三部 第三十六話
「食らえっ!!」
最初に懐に入ったのは僕だった。例え相手が未知の体を持っていたとしても、恐れることなく入り込んで抜刀術を放つ。
――壱刀改変・斬光。
僕の中で最速最強を誇る抜刀術。これに斬れないものなどない――はずだった。
「あははっ。今、何かやったかい?」
「冗談だろ……!」
僕の抜刀術はタケルが身に纏っている異体に阻まれ、タケル本体まで届かなかったのだ。
……絶対に何かおかしい。異片だったら問題なく斬り飛ばせる技なのに、なぜこいつに限って斬れない?
そんな疑問が頭をかすめるが、相手の懐に入り込んで攻撃を放ったにも関わらず、相手が無傷という最悪の現状を思い出してすぐさま距離を取ろうとする。
「させないっ!」
タケルは退こうとした僕に密着してきて、刀による連撃を浴びせてきた。月断流剣技の使用こそないため一瞬で勝負がつくことはないが、技術面で圧倒的に劣る僕ではいずれ負けることが確定した根競べだった。
「この……っ!」
状況を打破すべくタケルの周囲にクリスタルの刃を何本も作り、僕の魔力で撃ち出す。普通ならば串刺しにされて終わりなのだが……。
「そんな攻撃、効かないねえ! もっと重い攻撃はないのかい?」
クリスタルは確かに刺さっている。けれど、タケル自身の本体までは到達していないようだ。まったくスピードを落とすことなく僕に攻撃してくる。
そもそも異体を纏って身体能力の上がっているタケルの斬撃だ。回避し切れない攻撃もいくつかあって、僕の体にはそのたびに軽い切り傷がついていく。
(どうする? この程度なら限界まで強化してある今の僕にとって致命打にはなり得ない。だけどダメージがまったく蓄積しないわけでもないし、何より痛い。どうすればこいつから距離を取れる?)
クリスタルの剣と波切の二刀流で攻撃を捌きながら思考に没頭する。そして導き出した一つの結論がこれだった。
「っらぁっ!!」
左手に持っていたクリスタルの剣を砕き、破片をタケルの前で散らす。それは意志を持ったかのようにタケルに纏わりついていく。
――四刀改変・結晶桜。
「わからなかったかい? この程度じゃ意味なんてないって――痛っ!?」
僕の行動が無意味であることをタケルは笑おうとしたが、その顔についた初めての傷に驚き、自分から距離を取った。
「やっぱ、何も守られていない顔は装甲が薄いか……。わざわざ顔を出しているのが災いしたね」
ニヤリと笑ってやりながら、僕は改めてタケルから距離を取り、ダメージを与えられそうな部分と与えられそうな方法を分ける。
(少なくとも異体に覆われた部分を攻撃するには魔法でないと厳しい。だけど、露出している顔には普通の斬撃でも効果がある。結論としては魔法、剣、どっちも単発では効果が薄い)
魔法剣士でよかったと思いながら、波切を納刀した鞘に魔力を溜めていく。いずれにせよ、タケルの身体能力が上がっているため接近戦は挑めないのだ。生身の時でさえこっちが苦しかったのだから。
「っ疾!」
炎を纏わせた刀が何もない空間を斬り裂き、無数の炎刀に増殖する。
――伍刀改変・彼岸。
伍刀・無限刃に炎を纏わせただけであって、威力自体に目立つ変化はない。タケル相手であれば、どちらかと言えば目くらましの用途が強い。
「この程度っ!」
だが、それはタケルの抜刀で跡形もなく散らされてしまう。
……そうだった。こいつにはこれがあった。
「今さらだけど、僕の能力は異体のおかげでさらに上昇している。それでいて技も今まで通り使うことができる。断言したっていい、君が勝つのは無理だ」
「……かもしれないね」
本当に今さらでもある。このエクセル、生まれてこの方自分が有利な戦いをしたことなどほとんどない。大抵が相手の方が格上の勝負ばかりだった。
その僕が諦める? ご冗談を。
「でも、それがどうしたぁっ!!」
《熾天使の裁き》を放ち、タケルがそれを動いて避けるのを見てから上空へ飛び上がる。
「おおおおおおおおおっ!!」
空駆も使わず、上空で身をひねるように翻らせて、タケルの場所目がけて全力のかかと落としを叩き込む。
「っ!?」
さすがに剣術でもないただの体術を使ってくるとは思わなかったらしく、タケルは驚愕に目を見開いて僕の攻撃を両腕を交差させて受け止める。
かかとの先端にクリスタルを尖らせてあるのをまともに受け、初めてタケルの顔に苦痛が走る。
「ぐぅ……っ!」
痛みに耐えながらもタケルは腕を振って僕を追い払おうとする。
下手にその場に留まっていると斬られかねないのでその力に逆らわず空を舞い、空中にいる間に両の手から魔法を放つ。
「《風刃》!」
今さら中級魔法など足止めにもならないと侮られそうだが、魔法などというものは使い方次第で必殺技にもなる。
「……っ!?」
タケルも最初は受け止めようとしたのだが、すぐに何らかの勘が働いたのか、わざわざ動いて避けてみせる。
「チッ……」
舌打ちを隠さず、追撃の投槍をクリスタルで作って投擲する。
「はっ!」
それはタケルが左腕を振るうだけですげなく払われてしまう。やはり、クリスタルでも全力で体重をかけるなどしなければ奴の肉体は突破できないらしい。
