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一部 第二十話

 水属性魔法の権威、ウォルタ・ビンヤードが捕まった事件はあっという間にティアマト中に広まった。やはり賢者と呼ばれたほどの魔導士が犯罪に手を染めた事実はショッキングだったのだろう。


 逆に僕が狙われているという事実は公表されなかった。僕自身が望まなかったというのもあるし、何より一介の魔導士候補生に過ぎない僕が、他の魔導士の方々を差し置いて狙われるというのが許せなかったのだろう。


「エクセはあれでよかったんですの? アインス帝国に狙われていると知ってもらえれば、少しは向こうに対する牽制になるのでは?」


 真実を知る三人で集まり、当然のように僕のおごりでお茶を飲む。さすがに予算の関係上、洒落た喫茶店ではなく学生食堂で我慢してもらったが。


「そんなことしても無駄だと思うよ。それより、僕をさらおうとしてくる連中を全部返り討ちにした方が手っ取り早い」


 向こうは僕の能力が目当てだろうから絶対に殺されることはない。それなら僕にだって対処のしようはある。


「何にせよ、可能な限り一人にはならないようにしないとね。精神魔法系の抵抗(レジスト)は難しいし」


 魔法への対抗は魔法しかできない。そのため、精神魔法を防ぐには体内に魔力の障壁を作り出すしかなく、そんな器用なことができない僕と精神魔法は非常に相性が悪いのだ。


「……それが良い。……でも、どうしてエクセが?」


 ディアナは僕がさらわれる理由がわからないと首をかしげる。ロゼは何となくわかっているようだが、説明する気はないらしい。


「たぶん、僕のクリスタルが欲しかったんだと思うよ。向こうの事情も向こうが使う機械もほとんどわからないけど、クリスタルが何らかの形で向こうの利益になることは確か」


 メリットのない存在をわざわざ付け狙う国家など存在しない。つまり、奴らには僕を捕まえることで得られる利益があるということだ。


 それが何の利益なのかはハッキリしないが、確定していることが一つだけある。




「少なくとも、僕がさらわれなければ向こうは煮え湯を飲まされ続ける。単純でしょ?」




 自分の水を飲み干しながら、僕はウインクしてみせる。


 何も難しく考える必要はない。だって、どんな道筋を辿ったって行きつく先は一つなのだから。


「エクセの言う通りですわ。奴らにどんな目的があったとしても、それにはエクセの存在が必要不可欠。なら、それだけを邪魔し続ければ奴らの目的は達せられないでしょう」


 ロゼが僕の意見に追従し、ディアナも得心がいったようにうなずく。


「僕に関する話はこれでおしまい。あとは今後のことかな」


「水の賢者を誰が継ぐか、ですわね……」


 ウォルタはすでに獄中で裁判を待つ身だ。賢者の称号を持った人物が罪を犯すなど、長い魔導士の歴史を紐解いても希有な出来事に分類される。


 そして、魔導士の犯罪は例外なく極刑だ。これは他の魔導士たちへの戒めも含むし、一般人の心を安心させるためでもある。


「ウォルタは良くて終身刑。悪ければ死刑。でも、あれでも『水の大賢者』だったんだ。僕たちみたいな駆け出しには関係ない話だけど、上の方じゃ相当慌ててるみたいだよ」


 ちなみに情報源はガウス。あいつが持つ情報網は僕でも謎が多い。


「……賢者は亡くなった人から順に補充される。上の人からすればチャンスが巡ってきたのだから、逃す手はない」


「その通り。その通りなんだけど……」


「後味が悪いですわね。人の不幸をあざ笑うかのような真似は……」


 ディアナの発言は確かに正しい。上の人たちも蹴落とされた人のことなど考えずに、なお上を目指している。それが決して悪いことだとは言わないけど、もう少しウォルタのことを悔やんでも良いと思う。


