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一部 第二十三話

「はははエクセル君。ちょっと話をしようか。中庭なんかちょうどいいんじゃないか? 広いし」


 話し合うのに場所の広さは必要なのだろうか。そして掴まれてる肩がミシミシ言ってますジークフリートさん。


「……ロゼ? これはどういうことなのかしら?」


 そしてテレサさんはロゼの方に詰め寄っていた。そのにこやかな笑顔の裏に真っ黒い何かが見えるのは僕の錯覚だろうか。


「えっと……、僕も半分くらいしか事情がわからないから、説明お願い」


「わかってますわ。この事態もどうせ遅かれ早かれくるものだと思っていましたし。……本当にエクセという友人がいてくれてよかったですわ。いなければ……」


 僕がこの場にいない『もしも』を想像したのか、ロゼは身震いをして自分の体を抱きしめていた。彼女の頭の中ではどのような未来が展開されているのか少し気になる。


「……エクセ。わたくしが同性に愛されるのは知ってますわね?」


「え? ああ、うん。すごい好かれているよね」


 ロゼの故郷ではないティアマトにさえファンクラブができるほどだ。この街ではすごいことになっているのかもしれない。


「では、逆に異性にはあまり好かれていないことをご存知ですか?」


「ん? いや、それはないと思うけど……」


 何だかんだ言ってロゼの学院での人気は男女問わず高い。面倒見も良いし、立ち居振る舞いだって綺麗だし、何より美少女だ。彼女を狙っている男子がいるという噂も何度か耳に入れたことがある。


 ……ただ、その全てをファンクラブが潰しているという噂も同じくらい耳に入れたことがある。


 だからロゼは決して異性に好かれていないわけではなく、異性に近づけなくなっているだけなのだ。こればかりは彼女の所為ではないため、同情を禁じ得ない。


「そうなのですか? わたくし、男性の友人はエクセしかいないものですから……」


「えっと……」


 僕も最近ヤバくなっていることは説明すべきだろうか。まあ、ファンクラブに狙われたくらいで友達付き合いをやめるほど薄情な性格はしていないつもりなので、あまり変化はないだろうけど。


「……失礼しました。今はその話をする場合ではありませんわね。とにかくわたくしは女性に好かれ、同時に男性にはあまり近寄られることのない生活を送りました」


「うんうん」


 ロゼの女性からの好かれ方を見る限り、その生活を送っていたことは想像に難くない。事実、ロゼの両親もしきりにうなずいていた。


「そんなわたくしの姿を見て、両親は思いました。『ここまで女性に好かれるのであれば、いっそ同性婚でも良くないだろうか?』と」


 その思考はおかしい、と声を大にして突っ込みたい。だが、ロゼの両親に向かってそんな暴言を吐いたら僕の命は終わるだろう。


「へ、へぇ……」


 なので、僕にできることは頬を引きつらせながら同意することだけだった。


「幸い、ここオデッセイでは同性婚が認められております。実のところ、あまり血の繋がりを重視しない街なので、その法律は今のところ受け入れられていますわ」


 世界って本当に広いと思う。同性愛者なら何度か見かけたことがあるが、さすがに同性婚まで認められた街は見たことがない。


「そしてわたくしはクーベルチュール家の者。あなたでもある程度以上の地位を持つ者は、結婚相手を決める自由すら得られないのは想像できますわね?」


「まあ……何となくは」


 小説とかでよく見かける内容だ。ただ、結婚相手が同性なのはさすがに予想しなかったが。


「最初はお父様もお母様も普通に男性をお見合い相手に選ぶおつもりだったのです。そうですよね?」


 ロゼの視線が二人を射抜く。あんな目で見られたら、僕なら一も二もなくうなずいているだろう。普通に怖いよ、ロゼ。


「も、もももちろんじゃないか。なあ母さん?」


「え、ええ。その通りですわ」


 二人とも、自分に後ろ暗いことがないはずなのに、どうしてどもってしまうの?


「ですが、なぜかわかりませんがお父様の決めたお見合い相手はほとんどが顔を青ざめさせながら断りを入れてきたり、不慮の事故でお見合いができない状態になってしまったのです……」


