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三部 第二十九話

「はあああああああああああああぁぁぁぁっ!!」


 殻から粘液に塗れ、ゴブリンに酷似した顔を出している異体目がけ、抜刀を繰り出す。剣技でも何でもなく、ひねりのないただの抜刀だ。


「あ?」


 だが、思いのほか容易く異体の頭は上下に分断され、緑色の血を噴出させる。手応えから言ってもそこそこ固くはあったが、竜鱗並の硬さではない。


「なるほど……小型異体――異体の欠片なのですから、異片(イヘン)とでも呼びましょうか。その中でも最も小さい異片は強度が低いようですね。その代わり――」


 僕がついさっき斬り捨てた異片のこもっていた殻から、次々と手やら足やらが生えてくる。


「うげっ……」


 ヌメヌメとした粘液に包まれた手足が球体から生えていく光景は非常に気味が悪い。おまけに血も緑色だし、地上に存在するどの生物とも当てはまらない。


「腐っても星の侵略者、か……!」


 これ以上増殖されるのも困るので、左手にクリスタルの刀を持って双剣を振るう。数が多いので、手数重視で戦わなければ話にならない。


「一応、攻撃能力も見ておきたいのですが……」


「じゃあ一体残す! そっちで頼む!」


 攻撃に毒があった場合も考えると、僕よりカルティアの方が向いている。彼女に毒はまったく効かないと言ってもいい。何せ機械だし。


「わかりました! ――マスター! 右に新種です!」


 カルティアの報告を聞く前からわかっていた。何せ僕の体を隠してしまうような影ができていたのだ。気付かない方がおかしい。


 影の形から判断できるのは巨大な人の形であること。そして僕に向かって粘液に包まれた腕を振り下ろそうとしていることの二つ。


「――わかってる」


 振り向きざまに刀を振り上げ、巨大異片から振り下ろされた腕を受け止める。


「重っ!」


 巨体の有効性を存分に活かした重い一撃に足が地面に沈み、受け止めた波切(なぎり)が軋んで悲鳴を上げる。


 ――二度は受けられないな。


 兄さんの剣となって幾多の敵を斬り伏せてきた波切でも、二度受けたら間違いなく折れる。兄さんの形見でもあるこの刀、折らせるわけにはいかない。


「こいつは……さしずめオークか!」


 さっきの数任せの奴はゴブリンに似ていた。こっちの巨体はオークに似ているとも言える。腕力任せの攻撃とか、体が大きいところとか。


「急いでください! まだ上から降ってくるものもあります!」


「だけど、この数相手は……キツイ!」


 剣技で一掃してもいいのだが、一応観察もしなければならないため、一通りの種類は見なければならない。


 まったく……面倒極まりない戦いだ。ここまで周囲に配慮した戦いなんて、滅多にしたことないぞ。


「悪いけど本当に余裕がなくなったら一掃するからな! この……っ!」


 気付いたら周囲をゴブリン型の異片に囲まれていたため、回転斬りをしつつ夜叉でその場を離脱する。


「少なくとも今は……」


 ゴブリン型が多数。オーク型がある程度。そしてカニのような巨大バサミを持った異片が少し。


「あのハサミを持っている奴が危険!」


 すぐさまカルティアに報告する。ゴブリンとオーク型は群れを組ませなければ大した脅威にならないのだが、このカニ型の奴だけは危険だと僕の第六感が告げていた。


「根拠は何ですか!?」


「僕の勘!」


「わかりました、信じます!」


 まさかきっちりとした根拠を求めるカルティア相手に勘というセリフが通じるとは思ってなかった。とはいえ、説明しろと言われたら無理だったんだけど。


「カルティア、ゴブリンとオークの異片は頼む! 僕はあいつらと戦ってみる!」


「お気をつけて!」


 カニ型の異片までに立ち塞がる異片どもを双剣で斬り払う。昔の僕ならちょっと厳しかったが、今の僕なら欠伸をしながらでもできる。


 そしてカニ型異片の目前まで来て、改めてその大きさに圧倒された。


(デカッ……)