「ところで、ロゼは将来的に賢者を目指すの?」


 これ以上この話をしても雰囲気が悪くなるだけだと思い、僕は話を変えようとしてロゼに質問を振った。


「そう、ですわね……。賢者に憧れているのは今も変わりませんが……」


 ロゼは紅茶のティーカップを置きながら、慎重に言葉を選んでいるように見える。


「今回の件で少しだけ見えてきたものがあることも事実ですわ。賢者という名前は――とても重い」


 重いだけでなく、みんなの羨望と嫉妬を引き受ける役どころでもある。僕だったら頼まれても断るような地位だ。


「ディアナは……聞くまでもないか」


「……私の夢はここを守る魔闘士になること。その夢はちょっとやそっとじゃ変わらない」


 それは人を斬ったことも含まれるのだろう。しかし、それでも魔闘士を目指せる彼女の意志には感心する。僕にはないものだ。


「散々わたくしたちの夢を聞いて来ましたが、エクセはどうなんですの? 夢があるのでしょう?」


「え、僕?」


 夢なんてないんだけど。これからやりたいことや目的ならあるが、僕自身が何になりたいかはまるで考えてなかった。


「うーん……」


「ないんですの? あなたなら『魔導王(マジックロード)』にもなれる魔力があるのに?」


魔導王(マジックロード)』はそれぞれの属性の賢者全てを統べる魔導士最高の称号だ。魔導士数千年の歴史を見ても三人ほどしか生まれていない。


「僕が『魔導王(マジックロード)』? 無理に決まってるよ。確かに全属性への適性とか条件は満たしてるけどさ。ああいうのって魔法をほとんど極めた人だけがなるんでしょ?」


「エクセは難しい魔法のほとんどを覚えているじゃないですの。あとは何とかして初歩と中級の魔法を覚えれば良いだけです。わたくしたちが目指すよりよほど現実的ですわ」


 難しいの意味が違う。戦術級魔法と究極魔法は発動に必要な魔力の調達が難しいだけで、術式自体は大して難しくない。


 やはり僕にとってネックなのは初級、中級、上級魔法のほとんどが扱えないことだろう。何とかして魔力の収束癖を直さないといけない。


「……まあ、どっちにしても興味ないから別にいいや。それにあと十ヶ月もしたら僕、この街を出るし」


 僕がそう言うと、今までの和やかな空気が雲散霧消した。あれ? 何か変なこと言った?


「……待ちなさいエクセ。それはどういうことですの?」


「……ロゼに同意。初耳」


「え、言ってなかったっけ? 僕は二年間ここに滞在したら、街を出るつもりだったんだけど」


 そもそも、ティアマトへの入学自体が兄さんたちの役に立ちたいという目的から生まれた過程に過ぎない。僕の目標はあくまで兄さんたちの旅についていくことなのだ。


「……エクセ。生半可な理由でわたくしたちが納得するとは思ってないでしょうね? ……ちゃんと説明してもらいますわよ」


 ロゼがドスの利いた低く迫力のある声で僕に詰め寄ってくる。なまじ顔が整っているだけに怖い。


「……私も知りたい。エクセはどうして二年でここを出て行くの?」


 ディアナもさりげなくこちらに詰め寄ってきていた。しかも右手は剣の鞘にかかっている。内容次第で僕は死を覚悟しなければならないようだ。


「わかった、話すよ。話すから」


 別に隠しておくようなことでもないため、僕は二人に落ち着くように言ってから、水を飲んで話し始めた。






「――とまあ、そういった理由があって今ここにいるわけ」


 僕はそこそこ長い説明を終え、話し疲れた舌を水で潤した。


「なるほど……。そのお兄様と幼馴染の旅に同行するため、さらなる力を求めてきたのですか……。道理で研究学系の授業をほとんど取ってないわけですわ。あなたは生きる上、あるいは魔法の力になると判断したものしか選ばなかったのですね」


 ロゼの推測が不気味なまでに当たっていて戦慄を隠せない。僕の心が読めるのか?


