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番外編でもあり、後日談でもあるそんなお話

「お金がないわ」


「うん、知ってる」


 旅に出て二ヶ月ほど。当てもなくぶらぶらしていたらニーナからそんなことを告げられた。


「荒事関係の仕事を受けようとしてもエクセの細っこい体型では信用が得られない。盲点だったわ……」


「……あのね、僕だって好きでこんな体型してるわけじゃないんだけど」


 むしろなかなか肉の付きにくい体質を恨んだことだってある。筋肉も思うようにつかなくて師匠にボロクソ言われたんだぞ。


 それはさておき、荒事関係の仕事になかなかありつけないというのは本当のことでもある。人間見た目だけじゃないと言っても、見た目が大きな割合を占めるのは事実だ。


 なので荒事関係の仕事ができる人間は顔に傷跡があり、筋骨隆々な男と相場が決まってしまう。下手に荒事を起こさせないため、周囲に威圧感を振り撒ける容姿であることも条件に含まれるからだ。


「ああ、責めてるわけじゃないのよ。むしろあんたはそのままでいなさい。いきなり筋骨隆々になられたら対応に困るわ」


「うん、まあそんなことは絶対あり得ないだろうからいいけど、問題はこれからどうするか、でしょ」


 荒事関係はこの際諦めるしかない。兄さんは独特の雰囲気を持っていて、この人なら何とかなりそうと周りに思わせることができたからこそ、荒事でも受けられたのだと思おう。僕にはないものだ。


 ……チクショウ、うらやましいな。


「そうね。考えた手としてはあんたに薬を作って売る、という方法があるわ。悪く無いと思うけど」


 内心で滂沱の涙を流している僕に対し、ニーナは自分の提案を言ってくる。


 ハッキリ言って悪くない案だ。だが、地方によって採れる薬草は違ってくるし、それによってできる薬も相手の望んだものであるかどうかはわからない。というか毒ができる可能性だってある。


「僕、基本的にニーナの使う毒しか作らないんだけど……。世間的には薬師じゃなくて妖術師の類に入るんだろうな……」


 人の体を治す薬を作る人は薬師。人の害になる薬を作る人は妖術師と呼ばれる。もっぱらニーナの使う毒ばかり作る僕はどう考えても妖術師の部類だ。


 ……ちなみに妖術師は発見されたら即刻殺される。魔導士でもある以上、詠唱の時間を与えたら危険と判断されているのだろう。


「でも普通の薬だって作れるでしょう? それを売っていけばいいのよ! というかあんたが酒場で用心棒するよりよほど実入りもいいはずだわ!」


 力説するニーナ。顔近い、近いよ。そこまで必死になるほどのことか。


「はぁ……。まあ、努力はするよ。でもその前に、まずは今日の宿を探さないと」


「それもそうね。カルティア、見えた?」


「はい。歩いて二時間ほどの距離に大きな街が見えます。何やら喧騒もあるようですが」


 喧騒、という言葉に僕とニーナは顔を見合わせて首を傾げる。何かあるのだろうか?


「戦争とかか? だとしたら迂回したいんだけど……」


 傭兵として紛れ込めば荒稼ぎできるチャンスでもあるのだが、有名人となってしまった今ではあまり力をひけらかしたくない。それに人の命を食いものにするのは何となく気分が悪いし。


