一部 第十七話
僕は衛兵に魔力封じの効果を持った手枷を付けられて、衛兵の詰め所に連れられた。問答無用で牢屋ではないだけ、本当にまだ容疑段階なのだろう。
僕と衛兵の後ろにロゼとディアナがついてきており、いつでも僕の弁護をする気満々のように見える。嬉しくはあるが、この状況下で迂闊な行動は控えてほしい。彼女たちの安全面から言って。
「入れ」
先ほどの丁寧な態度とは打って変わった横柄な言葉遣いで衛兵が僕の背中を押す。
これは精神攻撃の一つだろう。犯人だと思う人間から情報を聞き出すため、自分たちの方が上にいると思わせて有益な情報、あるいはその場逃れの証言を取れさえすれば向こうのものだ。
「エクセ! 先ほどから言っておりますよう、彼はわたくしたちと食事を――」
「部外者の立ち入りは禁止です。お引き取り願います」
ロゼの抗議を途中で遮り、衛兵がぴしゃりと言い放つ。僕は他の衛兵に急かされながらも後ろを振り向いて苦笑した。
「僕は大丈夫だから。二人は先帰ってて。……最後がこんなになっちゃってゴメン」
「……そんなわけにはいかない。エクセの無実を証明できるのは私たちだけ」
僕のお願いをロゼとディアナは断り、その場に待つような動きを見せる。気持ちは嬉しいんだけど……、風邪とか引かないよう祈るしかないか。
ロゼとディアナが近くの椅子に腰かけるのを見ながら、僕は詰め所の中に入った。
「……犯人はお前か?」
詰め所に入ると、複数の衛兵が素早く僕を取り囲む。威圧感のある光景だな、とどこか他人事のように思いながら、僕は首を横に振った。
「まったく違います。僕はそもそもあなた方にどうして連れてこられたのかもわかりません。せめて何が起こって、どういう理由で僕が犯人扱いされているのか教えていただきたいです」
僕の言葉に衛兵の一人が手に持っていた書類をぞんざいに投げ渡す。どうやら調書のようだ。
手に取って軽く眺めてみると、そこには事件の概要が書いてあった。
要約してしまうと殺人事件があり、その遺体の体内にクリスタルがあったらしい。
確かにこの証拠なら僕が犯人に見られてもおかしくはない。むしろ体内にクリスタルが作れる人間なんて僕しかいない。
「なるほど……」
だけど、被害者の死亡推定時刻は昨日の夜であり、その日はディアナとロゼの二人と稽古をしていた。
それに僕は殺人経験のない素人ではない。仮にこちら側から仕掛けて殺人をするとしても、僕に繋がるような証拠を残すほど甘くない。
「……ところで、死因は失血死ではないですか?」
「……不明だ。遺体は損傷がひどく、死因を特定できるほどの形をとどめていなかった」
思わず想像してしまいそうになる頭に自制をかけながら、僕は犯人の予想を付けていた。
誰がやった、という特定ができるわけではないが、殺し方からある程度の推測ぐらいならできる。
まず断定できるのは、これが僕を陥れようとした誰かの陰謀であることは間違いない。そうでも考えなければ体内にわざわざクリスタルを残す必要性がわからなくなる。
問題はそこからどんな答えが導き出せるかわからないという点なのだが……、これに関してはほぼ確信している答えがある。
遺体は死因がわからないほど損傷がひどく、体内に見つかったクリスタル。この二点でパッと思いついた答えだ。
遺体の損傷がひどいと言うのは間違っていないだろう。だが、少し語弊があるはずだ。
おそらく、遺体は内部から破裂したようになっていたのだ。
そして遺体の肉片の中にクリスタルを埋め込む。これで犯人は僕だと思われるだろう。
……ちなみになぜ僕がこの方法を確信しているかの理由は簡単だ。
相手の体内にクリスタルを生成して血流を止め、内部破壊をさせるというのは僕が昔にやり方だけ考案した技なのだ。
ただ、やることがあまりにもえげつなさ過ぎたからお蔵入りになったのだが……。どこかのバカが僕と同じことを思い付いて実行に移したのだろう。ご丁寧に僕に疑いがかかるようにして。
そして僕は今のところ、犯人の予想通りの動きをしていることになる。これは非常に面白くない状態だ。
