三部 第三十一話
第一波の異片の群れは僕と師匠の放った剣技で跡形もなく消し飛んだ。
「まだです! 次が来ます!」
「わかってる、師匠!」
「お前はそのまま空に向かって攻撃を続けろ! 私は撃ち漏らした奴を倒す!」
師匠はすぐさま指示を出し、地上に落ちた異片目指して走り出した。その速度は僕でさえギリギリ線で追える程度だ。
……明らかにタケルより速い。あいつの速度だったら普通に全身像を捉えることができたから間違いない。
「うわっ!?」
などとどうでもいいことをつらつらと考えていたら、目の前に撃ち漏らした異片が落ちてきた。感知することができなかったら、今頃僕の頭は真っ赤に弾けていただろう。
「この!」
波切を抜刀して両断し、そのまま回転してクリスタルの双剣を持って輪切りにしてしまう。これだけ細かく斬り裂けばいくら異片の数が多いと言っても、全て倒したはずだ。
「師匠! いきなりこっちに来ましたよ!」
「それはそっちで対処しろ! 私だって倒すのは訳ないが、手が足りないんだ!」
見れば師匠の方も異片を相手に戦っていた。
無数の異片の群れの中、たった一人で舞うように戦っている師匠の姿はどうしようもなく――輝いていた。
「……本当に戦いが好きなんだな」
でなければあんな楽しそうな表情はできない。
「カルティア、僕の援護を頼む! 師匠の方は気にするな! それと異体本体からの確認もお願い!」
「了解しました。即座に行動に移ります」
カルティアが僕の作ったクリスタルの槍を持って、僕の周りに落ちてきている異片を倒し始める。
僕や師匠みたいに派手な剣技や魔法を持っているわけではないが、無駄という無駄を省き合理性を徹底的に追求したその動きにはある種の美しさが存在した。
「まったく、頼もしい奴だよ……!」
彼女に任せれば背中は安心だ。だから、僕は僕のなすべきことを果たそう。
空を見上げれば、またいくらかの異片が地上に向かって飛来しているのが見える。こちらに向かっているのもあれば、まったく別の方向に向かっているのもある。
「《終焉》!」
その全てを、白く輝く魔力の奔流で薙ぎ払う。
「はっ……」
浅く息を吐きながら、魔力の急激な放出によって悲鳴を上げる肉体を制御する。かなり弱めにしたのだが、それでも《終焉》が僕に与える反動は大きい。
「……っ」
筋肉の引き攣れる痛みに顔をしかめるが、その痛みがほんの少ししか続かないこともわかっている。僕の体に施された回復力強化の魔法は伊達じゃない。
「まだ来るか……っ!」
しかし、肉体の痛みが消えぬまま次の魔法を用意する必要があることに、空を見て気付かされる。
「わかっていたけど、キリがない!」
《終焉》は連発できる魔法ではない。戦闘中であったとしても、一発一発の間隔は開けているのだ。
ならば使えるのは必然的に究極魔法クラスとなる。こんなことになるのなら、バハムルから古代に使われていた魔法の一つや二つ学んでおくべきだった。
とはいえ、後悔は事前にできるものでもない。時間を戻すことだけは僕にもできないのだから、どうしようもない。
仕方がない、の一言で後悔にケリを付けた僕はそのまま刀に手をかける。魔法がダメなら抜刀術が。魔法も抜刀術もダメなら魔法剣が僕にはある。
「塵になれ!」
――伍刀・無限刃。
抜刀とともに生み出された無数の刃が空から飛来してくる異片を斬り刻む。やはり空から地上に向かう際に、軌道変更はできないようだ。
だが、今度は《終焉》を放った時よりも撃ち漏らしが多かった。僕の無限刃はまだ未熟であるため、師匠ほどの攻撃範囲を持っていないのだ。
「チッ……」
舌打ちをしながら刀を鞘に収め、次に行えそうな大規模攻撃を模索する。
究極魔法は? 却下。《終焉》以上の威力を持つ魔法を僕は知らない。
剣技は? 却下。さっき放った無限刃が僕の中で最高の剣技だ。あれ以上の技量は今の僕にはない。
「なら魔法剣しかない!」
答えの出た時点で僕は刀に魔力を込めていた。やはり魔法と剣の混合技でしかさっき以上の攻撃力は出せないようだ。
「受けてみろ……!」
伍刀改変・無限雷刃。
無限刃によって作られた無数の刃に青白い雷が走って無骨な鋼の中に彩りを添える。
バチバチと電流特有の音を鳴らし、さらに刃物と刃物がぶつかる澄んだ音とともに剣が空へ向かっていく。
そして、その刃と雷の嵐の中に落ちてくる異片を全て斬り刻み、焼き焦がし、感電させていった。
「よし、威力はこっちの方が高い!」
属性を付与しただけのかなり簡素な魔法剣ではあったが、少なくとも無限刃を単発で放つよりは手応えがあった。
「もう一発!」
再び刀を納め、もう一度さっきの魔法剣を放とうとする。
だが、それは横合いから斬りかかってきた何かによって阻まれてしまう。
「――っ!?」
何かが振り下ろされる直前で影に気付き、跳ねるように後ろに飛んでなんとか避ける。そして振り下ろされたものを見て、僕は目を見開いた。
「これは……」
刀に近い形状をした、明らかな武器だった。
その武器を持っている奴は四メルほどの巨体をした――剣と盾を持つ人間型の異片だった。
向こうが武器という概念を身につけた? それとも向こうの指揮官は人間――。
異片が武器を使い始めた理由について考えを巡らせ、人間が向こうにいると思った瞬間、とある人間の顔が思い浮かんだ。
――タケル。
