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エピローグ

「…………暇だ」


 僕は真っ白い天井を眺め、誰にでもなくつぶやいた。


「ん、リンゴでも食べる?」


 ベッドのそばの椅子に腰掛けているニーナがリンゴ片手にそんなことを聞いてくる。


「いや、お腹はあまり空いてないからいいよ」


 好意は嬉しいが、何かを食っても暇が潰れるわけでもない。謹んで遠慮させてもらおう。


「そう? ……それにしてもすごいどんちゃん騒ぎね。ここまで聞こえるわ」


 ニーナは椅子に深く腰掛け、そっとため息をつく。


 ……僕だって異体討伐のお祭り騒ぎに参加したいよ。


 心の汗を流しながら、僕はこの状態に収まるまでの経緯を思い返してみる。






 実のところ、《終焉(カタストロフィー)》で異体を破壊した後のことを僕はまるで考えていなかった。


 だからほとんど出たとこ勝負で、僕は魔法が発動すると同時に真後ろへ飛んでいた。


 来た道を戻るなどというお行儀の良いものではなく、とにかく《終焉(カタストロフィー)》の余波に巻き込まれないために壁をもぶち抜いて逃げたのだ。


 ……まあ、人間の限界を突破した魔力放出を行ったため、体のあちこちにガタが来ていることもあって途中で呑み込まれてしまったのだが。


 もうそこからは半分以上あやふやとなっている。


 とにかく消し飛ばされないようにクリスタルで自分を覆い、あとはもみくちゃにされるがままだった。


 それでもギリギリ光の階段の場所までやって来れたのは奇跡と言ってもいいだろう。


 しかし、僕の不運はそこで終わらなかった。


 なんと、僕が着地した瞬間に光の階段が消え失せたのだ。


 もともと魔力吸収と魔力解放を組み合わせ、平和的な目的に利用したもの。おまけに魔力吸収の出力も落としていたので光の階段を維持する魔力が尽きてしまったのだ。よりにもよって僕が着地した瞬間。


 いつもの僕であれば天技・空駆を使うなりしてどうとでもなるのだが……、今までで最大出力の《終焉(カタストロフィー)》を使った直後の肉体にそれは厳しい要求だった。


 その上頭も働かず、上手く術式を構築することもできずに飛行魔法すら行使できない始末。


 あれ? これ終わったんじゃないの? とまともに働かない思考でも死を覚悟したほどだ。


 しかし、運が良かったというかニーナに救われたというか、異体の方を見つめ続けていたニーナが落ちていく僕の姿を見つけてくれ、バハムルの背中に乗せてくれたのだ。


 断言してもいい。あれがなかったら僕は間違いなく死んでいた。


 そしてバハムルの背中で半死半生の境をさまよいつつ、ティアマトまで戻ったのが三時間ほど前。


 偶然補給に戻っていたらしいロゼたちに囲まれ、口々に祝いの言葉を言ってきてくれた……らしい。意識があったりなかったりを繰り返し、立っていられたのも不思議なほどだったからよく覚えていない。


