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一部 第二十二話

「ロゼ様、お帰りなさいませ! ……そちらの方は?」


 庭に足を踏み入れる前から、ロゼに対しては歓迎の言葉を。そして一緒にいる僕には不審の目を向けてくる門番の人たち。気持ちはわかるけど、そんなにジロジロ見ないでほしい。


「わたくしの友人ですわ。この度の帰郷に際し、水の都に興味があるようでしたから連れて来ましたの」


 その理由も間違ってはないけど、本当のところはロゼに来るようお願いされたからに過ぎない。


「そうですか……。失礼ですが、お名前は?」


「あ、エクセルです」


「エクセル様ですか。ようこそいらっしゃいました。ささ、どうぞ中に」


 門番の人は僕がロゼの知り合いだとわかった瞬間に手のひらを返したような対応になった。そりゃ、ロゼが何も言わないうちの僕は不審者扱いされても文句は言えないけど、そこまで対応を変えられるとなんだか腹が立つ。


「さあ、行きますわよ。エクセ」


「だから待ってってば! こんな家に来るの初めてなんだよ!」


 しかも裏口からこそこそとではなく正面から堂々と、だ。以前、ニーナとともにお金持ちのお屋敷に泥棒に入ったことならあるのだが……。


 ロゼの隣に並び、僕は内心ビクビクしながら歩く。先ほどロゼに言われたとおり、腹をくくってしまうのが一番楽なのだが、どうしても踏み出せない。やはり事情がわからず、状況に半分以上流されているというのが大きいだろう。


 せめてロゼが何に巻き込まれているのか、説明さえしてくれればなあ……。


 などと考えていると、とうとうお屋敷の入り口が見えてきた。重厚な木製のドアを押すと、年代の重みを感じさせる音を立ててゆっくりと開かれる。


「ふへぇ……」


 思わず間抜けな声が漏れてしまうほどに中は豪壮とした美しさがあった。


 僕たちがいる場所はホールに近く、催し物があった時はここでやるのだろうと感じさせ、壁際には嫌味にならない程度に、しかしそれとなく自己主張する壷や花が飾られている。


 その奥には左右に分かれた階段があり、その中心には技術の粋を凝らしたとわかる絵画が置いてあった。おそらく、描かれているのはロゼの両親とロゼ自身だろう。


「……ロゼ。これで普通なんて言ったら、僕は自害するかもしれない」


 壁際に置かれている壷一つ盗めば、僕はしばらく左団扇な生活を送れること請け合いだ。


「まあ、エクセの部屋とかも見てますからね。さすがにこれがすごいというのはわかりますわ。昔のわたくしはどうしてこれに疑問を持たなかったのかしら……?」


 ロゼ自身、ティアマトに来る前の自分を鑑みて不思議に思っているらしい。つまりあれか。昔はこれを疑問に思わなかったのか。


「それより、応接室に行きますわよ。そこでお父様とお母様が待ってます」


「え? 僕も挨拶するの?」


「当然でしょう? 友人を連れてくると言ってしまったのですから、文句は言わせませんわよ」


 ロゼの言葉にはウソがあるような気がしてならない。手紙で僕に伝える暇なんてないだろうし、第一これは緊急のはずだ。


 ……こうなると本当に僕が何に巻き込まれているのか気になるな。ひょっとしたらとんでもないことに巻き込まれているのかもしれない。


「……当主継承問題とかじゃないよね?」


 一般市民の聞きかじりみたいなものだが、上流階級のそれは相当ドロドロしているらしい。僕も旅の途中に立ち寄った村で一度だけ見たことがある。


 あの時はただの村長を誰がやるか、といった内容だったが、かなり凄惨なものだった。あともう少し長引いていれば殺し合いに発展してもおかしくないほどだった。


「さすがにそれは違いますわね。お父様はまだ健在ですし、そもそもそのような問題にエクセを巻き込むほどわたくしも厚顔無恥ではありません」


 本当かよ……。今回の問題だって絶対にロゼ個人の問題だぞ。まあ、よっぽど嫌なのは見ていればわかるけど。


 そうこう話しているうちに、ロゼはある部屋の前で立ち止まる。僕もそこで立ち止まり、最後の心の準備をするために、深呼吸をしておく。


「……覚悟はよろしいですか?」


「ふぅ……。よし、お願い!」


 ロゼがドアを開き、僕はその中に足を踏み入れた。






 部屋の中には柔らかそうなソファーがいくつかあり、そこには壮年の男性と女性が座っていた。


 男性の方はロマンスグレーの髪と、鋭い眼光に角ばった顔立ちをしており、貴族というよりは戦士を連想させる雰囲気を纏っていた。


 女性の方は男性とは対照的に輝くような金色の髪を背中に流し、優しそうな瞳に穏やかな笑みを湛えた口元と、しかし確かな気品を感じさせる佇まい。どちらかと言えばこの人の方が僕の考える貴族のイメージと合致する。