「いえ、それでしたら風船や祝砲は放たれないはずです。何らかの催し物かと」


「それなら問題ないか……。催し物をしている最中の街を訪れるなんて滅多にないし」


「これでお金さえあれば完璧なのにね……」


 ニーナ、嫌な現実を思い出させないでほしい。


「それに関しては後で考えよう。とにかく今は街にたどり着くのが先決」


 お金を稼ぐにせよ、祭りを楽しむにせよ、街に到着しなければどちらもできない。


 ニーナとカルティア、そして僕たちは足を速めて街の中へと入っていった。






「闘技大会ねえ……」


 僕たちは手渡された紙を見ながら、ぼんやりと街を歩いていた。


「もう異体に怯えることもないのに……、モンスターも以前よりずっと落ち着いているし」


「まあ、娯楽なんだろうね……。昔には奴隷と奴隷を戦わせ合うなんて制度も存在したらしいから」


 闘争を間近で見る際の興奮。あれが快楽と受け取られているのだろう。実際に闘争する側としては寿命が縮む思いなのだが。


「で、どうする? お祭りの最中はほとんど仕事もないだろうし、何よりこの闘技大会、お金がもらえるらしいわよ」


「うーん……」


 手持ちの路銀が少ないから参加したいのは山々なのだが、どうも嫌な予感がする。これに出たら死ぬぞ、ともう一人の自分が言っている感じだ。


「……このままですと宿に泊まることもできませんね」


「出場しよう。背に腹は代えられない」


 カルティアのぼそっとつぶやいた一言によって僕の心は決まった。




 ……そして僕の受難も確定した。






 僕も二年半の間、月断流の修行を積み今に至るまで研鑽を続けてきたのだ。並大抵の相手なら勝てる自信がある。


 なので、僕がエクセルであることをバレない程度に手を抜いて、なおかつ優勝を掻っ攫って賞金をいただこう、などという邪な感情を持っていたのだが……。


「何だエクセル。奇遇だな」


「師匠!?」


 いきなりそれが不可能なことであると思い知らされた。


 濡れ羽色の髪を背中まで垂らし、切れ長の瞳はこちらを流し目のように見つめている。


 これが普通の男性なら美女に見つめられていることから諸手を上げて喜ぶべきなのだろうが、あいにくこの人の本性を知っている僕は驚愕と動揺に身を震わせることしかできない。


「えっと……どうしてこちらに? ハルナ師匠」


 大会の控え室にいるのだからどうしても何もないのだが、完全に思考停止状態に陥っている僕ではこれしか聞けなかった。


「闘技大会と聞いたのでな。腕試しでもしようと思っただけだ。私もあの戦いで自分の未熟を痛感したからな……」


「ウソですよね!? あの中で無傷だったの師匠だけじゃないですか!」


 僕はタケルとの激戦でかなりの重傷を負っていたし、異片を食い止める側だって傷付いた人間は数知れない。


 なのに一番の激戦地にたった一人で身を置いていた師匠だけは無傷だったのだ。未熟どころか世界で最も強い人間と言っても過言ではないだろう。


「だが、力が足りなかったのも事実だ。でなければお前に全てを任せたりはしない」


「いや、それはもう仕方ないとしか言いようが……」


 言い方は悪いが、僕が選ばれたのだ。異体を倒すための希望として。だからこそ無限とも言える魔力を持っているのだ。


「仕方ないなどという言葉は認めない。私の辞書に不可能の文字はない」


「そりゃないでしょうよ……」


 というか僕だって魔法を全力で使っても師匠に勝てる確率は一割を切るだろう。むしろ百回やって一回勝てれば奇跡といったレベル。


「ということで武者修業の旅に出ようと思ってな。今回はその一環であり、お前と会ったのはまったくの偶然だ」


「……本当ですか?」


「本当だ。決してタケルをどうやって倒したのか根掘り葉掘り聞いてあわよくば戦おうなどとは微塵も思ってないぞ」


「あ、僕急用を思い出しましたので棄権しますね」


 ヤバい。今のこの人はヤバい。僕の理性と本能どちらもがそう叫んでいる。


 なので、僕は素直にそれに従って棄権しようとしたところ、師匠に首根っこを掴まれて止められてしまう。


「まあ待て。というか控え室でいきなり棄権などできるわけないだろう。諦めろ」


「……そうですね……」


 僕、生きて朝日を拝めるだろうか……。






 大会の途中過程は省かせてもらおう。特にこれといって強い人はいなかった。


 ちなみにルールはティアマトの闘技大会よりもシンプルで、『殺さなければ何しても問題なし』というものだ。 


 つまり、相手が息をして心臓が動いてさえいれば両手両足吹き飛んだダルマ状態でも構わないというわけだ。その代わり、殺してしまったら即失格だが。


 そして僕は順調に勝ち進んでいった。特に抜刀することもなく、簡単な強化を施した肉体による体術だけで決勝戦まで進めた。


 当然、決勝戦の相手はハルナ師匠。一応まともに戦ってきた僕と違い、全ての相手を延髄への一撃で沈めてきた正真正銘の化物だ。おそらく、彼女が潜在的に持っていない魔力以外全ての能力で僕を遥かに上回る。


