一部 第十九話
「負けない!」
僕とディアナが背中を預けながら近づいてくる敵を全て吹き飛ばす。僕を連れてくるために来たと言うだけあって一人一人の技術が高い。少なくとも、魔法を覚える傍らで学ぶようなにわか剣術では決定打にはならない。
僕が決定打を与えられず、何とか距離を取らせるのが精いっぱいなのに対して、ディアナは逆に一人一人的確に仕留めていた。
「……これが人を斬る感触」
ディアナが三人ほど斬り捨てたところで、連中もさすがにいったん退いた方が得策と判断したのか距離を取る。そのわずかな間にディアナがそっとため息をつく。
「……ゴメン。こんなことに巻き込んで……」
今回の事件は全て僕が中心となって起こっている。ディアナとロゼはそれに巻き込まれただけだ。自発的か受動的かはこの際考えない。
巻き込んでしまっている自覚のある僕としてはうなだれて謝るほかない。さすがに人を斬らせてしまうのはマズイ。
……僕の未熟だ。僕がもっと強く、思慮深かったらこんなことにはならなかったはずだ。
「……気にしないで。私の場合は遅かれ早かれ学ぶべきこと」
「だけどさ……! ……ゴメン。ディアナが大丈夫だって言ってるのに、僕がチクチク言うことじゃなかったね」
彼女だって辛いのを隠しているのかもしれない。ならば僕がその傷をえぐるような真似はしちゃいけない。今の僕にできることは目の前の脅威を一分一秒でも早く排除することだ。
「そろそろこちらも打って出ませんこと? 人数差がある以上、波状攻撃をされたらこちらが不利ですわ」
ロゼの言い分にも一理ある。別にここにいる連中を残さず倒す方法ぐらいならあるのだが……。相変わらず範囲が極大なのだ。
「……ロゼ。《地割れ》で周囲全部巻き込んで破壊するのと、各個撃破。どっちが良い?」
「各個撃破しますわよ。第一、そんな魔法使われたらわたくしたちまで巻き添えになりますわ!」
だから黙ってたんだよ。僕一人だったら容赦なく発動できたのに。
「……もっとも、上手くいくかどうかはわからないけどね」
最大の壁はウォルタだ。腐ってもあの人は魔導士として最高位。ロゼやディアナの魔法では手も足も出ないはずだ。たとえ僕が戦術級魔法を使っても、何らかの方法で防いでしまう可能性がある。
「とにかく……、まずは雑魚の掃除。少し本気を出す。《身体強化》!」
全身を魔力の膜で覆い、軽くなった体で僕は突進する。
先ほどとは雲泥の差のスピードに男たちは一瞬でも驚いてしまう。その隙があれば、僕には充分だった。
「シッ……!」
二人の男の間をすり抜けざまに首を斬り落とす。肉を斬り裂く感触を久しぶりだと思いながら、突進の勢いを緩めずに別の男に向かう。
「ふぅ……っ!」
もう一人の男の心臓に刀を突き立てたあたりで強化が切れ、いったん退く羽目になってしまう。だが、この行動が相手に与えた心理的ダメージは大きかった。
「何だよ……! 普通、強化系の魔法ってもっと弱いんじゃないのか!? こいつのは異常だぜ!」
すでに精鋭部隊の人間は残り二人となっていた。その二人が慌てた――いや、慄いたように僕の方を見る。
だがまあ、彼の言うことにも一理はある。普通に《身体強化》をしても僕ほどの強化は望めない。
「僕のは例外だよ。強化魔法に関しては術式構築が洗練されていることももちろんだけど、何よりこれは――」
――込めた魔力に効果が依存するんだよ。
だからこそ補助魔法は使いどころが難しいと言われる。込める魔力の配分を考え、その都度適切な強化を施していかなければならない。
「これは魔闘士を志す者なら誰でも知ってる常識だよ。そして……さっきあんたらが言ってたように、僕の魔力は天井知らずだ」
術式構築はかなり適当だが、その代わり込める魔力は並の魔導士が一年充墳しても届かないほどだ。僕の接近戦用の切り札でもある。
「そりゃ、僕に体術の素養はないさ。教えてくれた人のお墨付きだ。でもね……、」
そこで言葉を切り、再び守り刀を構え直す。
「他から持ってくればいいのさ! 僕には魔法がある! 不可能を可能にする、救えない人を救い出せる、魔法が!」
僕は魔導士であることに誇りを持っている。この力があるから僕は守りたい人を守れるし、兄さんたちの旅にもついていける。
「ええい、ひるむな! 奴が尋常でない魔力を持っていることは初めからわかっておったろうが! 臆するな! 奴の言うことが本当なら、消耗も恐ろしく早いはずだ!」