(あいつ、やっぱり最後の最後まで……)
僕の道を阻む。兄さんを殺したことといい、ここまで来ると因縁の深さを改めて感じてしまう。
そして僕の予想を裏付けるかのように、人型の異片は腰だめにした刀らしきものを横に振り抜いた。どう考えても抜刀術の姿勢である。
しかもそこから衝撃波が走り、僕の方に向かってきたのだ。もう完璧に月断流の技だ。
「――っ!」
弐刀・断空に近い衝撃波をかがむことで避け、お返しの抜刀術を見舞う。
強度自体はそれほどでもないらしく、壱刀・牙で問題なく両断することができた。
だがこれはマズイ。月断流を異片が覚えているとなれば、まともに戦うのが厳しくなる。
まだ弐刀や参刀止まりならば普通の兵士でも何とかなるレベルだが、四刀以上はさすがに同門の人間でないと苦しい。伍刀以上になったら、僕でも本気を出さなければ危険だ。
「クソッ……」
状況はどんどん悪くなるばかり。一向に数を減少させず、なおかつ強くなり続ける異片。そしてこちらの用意は未だ整わず。
「師匠!」
「わかっている! 今はただの雑魚だが、こいつらはいずれ私やお前に匹敵するレベルになるぞ!」
師匠の方も人型の異片を何体か一度に相手しながら、僕に向かって叫び返す。まだ余裕はあるようだが、長く持つかどうかは不明だ。
「カルティア、そっちは大丈夫!?」
「問題はありません」
今のところは、が続くはずだ。僕だってこんな状況で長時間戦っていられる保証はできない。
「…………」
打開策を練ろうとするのだが、何も思いつかない。どう考えてもこのまま戦っていたのではジリ貧が目に見えている。
……いや、一つだけ方法自体は思いついているのだ。だが、これを実行することは……、
「構わん。お前の判断が正しいと私も思う」
僕の考えていることを見透かしたかのように、師匠が戦いながら口を開く。
「ですが師匠! これは……これは!」
師匠を犠牲にするのと同義なんですよ……!
僕がやりたがらなかった理由はそれに尽きる。
要するに師匠を一人だけ時間稼ぎをお願いして残し、僕たちはティアマトに戻って魔法陣を完成させ異体に突入する。そしてサッサと終わらせて戻ってくる。
……こうして要点を並べると簡単なように思えるが、どう考えても魔法陣の準備に最低二日はかかる。その間、師匠が無事でいられる確率はかなり低い。
「私を信用しろ。私はお前のなんだ?」
「……剣の師匠です。僕が世界で二番目に尊敬する人でもあります」
ちなみに一番は兄さん。これだけは未来永劫変わらない。
「だろう? 一番はヤマトに譲るが……私はお前の尊敬する人なんだ。少しは見栄を張らせろ」
「…………わかりました。短くて二日。長くて四日。それまでの間、お願いします! カルティア、行こう!」
師匠でも無茶であろう頼みごとを言って、深々と頭を下げる。そしてカルティアと一緒にこの戦場から脱出すべく、動き出した。
「マスター、ハルナ様は……」
「……大丈夫だと信じるしかない。全力の僕と二日間戦い続けて平気な人だったんだから」
うん、だから大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせながら、僕はカルティアを腕に抱えて走り続けた。
「急ごう! 全員で協力して魔法陣を完成させる! 体力が惜しいとか言ってられない!」
帰りは師匠がいなかったため、目一杯急いでも十五分ほどかかってしまった。
何度も何度も激しい運動をしているため、息を切らしながら僕は魔法陣のところへ向かう。
『む、久しぶりだなエクセル。あまりこちらには来ないようだが……』
「バハムル、魔法陣の進行状況は!?」
世間話をしている余裕などないため、礼を失しているのは承知の上でいきなり用件を切り出す。
『む? すまない、我は血の提供に力を使っているため、そっちにはあまり詳しくない』
「あたしが答えるわ」
僕の言葉に対し、いつの間にか隣に来ていたニーナが答えてくれた。息を切らし、汗だくの僕を見て顔を真剣なものにしながら説明してくれる。
「状況としては順調。このままいけば一週間後には使えるようになるわ。……でも、それじゃ足りないんでしょ」
ニーナは僕の焦りようから進退窮まる状況であることを察したらしく、僕の心の中を読み切った答えをくれた。
「うん。僕も手伝うからかかる時間を二日まで縮めたい」
「……本当に何があったわけ? かなりヤバい状況ってのはあんたの顔を見れば何となくわかるけど……あたしだって何もかも見透かせるわけじゃないわよ」
「わかってる。説明は……カルティア、頼んだ」
とにかく時間が惜しい。僕はすでに魔法陣の改変作業に加わるべく準備を始めていた。そのため、説明は全てカルティアに丸投げしてしまう。
「ええっ!? ちょ、本当に何がどうなってるの!?」
「申し訳ありません、ニーナ様。ですが今は本当に一刻を争う事態なのです。ご理解の程をお願いいたします」
あまり説明を省くとかそういったことをしない僕がカルティアに説明を丸投げしたことがよほど驚いたのか、ニーナはアワアワと慌てていたがカルティアの言葉で落ち着きを取り戻す。
「……わかったわよ。その代わり、全部話してもらうからね」
「わかりました」
ニーナとカルティアが事情のやり取りを始めているのを後ろに感じながら、僕は魔法陣の改変作業に加わっていった。