 ……一応、三位から賞金はもらえるからここで棄権しようかな。優勝賞金の方が大金だけど、命には代えられないし。


『さあ、とうとうやってきた決勝戦!』


 審判兼司会進行の人が大声を張り上げる。あまり場が盛り上がらないうちにサッサと逃げよう。


「あ、すみません僕棄権します――」


「早く始めないか。お前から死にたいか?」


 僕の言葉は師匠の剣呑極まりない声によって遮られた。というかその言葉、丸っきり悪人ですよね。


『それでは――試合開始!』


「しかも脅しに屈した! 審判せめてこっちの言い分も聞いて――うわぁっ!?」


 話の途中で師匠が接近を始めたため、慌てて夜叉を使って距離を取る。


「ほらほらどうした。この程度、私たちの間では序の口だろう」


「……本気なんですか?」


 試合場の端まで追い詰められながら、僕は腰を落としてゆっくりと腰に差した波切へと右手を向かわせる。


「本気も本気だ。お前と全力でやり合えるならこの街を潰したって構わないぞ」


 師匠の言葉に思わず絶句してしまう。そして思わず口をついてとある言葉が出てしまう。


「……戦闘狂」


「その通りだ。私は自分が高みに至るためなら実の子だろうと殺す女だぞ?」


 ダメだ。前々からわかっていたことだが、この人とは根本的に相容れない。身内には優しいし、弱者に対する思いやりも持ち合わせてはいるが、判断基準は全て力だ。


 異片の戦いに身を投じたのも強いものと戦えるかもしれないから。僕を鍛えたのも僕が強くなるかもしれなかったから。


「……わかりました。その代わり、殺しはなしでお願いします」


「お前が私に全力を出させたのなら、無理かもしれないがな」


「それで結構です。……はぁっ!!」


 左手を地面に叩きつけ、クリスタルで作られたドームを試合上に張る。簡単な結界だ。


「かなり分厚く作りましたから、よほどのことがない限り大丈夫なはずです。ここでなら思う存分剣を振るえる……」


「それは重畳。私も気兼ねなく全力を出せるというものだ!」


 そういった瞬間、師匠の身体が霞んで見えなくなる。


「――っ!」


 見えなくなった瞬間、脳がヤバいと警報を鳴らし、身体がそれに反応して胸の前で両手を交差させ、クリスタルの盾を作り出す。


 直後、クリスタル越しにとんでもない衝撃と骨まで響く痛みが走り、僕の身体が地面から離れた。


(斬撃……じゃない。単純に殴られただけだ。もうここからは甘い考えを捨てよう。これは命と命のやり取りだ……!)