あ、良いところに気付かれた。
「まあね。僕はこの魔法にかなりの魔力を注いでいる。だから消耗も早いってのは間違いじゃないね」
五秒維持するだけでも並みの魔導士が干からびてしまうほどの魔力を消費している。このペースを維持していたらおそらく――
「一時間ってとこかな。今の僕と一時間打ち合えば、僕の魔力も尽きるかもね」
「な……っ、バカな!」
「バカな、じゃないよ。れっきとした事実。そっちが言ったことじゃないか。僕の魔力は計り知れないって。……少し僕を舐め過ぎたね」
そう言って、僕は再び走り出す。
「ロゼ、援護お願い!」
「やっておりますわ! 相手のほうをよく見なさい!」
ロゼに言われて相手のほうを見てみると、何やら焦点が微妙に合っていない。僕たちを見ているのか、僕たちを含む視界をボンヤリと見ているのか判断がつかない視線だ。
「……おそらく、相手の視覚に働きかけて私たちの姿を見えにくくしている。ただ、ウォルタだけは抵抗したみたい」
走る速度を緩めたところ、ディアナが僕に追従して説明をする。そして視線を走らせ、最優先で倒すべき相手を決めた。
「ディアナは残った人をお願い! 僕は――」
大きく跳躍し、守り刀を振り下ろす。
「――こいつを倒す!」
「舐めるな若造!」
僕の攻撃をウォルタは滑るように後ろへ移動して避けた。今の動きをすぐさま分析しながら、さらなる追撃をかける。
「はあああああああぁぁっ!」
身を低くして懐まで潜り込み、大きく蹴り上げを放つ。先日ディアナたちに見せた技だ。
しかし、我ながら惚れ惚れするほどの鋭い蹴りをウォルタは難なくかわし、あまつさえ反撃すら行ってのけた。
「剣が魔法に勝てると思うな!」
一つ一つが人の体ほどもある《氷槍》が複数生み出され、クリスタルと見まがうほどの輝きを放ちながらこちらに向かってくる。
「その言葉が言えるなら! 機械なんかに屈するな!」
僕はそれを避けながらさらに肉薄し、今度は納刀した守り刀を鞘の中で走らせた最速の一撃を放つ。
――抜刀術・牙。
勢いよく抜刀し、牙のごとく相手を斬り裂く剣技で、兄さんの修めている流派の中では初歩の初歩らしい。
……僕は修得するのに二ヶ月かかったけどね。
「ぬっ!?」
余裕のあるところを見せようとしたのか、ウォルタは《障壁》を張って防ごうとしたのだが、僕の抜刀でそれはあっさり散らされ、腕に一筋の傷を負った。
「……ふん、この程度の傷、治すのは造作もない」
傷を受けたことにウォルタは僕を憎々しげな視線で見てきたが、すぐに気を取り直して患部を治療しようとする。だが、そのような隙ができる行動を僕が見逃す理由はない。
「何で治療魔導士が前線に出ないか、知らないんだ」
実戦慣れしていないという理由もある。しかし、本質はそこではない。
「治癒魔法は――発動中は無防備なんだ! 研究ばかりで引きこもってたあなたにはわからないだろうね!」
魔法を行う者も行われる者も、その場に停止する必要がある。後方支援なら何とかなるものの、前線の真っただ中で足を止めてみろ。あっという間に八つ裂きにされる。
これは戦場に出る魔導士なら誰でも知っていることであり、常識だ。それを知らない彼はやはりどこまでも研究者なのだろう。
「僕はあなたを倒す! 倒して自分がいかに大きなものを捨てようとしていたか教えてやる!」
「うるさい! 魔導士の世界の厳しさを何も知らないガキが! あの世界じゃ俺は出世できないんだよ! 絶対的に魔力の少ない俺じゃぁな!」
魔力が少ない、というのは初耳だった。……というより、僕があまり他人の魔力に無頓着だっただけか。
感情をむき出しにしたウォルタがこちらへ水属性中級魔法である《水刃》を作り、岩すら切り裂く水の刃を腕から伸ばして僕に振るいながら叫ぶ。
「何でお前ばかりがそんなに潤沢な魔力を持つ! 究極魔法を使っても平然としやがって! 俺たちが死に物狂いで到着した場所をお前は軽々と越えやがる! その気持ちがわかるか!?」
僕は振るわれた刃を紙一重で避け、自分の周囲をクリスタルで覆い始める。
「わからないよ! じゃああなたはわかるのか!? 普通の魔法がロクに使えず、落ちこぼれ扱いされる僕の気持ちが! 自分が何者なのか、わからない僕の気持ちが!」