「あの……。すみませんが、犯行推定時刻の時に僕が取った行動を証明できる人間が二人います。彼女たちに証言してもらっても構いませんか?」
犯人の目星はついた。あとは探し出して落とし前を付けさせるだけ。
今まで考えたことを衛兵に伝えても良いのだが、信用されるかどうかはわからない。というより、僕が別の犯人をでっち上げるのだと疑われかねない。
それはさすがに遠慮したいので、ロゼたちに無実を証明してお役御免になってしまおう。
「わかった。名前を言いたまえ。我々が呼び出してこよう」
「僕が連れて来られた時に一緒にいた二人組です。名前はロゼリッタ・フォン・クーベルチュールとディアナ」
片方の名前が驚くほど長いが、衛兵たちは特に驚くことなく対応する。やはり魔法研究都市であり、名字持ちの魔導士が多いからだろうか。
衛兵たちが会話をすると、何人かが詰め所から出ていく。彼女たちを呼びに行ったのだろう。
少なくともロゼたちに任せておけば今日中には解放されるだろう。さて、その後どう動くべきか……。
犯人の能力はすでに見当がついている。地道ではあるが、そこから一人ずつ絞り込んでいくしかない。
「はぁ……」
またもや巻き込まれてしまった面倒事にため息が尽きることなく出てくる。
だが、今回ばかりは逃げることができない。犯人は僕の存在を知っていて、僕を消そうと動いていることがわかるから。
そして、僕がこれを放置すればロゼたちに危害が行かないとは限らない。むしろ確実に危害が行くだろう。
何より、僕は他人に嵌められて笑っていられるほどのんきな性格をしていない。
「……やってやるさ」
ロゼとディアナを連れた衛兵たちが戻ってくるのを眺めながら、僕は一人でこの事件を解決する覚悟を固めた。
「いや、本当に助かったよ。ありがとう」
詰め所から解放された後、僕は二人に向かって頭を下げる。二人が来なければ、僕はもっと長い間詰め所に、ひょっとしたら牢屋に入れられていたのだ。感謝してもし切れない。
「……気にしないで。友人として当然のことをしただけ」
「ディアナの言う通りですわ。無実の罪でわたくしの友が牢屋に入るなど、許されることではありませんわ」
僕は良い友達を持ったとしみじみ思う。
「それじゃ……今日はここでお開きにしようか。もう夜も遅いし、僕はこれからちょっと寄るところがあるから」
「あら、まだ何か用事でも? それにいつものあなたならわたくしたちを送ろうとするのでは?」
ここで詮索を入れてくるか。確かに普段とは違う行動を取ったからわからんでもないが、僕がロゼたちを寮まで送ることをさも当然のように言わないでほしい。
「ちょっとギル爺に呼ばれててね。クリスタルを頼まれてるんだ」
「……大丈夫? あんなことがあった直後」
その場しのぎのウソなので、本気で心配されると心が痛い。お願いだから何も言わずに帰ってください。
「大丈夫だよ。僕の無実は証明されてるしね」
「……わかった。ロゼ、帰ろう」
「……そうですわね。エクセも気を付けてくださいまし。事件のあらましは聞きましたが、どう考えてもあなたを意識されてますわ」
「うん。そっちも気を付けて」
ロゼとディアナが夜の道に消えてゆく。僕はその姿が完全に見えなくなるまで見送ってから、ゆっくりと踵を返した。
「さて……動くか」
今までとは少し違う、僕だけのために動こう。
「やっぱりそうそう簡単にはいかないか……」
僕が事件の調査を初めて一週間ほど。状況は完全に手詰まりになっていた。
いや、言い方が悪かったかもしれない。事件自体はもうほとんど解決したも同然なのだ。犯人の特定までこちらは終わっている。
……まあ、行ったことと言えばクリスタルを誰が持っているかを確認して、その中から自分の求める条件に合致する人を探したら、驚くほど簡単に見つかっただけなのだが。
「けどなあ……ハッキリした証拠がないんだよねえ……」
十中八九魔導士なのはわかる。だが、それゆえに性質が悪い。魔法を使えば証拠なしに人を殺せるからだ。