「……さっきのは何だ? 断空とは段違いの威力があっただろう?」
「ただの魔法だよ」
僕が一瞬に放出可能な全ての魔力を込めた、という言葉がつくが。
「……魔法も侮れないね。気をつけるべきは君の使う大規模な魔法だけだと思ったけど」
「言っておくけど、僕は現存する魔法だったら全部扱えるよ。こんな風に……ねっ!」
《透明化》の魔法を発動させ、姿を消す。
「姿を消しても――気配でバレバレだよ!」
タケルは僕のいる場所を的確に狙い、異体の肉体で構成された刀を振り抜いてくる。
もとよりごまかせるとも思ってなかった。だが、このタイミングで出された攻撃はどうあがいても無傷では済まない位置で――
僕の分体を斬り裂いた。
「水……? まさか!」
斬られた僕の分体は水の塊になってその場に崩れ落ちる。
「そのまさか、とだけ言わせてもらおうか」
《透明化》の効果が続いているうちに天技・鏡写しを使って透明な僕を無数に作り出したのだ。
「この技は汎用性が高い。だからこういったこともできるんだよ!」
そう言って飛びかかる六人の僕たち。当然、足音も完璧に消して気配も可能な限り消すようにしている。
「確かに透明な人間が六人もいることは少々厳しいけど……読めないわけじゃない」
しかし、これだけやってもタケルは正確に僕のいる場所を狙って斬撃を繰り出してくる。百人や二百人に増えたのならまだしも六人だ。僕でも読める程度でしかない。
「だろうね。じゃあ――これなら?」
とある魔法を発動させる。これ自体には攻撃力など皆無だが――
「……っ! 攻撃に手応えがない!?」
相手の知覚を惑わすことができる。繊細な魔力制御が必要であるため、オリハルコンの腕輪を装備していなければ使えないのが欠点だが……、五感に頼る剣士相手には絶大な効果を発揮する。
「さあ――終わりだ!」
自分の体に何が起こっているのかを把握し切れていないタケルの頭上に飛び上がり、全神経を柄に添えた手に集中させる。
この一撃で、決め――
「ナメ、るなぁっ!!」
その瞬間、タケルの立っていた場所から異体のトゲが無数に生え、戦っていた空間を埋め尽くさんとした。
「っ!?」
このまま抜刀すれば相討ちには持ち込めるか? という考えが一瞬だけ脳裏をかすめるが、それのわずかな隙が致命的なミスとなった。
「がっ!?」
腹部に異体のトゲが突き刺さり、貫通する。体の一部がぽっかり抜け落ちた喪失感と、激痛と呼ぶのもおこがましい痛みの爆発。
意識が漂白され、二度と目覚めない深淵へと落ちかける。しかしその時、兄さんの顔が頭によぎって僕に喝を入れてきた。
「ぜい゛っ!」
無理やり目覚めたため、混濁してまともに物も考えられないまま、腕を振って腹に突き刺さった異体を斬り飛ばす。
着地すらままならずに地面を転がるが、そんな僕目がけてさらに異体のトゲが迫ってきていることに勘づき、無理やり体を起こして後ろに飛ぶ。
「……痛ぅっ!」
耳鳴りが聞こえるほどの痛みが腹部から全身に走り、一瞬だけ思考が途切れる。しかし、即座に立て直して異体のトゲを回避しながら、腹に刺さったトゲを抜く。
途端に血が噴出するが、回復力を限界まで強化しているためすぐに止まる。そこで僕はようやく一呼吸ついた。
「……っはぁ。死ぬかと思った……」
実際、あそこで意識を飛ばしていたら死んでいた。
「しぶといねえ……。兄さんはあれくらいの傷でも致命傷になるよ?」
タケルが呆れたようにそう言ってくる。けど、その言葉は僕にとって禁句だ。
「――あ?」
腹部に残留していた痛みを残らず消し飛ばすほどの怒りが、細胞の一つ一つから湧き上がってきた。今ならこいつを塵も残さず消滅させられる気さえする。
「うん? 怒った? でも、現実は見た方がいいよ。――お前は僕に勝てない。今の動きを見て確信できた。お前は――」
――痛みに対する抵抗力がかなり低い。
「…………」
タケルの指摘に対し、僕は無言で黙っている以外できなかった。言われてみれば確かに、とうなずける部分もあるからだ。
僕は今まで、やられる時はほぼ一撃で倒されてきた。師匠との戦いでも、他の敵との戦いでも、だ。
だから僕は多少の傷を負ったまま戦うことはあっても、戦闘に支障が出るほどの重傷を負ってまで戦い続けたことがない。
「……だけど、それは僕が重傷を負ってもすぐに治るからだ。魔法の恩恵もある以上、僕の回復スピードはお前を遥かに上回る」
「うん。それは否定しない。大体、月断流同士の戦いなんてほとんどが一撃必殺技の応酬だ。まともに食らったら即死……。でもね――」
タケルはまだ傷の治り切っていない僕の方に、夜叉の速度で懐に入り込んできた。
「――小さな傷が命取りになるのは、一流同士の戦いの鉄則だよ」
残忍な笑みを浮かべながら、タケルが手にした刀を振るってくる。
「くっ……」
腹の傷も治り切らないまま、僕はそれを防がなければならない。ただでさえ格下なのに、これでは不利どころの話ではない。
(チクショウ、このままじゃ――)
――殺される。