 まだどこかに残っていた師匠への甘えを全て捨て、目の前にいるのは一人の倒すべき敵と認識する。この人は、僕が一瞬でも油断したら即座に命を刈り取る存在だ。


 空中で体勢を立て直し、右手を波切に持って行き抜刀する。




 ――陸刀・閃光。




 光速に近い速度の衝撃波が斬撃の軌跡をなぞって作り出され、師匠の身体を両断すべく迫る。


「ほぅ、陸刀を会得したか!」


 師匠は実に楽しそうな笑顔でそれを紙一重に避ける。ほんの少しでもブレたら身体が吹き飛ぶ威力なのに、まるで恐怖を感じた様子もない。


「まだまだぁっ!!」


 抜刀の勢いを緩めずに身体をねじり、左手にクリスタルの刀を持つ。




 ――伍刀・無限刃。




 多用しているうちに一番得意な技となってしまった伍刀。今の僕であれば抜刀からの余力で身体を捻れば発動可能だ。


 クリスタルの刃が無数に増え、師匠に殺到する。さすがにこれには師匠も避け切れないと判断したのか、師匠の手が刀へと向かった。


 次元断層が来る。そう頭が理解した時にはすでに僕の頭上には魔力の塊が出来上がっていた。


「ふっ!」


 師匠が抜刀すると同時に無限の刃は一瞬で吹き散らされる。そして夜叉を使用している僕の目でも霞むようにしか見えない速度で刀が納刀されていく。


 しかし、それは僕の意図したことだった。


「食らえ!!」


 その隙を狙った僕の最速攻撃魔法《風神の吐息(シルフィブラスト)》が空間全てを斬り裂いて師匠を呑み込もうとする。


 ここまでは不気味なほど上手くいった。だが、この程度だとは到底思えない。タケルでもこのレベルの窮地なら乗り越えられるはずだ。


 ゆえに――




「ふむ、大した成長ぶりだ」




 師匠が腕の一振りでそれをかき消した時も、あまり驚愕は大きくなかった。


「私との鍛錬時には魔法の使用を強化以外に禁じていたからわからなかったが……、お前程度の剣術でも魔法と絡むと大層厄介な代物になる。勉強になった」


 僕の剣術は大したことないと言われているが、反論はしなかった。ずっと剣術に全てを注いでいる師匠や兄さん、タケルに比べれば僕の剣術など手慰みのようなものだ。


「次元断層……素手でできるんですか」


「できるようになったのはつい最近だ。より具体的に言えば、異片との戦いで私も成長したのでな。月断流を使える存在にあれほど囲まれたのは初めての体験だった」


 ……つまり、師匠は次元断層の弱点である連続使用ができないという点を補っている。次元断層突破ができる技でないと師匠に手傷を与えることはできない。


 そして次元断層突破可能な剣技である鉢刀と仇刀を僕は会得していない。これは非常にマズイ状態だ。


 ……というかタケルと戦った時以上にヤバい気がしてきた。異体を消滅させるほどの力はないが、人間一人を斬滅するには十二分な力量をこの人は持っているのだから。


「…………」


 対抗する手段は僕だけが使える什刀・大和のみ。空間も次元も因果でさえ問答無用に斬り裂く無限加速斬撃ならば、直撃させれば師匠を倒せるだろう。


 ただし、その場合は確実に師匠の命を奪う結果になる。あれに手加減の入る余地などない。


 だからと言って《終焉(カタストロフィー)》も使えない。クリスタルで辺りを覆っているが、それでも被害は出てしまうだろうし、何より溜めが長すぎる。師匠相手では首を差し出すようなものだ。


