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一部 第十六話

 そして夕食会当日。


 僕はロゼに言われたとおり、可能な限り良い服を探して着ようとした。


 ……だが、服にこだわらない僕では良い服などあるわけもなく、最終的には魔法学院の制服で落ち着いた。


「お、やっぱ俺の言った店にしたのか」


 僕がローブを羽織わずに制服を着ているのを見て、ガウスが声をかけてくる。


「うん。それで良い服が見当たらなくってさ。仕方なくこれにしたわけ」


「別に良いんじゃないか? 学生の身分で良い服を持ってる方がおかしいだろ。お前の服は妥当な選択に見えるけどな」


 それはそうだ。制服というのは学生の身分でさえあれば大体どこへ着ていっても通用するものだ。その点で言えば僕の選択は決して間違ってはいない。だが、


「ロゼがそれで納得すると思う?」


「………………お前、良い奴だったよ……っ!」


「涙ぐむな! こっちの命運が決まったみたいな目で見るな!」


 しかしガウスの行動を否定できない僕もいる。というより僕自身、これで行ったら殴られそうだなあ、とは思っていた。


「まあ、冗談はさておいて……。楽しんで来いよ。ファンクラブの人に見つからない程度にな」


「無理でしょ」


 あの連中がどこに潜んでいるかなんてわかったもんじゃない。それこそ下手したらティアマト中に散らばっている可能性だってある。


「……あのさ。ちょっと聞いて良いか?」


 僕が準備を終え、寂しい中身になるであろう財布を掴んだところで再びガウスが声をかけてくる。


「んー?」


「お前、なんていうか最近ロゼと一緒にいること多いよな」


「あー……、うん。そう、かもね」


 ガウスに言われて記憶を振り返ると、確かに僕はほとんどの間ロゼと一緒にいた。ここまで一緒にいたのは今までなかったんじゃないだろうかと思われるほどだ。


「それでさ、お前は今日誰とメシを食いに行くんだ?」


「ロゼとディアナだけど? ほら、ロゼに巻き込まれてしばらく稽古できなかったから、そのお詫びに」


 理由を告げたところ、ガウスは深々とため息をついて額に手を当てた。一体何なのだろう。そんなにおかしい行動は取ってないはずなのだが。


「……お前、意外と知り合いに女多いよな。しかも美人」


「うーん……、言われてみればそうかもね」


 といっても、他に知り合いがほとんどいないだけなのだが。僕自身、あまり社交性があるとは言い難い方だし、ディアナはこちらから声をかけたけどロゼに至っては勝手に絡んできてるだけだ。


 ディアナは友人という言葉がピッタリ当てはまるが、ロゼはどちらかというと腐れ縁に近い。ガウスは悪友と言った感じか。


「何でお前がモテる……! 俺なんて日々女性に声をかける日々なのに! チクショウ! 死んでしまえ!」


「前半も後半もただの八つ当たりだね」


 それに僕が好かれるとかあり得ないだろう。お世辞にも格好良いなんて言えない面構えをしているのはわかっているのだ。


 僕自身、あまり余裕のない生活を送っている。残り一年足らずの学院生活が終われば、また僕は兄さんやニーナと一緒に旅をする生活に逆戻りだ。


 僕はどちらも掛け替えのないものだと思っているが、やはり小さな頃から一緒に旅してきた兄さんたちの方が比重は大きい。


 そもそも僕は少しでも兄さんたちの役に立ちたいと思って魔法学院に入学したのだ。恋愛が悪いことだと言うつもりは毛頭ないが、僕にそれを行う余裕はない。


「僕は誰とも付き合うつもりはないよ。今回のことだって僕がお詫びに連れて行くだけ。それじゃ行ってくるね」


 僕は地団太を踏みながら殺意の視線を向けてくるガウスに手を振りながら、部屋を後にした。






「……浮いてるね」


「……当然」


「何ですか二人してその目はっ! まるでわたくしだけが間違っているみたいじゃありませんか!」


 食事処に向かう最中、僕とディアナはロゼの方をジト目で見つめた。


 それもそのはず。ロゼだけがドレスだったのだから。


 似合わないとは言わない。むしろひどく似合っている。扇情的になり過ぎない程度に背中が開いており、白磁の肌を惜しげもなくさらしているその姿は高貴な存在であることを全身で主張していた。


「いやぁ、やっぱり学生の身分なんだから制服で行くのがマナーでしょ」


 しかしだ。僕とディアナは学院の制服を着ているため、一人だけ張り切っちゃった感がどうしても否めない。いや、悪くはないんだよ?