 本来なら異体を倒したところで異片が消えるわけではないので殲滅戦などもあったのだが、ハルナ師匠が全て討伐してしまったようだ。相変わらずバケモノじみた人である。


 ……什刀を会得した僕でも勝てるかどうか。というか僕が全力を尽くしてもあの人が膝をつく姿が想像できない。


 ともあれ、異体との戦いが全て終わったのでみんなは祭りの用意をし始めたのだ。いわゆる祝勝会に近い。


 僕も参加したかったのだが……右胸の傷が完治してなく、おまけに魔法の反動で他の部分もズタボロ。しかもしばらくは一切の魔法が使えないおまけ付き。


 誰がどう見ても重傷患者である僕は、祭りに参加することなくこうして病室の住人だ。


「いつも体にかかってた回復力強化もできやしない……。することもなく暇を持て余すのがこんなに苦痛だなんて知らなかった……」


 ティアマトにいた間からずっと何かに追われる生活を送っていた。何もすることがない苦痛というのをすっかり忘れていた。


「不可抗力でしょ、これは。あんただって異体を破壊するんだから無傷では済まないと思ってたんじゃないの?」


 ニーナが暇暇連呼する僕に呆れた視線を向け、口を開く。


「そりゃ、死ぬのも覚悟してたわけだし、別にそれは間違いじゃないけど……」


 外がお祭り騒ぎなのに、僕たちだけが病室の住人なのだ。疎外感が半端じゃない。


 ちなみにロゼたちも僕の付き添いをしたがっていたが、ロゼは今や有名人だ。外のお祭りに引っ張りだこだろう。


「だったら文句言わない。……まあ、読める本もないのは同情するけどね」


 でも今から取りにも行けない。外がお祭り騒ぎである以上、図書館の人間もみんな外に出払っている。


「……寝る」


 やることがない人間のすることと言えば空想するか寝るかの二択だ。僕はためらわずに睡眠を選択した。


「はい、お休みなさい」


 ニーナは甲斐甲斐しく僕の毛布をかけ直してくれ、優しい笑顔で僕の髪を撫でていく。


「……ってちょっと待った。何このお母さんが子供にやるみたいな行動!?」


「あ、嫌だった?」


 そういうのが言いたいわけではない。


「別に嫌ってわけじゃないけど……ああ、もういいや。やっぱ起きる」


 今ので目が覚めてしまった。もともと眠かったから寝ようとしていたわけでもないので、寝る気も失せてしまう。


 そのまま静かな時間が続く。お互いに話すことなどなく、そこにいれば何となく満足できるような温かい空間。


「……ねえ、エクセ」


 その中で先に口を開いたのはニーナだった。


「……ん、なに?」


「これから……どうするの? ここに残るの?」


 おずおずとためらいがちに切り出された話題。だが、僕たちの今後を決める重要な話でもあった。


「……僕は旅を続けようと思う。物心ついた時からずっとしてきたんだ。今さらどこかに定住する気にもなれない」


 終の住処なんて僕がもっと歳を取ってから探せばいい。少なくとも今はまだ旅をしていたかった。


「何をするため、っていう目的はなくなったけどさ……。やっぱり僕は世界を見てみたいんだ。みんなで守り抜いた世界を」


「……そっか。エクセはきっと心から旅人なんだね」


「否定はしないよ」


 村の記憶を無くしてからずっと旅をしていたのだ。腰を落ち着けるという行為が今イチ理解しづらい。


「なら、あたしもついて行くわ。あんたのいるところ、あたしのいるところよ」


「……その言葉で思い出した」


 あの時、好きと言われたことにまったく返事をしていなかった。


 ……色々と派手な出来事が続いたので、忘れてしまったのは不可抗力ということにしてほしい。


「え? …………あぁっ!!」


 だが、それはニーナも同じだったようだ。しばしの間を置いて驚愕の声を上げる。


「言った本人まで忘れないでよ……」


 さすがにげんなりしてしまい、僕も苦言をこぼしてしまう。先に思い出した僕が滑稽な気がしてならない。


「う、ゴメン……。で、返事は?」


 口調こそ平静であるものの、頬を赤く染めて瞳を潤ませたニーナが聞いてくる。


 もちろん、返事は決まっていた。




「僕は――」






 一週間後、僕たちはティアマトを出発することになった。


 さすがに一日ゆっくり休めば魔力も回復するし、そこからは強化魔法で回復力を強化することによって全治三ヶ月以上のケガを五日で治してみせた。


「エクセー! みんな待ってるわよー!」


 先に正門で待っていたニーナが満面の笑みで手を振ってくる。


「わかってるよ!」


 僕も大声で返事をして、手を振りながら駆け寄っていく。


 本来なら色々な街や国のお偉いさんから賛辞やら何やらをもらうためにもう少し滞在しなければならないのだが、そんなものが欲しくて戦ったわけではない。