「待って。そんな危険があることに僕を巻き込むつもりなの!?」


 明らかに人災じゃん。誰が敵かもわからない死地にロゼは僕を放り込むつもりなのだろうか。


「言っているでしょう。“不慮の事故”だと」


「その不慮の事故が僕に限って起こらない理由なんてないよね!? っていうか気付け! それはロゼが好きな女の人たちの仕業――!?」


 背筋に氷を落とされたような寒気が走り、何も考えず横に跳ぶ。


 すると、先ほどまで僕がいた場所に何かが突き刺さった。


「な、何ですの!?」


「侵入者か!? 警備兵は何をしている!」


 ロゼとジークフリートさんはひどく驚いたらしく、慌てたように指示を出すが、僕は突き刺さった何かを確認するので忙しかった。


「…………吹き矢みたいだね」


 小さな矢じりにほんのわずか滴る液体。そのやや酸味のある香りから判断するに、ベラムの花を煎じた麻痺毒だろう。


 そもそも吹き矢というのは携帯性に優れているのがメリットなだけで、威力や射程距離に関しては大したことのない武器だ。


 だからこそ少ない威力を補うために毒矢が用いられるのだが……、それにしたって射程の短さを補えるわけではない。


 つまり、この吹き矢を放ってきた人間は近くにいるということだ。窓ガラスが割れたわけではないことから、どう考えても射手はこの部屋の中にいる。しかも狙っているのは僕一人。


(怖っ……)


 誰かがどこかから狙っているのは確かなのに、それを感知できない。これはロゼに近づく男たちが消えるのも道理だ。


「えっと……もう大丈夫そうだよ。ただの勘だけど」


「そう、ですか……。あなたの勘ならそれなりに信用できそうですが……お父様! 警備をより強固にしてくださいまし! どこに誰がいるのかわからない状態では安心できませんわ!」


「私だって同じだ! おい、警備の方を強化しろ!」


 ジークフリートさんが警備兵に怒鳴り、警備兵は急いで戻っていった。おそらく、部隊の再編成をするのだろう。


「……少々話がそれましたわね。とにかく、わたくしは同性愛者ではないのです! 結婚相手が決められているのには百歩譲って納得しますが、同性との結婚だけは死んでも嫌なのです! 前者は理性で何とかなりますが、後者は生理的に無理なのですわ!」


 確かに、同性愛者でもない限り同性婚は認められないだろうなあ……。しかもロゼは普通に異性が好きみたいだし、なおさらキツイだろう。しかし生理的に無理とは他の同性愛者全てを敵に回しているな。


「これを機にその道に入っちゃえば?」


 ならば逆に考えればいいじゃないか。そう、これは神様がロゼが同性愛者としての道を歩むために作られた絶好の機会だと。


「他人事だと思って適当なことを言わないでくださる!? わたくしにとっては死活問題ですのよ!」


 よほど嫌なのか、ロゼは涙目で僕に詰め寄って否定してくる。まあ、嫌な人はとことん嫌がるって聞いたことがあるし、割と潔癖な部分があるロゼなら仕方ないだろう。


「はぁ……、わかったよ。僕はロゼの頼みなら可能な限り応えるように頑張るよ。綺麗な街に連れて来てくれたのも嬉しかったし」


 頼まれた内容が僕の予想を遥かにかっ飛んだものだったけど、すでに引き受けることを約束してしまった。ここで逃げたら兄さんに合わせる顔がない。


「ありがとうございますわ、エクセ。……そもそも、元を正せばお父様とお母様が圧力に負けて、わたくしの婚約者を女性にしようと思ったのが元凶なんですけどね……!」


 ため息をつきながらも承諾した僕にロゼはお礼を言って、次の瞬間には両親に対して絶対零度の視線を浴びせていた。先ほどは帰宅を喜んでいたがそれはそれ、これはこれのようだ。


「えっと……、家の者じゃない僕が言うのもなんだけど、今日のところはいったんお開きにしない? ほら、なんか色々と騒ぎがあってみんなも冷静じゃないし、ここは一度頭を冷やしてまた明日話した方が良いと思うんだ」


 そしてその空気に居た堪れない外部者である僕はとっさにそんな提案をした。いや、だってこんな空気の中には一秒だっていたくないよ。


「悪くない提案だ。そう思わないかい? 母さん」


「その通りですわ。ロゼも少し落ち着いたらどうです?」


 僕の提案にジークフリートさんとテレサさんが飛び付いてきた。ロゼも異論はないのか、うなずいている。


 こうして、僕のオデッセイでの一日目は今後の山場を予感させる終わりをする――






 ――わけがなかった。


「眠れない……」


 あてがわれたのは僕が一生泊まれなさそうな豪華絢爛な部屋。


 天蓋付きのベッド。ふかふかのソファー。そして首を動かせば目に入るのは煌びやかな調度品。


 ……特に調度品のあたりは一個もらって帰れば、僕が相当楽できるであろう値打ち物だ。




 ――そんな部屋で僕が寝られるとでも?