「なんだ、戦意喪失か? それではつまらないからもっと楽しませてくれよ?」


「……いえ、わかっていることですけど、もう一度聞きます。……本当に殺しても構わないんですね」


「愚問だな。そもそもお前に私を殺せるほどの力量があるのか疑問だが」


 僕自身師匠を殺せるとは思っていない。だが、什刀の使用を考えるとその可能性も出てきてしまうというだけだ。


「……試せばわかります。その代償は命ですが」


 刀の方に魔力を集中させ、什刀の準備に入る。魔力の流れを感知できない師匠はそれを察知できない。


「言ったな、愛弟子。……さあ、第二ラウンドといこうか」


 言うがいなや、師匠の姿が消える。


 後ろに回られたことを九割以上直感で感じ取り、あっという間に什刀の弱点を見切られてしまったことに戦慄しながら前に転がる。


 僕が転がった場所を師匠の刀が通り、靴の底を浅く斬り裂いていく。コンマ一秒でも判断が遅れていたら足が吹き飛んでいた。


「この……っ!」


 前転から起き上がる時に両手からクリスタルの短剣をそれぞれ一本ずつ投げるが、首をひょいと動かすだけで避けられてしまう。まあ、これは予想通りだから別にいい。


 起き上がった際の前にかかった体重を逃さず、そのまま前に飛んでクリスタルの防壁に足を付ける。


「っらぁっ!!」




 ――七刀・鳴動。




 空間の歪みが次々と生み出され、師匠に向かう。


 だが、当然のように師匠は腕を振るってそれをあっさりかき消す。次元断層が素手で使える時点であの人の防御は鉄壁だ。


 ……手傷を与えるには次元断層突破技を使うか、師匠が感知できない攻撃をするしかない。


 当然、後者は不可能。僕が不審な挙動をした時点で師匠には読み切られてしまうだろう。戦闘経験の差でもこの人に勝てないのだから。


 結局、什刀しか決め手がないのだが……あれだって攻撃範囲は前方から放射状に広がるだけで、真後ろに回り込まれた存在に対して効果を発揮するほど万能な代物ではない。


「ええい……っ! 終わりだぁ!!」


 いくら攻撃しても次元断層でかき消され、おまけに向こうはこちらを殺す気で攻撃してくる。


 もう――使うしかない。


 クリスタルの防壁まで距離を取り、そこに背中をつけて刀に手をかける。そして、鞘の中で魔力を充満させた。




 ――什刀・大和。




 七刀・鳴動と伍刀・無限刃を同時に発動させ、さらにそれを魔法によって無限加速。そうすることでようやく発動が可能となる僕の最強魔法剣技。


「……っ!」


 まずは次元を断ち、逃げ道を塞ぐ。その上で無限の刃が因果すらも斬り裂いて師匠の身体を両断する――はずだった。というか実際両断した。


 なのに、手応えが感じられない。


 そのことから導かれる答えは一つだけで、僕は同時に極限クラスまで焦っていた。


「残像……っ!」




「その通りだ!」




 頭上から師匠の得意そうな声が響き、そちらに視線を向ける。


「次元の狭間に閉じ込めてから避けようのない無限加速した斬撃を飛ばすのか……。なるほど、これは確かに次元断層もいかなる避け方も不可能なわけだ。認めよう。あの攻撃、私でも受けていたら死んでいた」


 クリスタルの壁に指を引っ掛け、軽々と自重を支えながら師匠が歌うように話す。


「……よく言います。とっさに残像だけその場に残すなんて芸当、誰にもできやしませんよ」


 あの技を発動させた時、兄さんもタケルも例外なく打ち倒してきた。しかし、目の前の師匠は平気そうにピンピンしている。


「正直なところタケルたちをどのような手段で倒したのか気になっていたのだが……なるほど、これならこの世のどんな生物も倒せるだろうさ。――私を除いてな」


 すごい自信だ、と笑うことはできなかった。この人は本当にそれだけの実力を持っていることは確かなのだから。


「だが、正直言って驚いた。お前はそこまで強くなっていたのだな」


「ありがとうございます」


 警戒を緩めずに刀に手を添え、もう一度什刀の準備に入る僕。次は外さない。鏡写しも併用して全方位に攻撃を放つ。


「お前とて馬鹿ではない。先程の技の弱点を考え、補える方法を思いついて放とうとしているのだろう? ――なら、私は私の最強攻撃で迎え撃つまでだ」


 師匠も地面に着地し、抜刀術の姿勢を取る。


 ……よく考えたら、師匠は様々な姿勢から抜刀術を使うが、ちゃんとした姿勢を取ってからの抜刀術は初めて見るかもしれない。


 当然のことだが、ちゃんと勢いをつけて前傾姿勢から放つ抜刀の方が速度も威力も高い。月断流剣技において最も求められるのは速度であるために、月断流は抜刀術が主になった。