 僕はただ、兄さんとの約束を果たそうとしただけなのだ。結果として世界を救う羽目にはなってしまったが……、英雄になりたくはなかった。


 ケガの治った僕に対して毎日毎日降り注ぐ褒め言葉や大量の贈り物に対し、五分で僕の堪忍袋の緒は切れた。


 すぐさま脱出計画を練り、ニーナとカルティアを連れてティアマトを出ることに決めたのが昨日のことだ。


 ちなみに、今は明け方である。ニーナの叫び声は近所迷惑極まりない。


「……あれ?」


 というか、さっきのニーナの言葉に聞き捨てならない部分がなかったか? 『みんなが待ってる』って……。


「……まさかね」


 さすがにそれはないだろう。置き手紙は残しておいたが、ロゼたちに出発するのが今日であることは伝えていない。


「遅いですわよ、エクセ」


 だが、現実はことごとく僕を裏切るためにあるらしい。


「まさかと思った瞬間に希望が砕かれた!?」


「何言ってるんですの?」


 僕の肩に手を乗せた金の長髪を翻した少女――ロゼが怪訝な顔をして、僕を見る。


「いや……何でもない……わけあるか! 僕は誰にも言ってないはずだよ!? ニーナたちにしか言ってな――そこからか!?」


 ニーナたちがバラしたのであれば、ロゼがここにいることにも納得が行く。


 ロゼは僕の推測を裏付けるように、満面の笑みを黙ってしてみせた。


「はぁ……やっぱりか……」


「でも、わたくしとディアナ、ガウスにしか彼女は言ってませんわよ。あなたが選んだ人ですもの、その辺は信じているのでしょう?」


「まあ、ね」


 選んだ人、という言葉がロゼの口から出たことにわずかな驚きと後ろめたさを感じてしまう。それを感じることが彼女に対して失礼であることもわかっているのに。


「…………ほら、わたくしは少し遅れてしまいましたけど、他のみんなはもう待ってますわよ? 早く行って来なさい!」


「うわっ!?」


 ロゼに強く背中を押し出され、バランスを前のめりに崩しながら歩き出す。


 そしてニーナやカルティア、ガウスたちが待っているところまで到着した。


「よっ、エクセ。お前があの手の祝い事が苦手なのはみんな知ってるんだよ」


「……それに人のお礼は受け取るけど、結構自分本意なところもあるエクセだからどこかで逃げ出すとも思ってた」


 まさかここまで的中するとは思わなかったけどな、とガウスとディアナの二人が肩をすくめて呆れた顔で言ってきた。


「……うるさいな。僕が決めることなんだから勝手にしてもいいでしょ」


 ここまで見透かされているのも腹立たしいので、そっぽを向きながら答えた。


「わかってるって。だからこうして見送りに来たんだろ。……今度は戻ってくる約束もないしな」


 ガウスが神妙な顔をして、僕に手を差し伸べてくる。


「握手しようぜ。……俺、さ。お前に会えてよかったよ。この街で、お前と親友になれて楽しかった」


「…………僕もだよ。ガウスには何度も助けられたし、相談にも乗ってもらった」


 男同士で力強い握手を交わしながら、笑って今までの日々を振り返る。


「――また会おうな」


「――必ず」


 短い言葉で再会を約束し、名残り惜しむように手が離れていく。


「……エクセ」


「ディアナ。これからも魔闘士頑張って。偉くなれるかどうかはわからないけど、ディアナならきっと周りから好かれると思うから」


「……私とも握手を」


 ディアナの剣を握って強ばった、それでいて女性らしい柔らかさを残した手を痛くない程度に握り締める。


「……ガウスとほとんど同じことになってしまうけど、私もエクセと出会えてよかった。……あの時、声をかけてくれて本当に有難う」


「声をかけようと思ったのはただの偶然だよ。……でも、僕もディアナと友達になれてよかった。絶対に忘れない」


 雰囲気こそ物静かだが、僕たちのことを真剣に考えていることがわかる真摯な態度に何回も救われた。僕も学院時代はその魔力量や偏り過ぎた資質で浮いていたからなおさらだ。


「……また、いつか」


「うん、また」


 再び短い言葉を交わし合い、ディアナとも手を離す。


 最後に残ったのは、ロゼだ。


「……エクセ」


 胸の中央に手を当てたロゼが真っ直ぐに僕を見つめてくる。


「……ロゼ」


 その瞳に込められた真意を読み切れず、僕は躊躇しながら彼女の名前を呼ぶことしかできない。選んだこととはいえ、振ってしまったことを僕は未だに気にしているのだ。


 ……まったく、女々しいにもほどがあるとわかっているのに。


「……ほら、どうしたのです? 新しい始まりなのですから、もっとしゃんとしてくださいまし! わたくしが! わたくしが好きになったエクセルはそんな弱腰な人間ではありませんわ!」