 オーク型の異片も大きかったが、せいぜい三メル程度だ。だが、こいつは明らかに五メル以上はある。全身を覆っている甲殻はまだ粘液に塗れているため、太陽の光を弾いてヌメヌメとした光沢を放っている。


 本来、カニというのは赤い色をしているが、目の前のこいつは全然違う。空に浮かぶ異体と同じく、薄い緑に近い――例えるなら腐ったメロンの色に近い皮膚色をしている。


「まずは斬れるかどうか……!」


 僕の体を切断しようと振るわれるハサミに飛び移り、そのまま腕を駆け上って頭頂部分で振り上げたクリスタルの刀を振り下ろす。


 しかし、ただの振り下ろしは虚しく弾かれてしまうだけだった。


「今度は固い……!」


 おまけに同士討ちを恐れないのか、別のカニ型の異片が僕目がけてハサミを振り下ろしてくる。避けたら仲間の脳天に当たるというのに、まるで勢いに淀みがない。


「うわっ!」


 そのハサミを避けるとつい先ほどまで僕のいた場所から生温く、白っぽい液体が噴出する。それがカニのミソに当たるものであることに、僕は振り下ろされたハサミを介して飛び移ったカニの上で気付いた。


(同士討ちもいとわないか……厄介だけど、それはそれでやりようがある)


 僕みたいに身軽な動きができる人に限定されてしまうが、一体ずつ同士討ちを誘う方法もある。


 だが、他の手段で倒せないのもマズイ。そう考えた僕は他の異片が僕の今立っているカニ型異片を倒してしまわないうちに背中から降りる。


「単純な振り下ろしが効かなければ――」


 横薙ぎに振るわれるハサミを飛んで回避し、目前まで迫って柄に右手を添える。


「――これならどうだ!」




 ――壱刀・牙。




 高速の抜刀術が口に当たる部分を斬り裂き、剣先から出た衝撃波が頭を破壊していく。


 どうやら外側の甲殻はかなり硬いが、中身は相応にもろいらしい。外側の甲殻も抜刀の勢いさえあれば断ち切ることができる。


 ……だが、これでは戦える人が月断流を修めた人間に限定されてしまう。つまり僕と師匠以外、一対一で戦って勝つのは難しい。


(これで個体数が少なければ人海戦術もできたんだけど……)


 むしろ量的には向こうの方が遥かに大きい。こっちが量より質をやらなければならないのに、一体一体の質も向こうが上とか悪夢だ。


「このっ!」


 すぐに波切を納め、返り血を避けながら別の一体に肉薄する。仲間を殺されたことにも動じず、カニ型異片は左右から挟み込むようにハサミを振り下ろしてきた。


「っらぁっ!!」


 関節部分を狙った抜刀で左側から迫ってきたハサミを斬り飛ばし、血が吹き出そうとする一瞬の隙間を縫うように走り抜ける。


 そして血が吹き出した切断面目がけて、再び抜刀する。




 ――弐刀改変・(イバラ)




