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一部 第二十六話

 僕自身も場の空気に流された感はあるが、とにかく一度口から出てしまった言葉を引っ込めることはできない。


 というわけで僕はアリアが去っていった部屋でロゼの非難を受けまくっていた。


「ちょ、ちょっとエクセ! どうするのです!? あと、ひょっとしてわたくし、賞品のごとき扱いを受けてませんこと?」


 ロゼ、その思いはきっと間違ってない。でも、今の話においてロゼ以上に流されてない人間など存在しないと思う。


「まあまあ。とりあえずあの場は何事もなく終われたんだから結果オーライだよ。……というか僕もあれはもうダメだと思ったね」


 後半なんてほとんどヤケクソだ。


「……実を言うとわたくしもダメだと思いました。いえ、洒落とかじゃなく」


 お互い諦めかけていたという事実に顔を見合わせ、同時にため息をつきながら顔を下に向ける。


『はぁ……』


 今はとりあえず全力で落ち込んでおこう。しかし、僕たちがこんなところで止まると思ったら大間違いだ。


「……よし、落ち込むのは十分にやったから次のことを考えよう」


「そうですわね。こうしていたところで事態が改善するわけでもありませんし」


 僕はこれまで命がけの修羅場をいくつもくぐっているのだ。ちょっと毛色は違うけど、今回だって僕の社会人生がかかっている修羅場であることに変わりはない。だったら真剣になる。というか真剣にならざるを得ない。


 そしてロゼも冗談抜きに自分が同姓との結婚一歩手前なのだ。今ここで真面目にならなかったらいつ真面目になればいいのだろうか。


「まず、現状として僕は明日、アリアの指定した勝負内容に沿って戦わないといけない。ちなみに三回やって二回勝った方が勝者。ここまではいいね?」


「わたくしを完全に放っておいていることに多少の腹立たしさはありますが……、今はそのようなことを言っている場合ではありませんわね」


 うん、当事者なのに今の状況に一番馴染めてないよね。まあ、これには同情するよ。


「勝負内容を向こうが決める以上、ぶっちゃけ僕たちとしては対策の立てようがないんだよね。もうなるようになるさ状態としか」


「そんな体たらくではわたくしが困ります! せめて明日に備えて体を鍛えようとかの気概はありませんの!?」


「いやぁ、体を鍛えるのは一夜漬けではどうにもならないって。それより――」


 僕はそこで言葉を切り、次に言うべき言葉を溜めに溜めてから解放する。




「オデッセイの案内よろしく」




「……まさか、もう負け前提ですの!?」


 さすがのわざと負けるつもりはないけど、勝てるとも思ってない。内容を推察するにロゼへの愛情を計るものになるだろうし、僕は友愛ならあるけど異性への愛情までは持ってない。


 うん、勝てる要素がないね。戦闘とかなら負けないだろうけど……。


「まあ……やるだけやりはするけど、八割くらい諦めた方が良いと思うよ」


「何でそんな逃げ腰なんです!? 勝てないって思ったらその時点で負けは決定しますわよ!」


 いやぁ、あの人相手に勝つ要素見出す方が無理だと思う。命のやり取りで負けるつもりはないが、こればっかりは畑が違い過ぎる。


「だからやれるだけのことは全力を尽くすって。……でも、ぶっちゃけ他人事だし」


「ほんとにぶっちゃけましたわね! 覚悟を決めたのではなくて!?」


「うん。だから負けてロゼが死ぬって言ったら付き合うよ」


 自分で引き受けたことだ。途中でやめるつもりもないし、ロゼが舌を噛むというのであればそれに付き合う。


 さんざんヘタレた発言しておいて何を、と思う人もいるだろうけど、これでも覚悟は決めているのだ。


 僕はもうロゼの頼みを引き受けてしまった。だから今ロゼが抱えている問題が解決するまで、僕はロゼの言うことを聞く。死ねと言われ、それに意味があると判断すれば死んでみせよう。


「エクセ……。あなた、意外と切羽詰ってます?」


「当然。ここで死ぬつもりはないけど、対策が立てられない。八方塞がりとはこのことだね」


 そう言って僕は乾いた笑い声を上げる。頭をいくら回転させてもこの状況を打破する考えなんて浮かびやしない。


 だったらいっそ、開き直ってオデッセイ観光でもした方が合理的だ。思わぬところから起死回生の何かが得られるかもしれないし。


「……逃げますか? いっそ二人でどこかに行けば追手も撒けますわよ」


 僕に駆け落ちでもしろというのか。ロゼのことは友人として好きだと言っただろうに。そこまで僕に人生の墓場へ行ってほしいのか。


「それは勘弁。ロゼにも僕にも果たすべき目的がある。……ロゼが本当に夢を追いたいなら、アリアのことは強気に出た方が良いよ。どっちかが折れないといけないところまで来てしまっている」


