三部 第三十七話
「ほらほら、さっきの威勢はどこに行ったんだい? 全然動きにキレがないじゃないか!」
タケルの容赦ない剣閃が僕の防御を突破してくる。そのたびに僕の体に傷が刻まれ、血が流れ落ちていく。
「クソッ……」
右手の刀で防ぐのはもちろん、左手にクリスタルの盾を作って防御に回っているのだが、どうしても防げない一撃がチラホラと入っている。
この状態で七刀・鳴動でも使われたらおしまいなのに、タケルがそれを使ってくる気配はない。どう考えても僕をなぶり殺しにするつもりだ。
「このぉっ!!」
左手を貫手の形にして、クリスタルの長大な刃を纏わせ振り抜く。
しかし、それはタケルの纏っている異体に阻まれて止まってしまう。効果などあるはずがない。
「痛くもかゆくもないね、こんな攻撃」
僕から見て右肩の部分にクリスタルの刃が当たっているにも関わらず、タケルは気にした様子もなく、むしろ当たっている部分を滑らせるようにして懐まで入り込んでくる。ヤバい、避けられな――
「ごっ、ああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!?」
まだ傷の治り切っていないみぞおちの部分を蹴り上げられ、宙を舞いながらあまりの激痛に悶え狂う。
思考に一瞬の漂白された瞬間ができ、そのまま眠ってしまえば楽になれるという誘惑すら頭に浮かんだ。
しかし、奥歯が砕けるほど強く歯を食いしばり、その誘惑を振り払ってなおかつ意識もハッキリさせる。
空中に浮いたまま体勢を立て直し、蹴られた衝撃を逃さず距離を稼ぐことに使って何とか着地する。
「くっ……はぁ、はぁ、はぁ……」
「ずいぶんと息が荒くなってるね。僕はまだ余裕だよ?」
「うる……せぇ……」
こっちは剣術面で圧倒的な不利を抱えているのだ。タケルと接近戦で打ち合うには、常に全力を出し続けなければならない。それがケガの体にどれほどの負担をかけているかは想像に難くないだろう。
タケルは余裕を見せつけたいらしく、すぐに向かってくる感じはなかった。当然、僕はその時間を利用して体力の回復と思索に入っていく。
(ケガは……しばらくは治らない。戦闘中に完治することはほぼないと考えるべき。ならばこの状況からどうすれば逆転できるか……)
しかし、それが最大の壁でもある。
今のタケルは脅威的な防御力と速度、そして月断流剣士としての技を存分に振るうというまさしくバケモノになっている。
認めよう。今の奴は間違いなく兄さんを凌駕した存在だ。ひょっとしたら師匠でさえ今のタケルには苦労するかもしれない。
……うん、負ける場面が想像できないのは不可抗力だということにしておこう。
(考えろ、考えろ……。必ず勝てる手段は存在する。それを探り当てて実行するだけ……!)
もっとも、その二つの工程が果てしなく難しいのだが。
ちなみに必ず勝てると確信しているのは僕の存在の由来に関係している。
そもそも異体を滅ぼすために生み出されたのが僕という存在だ。異体を倒せるだけのスペックは備えているはずだ。
(今まで切り結んできたタケルの一挙手一投足を思い出せ。そこから微細な癖でもいいから見付け出して、勝利の足がかりにするんだ)
同時にこれまで僕が戦ってきた人たちとの戦闘経験も引っ張り出す。すると、そこで何かが引っかかった――
「さすがに、これ以上の余裕は与えられないね! 考え事にふけっていると死ぬぞ!」
――のだが、タケルが再び僕の懐目指して突進を開始していたため、その疑問は奥深くにしまい込んで目の前の攻撃を何とかしなければならなくなってしまった。
「チッ」
舌打ちをしながら、波切を納刀して両手にクリスタルの小刀を握る。防御に徹するには、小回りのきくこっちの方が楽なのだ。
「ははっ。小器用だよね、そんなに武器を扱えるなんて! 剣士とは思えない手札の多さだよ!」
「お褒めの言葉どーも……!」
双刃でタケルの猛攻をいなしつつ、足を振り上げてタケルの胸目がけた蹴撃を繰り出す。
「そんな攻撃、今さら効かないってわかってるでしょ? 君は無駄な攻撃を嫌うはずだけど?」
「――その通りだよ、アホ」
蹴撃の当たる直前、つま先にクリスタルを纏わせて叩きつけるようにする。
「っ!」
振り上げた足の勢いも加味されたそれは、いかにタケルの肉体が異体に覆われていてもダメージを与えられるものとなる。
タケルもそれはマズイと思ったらしく、僕への攻撃を中断して一旦後ろに下がった。
僕もそれを追撃はせず、ゆっくりと足を戻して両手と足に纏わせているクリスタルを消して静かに腰を落とす。
「……へぇ? まだ僕と接近戦をする気があるんだ?」
「ああ。やっと答えが出た。お前を倒すための答えがな!」
思い返されるのは修行時代の最後に戦った兄さんの幻影。
あの時、僕は自分でも正体不明の剣技を使って兄さんに打ち勝った。兄さんは正体に気付いていた感じだったが、教えられることなく今まで来てしまった。
(そうだ。普通は思い出すべきだったんだ……! あの日、僕が勝てたことには明確な理由がないということに!)