「再犯のところをとっ捕まえるのが手っ取り早いかなあ……」
しかしこれもあまりお勧めはできない。僕が一歩間違えれば余計な被害者を増やすことになりかねない。
「……でも、これしかないよな」
魔導士の犯罪は滅多に起きない(死霊術師は別)のだが、まったくのゼロというわけではない。そう言った連中を捕まえるには現行犯逮捕が鉄則だ。
ここで一つ言っておきたいのだが、魔導士というのは社会的に不利な生き物である。
証拠もなしに人を殺せる力を持っており、かつその力を自分の任意で振るえる。何の力もない一般人が恐怖に震えるには充分過ぎる。
そのため、たとえ何もしていなくても一般人がこの魔導士は犯罪者だ、というだけでその魔導士は有罪になってしまう場合すらある。
それぐらい厳しい魔導士への風当たりの中、再犯現場を押さえたらどうなるか、想像に難くないはずだ。
……ちなみに僕はギリギリで安全圏に引っ掛かっている状態だ。すでに一度疑われてしまっている以上、次に疑われたら今度こそ釈明の余地すら与えられずに牢屋行きだろう。
「頑張らないとな……」
幸い、僕が調べている間の一週間では何もなかった。狙うべきは次だ。
「精が出ますわね。エクセ。これはお茶ですわ」
「あ、ありがとう。ロゼ」
僕はいつの間にやら横にいたロゼが差し出してきたお茶をすすり、お礼を言う。
「構いませんわ、このくらい。それより、あなたは今何をしてらっしゃるの?」
「これ? これは僕がこの前――って何でここにいるんだよロゼは! いつの間に!?」
あまりにも自然な話の流れだったから思わず答えそうになってしまった。というかここは男子寮では?
「先ほどからいましたわよ。ほら、あそこにディアナもいますわ」
ロゼが指差した先は僕のベッドだった。そこには横になって僕の雑誌を呼んでいるディアナがいた。
「……お邪魔してる」
「さっきも言ったけど本当にいつ来たの!? ノックした!? ガウスは!? ダメだ。自分でもすごい混乱してるのがわかる!」
立て続けに起こった不可解な出来事のおかげですっかり脳が混乱状態だよ。
「……この一週間、エクセは授業に出ていない」
「あ、ああ……。それね」
ディアナの言うことは当たっている。事件の調査をしていたため、授業の方はサボらせてもらったのだ。
それはさておいて、僕と授業がかぶっていないディアナがなぜそれを知っているのか、詳しく聞いておきたいところではある。今後のために。
「……風邪でも引いた?」
「と、思ってこちらまで来たのですが……あなたの様子を見る限り、風邪じゃありませんわね」
ディアナの言葉をロゼが引き継ぎ、僕に突き付けてくる。マズイ、何も言い返せない。
「えーっと……それは……」
事情の説明はできそうにない。説明すればこの二人ならほぼ確実に首を突っ込んでくるだろう。それは僕の本意ではない。
「そ、そうそう! 新しいレポートを仕上げるのが忙しくってさ! おかげで授業も休んじゃって本末転倒だよね!」
とりあえず笑ってごまかそう。上手く笑えているかどうか疑問だが。
「……そう、大変だね」
「ええ。大変そうですわね。わたくしたちが邪魔をしては悪いですわ。戻りましょう」
二人はサッサと立ち上がって部屋を出ていった。……あれ?
「え? なに? 何なのこれは?」
あの二人がここまであっさり退く? それはあり得ない。どのくらいあり得ないって魔法の禁忌である死者蘇生を生まれて間もない赤ん坊がやってのけてしまうくらいあり得ない。
「何か裏があるのかな……?」
というかどう考えてもそれしかないだろう。あの二人の素直な行動には必ず裏があると考えた方が良い。
「……念のため、窓から出よう」
廊下で何か仕掛けているかもしれない。なので窓から出て調査を開始しよう。
そう決めた僕は窓枠に足をかけ、地面に向かって大きく跳躍した。
ほんのわずかな風の抵抗を受けた後、何事もなく着地。僕は周囲に人の気配がないことを確認してから、歩き出した。
……結論から言えば、この時の僕は二人を舐めていたのだろう。あの二人の行動力を。