「まあ、お前だけ見せて私が何も言わないのは不公平だと思うから、説明してやろう。なに、恐ろしく簡単な技だ。――剣技・空断(そらだち)。私のオリジナル抜刀術だ」


 本来は月断と名付けたかったのだが、そう呼べるほど完成度は高くない代物だ、と続ける師匠。


 ……しかし、それでも僕にとっては相当な脅威となりうるのは想像に難くない。


「内容は簡単。どこまでも素早く、私の本気で抜刀を繰り出すだけだ。やっていること自体はただの抜刀術と何ら変わりはない」


 師匠の全身から殺気が噴出され、僕の身体に容赦なく重圧をかける。まるで首を死神に掴まれているみたいな心地だ。


「僕も本気で行きます。天技・鏡写しを利用して全方位に什刀を放つ」


 すでに六人の僕が師匠を取り囲んでおり、いつでも抜刀できる姿勢を保っている。


「上等だ。それでこそ私の認めた敵」


 師匠は少しだけ笑い、次の瞬間には姿を消していた。




 ――剣技・空断。




 ――什刀・大和。




 僕と師匠。お互いが絶対であると信じている最強攻撃同士がぶつかり合う。


 そこで僕の記憶は途切れ、最後に感じたのは胸部に走った一筋の熱と、自分の手に伝わった確かな肉を断つ手応えだった。






「……ん」


 僕という意識が浮上し、まぶたを開いてゆっくりと光を取り入れていく。


「えっと……」


 目覚めたばかりで記憶が混濁しており、どうして薬品の匂いがする部屋で眠っていたのか思い出せない。


「エクセ! 目が覚めたの!? もう二日も寝てたのよ!」


 自分の置かれた状況に少し困惑していると、聞き慣れた声が耳に届いた。


「ニーナ、僕はどうして……あ」


 こんなところで寝ているのか、と聞こうとしたところで意識が覚醒して僕が寝込んでしまった原因をハッキリと思い出す。


「そうだ! 師匠……は……」


 上半身を起こす際、恐ろしい激痛が胸に走ってうずくまってしまう。そういえば……胸を切り裂かれたような気がするようなしないような……。


「まだ傷が塞がってないんだから静かに寝てなさい! ったく、クリスタルの壁を突き破って二人が出てきたことにも驚いたし、その二人が生死の境をさまよってることがわかった時は心臓止まるかと思ったわよ」


 ニーナが僕を優しくベッドに戻し、あっけらかんと言ってみせるが、その目は赤かった。かなりの心配をかけてしまったようだ。


「……ごめん。それで、師匠は大丈夫なの?」




「ああ、私ならこの通りピンピンしているぞ」




 僕の質問に対しての返答は隣のベッドから聞こえた。


 首だけを動かして隣を見ると、そこには全身を包帯でグルグル巻きの女性が横になっていた。もしかしなくても、あれが師匠……?


「エクセの予想通りよ。エクセの怪我は胸に入った刀傷だけだったけど、ハルナ様は本当に重傷だったのよ? 全身が刀傷まみれで……、生きてるのが不思議なくらいの傷だったわ」