あの剣技を体が無意識のうちに出した以上、まぐれであると言うつもりはないが、僕が何をしたから勝った、などというわかり切った答えがないことも事実。
そして、僕はタケルとの戦いに赴く前にそれを一度でもいいから思い返しておくべきだった。相対するであろう相手は兄さんと同レベルの実力者なのだから。
(……僕のミスだな。これは)
この状況にも文句は言えない。ある意味自分が招いたものでもあるのだから。
「……僕を倒す? しかも魔法じゃなく、剣技で? あははははははははっ!!」
僕の大真面目な姿にタケルは狂ったように笑い、次の瞬間には寒気を催す醜悪な顔で言ってきた。
――冗談は存在だけにしろ。
「その言葉、お前にそっくり返すよ。それとまずは断言してやる。――僕が今から放つ剣技は絶対に避けられない」
どうして、と聞かれたら答えられない。だが、体でも頭でもないどこかでこれから放つ技の性質を理解していた。
「……お前、何を考えている」
僕が動揺もせず断言したことを訝しんだタケルは、思考を働かせて僕の考えを読もうとしている。だが、この考えは絶対に読めない。
「いいか、僕の放つ技は絶対命中だ。――でも、僕もぶっつけ本番で試す技だからね。失敗する可能性だって高い。だから言っておく」
――この技が成功すれば僕の勝ち。失敗すればお前の勝ちだ。
まあ、失敗したところで自爆術式を発動させるだけだから最低でも相討ちには持ち込むが。
「……断言したね。しかも未熟な君が剣技で僕を倒すというとは……。そんなことができる技、一つしかないよ」
やはりタケルも思い至ったのだろう。僕がこれから放とうとしている技の正体に。
「月断流の最終奥義で、ハルナ様さえも修得できずじまいだった最後の位階――什刀」
名前も何もかも失われて久しいため、それっぽい剣技をそれっぽい型で放つだけだが。
「ふふふ……いいよ、面白い。受けて立とうじゃないか。でも――僕だって死にたくないんでね!」
タケルがその場で抜刀し、空間の歪を発生させる。僕の中で絶対に避けなければならない技の分類に入る、七刀・鳴動――!
(避け――いや!)
