一部 第一話
「あれから一年かあ……時が過ぎるのって早いなあ……」
僕は自室で教授から言い渡された宿題をやりつつ、物思いにふける。
ティアマトへの入国と魔法学院への入学自体は驚くほど簡単だった。魔法への造詣うんぬんより、僕の才能に目を付けたらしい。
そこでニーナとヤマト兄さんとは一時のお別れ。ニーナは僕と一緒にいてもやることがなく、兄さんの目的に付き合うらしい。
二年後――つまり来年には迎えに来るので、それまでに僕としても魔法の腕を磨いておきたいところだ。
「…………」
少しレポート作成の方が行き詰まったため、手慰みにほんの少し意識を集中させる。
パキン! と澄んだ音を立てて僕の手のひらに透明度の高い結晶が現れた。
「クリスタル、ね……」
空気中に存在する魔力を極限まで凝縮させ、物質の形を取るに至った物だ。
今、僕が作ったのは小指大程度のクリスタルだが、これでも内部に秘められた魔力は半端ではない。
特性としてはこの世に存在する物質として世界最高の硬度を誇ることと、凝縮され過ぎた魔力によって、ほとんどの魔法的干渉を受け付けないことか。
中に秘められた魔力を解放することはできない。空気中の魔力も練り込んで作ったため、もはやこれは僕の手から独立している。そのため、解放しようと思ったらこれを再び魔力に変換し直す過程が必要になる。
できなくもないのだが、かかる時間は最低でも五十時間だ。戦闘中にのんびりとできるような代物じゃない。
……戦時下なら使えなくもないらしいが、それにしたって生成者である僕の協力が不可欠だ。そして僕はそんなことに協力するつもりは毛頭ない。
「それはさておき……」
これ、どうしようか。一度作り出すのは良いけど、霧散させるには手間がかかるんだよね。
「ただいまーっと。ん? エクセ、それどうしたんだ? また教授に頼まれたのか?」
クリスタルの処理に悩んでいると、後ろから僕のルームメイトが話しかけてきた。
「あ、ガウス。お帰り。いや、レポートが進まなかったから気分転換に作ったんだけど、処理に困っちゃって。どうしようか?」
長身に燃えるような赤い短髪が特徴の男で、僕が学院に入って以来の親友でもある。見た目で敬遠されがちだが、気さくな良い奴だ。
「俺がもらっても良いけど……、それよか、ギル爺にあげた方が良いんじゃないか? あの人、装飾用にクリスタルを欲しがってたぞ」
「あ、それは良い考え。よし、高く売りつけよう」
久しぶりに美味しいものにあり付けそうだ。どのくらいの値段を吹っかけようか。
「爺さん相手に容赦ないよな……。それにお前、ギル爺の作る武器にはお世話になってるじゃないか」
ガウスの一言にも一理はあった。
ギル爺というのはティアマト内で最も腕の立つ鍛冶屋であり、僕も何度かお世話になった人だ。主に魔法補助媒体の杖作成などで。
「良いよ。僕はあの人にクリスタル渡してるし、持ちつ持たれつだって」
それにギル爺にクリスタルを渡すのもバイトの一つだ。一応、奨学金は出ているのだが、それで楽しい学園生活が送れるとなるともちろん、否。
なので僕はバイト漬けの日々を余儀なく強制されている。普段は食堂でのバイトが主なのだが(というかそれ以外は学則で禁止されている)、たまにギル爺のところにクリスタルを卸すこともやっている。良い金になるんだよね。これが。
「それもそうか……。んで、今回は何属性だ?」
「水」
僕の宣言通り、僕の手にあるクリスタルはほのかに青く色づいている。
クリスタルは魔力結晶体。ゆえに作成者の意のままに属性を付与することが可能だ。
ちなみに属性は炎、水、地、風、光、闇の基本六属性が存在する。雷や毒などはこれらの派生で生まれると考えてくれて構わない。