 傷口に入った真空波が内部で爆散し、体中を駆け巡って血管という血管を破壊しつくす魔法剣だ。


 ……思いついた僕が言うのもどうかと思うけど、エグいことこの上ない。


 内側から傷つけられて甲殻の隙間の至る所から血を吹き出して倒れる異片の姿を見て、こいつらを誰もが倒す方法を理解する。


 こいつらは関節と内部に弱い。その部分を突けば、存外簡単に倒せる程度だ。


「よし……っ!」


 勝てる。こいつら相手にちゃんと戦って、ちゃんと勝てる。その確かな手応えを感じ、僕は知らず知らずのうちに拳を握り締めていた。


「カルティア! 他の種類はいない!?」


「今回はこの三種類だけのようです! すでに観察も終わりましたから、せん滅をお願いします!」


「よしきた!」


 ようやく大威力の剣技と魔法を解禁された。ここからは僕の最も得意とする分野だ。


「粉微塵に斬り刻め……!」




 ――伍刀・無限刃。




 今の僕が使える最高剣技を使い、刃の嵐を生み出す。一つ一つの威力は抜刀術の威力に勝てないが、これだけの数があればどんな敵だろうと粉々にすることができる。


「まだまだっ!」


 刃の嵐が消えないうちに魔力を集め、炎の属性変換をする。やはりこういった殲滅戦には炎の魔法が使いやすい。


「《熾天使の裁き(セラフィレイズ)》!!」


 プロミネンスすら起こしている熱量を誇る熱線が迸り、射線上にいた全ての異片を存在の痕跡すら残さず蒸発させる。


「ふぅ……」


 魔力の放出をやめ、徐々に小さくなっていく熱線を眺めながら、少しだけ警戒を緩める。もちろん、何が起こるかわからないから完全に緩めはしないが。


「……マスター。生体反応ゼロ。完璧に倒したようです」


 カルティアの言葉を信用して、今度こそ警戒を解く。それと同時に、汗が噴き出す。


「ハッ――」


 荒くなりかけた呼吸を一度の深呼吸で元に戻し、今まで自分がかなりの緊張と戦っていたことに気付いた。


「……こんな調子で、大丈夫なのかね」


 自分で自分が信用できないが、他人の前でこのような姿は見せられない。曲がりなりにも、今の僕はあまりに多くの人の期待を背負っているのだから。


「マスター」


「何も言わないで。こんな姿、カルティアの前かニーナの前ぐらいでしかさらせない」


 物言いたげなカルティアを先んじて制し、何も言わせないようにする。


 カルティアは命令にしておけば絶対他言無用にしてくれるため、弱音を吐きやすい。


 別にニーナでも構わないんだが、何となく彼女に弱みを見せるのを嫌う自分がいる。守りたい人間を不安にさせて喜ぶ趣味はない。


「……わかりました」


 何か言いたげな顔は変わらなかったが、それでもカルティアは退いてくれ、その場にそっと佇んでくれた。本当にできた機械だ。


 そのことに内心で感謝しながら、僕は戦いの始まる前に一度だけ見上げた空をもう一度見上げる。


 風が吹き、いつもと変わらぬ草の香りが鼻をくすぐる。煙草でもあれば吸いたい気分だ。吸ったことないけど。


「はぁ……」


 最終決戦まであとわずか。なのに心はどうしようもなく沈んでいく。本来なら肉体、精神ともに最高の状態まで持っていかないといけないというのに。


 それがわかっているからこそ、また自分への自嘲が止まらない。まさに悪循環だ。


「はぁ……」


 本当、このままで大丈夫なんだろうか……。


「マスター。色々とお悩みなのを承知で言わせていただきます」


「ん?」


 珍しいな。カルティアがそんなことを言い出すなんて。




「マスターは、頑張っておられます」




「様々なことが積み重なって、理不尽な形でばかり表面に出ますが……それでもマスターは頑張ってます。私が保証します」


「…………あははっ」


 何とも情けない話だ。まさか機械人形に慰められるなんて。いや、本当に機械だと思ったことはあまりないんだけどさ。


「……マスター?」


「いや、ごめん。笑っちゃって。……ありがとう。少し元気出たよ」


 僕の悪癖は相変わらずだ。どうしようもないことでついつい思い悩んでしまう。


「なるようになるさ、か……」


 久しぶりに考えた思考だ。今まではどうにも気が張ってついつい悲観的に物事を考えてしまっていた。


 ……うん、前向きにならないとできることもできなくなっちゃうよな。


「……よし! 帰るか!」


 頬を叩いて気合を入れ直し、カルティアに声をかける。だが、いつもはすぐに返事をするはずのカルティアからの返事が一向に来ない。


「…………」


 それどころか慄くような顔で空を見上げていた。


 ……空?


「――っ、まさかカルティア!?」


「……はい、そのまさかです」




 ――異片の群れがいくつもこちらに向かってきています。

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