「……エクセに同意。第一、ドレスを寮に持ち込む人などロゼくらい」


 僕とディアナはお互いの制服姿を見ながらうんうんとうなずく。僕たちの感覚は一般人として間違ってないはずだ。


「はぁ……。その余裕もいつまで続きますか、楽しみですわ」


 僕としてはロゼの自信がどこから沸いてくるのか疑問だ。


「……早く行こう」


 僕とロゼのやり取りが一向に進まないのに焦れたのか、ディアナが先に進み始める。


 そんな感じでようやくお店にたどり着く。やはり何度見ても圧倒される光景だ。


「……予約は?」


「してある。こういう場所って名字持ちの人しか入れないものだとばっかり思ってたよ」


 だから予約しに行った時はかなりビクビクものだった。


「まあ、場所に寄りますわね。中には誰かからの紹介でないと入れないとか、エクセの言った通り名字持ちの人しか入れない場所もありますわ。ここは違うようですけど」


 ロゼの言った内容が信じられなかった。僕と近い感性をしているディアナも信じられなさそうに目を見開いている。


「そんなに格式高いとこがあるなんて……。これだから上流階級は!」


「え!? 責められるのわたくしなんですの!?」


 当たり前だ。僕たち庶民はその下でどれほどの苦労を強いられているか。


「上流階級への妬みはさておいて……、すみません。予約したエクセルですけど」


 何だか自分の名前を全部言うのは久しぶりな気がする。いつもいつもエクセって呼ばれていたからだろうか。


 店の中から上品そうでいながらあまり自己主張のしない服に身を包んだ老給仕が出てくる。年輪という言葉を連想させるような柔らかな物腰だ。


「お待ちしておりました。あちらのお席にどうぞ」


 僕たちは老給仕の先導に従って奥の席に着く。僕とディアナはこういった場所には滅多に入らないため、辺りをキョロキョロしたい衝動に駆られているのを必死に我慢しながら、しかしバレない程度に辺りを見回す。


「……あなた方の考えることはお見通しですわ。大方、このような場所に来たことの興奮と物珍しさでしょう?」


 ロゼ、君は僕たちの心が読めるの?


「ま、まさか。ねえ、ディアナ?」


「……根も葉もないウソ」


「二人ともわたくしと目を合わせてそのセリフをもう一度言ってみなさい」


『ごめんなさい』


 同時に頭を下げる。見栄を張った僕たちが愚かだった。


「まったく……。まあ、こういう場所では楽しむのが本義ですから、特に気になさることはありませんわ。幸い、場所も人目につきにくい場所ですし」


 ロゼはため息をつきながらメニューに目を落とす。その仕草にすら気品を感じてしまい、次の瞬間に生まれた階級の差を感じる僕は心底庶民なんだと思った。


「……何が何なのかわからない」


「ディアナに同じ」


「待ちなさい! ディアナはともかく、下調べしたエクセが知らないのは納得いきませんわ!」


「調べたよ。メニューのメモだって取ってある。……名前を書いてあとは図書館とかで調べればわかると思ったんだけど……」


 さっぱりわからなかった。だいたい、こんな難しい名前のメニューを誰が覚えるっていうんだ。もっと普通の人にもわかる書き方をしてほしい。


「本当にエクセは肝心な部分で詰めが甘いですわね……。世話が焼けます」


「すみません……」


「反省してます?」


「これっぽっちも!」


 ロゼから恐ろしい目で見られた。だが後悔はしない。こんな場所に来ることなんてきっと二度とないだろうから。


「……早く食べよう」


「そうだね。ほら、ロゼ。早く決めてよ」


「決めてもらう側にいるとは思えない暴言ですわね! 水とサラダだけにしますわよ!」


「それだけは勘弁してください。僕だって美味しいもの食べたいです」


 普段の食生活が水とパンだけなのだ。良いものを食べたって罰は当たらないはずだ。


 訳がわからないなりにメニューを理解しようと必死に見ながら、その傍らでロゼの一挙手一投足を見逃さない。最悪の場合、彼女が頼んだものをそっくりそのまま頼むつもりだからだ。


