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三部 第二十八話

「カルティア、異体の様子はどう?」


「マスター、いらしていたのですか」


「まあね。基本暇を持て余してる人間だから」


 師匠との戦いから少し経って、また例によって暇だった僕はカルティアの様子を見に行った。


 ……他にすることは師匠との最後の修行ぐらいしかないんだよね。最近は僕しか知らないような情報も全部出し尽くしちゃったし。


「何を言います。マスターが休息を取って、奴との決戦時に万全の体制で挑むのは当然でしょう。それはさておき、異体のことでしたね。変化はありますよ。聞きますか?」


「……いや、だからそれを聞きに来たんだけど」


 変化はないに越したことはないのだが、尖兵どもと戦うのは遅かれ早かれ避けられないことでもある。


「ではお話します。……まず、異体の表面部分に何か蠢くような動きがありました。近いうちに何かしらの動きがあるかと思われます」


「何かしらの動きって言うと……尖兵か」


 ようやくと言えばようやくだが、ついに向こうからの攻撃が始まるのか。


「やっとまともに動ける……。僕が動いてもいいよね?」


「はい。私も奴に関する情報はあまり多く持っているとは言えません。そのため、異体に突入するマスターにも満足な情報を提供できません。必ず私もついていき、情報を入手したいと思っております」


 カルティアの兵装は誰も見ていないところで初めて役に立つ。それにカルティアは僕にしか従わない存在であるため、最終決戦にも連れて行くしかない。


 ……いや、来るなと言ってもこいつは絶対に来るだろうから、だったら目の届くところに置いておいた方が僕の精神的にも安心できる。


「わかってる。……んで、その異変というのはいつ頃表面化しそう?」


「遅くとも三日以内には。いつでも戦える準備をしておいてください」


「大丈夫だよ」


 常に刀は携帯してるし、クリスタルを作れる僕ならどこにいたって武器を調達できる。いつでもどこでも戦える状態だ。


「……ですが、ゆめゆめ油断なさらぬよう。あなたは今やこの地上の希望なのですから……」


 失敗したら文字通り星になるんだけどね。


 そんな皮肉が喉の辺りまで出かけるが、何とか飲み下す。


 ……カルティアに言っても意味のないこと。そうだろう、僕?