「……わかっておりますわ。それくらい。……まったく、どうしてわたくしは同姓にばかり好かれるのやら……」


 前世で何かやったとしか思えないモテ方だものね。今までは火の粉をかぶらなかったから何も思わなかったけど、今では呪いのように思える。


「とにかく、案内よろしく。気分転換しないと息が詰まっちゃうよ」


 僕はそう言って歩き出す。もうすでに心が観光に向いているのだ。満足するまで他のことは考えられない。


「あ、待ちなさい! この街は構造を知らないとすぐ迷いますのよ!」


 ロゼが追いかけてくるのを後ろ目に見ながら、僕は少しだけ頬が緩むのを感じた。


 まあ、前払いになっちゃうけど楽しもう。それで、楽しんだら真面目にやろう。さすがに無様な格好ばかりは見せられない。






 などと思っていたのが十五分ほど前の話だ。


 構造を知らないとすぐに迷うと地元民のロゼが言っていただけあって、僕一人ではすぐ迷いそうなほど、街は複雑怪奇な構造をしていた。


 外から見ればただの山型都市なのだが、まるで獣道が無数に存在するように裏道が数多く存在する。ここに住んでいる人たちでもよく行く道以外は覚えていないほどらしい。


「でも、ロゼは割とスイスイ進むよね。道知ってるの?」


 そんな建物の密林を僕とロゼは並んで歩いていた。理由は当然、僕の観光目的。


 僕は魔法学院のローブを脱いだ開放的な気分で街並みを見ていた。環境の快適さを追求するならローブは脱がない方が良いのだが、いかんせん空気の流れが悪くなる。おまけに息苦しい。


 そのため、こういった空気や水の綺麗な場所ではローブを脱いでしまいたい衝動に駆られるのだ。やはり肌に風を感じた方が気持ちが良い。


「当然でしょう。わたくしを誰だと思っているのです?」


 それはさておき、僕はロゼが裏道でも知り尽くしたように迷いのない足取りでスイスイ進んでいくのに疑問を覚えていた。


 友人の故郷を悪く言いたくはないのだが、どこの街でも裏道というのは往々にして治安が悪い。うっかり裏道に迷い込んで二度と出て来なかった人や、身包み全部奪われて出てくるなんて話もザラにある。


 そんな危険な場所に仮にも名家の生まれであるロゼが足を踏み入れることなどあるのだろうか? 答えは否だ。


 ……まあ、ロゼならやりかねないという思いもあるんだけど。


「きっとエクセのことですから裏路地は治安が悪く、わたくしみたいな生まれの人間がおいそれと足を踏み入れたりはしない、と言いたいのでしょう」


 ロゼは僕の心を読み取れる魔法でもかけているのかもしれない、と僕は自分の体を調べてしまう。だが、何もない。


「顔に書いてありますわよ。答えとしてはわたくしがやんちゃだったことも一因ではありますが、他にも理由があるのです」


「どんな?」


「ここは裏の表なのですわ」


 ロゼの言っていることの意味がわからず、首をかしげてしまう。ロゼ自身、この街が他と違うことはわかっているらしく、さらに説明を続ける。


「オデッセイはわたくしの知るどの街と比べてもこういった道が多い。エクセもわかりますわね?」


「うん。確かにここは裏道が他とは桁外れに多い」


 裏道という言葉にふさわしく高い建物が日の光をさえぎり、どことなく陰気な雰囲気を漂わせる場所だ。


「では、あなたは表の商店街とかの道を見かけましたか?」


「え? ……あ、見てない、かも」


 ロゼの家に向かう時はロゼが近道だと言う道をただついて行っただけだし、言われてみれば見かけた覚えがない。


 そしてロゼの一言で僕は何となくではあるが、この街の仕組みを理解した。


「なるほど……要するに、この道はすでに誰にでも使われる道になっているってことだね」


 僕の答えにロゼは満足したのか、口元に緩やかな笑みを作った。


「その通りですわ。あ、もちろん普通に大きな道もありますわよ? ですが、わたくしの家がある場所はどうにもこういった場所が多いのですわ」


 ロゼの説明によれば、東西南北から四本ずつ大通りと呼べる道が頂上付近まで通っているのだが、それ以外はこういった細い道が多いようだ。


 ちなみにロゼの家は南東側にあるらしい。それは確かにこういった裏道にも詳しくなるはずだ。


「でも、不便じゃない? この辺、日当たりも悪いから洗濯物とかも干しにくそうだし……」


 もちろん、街の住人は生きるために頑張っているだろう。事実、道の両端では細々とした食材や道具などが売ってある。たくましいなあ。


「それはありますわね。水が多いだけあって湿度も他より若干高く、服が乾きにくいという文句も多いと聞いてますわ。それにやはりエクセの想像するような裏道もないわけではありませんし」