「…………ロゼ。肉料理が食べたい、って言えば向こうが何とかしてくれるかな?」


 そんな中、ディアナがロゼにそのようなことを聞く。僕はそれをあり得ないことだろうと思って否定しようと口を開いた瞬間、


「良いところに気付きましたわね、ディアナ。その通りです。こういった場所に限らず、どんな店でも店の人に任せるのが一番良い選択なのですわ。たとえば、鮮度の良い食材や悪い食材など、自分の店の中は全て知り尽くしているのですから」


 あまりにも当たり前過ぎる言葉に僕は涙を流しそうになった。今まで自分のやっていたことがほとんど無意味であることに気付かされて。


「じゃあどうしてメニューなんて見るのさ! 必要ないよね!?」


「それでも多少は知っていた方が何かと便利でしょう。丸投げして良いわけではありませんわ」


 ロゼのぐうの音も出ない正論に僕は黙り込むしかない。どうせ僕は庶民ですよ。


「……その通りだね。ここではロゼの指示に従うようにするから、最高の楽しみ方を教えてくれない?」


「エクセも良い心がけですわ。そこまで言うなら、わたくしが一肌脱いで差し上げようじゃありませんか」


 僕とディアナが素直に負けを認め、ロゼに教えを請うとロゼは快く承諾してくれた。やはりこういった面倒見の良さが彼女の人気の秘訣なのだろう。


 ……どうして男にモテないんだろう。ロゼの魅力はたくさんあるのに。


「ご注文はいかがいたしましょう?」


 そんなことを考えていると、ちょうどウェイターの人がこちらにやってきた。今は食事に専念しようと思って、僕は今まで考えていたことを放棄した。






「美味しかった……」


「……同意」


「ええ。これならわたくしも今度から通おうかしら……」


 食後の紅茶を飲みながら僕たちは食事についての感想を言い合っていた。


 やはり素晴らしいの一言に尽きる。久しぶりに心の底から満足できる料理を食べたみたいな気すらしてしまう。


「特に魚料理がすごかったと思うな。ムニエルとか最高」


「あら、わたくしはスープが良かったですわ。多種多様な野菜をじっくり煮込まないとあの味は出せません」


「……肉が一番」


 三人三様の意見が出るが、特に言い争いになることもなくその場は収まり、みんなでお茶を飲みながら雑談を楽しむ。その時だった。


「失礼。エクセルという魔法学院生徒はあなたか?」


 いかつい鎧を着込んだ衛兵に声をかけられたのは。


「? そうですけど、何か?」


 何が何やらわからないが、それでも一つわかっていることがある。


 衛兵といえど、こういった場所にはさすがに正装をするはずだ。それが正装ではない。つまりこれは任務。




「――あなたに殺人事件の容疑が掛かっています。ご同行を」




 さらに言えば、僕が何らかの事件に疑われている、ということだ。でなければ鎧を着て来る理由がない。さすがに殺人容疑は驚いたが。


「な……っ! どういうことですか!」


「ロゼに同意。彼の無実は私たちが証明できる」


 ロゼとディアナがいきり立つが、僕は二人を手で制して大人しく両手を上げる。下手に騒いでしまうと、向こうに怪しまれてしまう。


「二人とも静かにして。まだ容疑段階だから大丈夫だよ。……それに僕は何も知らない。少しでも情報が欲しい」


 僕がそんなことをしていないのは僕自身が一番よくわかっている。だったら、あえて懐に入ってしまうのも一つの手だ。僕の無実は二人が証明してくれるようだし、多少の無茶もできる。


 小声で二人に理由を説明し、僕は衛兵たちに連れて行かれた。


 こうして、僕たちの夕食会はひどく物騒な終わり方をしたのである。

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