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一部 第二十五話

 まず最初はロゼとジークフリートさん。そしてテレサさんの三人が椅子に座ってお見合い相手の両親との会話を始める。


 僕はその後ろで付き添うように立って、まるで使用人のような姿勢を取らされていた。


「本日はお日柄もよく――」


「いえいえ、クーベルチュール様にもいっそうの御健勝を――」


 などと大人たちが定型文の会話を交わしている間、僕はロゼのお見合相手と言われている少女をマジマジと見つめていた。


(ふむ……)


 やや色素が薄めのブラウンの髪を肩にかかるほどに伸ばし、瞳はコハクのようなハシバミ色。常に口元にたたえられている笑みが気品を醸し出していた。


 だが、全体的に放っている雰囲気はひどく儚げで、目を離すと消えてしまいそうな感覚すら湧いてしまうほどだ。


 総合してしまうと、ロゼみたいな騎士然とした佇まいの人とは違い、お姫様じみた美貌の人だった。何となく保護欲を誘われる。


 ……とてもロゼにあんな伝言を送った人には見えなかった。というかこんな人が真性であることを猛烈に否定したい僕がいる。


(この人を落胆させるのか……、憂鬱だなあ)


 お見合いで他人を持ち出してのお断りなんて、僕は相当な恨まれ役を買っているだろう。ひょっとしたらお見合い相手側の一族郎党全て敵に回すかもしれない。


 もちろんのことだが、ロゼは何の罪もない。望まない何かに対して全力で抗うのは人の常だし、全ての元凶はどう考えてもロゼの両親だ。


 しかしロゼの両親にも悪気があるわけじゃない。むしろ良かれと思って今回の件につながっている。


 結論から言えば、誰も悪くはない。そしてこの騒動の咎は全部僕が背負わされる羽目になることだけは確実だ。


「貧乏くじだなあ……」


 絶対損な役回りをやらされている自覚はある。やれやれと僕は誰かに見つからないよう、静かに小さく首を横に振った。


 これが終わったらロゼに何か豪華な食事でもおごってもらおう。先日は街の案内だけでいいといったけど、これだけでは流石に釣り合わない。


「……では、あとは若い者どうしに任せて」


「ええ、そうですな」


 僕が思索にふけっていると、ロゼの両親とお見合い相手の両親が(名前を聞いてなかった)椅子から立ち上がり、ドアの方に向かっていく。


「では、ごゆっくり」


 僕も一緒になって逃げたい衝動に駆られたが、グッと堪える。ここで逃げたらロゼの貞操が危ない。


 ……あ、でもちょっと見てみたいかもしれない。


「………………エクセ?」


 一瞬だけ邪な妄想に囚われた僕をロゼは目ざとく勘付いたようで、背筋が凍えるような声で僕の名前を呼んできた。


「……な、何も考えてません」


「わたくし、まだ何も言ってませんわ」


 しまった。あまりの迫力で自分から墓穴を掘ってしまった。


 ジト目を通り越して蔑んでいる目で僕を見てくるロゼから意図的に視線を外し、ロゼの向かい側に座っている少女と目を合わせる。


「ロゼ、悪いけど紹介してくれない? あ、僕はエクセル。ロゼとはティアマトでのゆうじ――」


「わたくしと将来と誓い合った人ですわ」


 いきなり爆弾を落としたロゼに僕は泣きたくなった。もっと穏便に事を済ませようとした僕に謝れ。


「…………」


「まぁ……」


 思わず絶句してしまう僕とは対照的に、お見合い相手の方は口元へ手を上品に当てて驚きの姿を表していた。ううむ、育ちが違うとここまで反応に差が出るものなのだろうか。


 ……というか、本当に彼女が真性なのか怪しくなってきたぞ。偽物がやりましたと言われたらすんなり信じてしまいそうだ。


「では、私も自己紹介させてもらいますね。アリアです。アリア・ヴェスタニアです。アリアとお呼びくださいまし」


 当然というべきか、彼女も名字持ちだった。だからといって気後れするような神経はしていないが、それでもわずかばかりの劣等感を抱いてしまうのは仕方のないことだと思いたい。