「……じゃあ、残り一年足らずでエクセはいなくなるの?」


「この街からはね。兄さんにも目的があるみたいだし、それが終わるまでは旅の生活かな」


 ディアナの質問に僕は答え、肩をすくめてみせる。


「……あなたの心がけは素晴らしいものですわ。わたくしも可能な限り助力をすると約束しましょう」


「……ロゼと同じ。私もエクセを応援する」


 どうやら二人は僕の理由に一応の納得を見せてくれたようだ。


「あはは、そこまで固くならなくてもいいよ。残り十ヶ月ちょっと、楽しい思い出が作れればそれでいいさ」


 もちろん、思い出作りの傍らでちゃんと修練も積まないといけないけど。それでもせっかく兄さんから与えられた二年だ。ニーナたちに話す思い出話も多いに越したことはない。


「それなら、さっそくわたくしたちと出かけませんこと? 思い出作りのために、最近久しくやってなかった勝負も再開するべきだと思いますの」


 勝負はいつもロゼが勝手に吹っかけて来ているだけで、僕自身が認めているものは一つもないということに気付いてほしい。


「……エクセ、新しい技の練習に付き合って」


 その付き合ってというのは組み手相手の意味だろうか。それともただのサンドバッグとしての意味だろうか。後者なら全力で遠慮願いたい。


「今日はお金がありません。なので勘弁してください」


 この二人と出かけると、さも当然のように僕が全額支払う羽目になるのだ。ちなみに今は財政破たん一歩手前の状態で何とかやりくりしている。


「それに……魔力が戻り切らない」


 手のひらを見つめながら、自分の魔力残量を大雑把に調べてみる。その量は十全の時とはかけ離れていた。


「どういうことですの? あなたは膨大な魔力があるはずでは?」


 僕の独り言にも近い発言をロゼは耳聡く聞き付けていた。僕はごまかし切れないだろうと判断し、苦笑しながら口を開く。


「だからだよ。膨大な魔力があるけど、体が人間だから回復量には限界がある。おまけに最近はバカスカ使ったからね。誰かさんのおかげで」


「う……」


 皮肉を込めて言うと、ロゼは言葉に詰まった様子を見せた。さすがにここしばらくの騒動の原因が自分にあることくらいは自覚しているらしい。


「特に先日の戦いでは後先考えずに強化してたからね。消耗も激しい」


 まさか自分があそこまで感情的になるとは思いもしなかった。もっと冷静な性格だと思っていたのだが。


「……今はどのくらいある?」


「六割ってとこ。完全に戻るまで二ヶ月近くかかると思う」


 魔力を回復させる方法はひたすらに寝ることだ。なので、もし延々と寝続けることができたのなら、一週間程度で戻るだろう。一週間ぶっ続けで眠り続けるなんて薬でも使わない限り不可能だから遠慮したいけど。


「では、しばらく魔法の鍛錬はお預けですわね。わたくしとしても最近はあなたを連れ回し過ぎましたわ。ごめんなさい」


 ロゼがいきなり僕に対して頭を下げてきた。


「い、いや、気にしないで良いよ。僕は自分で選んであの行動を取ったわけだし。後悔はしてないし、ロゼが気にする必要もない。当然、ディアナもね」


 むしろディアナに関しては僕が負い目を感じるべきだろう。僕が巻き込んでしまったせいで彼女に人を斬るという業を背負わせてしまった。


 本人は魔闘士を目指しているだけあって気にしてないようだが、それでも女の子にそのようなことをやらせてしまったことに対して、何も感じないほど僕はドライな性格ではない。


「……ほらほら! これからどっか行こう! 暗い空気にしちゃったし、パーッと騒がないと!」


 何となく気まずくなってしまった空気を振り払うように僕は立ち上がり、ディアナとロゼの手を引く。二人はバランスを崩しながらも僕の後ろをついてきた。


「ちょ、ちょっとエクセ!?」


「楽しい思い出作るんでしょ。だったらこんなとこで立ち止まってないで歩こうよ!」


「……どこに?」


 僕の言いたいことを察知したのだろう。ディアナが口元にかすかな笑みを浮かべて聞いてくる。僕はそれに対し、こう言ってやった。




「思い出が作れるどこか!」

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