表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/153

一部 第十五話

「あのさ、二人とも」


 しばらく三人で武器を交えていたため、いったん休憩にした時、僕は話を切り出した。


 内容は今度の食事会だ。やはりロゼも同性がいた方が何かと安心するだろう。


「……なに?」


 ディアナは持ってきたタオルで汗を拭きながら僕の方を見る。ロゼも似たようなものだ。


「うん、二人とも僕が今度ご飯おごるよね?」


「……え? ロゼも?」


「ディアナもですの?」


 二人とも呆けたように僕を見てくる。何だろう。別段、おかしなことを言ったつもりはないのだけど。


「そうだけど……。それで、どこか行きたい場所はない? 可能な限り要望には応えるようにするよ」


「…………」


「…………」


 おかしい。間違ったことを言ってるつもりは毛頭ないのに、何だか取り返しのつかない失敗をした気がする。そしてその感覚は現在進行形で感じている。


「あ、あの……?」


 二人が黙ることの意味がわからず、僕は情けない声を上げてしまう。ロゼとディアナは無言で互いを見てうなずき合い、同時に視線を僕に戻す。


「……確認する。エクセの中で私たちの同席は確定事項?」


「え? あ、うん。男と二人っきりなんて状況だと誤解されそうだからね。それは二人に悪いと思ってさ。やっぱり同性がいた方が安心するものなんでしょ?」


 僕だっていつまでも女心を理解しないバカじゃない。こうやって人間は日々学習していくものなのだ。


「……性質が悪い。そう思わない? ロゼ」


「ええ、まったくですわ」


 何でだろう。僕がどうしようもなく仕方ない人間だと思われている気がする。事実、ロゼとディアナはお互いにため息をつき合っていた。


「えっと……。僕、何か間違った?」


 自分の取った行動に自信が持てなくなってきたため、僕は素直に聞いてみることにした。


「……どうする?」


「難しいですわね。一般論から言えばエクセの方が正しい気もしますし、ですが心は間違っていると言う……。まあ、とりあえず――」


 ロゼはディアナに向かって何やらブツブツとつぶやいた後、こちらに鞭を向けてきた。


「エクセにはわたくしたちの矛盾した心情を全て受け止めてもらいましょうか。体で」


「待って! 最後の一言はなに!? 僕、体を張ってロゼたちの愚痴でも聞かなきゃならないの!?」


 鞭は本当にやめてほしい。危ない趣味とかそういう次元通り越して。痛みでショック死しかねないから。


「…………ただの冗談ですわ。そこまで焦らなくてもよろしいでしょう」


「絶対本気だった! 半年間君と友達付き合いしてきた僕の勘が言ってる! 本気だったよね!?」


「……それより、三人でどこに行くかを話し合った方が建設的。エクセがこうなのは前々からわかっていたこと」


 僕の悲鳴交じりの言葉もディアナにサラリと流されて泣きたくなる。そしてさりげなくけなされてないだろうか?


「そうですわね。エクセ、初めに聞いておきますが予算はどのくらいで?」


「安ければ安いほど良いです。個人的には銅貨十枚も有れば腹いっぱい食べられる大衆食堂が――」


「銀貨一枚からだそうですわ」


「僕の意見なんて聞いてないじゃないか! 僕の財政考えてよ!」


 半ば覚悟はしていたが、こうして実際に言われると非常に辛いものがある。というか、最低でも銀貨三枚の出費か……。


 ……また、極貧生活かぁ……。


「……エクセは大丈夫なの?」


「大丈夫でしょう。いざとなればわたくしたちが助けることもできますし、当人だってそこまで苦にはしていませんわ」


「苦だよ! すっごい苦だよ! ご飯が満足に食べられない苦しみってわかる!? わからないでしょ!」


 食欲は人間の三大欲求であって、これが満たされないということは相当の苦痛なのだ。それに僕だって好き好んで貧乏生活を送っているわけじゃないぞ。


「……楽しみにしてる」


「ええ。あなたの腕の見せ所ですわね」


「……わかったよ」


 とはいえ、元は自分で言い出したこと。ここまで出費が膨らむのはさすがに予想外だったが、最悪の場合はもう一度ロゼを頼らせてもらおう。


 ……こういう行動がドツボに嵌っているのは何となくわかるけど、今さらどうにもできないジレンマ。


「……今日はそろそろ戻ろう。明日も早い」


 僕がご飯をおごるという話がまとまったところでディアナが立ち上がり、武器を片づけ始める。時間を確認しようと月を眺めるが、確かに結構沈み始めていた。


「そうだね。……決まったら連絡するよ」


「わたくしたちが行っても見劣りしないような場所ですわよ。わかりましたか?」


「……善処します」


 どうして僕の所持金はすぐに消える運命にあるのだろう?






「というわけでガウス様、助けてください」


 翌日。さっそくガウスに頭を下げて良いお店を教えてもらおうとした。だが、答えは非常につれない物だった。


「すまん。俺もさすがにそんな高級レストランは知らないわ。いつもお前と行ってる食堂みたいな場所なら裏路地の方まで知ってんだけど……。悪いな」


 僕と同じ学院生の言葉だけあって説得力があった。確かにガウスや僕ぐらいの年齢で、そんな高級レストランに行くことなんてまずあり得ない。


「……いや、気にしないで。半分以上ダメもとだったから」


「あ、ちょっと待てよ! それでも有力な情報ぐらいならあるぞ!」


 失意のまま立ち上がろうとした僕をガウスが引き止める。


「なに? この際お金儲けができる情報でもいいよ」


 もはやなりふり構ってられない。多少ヤバい橋だろうと渡る所存だ。


「そっちじゃないけど、この間できた店は結構良い雰囲気らしいぞ。様子見がてら行って来たらどうだ? できて間もないから、ロゼたちも興味示すと思うし」


「なるほど……。名案だね」


 そして値段も安ければ理想的だ。確認する価値はある。


「ただ、値段の方まではわからなかった。そっちはお前が見てきてくれ」


「うん。ありがとう。おかげで助かったよ」


 僕は早速下見に行くべく、立ち上がった。






「見通しが甘かったとしか言いようがない」


 件のお店に到着直後、僕がつぶやいた第一声がこれだ。


(何なのさこの一見様お断りな雰囲気は……。開店直後のお店が出して良い雰囲気じゃないよね?)


