三部 第三十四話
「邪魔をするなあっ!!」
光の階段を駆け上る僕たち。それを阻もうとしてくる異片の群れ。
僕は先頭を走りながらそれらを伍刀・無限刃で薙ぎ払う。
「エクセ! 後ろからも来てる!」
「ある程度は無視! どうしても無視し切れなくなったら倒す!」
ニーナはニーナで夜叉を使った高速戦闘をこなしていた。倒す速度こそ僕に劣るものの、それでも一騎当千の活躍をしている。
「カルティア、敵は!?」
「一向に数は変わりません! 少なくともせん滅は無理です!」
「クッソ……! 師匠がいれば……!」
だが、師匠は現在地上の異片で手一杯になっている。すでに二日以上も戦わせているのだ。これ以上の負担はかけられない。
「しかしこのままでは突破もままなりません!」
「わかってるよ!」
カルティアの言葉が正論であることも承知しているため、ついつい荒い言葉が出てしまう。
状況としては甚だ面白くない。前を阻む奴らだけ倒して先に進んでいるのだが、数が多過ぎてどれを使っても一時しのぎにしかならない。
《終焉》を使えば少しは変わるのかもしれないが、切り札とも言える魔法をここで使うのはまだ時期尚早だ。
それに消耗自体は今のところないに等しい。ならば時間をかけてでも前に進むべき……か?
(消耗覚悟で一気に突破するか、あるいは少しずつ確実に進むべきか……)
いきなり究極の選択だ。
目前に迫ってきた翼を持つガーゴイルのような異片を抜刀術で斬り飛ばしながら、脳が焦げ付くかと思うくらい頭を回転させる。
その結果として出した答えは――
「カルティア、ニーナ! 少しの間僕を守って!」
前者の消耗覚悟で一気に突破する作戦だった。
体内に眠る魔力を喚起させながら、六属性のクリスタルをそれぞれ作り出す。
それらに術式を刻もうとして――横に視界がぶれて中断した。
「な、なに!?」
術式の構築に意識の大半をつぎ込んでいたため、何が起こったのかまったくわからずに困惑する。
「話はあと! それより空飛べる!?」
ニーナは僕の確認も取らずに光の階段から身を投げ出す。
「え? う、うわっ!」
何が何だか訳がわからないが、わからないなりに天技・空駆を使ってニーナとカルティアを抱えながら空に浮く。
『ふむ、助かったぞ。人間の少女よ』
すると、さっきまで僕たちがいた場所を真っ白なブレスが通過した。
範囲から離れているこちらでもわかる冷気。これは……、
「氷の吐息!? え、何で!?」
僕たちの中でこのような技を使える人はいない。というかブレスは人間の使うものではなく、竜種の使うものだ。
『決まっておろう。我が来たからだ』
そして僕の予想は違わず、僕の真後ろから黒い鱗を持つ巨大な竜――バハムルが悠然とこちらに向かってきた。
「バハムル……」
『ここは我が引き受ける。数ばかり多いのも我に適した戦場だ」
「……助かる!」
逡巡したのもつかの間。僕は一言お礼を言って、光の階段から再び上へと登り始めた。
「ねえ、エクセ! バハムル様だけに任せて大丈夫なの!?」
「信じるしかない! それにあの方は僕より強い! 任せておけば大丈夫!」」
ニーナの心配そうな言葉をバッサリ否定して、僕はバハムルと戦った時のことを思い返す。
……攻撃力だけなら僕が圧倒できる。だからこそ、僕はこうして異体を消滅させるべくここにいるのだ。
「……マスター、上です!」
バハムルに下を任せて上へ登り続けていたら、突如カルティアが警戒心に満ちた声を上げる。
「異片か!? ……なぁっ!?」
上にいたのは異片。それは間違いなかった。
だが、人型の異片が全て刀を持っているとなれば、話は別だ。
「こいつら、月断流を……」
「来ます!」
使ってくるのか、と続ける前にカルティアの言葉が遮り、同時に僕たちよりも上空にいた異片たちが大きく刀を振り抜く。
こちらに届く範囲を持った攻撃は……弐刀、四刀、伍刀、陸刀のうちのどれかだ。七刀クラスは大勢で連発されたら対処のしようがない。
「……っ!」
そして僕の予想は当たり、陸刀・閃光が無数にこちらに向かって放たれた。
音速など遥かに突破した光にも迫る速さの衝撃波がいくつも向かってきている。
僕はまずカルティアとニーナの二人を抱き寄せ、両腕に抱えてから天技・影走りを使って空中に飛び出す。これで閃光自体は回避できた。
そのまま僕は両腕に抱えた二人を上に放り投げ、お返しの抜刀術を放つ。
――伍刀四刀混合・無限桜。
クリスタルの刀を使って放った抜刀で無数の刃が作られ、さらにそれらが全て砕け散った破片となって異片たちに襲いかかる。
その光景を一瞬だけ見てから、上空に浮いたままのニーナたちに視線を向ける。
「はぁっ!」
二つ残像を作り、それらに水属性の魔法で実像を持たせる。この世界で僕だけが使える天技・鏡写しだ。
作り出した二人の自分に視線で指示を出し、ニーナとカルティアを回収させる。僕はそれを確認するまでもなく、階段の方に戻って再び戻り始めた。
「ったく……エクセ! あたしたちにも何か手伝わせなさいよね! あんたの援護のためにあたしたちがいるんだから!」
「今回はこうした方が早かったんだよ! それに鏡写しで僕を作れば手数も増える!」