「えっと……、一つ聞きたいんだけど、ロゼが好きって本当?」


「ええ、大好きです」


 頬を桜色に染めながら、胸に手を当てて思い出を振り返るように目を閉じる少女――アリア。その姿は出会って間もない僕でさえ、素直に綺麗だと思ってしまうほどだった。


 しかし、アリアの返答だけではロゼに対する好きが愛なのかどうか、今一つ判断がつかない。ロゼの方も何か聞いていた話と微妙に違います、とでも言いたげな顔をしていた。


「……ごめん。ちょっと落ち着いて話を整理させてもらってもいいかな? 僕は君がロゼと結婚したくてここに居るって聞いているんだけど……」


「はい。その通りです」


 少しの逡巡もなく即答。どうやらそれは本気のようだ。けど、どうにも慌てた様子がない。僕は言うなればロゼを横取りにやってきた悪い魔法使いの立場なのに。


(ロゼ、どうなってんの? ちょっと話が噛み合ってない気がするよ)


(それはわたくしも感じておりますわ。何でしょうか、この認識の齟齬は……)


 僕はロゼの隣の椅子に腰を下ろしながら、顔を寄せ合わせてヒソヒソと小声で話し合う。


「あなたも、ロゼリッタ様のご結婚相手なのですよね。でしたら、仲良くしようではありませんか。私たちは同じ人を好きになった、いわば同士です」


 ……何となくだが、話の流れが読めてきた気がする。


 だが、その流れを認めるのはできない。それを認めたら、僕はきっと旅に出られなくなってしまうだろう。




「この国では、重婚も可能なのですから」




 ……ああ、やっぱり僕の読みは当たっていたよ。


「な……っ!? それ、初耳ですわよ!?」


「え、ロゼも知らないの!?」


 だが、重婚という言葉を聞いたロゼは驚愕を露にして椅子から立ち上がっていた。そして僕もロゼがこの事実を知らないということに驚きを隠せない。


「当たり前ですわ! そのような法律、わたくしがティアマトへ行った時にはありませんでしたわ!」


 ならばわずか一年足らずの間にできた法律なのだろうが……。ロゼはそんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりに頭を抱えている。


「……待って。そんなに素早く施行された法律がすぐに浸透するはずはありません。そしてそれを広く知らしめるには、なるべく上の人が実践するのが一番手っ取り早い……。まさか!?」


 ロゼがなにやら小声でぶつぶつと独り言を言っていたと思うと、今度は戦慄したような表情でアリアの方を見る。


「ええ。私たちが先駆者となって、この法の存在を広く知らしめて差し上げましょうではありませんか」


「ロゼ。僕はどうにもお邪魔虫みたいだ。彼女の愛は本物だよ。どうか、末永くお幸せ――がふっ!」


 今度こそ無理だと思って逃げようとしたのだが、ロゼが座ったまま僕の肝臓に拳を打ち込んできた。その精密極まりない拳で呼吸が止まり、足腰がやられてストンと落ちる。


「エ・ク・セ? あなた、言いましたわよね? わたくしがどうにもならないと判断した時には、一緒に死んでもらう、と」


「言ってない! 一言も言ってないよ!」


 そっちが勝手にわめいていたのは覚えてるけど、僕がそれに同意した覚えはこれっぽっちもない。


 ……あ、でもちょっと錯乱したロゼをなだめようとしてそれっぽいセリフは言った覚えがある。


「お黙りなさい! ああ……! 同姓婚が可能になったとは帰郷する前から知っていたのですが……。まさか重婚まで可能になっていたとは! いったいこの街に何があったのです!?」


 それは僕も聞きたい。普通の倫理観を持つ街なら、まず重婚やら同姓婚の発想は生まれない。場所によっては愛に貴賎はないとか言って認めるところもあるらしいけど……、それにしたって長い年月をかけて認められるようになるものであり、たった一年でどうにかなるものではない。