今回は特に属性が決められていなかったため、何となしに水属性を選んだ。まあ、実のところ属性が変わったくらいで大した差は出ないんだけど。
強いて言うなら、クリスタルの含む性質が若干変わるくらいだ。たとえば、炎ならクリスタルが熱を持つとか、水ならお湯に入れると常温に戻すなどの効果がある程度である。
「水か……俺にはちょっと扱えないな」
ガウスは頭をガリガリとかいて残念そうな顔をした。それも仕方のないことかもしれない。彼の得意属性は圧倒的に炎だ。ぶっちゃけ、炎以外の属性は使えないくらい炎属性に偏った才能を持っている。
「そうだね。ガウスじゃこれは無用の長物だね」
むしろ炎と水だから正反対だ。せめて風ならまだ補助的役割もできたのだが……。運が悪かったとしか言いようがない。
「もう少し婉曲に言ったらどうだ……? 俺だって傷つくんだぞ」
事実じゃん、とは言わない。すでにガウスの目に涙が浮かんでいたから。よっぽど悔しかったんだろう。
説明し忘れていたが、属性付与されたクリスタルはそれ単品でも魔法媒体になり得る。その属性に関しては極上クラスなのだが、他の属性の魔法媒体には一切ならないため、逆に汎用性が低いのが難点だ。
「んじゃ、僕はこれ書き終わったら行ってくるよ。ガウスも宿題やったら?」
「後で見せてもらうから」
キラッ、と擬音が付きそうなほどの輝いた笑顔を見せるガウス。どうして彼と友達なんかになったのだろうか、真剣に疑問だ。
他力本願なガウスにため息をつきながら、僕は再びレポート作成に取り掛かった。
……ところどころに僕でなくては理解し得ないようなクリスタルへの考察を入れて。
これを丸写しすれば、ガウスのではないことは一目瞭然だろう。あとで泣き喚くが良い。ふはは。
僕はいつも持っている棒術にも使えそうな長い杖を持って、ティアマトの街を歩いていた。
服装は魔法学院の証であることを示す濃紺のローブ。内側に縫い込まれた模様に魔力が込められており、恒久的に夏涼しく、冬暖かいを実現させる優れモノだ。
「…………」
僕はギル爺の鍛冶場に向かう道中、魔法について物想いを馳せる。
魔法。それは不可能を可能にする奇跡。それは人が真理に至る唯一の道。それは神が人に与えた大量殺戮兵器。
一般に言われていることはこれくらいだ。僕個人としては、どれでもない僕の持論を信じている。
魔法、それは――僕に与えられた究極の異端。
先ほど、僕はクリスタルを生成した。だが、魔力を一人であそこまで凝縮させるのは不可能に近い。やるとしたら何人もの高位魔導士が集まってやる必要がある。
それを僕は単独で、しかも呼吸をするのと変わらない感覚で生み出すことができる。自分で言うのもどうかと思うが、才能うんぬんのレベルではないと思う。
僕に与えられた異端は三つ。一つは膨大な魔力量。これはクリスタル生成によって消費されるので、あまりメリットにはならない。むしろクリスタルを生成する際に生まれた二次的なものだと僕は捉えている。
一つは基本六属性全てへの適正。基本六属性への適性があるということは、同時に派生属性への適性も持ち合わせていることになる。これもクリスタル生成に必要なものであると僕は捉えている。
……つまるところ、全てはクリスタルが生成できることから生み出された二次的なものに過ぎない。やはり僕が持つ才能はクリスタル生成なのだろう。
その特異性が買われて僕は魔法学院に入学した。ぶっちゃけてしまうと教授たちにとって都合の良いクリスタル生成機みたいな気分だったが(クリスタルは研究材料としても最高級)、人間らしい生活を送れている分、マシだと考えるべきだろう。
「……っと、もう着いた」
