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三部 第三十二話

 僕が魔法陣の作業に加わってから二日。それで僕たちは魔法陣を希望のものへと変えることに成功した。


「はっ、はっ、はっ……」


 僕は二日間ずっと動き続けて魔法陣を変え続けた。時には新しい文様を刻み、時には魔力の流れを変えてと動き続けていた。


「……お疲れ様、エクセ。これで魔法陣は完成よ」


 酷使し続けた全身の筋肉に酸素を送り込んでいると、隣からニーナが汗を拭いてくれた。


「……うん。よし、すぐにこれを発動させて異体に突入を、」


「待ちなさい! あんた、今の自分をちゃんと把握して言ってるの!?」


「わかってるよ自分の体がガタガタだってことくらい!」


 疲労と焦りからくる苛立ちがニーナに対しても言葉遣いを荒くしてしまう。


「じゃあなおさら休みなさい! 次がある戦いじゃないのよ!」


 だが、僕の怒声にもひるまず、ニーナは言い返してきた。


「……あんたが最初で最後の希望なんだから。ハルナ様が心配なのはわかるけど、あの人の思いを酌みたければちゃんと休みなさい。失敗した時、あの人にどんな顔をして会いに行くつもり?」


 言い返してきた時の強気な声とは打って変わって、優しく諭すような言い方に僕は頭に血が上っていたと自覚する。


「……ごめん。少し焦り過ぎた」


 謝ると同時に顔から火が吹き出そうなほどの羞恥に襲われる。師匠を尊敬しているのはニーナも同じなのだ。きっと内心では心配しているに違いない。


 その彼女が冷静を装い、僕一人だけが焦りを募らせる。


 ……まったく、いつもと逆じゃないか。いつもは僕が冷静になってニーナを諌める役だというのに。


「……頭、冷えた?」


「うん。確かに少し休んだ方が良さそうだ……」


 息を整え、少し落ち着いて自分の体を把握すると頭がズキズキと痛むことに気付かされた。脳も体も痛めつけ過ぎて、このままでは十全な能力など発揮できるわけがない。


「そうしなさい。体内時計狂っているからわからないと思うけど、今は夜。だから今夜はもう休もう?」


「……わかった」


 ニーナ、カルティアが僕の両脇について腕を掴む。


 ……あれ?


「ちょっと待って。何でこの体勢になるわけ?」


「あんたのことだから、どうせ休めないとか言って何かしそうだしね。だからこうして強制連行するわけ」


「人を子供扱いすんな! さすがの僕でもそこまで自分のことがわからないわけじゃ……ない……よ?」


 自分で言ってて自信がなくなってきた。確かに休めなかったら剣でも振ってそうだ。


「わかったでしょ? ほらほら、行くわよ」


 結局、反論らしい反論をできないまま、僕はニーナたちに引きずられて宿への道を戻らされた。






 案の定というべきか、やはり休めなかった。


「今さら眠れって言われてもなあ……」


 宿の外で夜風に当たりながら、独り言をつぶやく。


「こうしている間にも師匠は……」


 そう思うと焦燥が体を急き立てるが、理性は動かないことを主張する。そして僕自身、動かないことに賛成していた。


 今から向かったところでこんなボロボロの体調では足手まといにしかならない。むしろ師匠の思いを反故にした罰で師匠本人に殺されそうな気さえする。


「できることは準備くらいか……」


 と言っても、持っていくものなど兄さんから受け継いだ波切(なぎり)と、ギル爺からもらったオリハルコン製の腕輪ぐらいだ。


「鎧なんてつけないし、薬とかも割れたら困るし……」


 ポーションなどはビンに入れて持ち運ぶため、激しい動きや敵の攻撃をまともに受けたりすると割れる危険性があるのだ。特に貴重な薬を割ってしまった時の絶望感は半端じゃない。