避けようと体が浮きかけるが、意志の力で押し止める。そして、迫り来る空間の揺らぎと真正面から相対する。
僕の放つ什刀は何もかもを斬り裂く究極の抜刀術だ。それをやろうとしているのに――次元が斬れないのでは話にならない。
神経を隅々まで尖らせ、全身に張り詰めさせる。傷も痛みも気にならない忘我の域まで集中を高める。
決められた技を放とうとするな。これから放つ技は何もかもが手探りのもの。なら、頭の中を真っ白にして体の動くままに任せた方がいい。
吸い込んだ息を止め、空間の歪が目前まで来るのを見つめる。そして――抜刀。
手応えとも言えぬ手応えが刀から手に伝わり、空気以外の何かを斬っている感覚を味わいながら、僕は刀を振り抜いた。
その時、一瞬だけ次元の向こう側が見えた気がするが、それが何なのかを理解する前に次元の裂け目は閉じてしまう。
「ん……?」
僕が無傷で七刀・鳴動を受け切った事実にタケルが目を細める。
「……やればできるもんだ」
というより、実戦形式の稽古ではいつまでたってもできなかったのに、実戦の中で使えるようになるとは。本当に僕は本番に強いタイプらしい。
「……もう、余裕は見せてられないな。次元断層を修得した剣士はそれだけで脅威となる。ここからは本気で君を殺しにかかるよ」
「上等! かかってこい!」
そう叫ぶと同時に、タケルの姿が霞む。これがあいつの本気、と脳に情報が行く前に僕の体は後ろに飛んでいた。
直後、僕のいた場所を光の軌跡が斬り裂いていく。速過ぎて光にしか見えなかった抜刀術だろう。
(シャレにならない……!)
今回だって勘が働いて体が動かなければ一刀両断にされていた。
さっきまで僕が戦っていたタケルの速度は前に戦った時とほとんど変わらなかった。あれは意図して手加減されていたのか?
ここで本来なら侮られていたことを怒るべきなのだろうが、僕としては言葉選びを間違えたことを嘆いていた。
「……っ!」
首筋だけに冷たい風が通った気がして、何も考えず反射のみで首にクリスタルを纏わせる。
すると、そこに凄まじい衝撃が襲いかかり、次の瞬間には首の皮に冷たい刃が押し付けられていた。
だが、クリスタルを纏わせたのが功を奏して、何とか皮膚一枚で避けることに成功した。
首筋からドロリと血が流れるのを感じながら、僕は必死に攻撃を避け続ける。
もはや反応してから思考し、最適な動きを行うという段階ではない。勘の赴くままに体を動かし、ヤバそうな攻撃のみを弾いている状態だ。
「あははははははははっ!! 結構耐えられるものだね! 人間に反応できる速度を越えて動いているというのに!」
「こ、の……っ!」
胴体を狙ったであろう斬撃を交差させたクリスタルの双剣で相殺し、頬に向かっていた刃は無視する。
頬に熱が走り、赤い液体が視界の端に映る。傷口は猛烈に熱く感じるのに、全身は異常に冷えていると思ってしまう。
チクショウ、このままじゃ什刀を放つ暇すらもぎ取れない。
「まだ生きてるか……。じゃあ、これはどうかな?」
自爆覚悟で特攻し、とりあえず抜刀に使う右腕だけを守って近づくという手段もあったのだが、タケルの次の行動によってそれもできなくなった。
「――っ!! クソッ!」
足場である異体から無数の触手が生み出され、剣状になったり鋭い刃のように姿を変えて僕に襲いかかってくる。
全方位から来る異体の攻撃にタケルの光が走ったようにしか見えない攻撃。両方を同時に捌くことを余儀なくされ、僕の体には大小様々な傷が走っていく。
これでもまだ戦闘によって感覚が鋭くなっているから反応できているものの、一つでも受け損なったら即死だ。
幸運というべきなのは、異体を操っている最中のタケルの攻撃はわずかに遅くなることぐらいか。頭の中でいくつもの事象を動かしているから体の動きが遅くなってしまうようだ。
……もっとも、それでも僕がかろうじて反応できる程度でしかないのだが。
「あははははははははっ!! もっと耐えてみろ! それだけ苦しみは長引く……ん?」
僕を夢中になって斬り刻んでいたタケルは、唐突に攻撃をやめて視界を僕から外す。
そのことに対して疑問を抱く前に、絶好の好機だと判断した体が勝手に抜刀術の姿勢になってタケルの懐に潜り込もうとする。
だが、ニンマリと嫌な笑みを浮かべたタケルが鋭く尖った触手を僕の顔面目がけて伸ばしてくる。
「――っ!」
我ながら超反応としか言いようのない反射速度で右足を軸に体を回し、その攻撃を避ける。しかし、同時に僕はタケルの狙いが僕でなかったことに気付く。
――そう、攻撃の先には傷だらけのニーナとカルティアがいたのだ。
次の話でタケル戦は終了します。そしてラストまであと三話です。あと三日間、最後までお願いします!