「そのことでしたら……、私も一部しか知らないのですが、お話しすることはできますわ」


「本当ですの!? 詳しく教えていただけません!?」


 ロゼ、必死だなあ。死活問題だからわからなくもないけど。


「ことの始まりはロゼ様がティアマトへ旅立ってからです」


 それはそうだろう。ここ一年の間で発足した法律だ。ロゼがいる間に持ち上がっていたのなら、本人の耳にも入っているはずだ。


「残された女性たちの絶望はそれはそれは深く……。一時は政務が滞ることすらあったそうです」


「そんなに影響力ありましたのわたくし!?」


 僕だってビックリだよ。というより、そこまで同姓に好かれるというのはもはや呪いに近い。


 ……ロゼのいないティアマトは今、どうなっているのだろうか非常に気になった。


「そこで政治家の方々は考えに考えて苦肉の策を用いることにしたのです」


「わかりました。もうわかりましたから話さないでくださいまし。これ以上聞かされたら心が折れてしまいますわ」


 未だに折れてないだけ上等だと思うけど。僕だったら逃げ出してるぞ。


 ただ、さすがのロゼも現実逃避はしたいらしく、頭を抱えてブツブツと独り言をつぶやいていた。


「苦肉の策とは同姓婚をある条件を満たす者のみ可能にし、さらには重婚も同じく条件を満たした者のみ可能とし、ロゼ様にお見合いをあてがうことだったのです」


「仰らないでって言ったでしょう!? 最後まで聞かされてわたくしの心は木っ端微塵に砕け散ってますわ!」


 そんな突っ込みができるんだから、少なくとも完全に砕けてはいないだろう。まあ、相当に絶望はしているだろうけど。


「そこで、最初に寄越されたのがこの私、というわけです」


 しかし、そんなロゼの反応など知ったことではないとばかりにアリアが微笑む。この人も名字持ちの名家に生まれているだけあって、なかなかに強かなようだ。


「……待って。その話が全て本当だとすると、アリアはロゼとお見合いしたいっていう大勢の女性を押しのけてそこにいるということになる。そうだよね?」


 話の真偽自体は疑ってないのだが、それだとアリアは相当の猛者である説が浮上してくる。ちなみにここでいう猛者はロゼ大好き度合いの意味でだ。


「ええ、その通りです。私はロゼリッタ様ファンクラブ会員第一号ですわ」


「創始者じゃん!」


 猛者なはずだよ。この人こそが最初にロゼに惚れた人じゃないか。


「ああ、もうダメですわ……。エクセ、かくなる上はともに地獄へ堕ちましょう」


 ロゼはもう色々と諦めたのか、こちらを淀んだ瞳で見つめてくる。


 これは……本格的にヤバい。命の危険も相当にあるけど、何より人生の墓場に片足突っ込んでいる気がしてきた。ロゼと結婚したい女性は数多くいるだろうが、僕はまだ自由でいたい。


「はいはい、本当にダメだと思ったら地獄でも獄門でも付き合うよ。それはさておいて……アリア」


 僕はアリアの目を見据え、口を開いた。非常に心苦しくはあるが、彼女の思いを諦めさせてもらう。


「はい、何でしょう?」


「まず聞いてほしい。――僕はロゼの婚約者なんかじゃない。ただの友人だ」


「ちょ、エクセ!?」


 僕が事実を暴露したことにロゼは驚いて僕の腕を掴んでくるが、アリアはにこやかな微笑みを崩さない。


「でも、ロゼの友達に過ぎない僕でもわかることがある。ロゼは今回の話を嫌がっている」


「それはそうでしょう。ですが、名家に生まれた者の宿命でもあります。ご安心してください。今は嫌かもしれませんが、私は必ずロゼ様を幸せにいたします。アリアの名にかけて」


 ううむ……、お姫様然とした人だと思っていたがなかなかどうして、剛毅な言葉を口にする。そしてその言葉の意味も重さも理解しているように見える。


 正直、ここまで言う人相手にさらに抵抗するのはやりたくない。これほど強固な意志を持っている相手に下手な言葉なんて意味を成さないし、何より自分が惨めになる。


「それでも、だよ。確かにこの結果を受け入れた未来のロゼは幸福を享受するかもしれない。でも、今のロゼはそれを拒んでいる。……未来のことなんて誰にもわからないんだ。だったら、本人に選ばせてあげるべきだと僕は思う」


 人生なんて常に選択の連続だ。その都度その都度、違う選択肢に違う結果がある。僕はあの日、兄さんの旅についていかないという選択肢があった。だが、選ばなかったからこそ、こうしてここにいる。


「エクセ……」


 ロゼは僕が珍しく良いことを言ったため、何かまぶしいものを見るような目で僕を見てくる。


「……あなたの言い分はもっともです。ですが、あなたの言葉を借りて言わせてもらいましょう。『それでも』です。それでも、私はロゼ様と結ばれたい。それが私の願いだから」


 ……やはり、こうなってしまった。


 アリアの強靭な意志は僕も感じ取れるほどだ。そんな固い意志が、会ったばかりの僕の言葉で揺らぐわけがない。むしろ彼女の意思を再確認させてしまったという点ではより強固になったとも言える。


「……ならば、やるべきことは一つ。わかるよね?」


「はい。お互い、譲れない意志を抱えている。ならば――」




『――どちらかの意志が折れるまで戦う。これしかない』




 僕とアリアの声が重なり、まったく同じセリフを言った。


「え? あれ? わたくしの意志はどこに行ってるんですの?」


 話についていけなくなっている当事者のロゼを置いて。




 こうして、僕とアリアのロゼを巡る戦いは幕を開けた。






 ……おかしいな。僕も場の雰囲気に流された感じが否めない。

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