 いや、僕は結構逃げ腰になることが多かった気がする、という突っ込みは無粋だった。


「……わかったよ。だけど、これだけは言わせて。ロゼは本当に素敵な女性だよ。僕の魔力全部賭けたっていい」


「そんなこと当然ですわ! わたくしは望んだものは全て自分の力で手に入れておりますのよ! ……それでもただ一つ、あなたの心だけが手に入らなかったのですけど」


「……謝らないよ。僕も自分の意志で選んだことだから。……これを言うのは悪いかもしれないけど、言うね」




 ――悩んだってことは、天秤にかけなければわからないほど大切な人だって証なんだよ。




「エクセ……」


「だから自信を持ってほしい。世界は広いんだ。僕よりいい男なんてたくさんいるって」


「……きっとそんな殿方が目の前にいたとしても、わたくしはあなたを選びますわ。エクセこそ覚えてくださいまし。あなたは紛れもなく、わたくしの人生の中で最高の殿方であることを」


「……誇りにしておくよ」


 現在形であることに薄ら寒いものを感じながら、ロゼと固い握手を交わす。そして彼女とだけは最後に軽く抱擁も交わした。


「今度は三年後などと言いませんわ。いつでも帰ってきてくださいまし。全力でもてなさせていただきますわ」


 ロゼが力強く笑い、僕もそれに応えるように拳を上げて答える。


 そしてロゼも離れていき、僕のそばにいるのはニーナとカルティアだけになった。


「お別れはおしまい?」


 今までも近くにはいたのだが、僕に気を使って黙っててくれたのだ。カルティアは基本的に自分からはしゃべらない。


「うん。……それじゃ、出発しようか」


「ええ。行きましょ」


 ニーナが僕に手を差し出し、僕もそれを自然な動作で握る。


「ほぅ……」


「まあ……」


「……へぇ」


 三者三様の驚いた声が上がり、僕たちの方をニヤニヤしながら見てきた。


「えっと……まあ……そういうことで……」


「うん。えと、見ればわかるわよね?」 


 僕とニーナは両方とも顔を真っ赤にして照れまくりながら、それでも手は離さずに報告をしておく。ちゃんとした報告になっているかどうかは考えない。


「と、とにかく! 僕たちはもう行くね! ……でも、いつか必ず戻ってくるから」


 恥ずかしいような居たたまれないような空気から逃れようと、僕はあえて大声を出すことによってごまかそうとする。


 だが、最後の方でしんみりしてしまい、恥ずかしさなどいずこかへ消えてしまった。


 正門の方まで歩き、ティアマトの外に出て僕とニーナは繋いでいる方の手を大きく振る。




『みんな、また会おうね!!』


『応!!』




 三年前に再会の約束をした時と同じ言葉、同じ返答。覚えていてくれたことがたまらなく嬉しい。


「行こう。ニーナ、カルティア!」


「うん! ずっと一緒だからね!」


 僕とニーナが手を繋いで走り、その後ろをカルティアが微笑みながら見守っていく。






 こうして僕たちの目的もなければ――終わりもない旅が始まった。

まずはご愛読ありがとうございます。

全百五十一話。一日一投稿を守り続けましたから、五ヶ月近くというとてつもなく長い間、読んでくださり誠にありがとうございます。


それにしても疲れました……! さすがにしばらくは何も書きたくなくなりそうです。少しの休みを設けることを許してください。


そして肝心のエピローグの方についてですが……ハッキリ言って恐怖にドキドキです。今までとは違う感じでの終わり方となってしまったので。


あと、設定の方についてはもう少し待ってください。まだキャラ紹介の部分が終わりません……。しかも設定書いてる間に新しい技が出てきてそっちも書き足さなければならないため、かなり遅れそうです。誠に申し訳ありません。

そしてそちらを投稿するため、しばらくは完結作品に乗りません。あらかじめご了承ください。


最後にもう一度。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!!

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