「うむ、死の淵が見えたぞ」


「エクセより重傷だったのに、エクセより早く目が覚めたのはどうしてなんですか……」


 ニーナはげんなりしながら師匠の方も世話を焼いていた。うん、なんというかお疲れ様。


「えっと……結果はどうなったの?」


 師匠が無事なことに安堵してから、僕は一番気になっていたことを聞いてみる。


「引き分け。おまけにエクセのクリスタルのおかげで中の様子がまったくわからなかったからね。文句の嵐よ」


 悪いことをしたかもしれないと思ったが、ああでもしなければ観客が少なからず巻き添えを食らっていた可能性が高かった。


「傷が治ったら主催者側に一応の謝罪はしておくよ。それで、賞金は?」


 師匠と戦う羽目になり引き分けてしまったのは想定外だが、それでも賞金はもらえるはずだ。




「え? 入院費に消えてなくなったけど?」




「……本当?」


「うん。嘘ついても仕方ないし。そもそも、病院に運ばれた時の二人の傷は本当にひどかったんだからね! 造血作用のある薬とか大量に使ってようやく助かったのよ!」


「うぐ……」


 返す言葉もなかった。師匠も同じことを言われたらしく、隣で笑いを堪えていた。


「はぁ……散々な大会だった……」


 師匠とは本気で戦う羽目になるし、恐ろしく疲れた。不幸中の幸いは情報が漏れてないからこそ、僕の正体がバレていないことくらいか。


「ま、今はおとなしく休んで傷を治しなさい。回復力もずっと強化してあるのに、なかなか治らない傷なんだから」


「はい……」


 ニーナに言われた通り身体を休めながら、僕は師匠から受けた一撃について思考を巡らせていた。


(あれは……一太刀だけとはいえ、僕の大和の領域を越えてきた。おそらく、今までの剣技と同じで理屈は考えるだけ無駄だろうから、見るべき点だけ見ると……)


 次元断層を突破でき、なおかつ次元断層も空間も斬って逃げ道を塞ぐ大和すら斬り裂く能力を持っている技、ということになる。おまけに射程も結構あった。


(うわ、シャレにならない……)


 対人戦用として考えれば、大和を凌ぐ性能を持っていることになる。


 改めて師事した人間の壁の高さを感じ取り、僕はため息を吐きながらその思考を放棄して傷を治すことに専念し始めた。






「それでは、私は先に出発させてもらうぞ」


 僕が入院生活を送り始めて三日ほど。師匠は相変わらず包帯だらけの姿のまま、剣を持って部屋を出ようとしていた。


「エクセより重傷なのにどうして動けるんですか……」


 ニーナは師匠が平気な顔で動いているという現実が認めきれず頭を抱えていた。


「ニーナ、師匠に関してはそういう生き物だからで考えた方がいいよ。大体、回復魔法まで併用している僕より治りが早いってどういうことさ……」


「人間、鍛えればなんでもできる」


 それができるのはあんただけだよ、とは僕とニーナの心の声。


「私も今回の戦いで見直すべき点などが見つかったのでな。少し鍛え直したい。ああ、最後にエクセ」


「何ですか?」




 ――私の目標はお前だ。




「…………はぁ?」


 何を言っているのかまったくわからず、間の抜けた声を出してしまう。


「魔法を使ったお前の実力は私を越えている。事実、傷の深さは私の方が大きかったからな……。だから言わせてもらおう。私はお前を越えるために強くなると」


 いやいやいや、ほとんどの能力で師匠の方が上でしょう。これ以上どう強くなるつもりですか。


「それではな。今度は挑戦者としてお前に会いに行こう」


 あまりの内容に呆然としてしまい、何も言えないまま師匠は旅立ってしまった。


 残された僕とニーナはお互いアホみたいに開けた口を見せ合い、やがてニーナはこう言った。


「その……なんていうか……ご愁傷さま」


「……本当だよ」


 ニーナの言葉にただそれだけ答え、僕は天井を仰いだ。




 ……僕、もしかしてこの世で一番敵に回しちゃいけない人に目をつけられた?




 その懸念は僕が旅している間に何度も的中し、その度に死にそうな思いをすることになるのだが、それはまた別の話だろう。

遅くなってすみません、アンサズです。


これも難産だった……。おまけに本編を書き終えたためか、何もやる気が起きない日々がしばらく続いてしまい、三週間近く間を空けることになってしまいました。申し訳ありません。


そして書いていて思ったのですが、やはりこう言った番外編は短編の形を取らせていただこうと思います。本編が完結してしまうと、自分の頭の中で彼らの物語が終わってしまい、どうも手が動かなくなってしまうので……。




最後に次回作のアガレスト戦記の二次創作の話なのですが……難しすぎる! プロローグだけでまさかの一万五千文字! しかも本当に最序盤のチュートリアルの場面のみで!


さらにどの場面で何を言っていたのか、なども見直さないといけないので、本当にキツイです。こんな調子で最終世代までいけるのか……。






まあ、一度言った以上完結させるつもりですけど。





ということで、二次創作の方はもう少し待ってください。必ず投稿はいたしますので。

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