 ふう、とロゼは憂鬱そうにため息をつく。その姿にさえ気品が感じられる。これが育ちの差だっていうのか。


「まあ、そればかりはこの街に生まれてしまったことを嘆くより他ありませんわね。もちろん、ここにも素晴らしい見所はたくさんありますのよ?」


「それはわかるよ。でなきゃ、街の人だってこんなに活き活きしていない」


 先ほどから何度か街の人とすれ違うのだが、どの人たちも顔が楽しそうだった。


 人間なんてどこで生きてても文句は出てくる。重要なのはその文句と上手く付き合うことだ。


 ここの住人はそれができているのだろう。そして、街の人がそれをできるということは、この街は良い街だと言える。判断の根拠は僕の経験。


「まあ、ついてらっしゃいな。わたくしお気に入りの場所に案内しますわ。時間的にもちょうどよろしいですし」


「時間? 何か時間に関係するものでもあるの?」


 僕の質問にロゼは答えず、軽やかに笑いながら足取りを速めた。


「ふふふっ、見てのお楽しみ、ですわ」


「あ、ちょっと待ってよ! ここで道に迷ったらシャレにならないからね!?」


 ロゼの言う通り、ここでロゼとはぐれたら死ぬ。建物の密林で遭難死なんて情けないにもほどがある。


 僕はロゼの燦然と輝く金の髪を目印に走り出した。






 ロゼに付き合って走らされること二十分ほど。結構なペースで進んだため、僕もロゼも息が上がっている。


「はっ、はっ、はっ……。ここが目的の場所ですわ」


 膝に手をついて息を整えながら、ロゼがある光景を指差す。


 ロゼより早く体力が回復していた僕はその方向に目を向け、視界に飛び込んできた絶景に目を剥く。


「これは……」


 美しい。


 その一言でしか表現し切れないほどの景色だった。


 ここがオデッセイのどの辺りに位置するかはわからない。だけど、眼前に広がる光景の前にはどうでも良いことだ。


 波一つ立たない滑らかな水面を見せる広大な湖。そしてその周りを取り巻く青々とした木々。建物などの無粋な人工物は一つ足りとも存在しない、純然たる自然の風景がそこにあった。


「素晴らしいでしょう? あのユミル湖からわたくしたちは水を引いているのですわ。あと、もう少し待てば……ほら、始まった」


 ロゼがそう言うと、景色に変化が訪れる。


 いや、正確に言えば光の角度が変わり始めたのだ。つまり日没だ。


「これは……」


 日没による夕焼けの紅に照らされた湖面がまた美しい。それだけでも十二分に風光明媚であるのに、そこに夕日が加わったら鬼に金棒だ。


 壮麗で優美な夕日が湖面に映し出され、そこだけが燃えているような錯覚に陥りそうなほど紅く輝く。


 言葉に絶するほどの美景に僕は完全に目を奪われていた。


「どうです? 朝日が昇るのも綺麗ですけど、わたくしはこれが一番好きですわ。それに夜になれば、星空があそこに見えてとても綺麗なんですのよ」


 ロゼが僕の隣に寄り添って同じ景色を眺める。僕はそれを気配で感じ取りながら、食い入るように湖を見つめていた。


 しばらく見つめ続けると、僕の中で何かが抜け落ちたような気分になる。抜け落ちたと言っても大切なものではなく、憑き物が取れたような気分だ。


「……ロゼ、ありがとう」


「何がですの? わたくしはただ、あなたにこの街を気に入ってもらえるよう案内しただけですわよ」


 どの口でそんなことを言うのやら。そんな悪戯が成功した子供みたいな笑顔で言われても説得力がない。


「……うん。それじゃあ、こんな綺麗な景色を教えてくれてありがとう」


「それでしたら、ありがたく受け取っておきますわ。――どういたしまして」


 ロゼのために、明日は死力を尽くそう。全力などという手加減したものではなく、文字通り命を振り絞るくらいの勢いで頑張ろう。




 それぐらいでないと、彼女が見せてくれた荘厳な景色には釣り合わないだろう。

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