《風撃》を発動させて《星屑の礫》を作り出しながら、僕も叫ぶ。
僕だって不安なんだ。竜種すらしのぐ魔力を持つ自分の体がわからない。以前、調べてもらったことがあるのだが、わかったことは何もなかった。
《星屑の礫》を大きく横に飛ぶことで避けたウォルタに向かって、さらなる言葉を投げつける。
「だいたい、あなたは自分から捨てたんだ! 機械なんかに屈して、尻尾を振って! ……僕はあなたを尊敬していた! 『水の大賢者』としての誇りはどこに行った!」
「――っ!」
『水の大賢者』という一言が効いたのか、ウォルタの体が一瞬だけ硬直する。
その隙を見逃さずに僕はウォルタに近づき、鞘に収めたままの守り刀を袈裟懸けに振り下ろした。
技でも何でもない、ただの打撃。だが、僕の強化された肉体で振り下ろせば、十二分な凶器になる。
「負けるかぁ! 俺だって、お前がいなければ輝いてる未来があったんだ!」
しかし、僕の一撃をウォルタは紙一重で避けてみせた。それは素人とは思えない反応の良さで、僕自身も呆気に取られるほどだった。
殺られる――! と背筋が粟立つ。《身体強化》に込める魔力をさらに増やせばこんな状況を打破するのは容易い。だが、これ以上の強化は目の前の相手を殺すことになる。
そんなわずかな逡巡は隙を作るのに充分で、ウォルタほどの魔導士がその隙を見逃すはずがなかった。
「くひひっ、死ねえっ!!」
醜悪な笑みを張りつけながら、僕の目の前で《水刃》が振るわれる。僕はそれを見て――
「よかった。魔法で」
あっさりそれをかき消した。
「忘れたの? クリスタルの特性はその魔力密度により、全ての魔法干渉を弾く。そして僕はそれを意のままに作り出せる。僕ほど魔導士殺しな奴はそうそういないよ」
極端な話、僕に魔法の類は一切効かないのだ。もちろん、普段からそんな事をすれば目立って仕方ないので、全身をクリスタルで覆うなんて酔狂な真似はしないが。
「な、な、な……」
「反則だって? うん、そうでもないんだよ。これが」
確かに人間相手なら無類の強さを発揮できるだろう。だが、世界には人間以外に強力な存在など山のように存在する。
エンシェントドラゴンやデーモンクラスになると、刺し違えるのがせいぜいだ。魔法は防げるけど、普通の打撃は防げないし、攻撃魔法も究極魔法などばかりのため、溜めが長い。
僕の能力を知っている誰もが言うことだが、僕は偏りが激しいのだ。特化しているところはとことん強いが、それ以外は平均かそれ以下。
「でも、まあ……。あなた相手なら反則になり得るだろうね」
もはやすっかり戦意喪失してしまったウォルタにゆっくりと近寄る。ウォルタは尻餅をついたまま後ろに下がろうとする。
「く、来るな! 来るなバケモノめ!」
「…………」
バケモノ、なんて言葉に動揺してくれるほど僕の心は湿ってない。というか、その程度の暴言は旅の途中で立ち寄った村などで聞き飽きている。
だが、僕の友人まではそうじゃなかったのを僕は失念していた。
「エクセはバケモノ、なんてものじゃなくてわたくしの友人ですわ!」
「……同意。エクセは私にとって打ち込む便利な――もとい、大切な友達」
おかしい。ロゼはともかく、ディアナの友達には変な読み方があるような気がしてならない。
「……二人の気持ちは嬉しいけど、この人が言ってることも本当なんだ。僕自身、自分がバケモノなんじゃないか、って思う時がたまにあるし」
二人にそう言ってもらえるのは確かに嬉しい。だけど、ここで重要なのはそんなことじゃない。
「だからどうしたんだよ」
「僕がバケモノ? そうだろうさ。こんな体質してバケモノじゃないなんて思う方がおかしい。――で? それがなに? そんな些細なことが、僕がエクセルという存在であることに問題があるわけ?」
声の波長を消した平坦な声で淡々とウォルタに詰め寄る。怒る? まさか。この程度のことで怒るわけがない。僕が怒るのは兄さんたちが侮辱された時くらいだ。
「僕は――僕だ」
僕の顔がよほど怖かったのか、何も言わなくなってしまったウォルタ目がけて、僕は鞘を振り下ろした。
早いもので私がここに小説を投稿し始めてから半年が経ちました。いや、本当に早いものです。
ここまでやってこれたのもひとえに皆様のおかげです。
これからも頑張って書き続ける所存ですので、よろしくお願いします!