 おそらく、ロゼは母親似だろう。だが、凛とした立ち居振る舞いは父親に似ている気がする。いや、初見だから半分以上は勘だけど。


「お父様、お母様。ただいま帰りましたわ」


 ロゼは優雅に一礼をして、父親の方に駆け寄り抱きつく。そして頬にキスをしてから母親にも同じことをする。


 ……僕はその光景を見て、これは上流階級の挨拶なんだと自分に言い聞かせていた。


「うむ、よく帰ってきてくれた。さあ、座りなさい」


「お帰りなさいロゼ。私たちはあなたが帰ってくるのを首を長くして待っていましたのよ」


 父親は言葉少なに、母親は満面の笑みでロゼの帰宅を喜ぶ。彼女は両親に愛されているようだ。


「少し遅くなってしまい、申し訳ありません。エクセ、挨拶を」


「え? あ、エクセルです。ティアマトの方でロゼの友達をしてます。よろしくお願いします」


 ロゼに言われ、慌てて自己紹介をする。すると、ロゼの両親は非常に驚いた顔をした。


「君が……! ロゼからの手紙によく載っていたよ。ロゼの父親のジークフリートだ。娘とは今後もよろしく頼む」


 ロゼの父親――ジークフリートさんは僕の手を掴み、ブンブンと振る。その手の力は明らかに剣を握っている者の力強さだった。


 それはそれとして、僕への対応が意外と友好的なのにはとても驚いた。そりゃ、嫌われるよりは好かれた方が嬉しいのは確かだけど……。


 ……あと、ロゼは手紙に僕のことをなんて書いたのだろう。それが気になる。


「まあ……、ロゼのお友達なんですか? でしたら、ティアマトにいる時のロゼを少しお聞かせしてもらってもよろしいですか? あの子の手紙だけじゃ物足りなくて……。あ、私はテレサですわ。娘ともども、よろしくお願いしますね?」


 テレサさんは僕の手をふんわりと包み込むように握り、そのようなことを笑顔で言ってくる。その姿はとてもじゃないが、十七歳の娘がいるようには見えない。


「はぁ……」


 そして僕としては流される以外、できることがない。さすがにロゼの両親の頼みごとを無碍にするほどの度胸はない。


「ああ、私たちばかりが一方的に話してしまったね。すまない。ささ、座ってくれ」


「あ、はい……」


 ジークフリートさんに促されるがままにロゼの隣に腰を下ろす。あまりに目まぐるしく動く状況に僕はついていけなくなっていた。


(ねえ、どうなってるの? そろそろ頭がこんがらがりそうなんだけど)


 そのため、もう本当に事情を聞き出すべく、ロゼに小声で尋ねてみる。


(さあ……。わたくしも二人のこの反応は予想外でしたわ。予定通りならもっと反発されるはずなのに……)


 そんな予想が立てられるほどだったとは。……待てよ。僕は両親に嫌われるだろうと思われていたのか?


 これに関しては後でロゼを問い詰めるとして、僕は両親に気に入られる理由が半ば予測できていた。


 おそらく、僕の特性によるものだろう。僕のクリスタルを生成する能力は他国にとって有用な力であることをこの前の騒動で思い知らされた。


 ロゼの両親だって有力な貴族である以上、政治には関わっているはずだ。その二人が僕の存在を知らないなんてことはないだろうし、見逃す理由もないはずだ。


 ……もちろん、そんな政治的な理由ではなく、本当に僕の人柄を気に入ってくれたのならそれに越したことはないのだが。


(それと、今回エクセを連れて来た理由ですが……、すぐにわかりますわ)


 ロゼの思わせぶりな発言に首をかしげながら出されたお茶を飲んでいると、ジークフリートさんが口を開いた。


「……さて、ロゼ。今日ここにお前を呼び出したのは他でもない。君の結婚相手のことだ」


「ぶふっ!?」


 お茶を噴き出してしまった。


「え、エクセ!? 大丈夫ですか!?」


 気管に入って激しくむせるが、ロゼが背中を叩いてくれたため少しだけ楽になる。目に浮かぶ涙をぬぐいながら、僕はジークフリートさんを見据える。


「ちょ、ちょっと待ってください。それってどういうことですか?」


「どうしたもこうしたもない。今回の呼び出しはロゼに対し、結婚相手が決まったことを知らせるためのものなんだ」


 ロゼが僕に何を頼みたいのか、大体読めてきた。


「そうなんですか。……急用を思い出しました。僕はこれでお暇を――」


 同時にこの問題は僕にどうこうできる代物ではないことも理解した。そのため、これ以上火の粉を受けるのはゴメンなのでサッサと立ち上がる。


「待ってください! 後生ですから!」


 しかし、立ち上がった足にロゼがしがみついて動けなくなる。


「嫌だ! ロゼが僕に何を頼みたいのかもう予想がついた! 絶対に嫌だ! というか無理! 完っ璧に君個人の問題じゃないか!」


「お願いします! 本当に! わたくしは――」




「――女性と結婚するのは嫌ですわ!」




 その時、僕の空気が凍った。ちなみにロゼの両親はそれのどこがおかしいんだ? と言わんばかりに首をかしげていた。


「…………………………まさかとは思うけど、この国って同性婚可能?」


 ロゼの首がコクリと力なくうなずかれる。僕は顔から血の気が引く音を確かに聞き取った。


「……それで、ロゼの婚約者は女性っていうこと?」


 もう一度ロゼの首が縦に振られる。


 僕は止まった思考の中で天井を仰ぎ、大きく息を吐く。それからまだ足元にしがみついているロゼに視線を落とす。


「……何とかしたいわけ?」


「お願いしますっ! わたくしの知り合いに男性はあなた一人しかいないのですわ!」


 どんな狭い友好範囲だよ、と突っ込みを入れそうになったが彼女のファンクラブの存在を考えれば妥当なのかもしれない。


 僕が深く深く、それこそ海よりも深いため息をついた瞬間を見計らったのか、ロゼが爆弾を落としてきた。




「ですから! あなたにはわたくしの婚約者になってくださいまし!」




 今度は両親の空気が凍結する。そして僕は部屋の温度が急速に下がっていく錯覚を感じた。


 おそらく、五分後の未来で僕はジークフリートさんとテレサさんに問い詰められるのだろう。


 だが、それも仕方ないこと。


 僕はティアマトにいる時点で、ロゼの頼みを引き受けると言ってしまったのだから。

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