事実、僕の作った二人はすでに異片と斬り結んでいた。陸刀・閃光まで使いこなす異片を相手に、少しだけ手こずっているようではあったが。
「それよりカルティア! 異体本体まであとどのくらい!?」
すでに空を見上げる視界は有機的な蠢きを見せるグロテスクな楕円球の物体で埋め尽くされている。近づいているのか遠ざかっているのかまったくわからない。
「このペースで進めばあと五分ほどで突入します! 突入口はマスターが開いてください!」
「わかった! 一気に進むよ!」
この異片相手に時間をかけていたら、いずれ本当に手の打ちようがなくなりかねない。大体、さっきの閃光を避けることだって半ば奇跡に近いんだ。
……本当、体が勝手に動いてくれてよかった。
「邪魔、だぁっ!!」
月断流まで使い、僕たちの進行を阻もうとしてくる異片たちに、僕は全力で剣を振るった。
体感時間では走り出してからすでに三時間以上経過している。カルティアのあと五分もあれば到着する、という言葉を聞いてからだ。
「カルティア……本当に五分かよ!?」
鏡写しで自分を増やして異片を相手に自分同士の連携を決めながら、僕は一向に縮まらない異体との距離に歯噛みする。
「確実に近づいてはいますが……異片の数が多過ぎます! このペースで進むと、あと二時間はかかります!」
「冗談じゃない……!」
月断流を使ってくる異片相手にそれは厳し過ぎる。僕よりも高位の剣技を使いこなしているのだ。絶対無傷じゃ済まない。
「……あーもう! カルティア、ニーナ、僕の援護! 一気に消し飛ばす!」
これ以上援軍が都合よく来てくれるとも思えない。地上などすでに見えないほどに上まで来ているんだ。僕たちだけでどうにかするしかない。
「了解!」
「わかりました。兵装の一部を使用します」
ニーナは僕の前に立って、完全に動かない姿勢を取る。一瞬とはいえ動けなくなる僕を守るつもりらしい。
カルティアは僕の渡したクリスタルの薙刀を背負い、両腕の二の腕から手首までをスライドさせて銃口をのぞかせる。ちなみに彼女曰く、全身に似たような兵装があるとのこと。
ニーナは僕に向かって降り注いでくる陸刀・閃光を手に持った短剣だけで防いでいく。ところどころでカルティアのフォローがなければ危ないものの、それでも十分だ。
そしてカルティアは体内に内蔵された銃弾を連射し、弾幕を作り上げる。機械人形特有の精密さで発射された弾は人の通れるような穴など作らない。
二人に守護され、僕は魔力を練り込んで術式を展開することに終始する。守ってもらうよう頼んだ以上、僕は僕で最高の仕事をするだけだ。
「……二人とも、離れて!」
単純だが効果的。それは大魔力によるせん滅。僕の一番得意としている分野だ。
「《終焉》!」
規模をかなり小さめに抑えた最強魔法を使い、純白の光が視界を埋め尽くす。
「ニーナ、カルティア! 行くよ!」
その光が消える前に、僕は二人の体を抱えて走り出した。
「え、ちょ、まだ威力が残ってるわよ!?」
これに突っ込むのは自殺行為だ、とニーナは言いたいのだろう。無論、僕だって自殺するつもりは毛頭ない。
「承知してる!」
二人を抱えたまま、前面にクリスタルの障壁を展開する。これで魔法の威力を遮断しつつ進むのだ。
「あたしたちを抱えてるんじゃ、これを持って移動なんてできないわよ! 降ろしなさいよ!」
「そこも考えてある! ……せいっ!」
クリスタルの壁のすぐ前にまたクリスタルの壁を作り、僕から見て近くにある壁を一枚消す。こうすれば《終焉》の威力を受けずに前に進み続けることができる。
「なんて無茶苦茶……! 魔力は大丈夫なわけ!?」
「まったく問題ない!」
ティアマトにいる間に魔法について詳しくなったのか、ニーナが僕のやっていることに戦慄を隠していなかった。
だが、三年前ならまだしも今の僕であるなら一切問題なかった。この程度、早朝ランニングよりも簡単だ。
「それよりこのまま一気に内部まで突入するよ! そのための《終焉》なんだから!」
わざわざ連発できない切り札まで使ったのだ。それぐらいの成果は出さないと困る。
「……マスター、そろそろ異体本体に触れる位置まで来ます。魔力の密度が濃いため内部のスキャンはできませんが、相当数の異片がいることが予測されます」
それはそうだろう。月断流を覚えている異片がいる以上、内部にタケルが何らかの形で関係していることはほぼ確実だ。
奴がいるとしたら、絶対に内部にも異片を配置する。それを突破しつつ向かわないといけない……。
「わかってる。ニーナ、ヤバいと思ったら僕たちのことは気にしないで気配を消して。ここからは本当に激戦だよ」
「百も承知よ。……エクセが倒れたら、あたしはせめてタケルを道連れにしてあんたを追いかけるわ」
どうせ自爆されたんじゃ逃げようもないし、とニーナはこざっぱりした笑顔で言い切ってみせた。
よく考えればその通りだ。僕と一緒にここまで来ている以上、僕が倒れたら全員の死も意味している。
「……突入します!」
「二人とも、絶対に生きて戻るよ!」
光の階段から全力で跳躍し、僕たちは風穴の開いた場所から異体の内部へと突入した。