で持つ。そして任意の時に魔力を流せばいつでも設置した場所に戻れるスグレモノだ。


 ただし、一回しか効果がない。つまり使用できるのは戻るためのみ。おまけに個人で作るのに時間がかかる。


「ご名答ですわ。よく知ってますわね」


「昔、旅していた時に使ったことが数回だけあるんだ。使ったのは兄さんだけど」


 僕では流し込む魔力が大き過ぎて魔法陣が破壊されてしまう。ちなみにその欠点は未だに解消されていない。


「あら、あなたの兄上は魔法を使えるのですか?」


「厳密には魔力を感じ取ることができるだけ。僕もここに来るまではほとんど魔法が使えなかったし……」


 ほとんどクリスタルの生成と何のひねりもない魔力放出だけで生きてきたようなものだ。あれは非常に燃費が悪いということをここに来てようやく気付いた。


「んじゃ、最後は僕だね。基本的には同じだけど……ガウスと同じじゃないよ」


 期待の目をキラキラさせたガウスの目は早めに否定しておく。


 荷物から取り出したのは日持ちしそうな食料と水。そして何が起こるかわからないので一通りの武器。


「では、行きましょう!」


『おー』


 ロゼの鶴の声で僕たちは下水道に足を踏み入れた。






「……臭い」


 下水道を歩き始めて二時間ほど。汚水やらネズミの死骸やらの臭いに耐えかねたディアナが愚痴をこぼす。


「あはは……そればっかりは慣れてもらうしかないよ。嗅覚って感覚を鈍らせるの難しいし」


 それに人間は順応できる存在だ。僕はすでに臭いを半分感じなくなっているし、ディアナの場合は感覚が鋭いのだろう。僕からできることはほとんどない。


「こっちも水分が多いから、魔法が使いにくいったらないぜ」


「ガウス、お前は何か対策を立ててくるべきだ。今日、下水道に入ることは昨日から決定していたことだよ」


「ひどっ!? 何で俺だけそんな適当な扱いなんだよ!」


 いや、そっちは対策できたはずだ。というか、魔導士の僕たちが魔法使えないとか話にならない。


「わたくしはなんてことありませんわね。前にも来たことありますし」


 ロゼって上流階級の割に恐ろしくたくましいと思う。こんな場所、僕だってあまり長居はしたくない場所だよ。


「それにしても、結構時間経ったね。一応、地図は作ってあるけど……」


 僕は懐からある程度書き込みのされた羊皮紙を取り出す。今まで来た道を書いたもので、内部の規模がわからない際には必須となる物だ。


 特に複雑な構造をしている場合、こうして地図を作らないと遭難死する可能性が飛躍的に高まる。そしてこの下水道の複雑さは他に類を見ないレベルだろう。


「でも、そろそろ一枚目が終わりそう。一応地図作成はできる方なんだけどなあ……」


「ふむ……何枚持ってきているのですか? 場合によっては泊まりもあり得ますからね。知っておくべきでしょう」


 下水道に泊まる……、ロゼは本気で大空洞を探すつもりのようだ。


「残り二十枚。かなり余裕を持ってきたけど、この様子じゃヤバいかもね」


 そう言いながら、僕は目の前に感じた敵の気配に足を止める。


 僕自身もここに入ってから知ったのだが、この中は普通にモンスターが出る。なぜか知らないけど亡霊が出てきて僕たちに襲いかかったり、死霊術師の手が加えられていない天然のゾンビが出てきたり。


「……敵がいる。ロゼとガウスは下がって」


 ディアナが素早く剣を抜き、左手につけてある盾を構える。


「なんだかなあ……、どうして僕が前に……」


 どうにもここに来てからの事件で、僕が後衛に下がったためしがない。接近戦なんて本業の人には負ける程度なんだよ。


 やってきたのは腐敗した肉を撒き散らしながらこちらへやってくる死霊犬(ゾンビハウンド)だった。


 当然のごとくすでに死んでおり、生前の敏捷さなど欠片も見受けられない。ただし、その牙に含まれた雑菌の量も生前より遥かに増している。


「ディアナ、下がって。僕が相手にした方がいい」


 道は狭いので、前に出て戦うのは一人だけ。しかも接近戦もこなせる男は僕だけである以上、多少の無茶は買ってでもやるべきだろう。


「……わかった。任せる」


 ディアナも腐乱死体を斬りたくはないのか、おとなしく下がってくれた。僕は前に出て、杖で棒術の構えを取る。


「せっ!」


 こちらに蛆の湧いた口を大きく広げて、突撃してきた死霊犬(ゾンビハウンド)を噛み付かれる寸前まで引き付けてから、思いっ切り蹴り上げる。


「――っ!?」


 僕の足にでも食らいつこうとした牙はあらぬ方向で空気を噛む。僕に迫る危険を排除し、さらに追撃で杖を全力で振り抜く。


 首のあたりから嫌な音を立てて存外に重い体が水に落ち、さらに浮かび上がってこないのを確認してから、僕はため息をつきながら警戒を解いた。


「ふぅ……、結構多いね。この辺」


「……正直、驚いた。街の下にモンスターがいるなんて……」


「まったくですわ。あの時が特別ではなかったのですわね……」


 ディアナがひっそりと驚愕の息をつき、ロゼもそれに同意する。僕もこれには驚きを隠せない。というか何でゾンビが徘徊してるのさ。ティアマトができる前、ここはどんな風になっていたんだ。


「……これ、街の人が知ったら大騒ぎだろうな。衛兵たちが総動員されるだろうよ」


 ガウスの一言に僕たち全員が深くうなずいた。いや、無知って恐ろしいね。


「言って面白い何かがあるわけでもないし、黙って進むよ。モンスター相手にどこまでも時間食うわけにはいかない」


 僕がその場をまとめ、先頭に立って歩き出す。下水道に入った当初はロゼが先頭を歩いていたものの、途中から僕が先頭になっていた。


 ……僕よりもロゼの方がリーダーの素養はあるとおもうんだけどなあ。


「エクセ、何を思ったのか大体の予想はつきますが、これは誰もが認める役割分担ですわ。それにわたくしたちのようなクセのある人たちを纏められるのはあなただけなのですわ」


 うん、クセがあるって理解してるなら自重してほしいと思うのは僕のわがままかな。


「はぁ……。ほら、行くよ!」


 みんなに物申したいことは多々あるが、全てため息で押し流してしまう。そして僕は先ほどよりも少しだけ弾んだ足取りで歩き出した。

とうとうマイパソコンが持っていかれた……!


というわけで大学で投稿します。今回はこの時間に投稿しますが、次回からは予約掲載というのを利用してみようと思いますので、いつも通りの時間で間違いないと思います。

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