少々物思いにふけり過ぎたのか、自分の立ち位置を再確認するのに時間がかかり過ぎたのか、とにかくギル爺の鍛冶場の前まで僕は到着していた。
「こんにちはー……」
まだ日も高い時間だ。ギル爺は鍛冶をしていてもおかしくない。そう考えた僕は中の様子を伺うような声をかける。
「うるせぇ! 今集中してんだ! 話しかけんじゃねえ!」
やっぱり。僕は首だけをすくめながら、静かに中へ入る。
ギル爺は鍛冶をしている最中、ひどく怒りっぽくなる癖がある。職人としての矜持やら集中やらがあるのだろうが、訪ねる側の身としては傍迷惑としか思えない。
中にはムッとした熱気が籠っており、非常に熱い。ローブを脱ぎたい衝動に駆られるが、脱ぐと余計に熱くなること請け合いなので我慢する。
手頃な椅子に腰かけ、僕は手に持ったクリスタルを転がしながら、ギル爺が作っている物を見つめる。
どうやらオーソドックスな剣を作っているようだ。真っ赤に熱されている鉄を何度も打ちつけるギル爺の姿には何とも言えず、胸に迫る何かがあった。
ギル爺の作る武器には迫力がある。存在感と言い換えても良い。きっと、武器の一本一本に自分の全てを懸けているのだろう。でなければ、この迫力は出ないはずだ。
怒鳴られるのは好きじゃないけど、僕はギル爺が武器を作る姿が嫌いというわけじゃない。むしろ、あの鍛冶に対してのひたむきな姿勢は見習いたいと思っているくらいだ。
「……よし、良い出来だ! って何でえ、エクセの坊主じゃねえか。いつからいたんだ?」
完成した剣を満足そうに眺めていたギル爺が僕の方へ振り返る。というか、今の今まで気付かなかったのか。
「さっき。ギル爺には怒鳴られたけどね」
「かっかっか! そりゃ悪いことしたな! んで、今日は何の用事だ? お前に武器を作る約束はしてないはずだぞ?」
「うん。今日はこれ」
僕は手の中にあるクリスタルを見せた。ギル爺は真剣な目つきになって、僕のつくったクリスタルを吟味する。
「ほう……良いクリスタルだ。属性は水だな。……くれんのか?」
「売りたいと思ってます」
確かに僕自身が払った労力はほとんどないけど、タダでくれてやるほど僕は優しくない。
「相変わらずがめつい奴だ……銀貨三枚」
銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚。ちなみに銀貨十枚前後あれば庶民が一ヶ月暮らすには困らない。
「ん、どうもー」
小指大のクリスタルを手渡し、受け取った銀貨をホクホク顔で見つめる。今日は何か美味しい物が食べられそうだ。
「こっちは赤字だな……。っと、そうだエクセ。嬢ちゃんがお前のこと探してたぞ」
ギル爺が嬢ちゃんと呼ぶ相手は僕の中では一人しか覚えがない。
「うへぇ……、まず探すにしても僕の自室から探そうよ……」
あいつ、しょっちゅう絡んでくるから苦手なんだよな……。おまけにやたらとケンカ腰だし、何事も勝負事に結びつけるし。
「お前さんも隅に置けないじゃねえか。半年くらい前からずっと付きまとわれてるんだろ? 男冥利に尽きるってもんだ!」
そんな生易しいものじゃない。あいつが来ると、大抵命がけの事件が起こる。
高笑いするギル爺の誤解を解こうかと思ったが、どう言っても誤解を深めるだけのような気がしたため、何も言わずに退いた。
ギル爺の鍛冶場をあとにして、僕はなるべく人に遭遇しませんように……。と祈りながら歩いて帰路についた。
……結論から言えば、それは三分で破られることになった。
いきなりの場面転換で申し訳ありません。
ですが、学園生活を二年間延々と書き続けるのもきついので、こういった形を取らせていただきました。
第一部は学園生活編です。よろしくお願いします!