「万物の霊薬《エリクシル》は……割ったしな」


 昔、ロゼと一緒に取ったアンブロシアを材料にして作った薬だ。あれも気がついたら割れていた。おそらく兄さんとタケルが戦っていた時の余波で割れたのだろう。


 ……今、あれがあれば切り札になれたのかもしれないのだが、後の祭りだ。


「ふぅ……」


 そんなことを考えている間に、後ろから気配が迫ってくるのを感知する。


「……ニーナ?」


「うん、あたし」


 適当に言ったら当たった。ニーナのことだから隠密でも使ってひっそりと僕の背後にいると思ったのに。


「今、あたしのことをひどくけなさなかった? やるよ? 時と場合によってはエクセが今考えたこと実行するよ?」


「ごめんなさい」


 即座に謝る。ニーナを怒らせたら僕の物理的にも社会的にもどうなるかわかったものではない。まったく気付かれずに接近できるって恐ろしい能力だ。


「ったく……エクセ、あんた本当に変わったの?」


「そんなこと本人に言われても……」


 返答に困る。僕自身、特に変わったとは思っていないのだから。


「ああ、でも……。ずいぶんと積極的にはなったわよね。昔は何かに引きずられて巻き込まれるまではほとんど動かなかったっていうのに」


「……タケルとの因縁、深いからね。あいつと決着を付けるためには色々と必要だった。それだけだよ」


 むしろ僕は以前よりも慎重になったと考えている。ニーナとカルティア、二人の命を預かる立場にいるのだ。一つ一つの判断も慎重にやらなければならない。


「……ん、そうよね。…………明日で最後かあ……」


「短かった、と言うべきなのかな。兄さんが死んで、僕が修行して、異体との戦いにも巻き込まれて……」


 兄さんが死んでからの日々は本当に忙しいものだった。まるで兄さんのいなくなった空白を埋めるかのような忙しさだった。


「……僕はくじけないよ。みんながいるから」


 どんなに苦しくても、僕だけは歯を食い縛って立ち続ける。それこそリーダーの役目だと思っている。


「そう。あたしはいいと思うわよ。……どんな時でもエクセの後ろにはあたしがいるから」


「うん。頼りにしてる」


 頼もしいことを言ってくれるニーナに知らず、笑みがこぼれる。


 どうやら、いつの間にか僕はニーナを支えているつもりで支えられていたらしい。


「……明日、勝とうね」


 ニーナが隣に寄り添ってくる。肩が触れるか触れないか、と言った距離でニーナの体温が空気越しに感じられるほどだ。


「勝つよ。何が立ちはだかっても、絶対に」


 そんなニーナに、僕は気負いなくうなずいてみせる。


 さっきまでざわめいていた心は不思議と落ち着き、今では凪のように静かだ。それでいて腹の奥底ではゾクゾクするような猛りが沸き上がってくる。


(万全の状態、か……)


 おそらく、精神状態で言えば今が理想の状態だろう。未だかつてこれほどの万能感を感じたことはない。


「ほらほら、ニーナはそろそろ休んだ方がいいよ。僕と違って繊細なんだから」


 肩の力をフッと抜いて、ニーナの背中を押す。体は相変わらず疲れを訴えているが、少なくとも精神的には万全の状態になることができた。


「あら、わかってる……って言うとでも思った! あんたが休むまであたしも寝ないわよ!」


「…………」


 この返しは予想外だったため、ついつい僕も口をあんぐりと開けてニーナの方を見てしまう。


「あたしが知らないとでも思った? あんたが夜な夜な剣を振り回していること!」


「……まさか。二年半ずっと繰り返してきたんだから、どこかで気付かれるとは思っていたよ」


 ただ、あのことまでは気付かれていないようだ。それだけは幸いである。


 ……まあ、それもカルティアにはバレてしまっているのだが。


「そういうこと。だからあたしはあんたが休むまで一緒にいるわよ」


「えっと……そういうのは少しはしたない気が……」


「今さら過ぎるわよ。野宿の時には寄り添って寝ることだってあるくせに」


 ニーナの言う通りだった。寒い時には三人でくっついて暖を取ることもあった。


「……確かに」


「でしょ? だから別にどうってことないわよ」


 言われてみればその通りかもしれない。今さら気にする方がおかしい気もする。


「……じゃあ、もう少しだけ一緒にいてくれない? まだ眠くならなくってさ」


「ええ、いいわよ」


 ニーナはそう言って笑い、僕と一緒に空を見上げ続けた。






 やはり最初に眠ったのはニーナだった。常時強化魔法の恩恵で回復力が強化されている僕と違い、彼女は生身のままであるのだから当然でもある。


「……良い夢を」


 僕のベッドですやすやと眠るニーナの頭を一撫でし、自分でもわかる優しい笑顔を浮かべてから部屋を抜け出す。


「…………」


 体の疲れはもう――ない。回復力を強化しているおかげで僕は普通に作業をしていてもある程度は回復力が上回って疲れない体になっている。


「マスター」


 どうしても部屋では落ち着けず、外に出ようとしたところをカルティアに見つかってしまう。


「カルティア。どうかした?」


「いえ、マスターの足音が聞こえたのでどちらへ行くのかと思いまして。ニーナ様は?」


「僕の部屋で寝てるよ」


 よほど疲れていたのだろう。僕が触れても起きる気配がなかった。


「そうですか。マスターは休まないのですか?」


「知ってるくせによく言うよ」


 僕の修行時代のことを知っているのはカルティアだけだろう。


「ええ、そうですね。何せマスターは――」




 ――ヤマト様が亡くなられた日から、一度も睡眠を取っておられないのですから。




「……そういうこと」


 この常時体にかかっている回復力強化の魔法のおかげだ。


 僕は非才で、タケルに追いつくためにはあまりに時間が足りなかった。だから睡眠という行為を削り、その分の時間を剣に当てた。それだけのこと。


 ……まあ、修行の最中にぶっ飛ばされて気絶したのは数えないでほしい。あれだって最長でも五分程度だし。


「マスターは本当に力をお付けになられました。この地上最強の称号を冠しても恥じないほどに。私もあなたに仕える機械人形として嬉しく思います」


「……それは光栄だね」


 自分ではそんな感覚まったくないのだが。師匠との模擬戦でも負けたし、これから立ち向かう異体相手には勝てる確率が低いことがわかっているからだろう。


「……ですが、今ばかりはお休みください。たとえ三年ぶりの睡眠であるとしても、無理に眠ってください。起きているよりは遥かに効率の良いはずですから」


「わかってるよ。……頭ではわかってるんだ」


 だけど体がどうしても眠りを享受してくれない。すでに疲労も取れ、いつも通りの状態になってしまったからだろうか。


「……私はマスターに死んでほしくありません。ですので、これは私のお願いでもあります。……どうかお休みください」


 そう言って、カルティアは真摯に頭を下げた。


 はぁ……、これで断ったら僕が悪人ではないか。断るつもりも毛頭ないが。


「……部屋に戻って横になってるよ。こうして立っているよりマシなはずだ」


「はい、ありがとうございます」


 さらに深々と頭を下げるカルティアに苦笑しながら、僕も部屋に戻っていった。






 当然、一睡もできなかった。

次回から最終決戦の始まりです。長かった……本当に長かった……!


これは紛れもなく私の執筆作品の中で最長です。最初からお付き合いくださっている方々。途中から見てくださっている方々。どうか最後まで私を見放さないでください。

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