 明らかに老舗の気配だ。僕みたいな学生では逆立ちしても入れそうにない。


「……別のお店を探そう」


 僕の勘が言っている。このお店はヤバい、と。何がヤバいって食事にかかる費用的に。


「あら、エクセじゃありませんの。何してらっしゃるのです?」


 さっさと踵を返して去ろうとしたところをロゼに見つかってしまう。最低最悪のタイミングで声をかけられたことに僕は冷や汗を流しながら、何とかしてこの場を逃げようとする。


「い、いやぁ……ちょっと料理屋の下見を……」


「それは殊勝な心がけですわ。わたくし、つい最近できたここで食事がしたかったんですの」


 しまった。ウソをつかないでごまかそうとしたのが裏目に出たようだ。


「あ、えと……。ほら、あれだよ。他にも美味しい場所はたくさんあるからそっちを――」


「ここがいいですわ。安心なさい。先ほど値段を見たら、あなたでも何とかなりそうな額でしたわ」


 そう言ってロゼは手に持っていた紙を僕に見せてくれた。


 それを覗き込むと、確かに料理のメニューに書かれている値段自体は僕でもギリギリ払えるほどだった。あくまでギリギリ。僕が今後の極貧生活を送ることは変わらない。


「ホントだ……。見た目に反して意外に安いんだね。……あれ、でも何でそんなものをロゼが持っているの?」


「先ほどまでこの辺りで配ってましてよ。やはり最近できたから宣伝は必要なのでしょう。見た目に反した良心的な値段設定でお客様に上流階級の気分を味合わせる方針かしら?」


 あいにくとそこまで高度な経営戦略はわからないが、とにかく値段は僕でも何とかなるぐらいだということがわかっていれば充分だ。


「それじゃあ、ディアナにも確認を取って良い返事がもらえたら誘わせてもらうよ」


「楽しみにしてますわ。……ちなみに、こういった場所に来る際は正装をするって知ってました?」


 ……ナニソレ?


「……ぼ、ぼ、ぼきゅが知らないとでも?」


「噛んでますわよ。素直に仰いなさい。別に怒るわけではありませんから」


「ごめんなさい初耳です。田舎の小さな村の生まれで、旅に出てからはずっと根なし草な生活送ってきました」


 ロゼの慈愛に満ち満ちた視線の意味が気になったが、ここで見栄を張ってもどうせすぐにバレるのがわかっているため、正直に白状してしまう。


「そうでしょう。わたくしもあなたがテーブルマナーまでできるとは思ってません。まあ、最悪の場合はわたくしたちが食べるのを見ていればいいですから」


「悪魔だ! この人血も涙もないよ!」


 お金払うのは誰だと思ってるんだ。それに僕だってどうせお金を払うなら美味しいものが食べたい。


「冗談ですわ。わたくしの見よう見まねで何とかなるでしょうから、あなたは早くディアナに連絡をつけなさい」


 ロゼは僕に言いたい放題言ってさっさと行ってしまった。その背中に石をぶつけてやりたい衝動に駆られたが、グッと堪える。ここで衝動に流されたら僕の人生終わるぞ。


「……はぁ。忙しくなりそうだよ」


 過去に戻れるなら喜んで戻ろう。もっとも、基本その場その場で後悔しない道を選んでるから同じ結果になるだろうけど。


 僕は頭をかきながらディアナを探して歩き始めた。






「あ、いたいた」


 探し始めて三十分ほど。ようやくディアナを外の教練場で発見する。相変わらず埃っぽい場所で呼吸にも気を配らないと咳き込みそうな場所だ。


 ディアナは自主練をしていたのか、息を切らして汗を流しながらその場に突っ立っていた。


「……エクセ。何か用?」


「うん。良い場所が見つかったからそこで夕食をどうかな、って思ってさ」


「……この前の話?」


「そうだけど?」


 どこかを曲解したのか、ディアナの顔がほんのり赤い。しかし、僕が質問に答えると今度は落胆した表情を作った。女ってわからない。


「……わかった。明々後日なら空いてる」


「了解。ロゼの方には僕から伝えておくよ。用件はこれだけ。それじゃ――」


 伝えるべきことも終わったから部屋に戻ろうとしたのだが、ローブの裾を掴まれて動けない。


「……えっと、なに?」


「………………これから組み手を行う」


「はぁ!? 何でそんな急に――うわっ!?」


 言葉を最後まで言い終わらないうちにディアナが鞘に収められた剣を振り下ろしてくる。慌てて避けながら、大きく後ろに下がる。


「一体なんなのさ!? 訳がわからないよ!」


「うるさい……っ!」


 なぜだか知らないけど、ひどく怒っている様子だ。こういう時は思いっ切り動かしてやって発散させるのが一番……だとか何とか聞いたことがある……ような気がする。


「やれやれ……。最近、心休まる暇がほとんどないよ……」


 ため息をつきながら、僕は果てしなく怪しい知識を根拠にして腰の守り刀を取り出し、ディアナに向かって突撃を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