 答えは当然、否。小市民である僕の心臓は先ほどから嫌な早鐘を鳴らしっぱなしだ。


 というか恐れ多過ぎてベッドに飛び込めないし、ソファーにも腰掛けられない。


 これはきっとあれだ。ロゼが僕に一睡もするなという嫌がらせなんだろう。


「……外の空気を吸ってこよう」


 そしてあわよくばそこで一夜を明かしてしまいたい。幸いと言うべきか、この街はさほど寒い気候ではないようなので夜でも結構暖かい。


 それに着ている服も魔法学院から持ってきた夏冬両用のローブだ。一日明かす程度、何の障害にもならない。


 ……どうして家の中にいるのに、外で寝ることを考慮しなければならないんだろう。


 それもこれも全部お金持ちが悪いんだ、と自己弁護してからテラスに出る。


 さすがに夜は噴水も停止しているようで、水の音は聞こえなくなっていた。その代わり――


「綺麗だな……」


 澄んだ空気の中でしか見られない、満天の星空がそこにはあった。


 こんなに綺麗な星空は旅の中でもなかなか見られない。ここの空気がよほど澄んでいるのもあるだろうし、何より高い場所にいるというのが大きいだろう。


「……まあ、こんなに綺麗な星が見れるんだから、外で寝るのも悪くはない、か」


 まるで狙ったかのようにテーブルと椅子があるし、寝る分には困らないはずだ。


 そう考え、僕はいそいそと椅子を動かして寝やすい形を作り始める。家の人に見つかったら大目玉だが、早めに起きて移動しておけば問題ない。


 僕が寝る準備を整え、これから寝ようと思った時だった。後ろから足音がしたのは。


「――っ!」


 声を上げずに腰に隠している守り刀へ手を伸ばす。いつでも抜刀できる姿勢を整えながら後ろを振り向いた。


「わたくしですわ。先ほどからゴトゴトと物音がするから怪しいと思っていたら……あなたでしたのね、エクセ」


 声の主は薄い寝間着姿のロゼで、呆れたような顔をしながらこちらに歩み寄ってきた。その歩き方があまりにも堂々していたため、扇情的というよりは純粋に美しいと思える姿だった。


「大方、あなたのことですからあんな高級そうな家具がある部屋では恐れ多くて眠れない、といったところでしょうが……物は物に過ぎませんのよ?」


 そんな簡単に割り切れるのなら、僕はここにいないだろう。頭では理解しているのだが、どうしても心が拒絶してしまうのだ。そしてロゼ、君はどうして僕の考えていることがそこまで正確に理解できる。


「まあ、お好きになさってくださいな。わたくしにあなたを強制する権利はありませんから」


「うん。じゃあお言葉に甘えて」


 二つくっつけた椅子の間に体を潜り込ませて、膝を抱えて眠る体勢になる。その様子をロゼは何を言うでもなく見つめていた。


「……エクセ、怒ってますか?」


 僕がさっさと意識を落として明日に備えようと思った瞬間、ロゼが僕にそんなことを聞いてくる。


「うん? 何に?」


「ですから、わたくしがこのようなことに巻き込んでしまったことですわ。今からでもあなたが嫌だと言えば、わたくしはあなたをティアマトに帰しますわよ」


「ああ、そのこと。別にいいよ。ここまで来たんだからロゼの悩み事の一つや二つ、何とかするって」


 いつまでもウジウジしているのは性に合わない。腹はくくったつもりだ。


「ですが……! それではわたくしの気が済みませんわ! いつもいつもあなたは助けてもらった相手に見返りを要求しない! どんなに心苦しいかおわかりになって!?」


 ん? おかしいな。僕はいつも誰かを助けたら見返りはもらっているつもりだぞ。


「え? 見返りならあるじゃん。これが終わったらオデッセイを案内してくれるってやつ。僕、そのために頑張る予定なんだけど」


 さすがの僕も無償で何かをしてあげるほどお人好しではない。なので、僕は確実に見返りを要求する。貸しにしたり、食事をおごってもらったり。


「それではわたくしの気が済まないと言ってるでしょう! あなたは無欲過ぎますわ!」


 無欲だと言われても……、僕はどうせ遠からず旅に出るんだから、かさばる物は持っていけない。ならば物に残らない思い出とか、食事とかの方が僕にとってはありがたいんだけど。


「仕方ないじゃん。あまり重たい物もらっても、旅には持っていけないから僕が困るんだよ。だから食事とかだって結構考えた末のお礼だよ?」


「――っ!」


 僕の言葉にロゼは面食らったような顔をして、すぐに自分を責めるような表情になる。


「……申し訳ありません。あなたに意見を押し付けるような真似をして」


「気にしないで。その代わり、これが終わったらオデッセイの隅から隅まで案内してもらうからね。覚悟しておいてよ」


「ええ! その時は飛びっきりの場所を案内して差し上げますわ! 首を洗って待ってなさい!」


 その言葉の用法は少し違うと思う。


 突っ込みを入れようとしたのだが、口を開く前にロゼは颯爽と自室へ戻ってしまった。


「やれやれ……」


 色々な意味でのため息を一つついて、僕は改めて眠りに落ちていった。


 ――明日はきっと長い一日になるだろう。

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