 世界の希望。一歩間違えれば即死。未知の敵相手にほぼ単騎で突撃。


 色々なことに対する重圧が今さらになって胸にのしかかってくる。後の方は割と日常茶飯事に近いことだから結構平気なのだが……。


「ふぅ……」


 カルティアが聞き取れないであろう位置まで離れてから、ひっそりとため息をつく。


 まったく、全人類の期待を背負うとか柄じゃないんだけどな……。


 その重さが僕を不安にさせていることを自覚しながら、あえて表に出さず僕はカルティアの元を離れて剣の素振りでもすることにした。






 その日の夜、水浴びでもしようかと部屋に戻った時だった。


「ニーナ。何度でも突っ込むけどここは僕の部屋だよ。勝手に自分のものにしないでくれる?」


「あんたのものはあたしのもの。あたしのものはあたしのものよ」


「どこまで理不尽なセリフだ……」


「いいじゃない。別に隠すようなものがあるわけでもないでしょ。その点、あたしは乙女だから何かと入用なのよ」


 何となく理解はできるが、納得はしたくない。第一、僕にだって触ってほしくないものくらいある。


「失礼だね。僕にだってそういうのはあるよ」


「あら意外。じゃあ見せてみなさいよ。なければウソだって判断するからね」


 見せたくないものなのに見せてみろとはこれいかに。というか理不尽過ぎる。


「まあいいけど……。これだよ」


 棚に置いてあった緑色の液体を取り出す。ニーナはそれを怪訝そうな瞳で見つめた。


「……これが見せたくないもの?」


「見せたくないというより触ってほしくないもの、だね。これ、ほぼ何にでも効く即死毒だから」


 一滴でも舐めたり皮膚に触れれば死ぬよ、と言って棚にしまい直す。毒に慣れているからか、ニーナは特に怖がらずそれを眺めていた。


「ずいぶん物騒な毒を持ってるわね……。いつ作ったのよ?」


「ニーナがたまに薬草と間違えて採ってきた毒草を寄せ集めてみた。結果として恐ろしく強力になっちゃったから、レシピ破棄してこれも処分する予定」


 さすがにこれは表に出してはいけない類だ。いつか別の人に作られて日の目を見ることはあっても、それは今ではない。


「ふーん……。ねえ、エクセ――」


「却下」


「まだ何も言ってないじゃない!」


 目を見ればわかる。その期待とか好奇心に満ち溢れた瞳が口よりも物語っている。


「この毒をくれないかってことでしょ。絶対ダメ。取り扱いにも注意しなくちゃならないし、万が一にでもひっくり返したりしてみなよ。僕が一生後悔する」


 この毒は今日中に捨てよう。ニーナが夜中に取りに来たりしてこぼしたら大惨事だ。


「ケチ、って言いたいところだけど毒の中身が中身だもんね……仕方ないか……」


 ニーナも大して期待してなかったらしく、ため息一つで諦めてくれた。


「そういうこと。これは僕だって予想してなかった結果の産物なんだ。効果は確かめられたけど、他にどんな効果があるのかわかったもんじゃない」


 ちなみに毒であることの検証は近場のモンスターで試した。一瞬で倒れ、そのままピクリとも動かなくなった時には驚いたものだ。


「まあ、即死毒である以上副作用の心配はしなくていいけどね。仮死状態になった形跡もないし」


「ふーん……って考えれば考えるほど凶悪極まりない毒よね、それって」


「だから破棄しようとしてるんだよ。……ちょっと部屋で待ってて。魔法を使って消し飛ばしてくるから」


「うん」


 まったく、どうしてこんなものを作ってしまったんだか……、と自分の薬剤調合士としての性を恨めしく思いながら、外に出る。


 幸い、ニーナも僕が持っているものの危険性は理解してくれたのか邪魔することなく毒を捨てることができた。


 ……ちなみに捨てる方法は空に放り投げて魔法をぶっ放す。毒性が強過ぎるため、地面に埋めたり川に流すだけではダメなのだ。魔法で蒸発する余地すら与えず、一気に消し飛ばさなければならなかった。


 たかが薬瓶一つ分の液体相手に《熾天使の裁き(セラフィレイズ)》を使う羽目になるとは……。


 薬って侮れない、としみじみ実感した瞬間だった。






 そんなことから二日ほど経った日のことだ。カルティアが息せき切らして駆け込んできたのは。


「マスター!」


 その尋常じゃない様子を見れば、誰でも何かが起きたとわかる。


「……遅かったな。待ち過ぎて肩が凝ってきたところだよ」


 暇を持て余して新しい魔法でも覚えようと最新式の魔法書を読んでいたところだった。ちなみに収穫はゼロ。やはり有用な魔法は昔から使われているようだ。


「異体本体から破片が分離するのを確認しました! 計算ではこの近くに半刻ほどすれば着地します! 迎撃の準備を!」


「ん、了解」


 半刻……一時間か。近くというのがどの辺なのか少しわからないが、夜叉を使えば三十分以内に到着できる場所だろう。


「よし、急いで向かおう。案内頼む。ニーナ! ちょっと出かけてくる!」


 すぐさま立ち上がって兄さんの形見である波切(なぎり)を腰に差し、隣の部屋で短剣を磨いているニーナに一声かけて部屋を出た。


「ちょっとどこに行くの……あいた! 指切った!」


 マズイ、声をかけるべきでないタイミングで声をかけてしまった。ただでさえ刃物の扱いは慎重にしないといけないのに。


 内心でごめんなさいごめんなさいと土下座しながら、僕とカルティアはティアマトの外へ向かって走った。






「……んで、予測地点はここなの?」


「はい。そろそろ目視可能になるはずです」


 三十分後、僕とカルティアは落下予測地点と思われる場所に立っていた。


 空には相変わらずグロテスクな異体が浮かび、青空の爽快感とのミスマッチが半端じゃない。


「まったく……よく晴れた青空は好きなんだけどな……」


 あんなものがあったのでは楽しめたものではない。早いとこ奴を消して、もとの綺麗な青空を取り戻したい。


「カルティアの目ならもう確認可能か?」


「はい。ですが、空圧の変化に耐えるために甲殻で体を覆っており、どんな姿形をしているのかまでは判別できません」


「……僕の魔法が通じる可能性は?」


 これが一番知りたいことだ。魔法が通じなければハッキリ言ってどうしようもない。魔法陣の方だって魔力が通じなければ何の意味もない。


「あると思います。ですが、今回の目的もお忘れなきよう。せん滅ももちろん行ないますが、情報収集も並行して行ないますので」


「わかってる。そっちはカルティアに任せるよ」


 敵の観察は得意な方だけど、さすがにカルティアが相手となると劣ってしまう。


 それに僕の場合はどちらかというと劣勢からの突破口を切り開くために相手を観察することが多いため、相手の特性自体を見切るのはやったことがない。隙ができる瞬間を見切るのは余裕だが。


「了解しました。……来ます!」


 カルティアが急に声を大きくして空を見た。僕もそれにつられて空を見上げると、そこには真っ赤に加熱した丸い物体がいくつか存在していた。


「あれが……」


 僕たちの倒すべき相手の欠片。そう思うと全身に力が湧いてくる。


 空に浮かぶ異体が僕の倒すべき相手。逆に言ってしまえば、奴さえ倒せば僕は自由になれる。


「はははっ……」


 あんなに不安がっていた心はどこにもない。あるのは震えるほどの歓喜と、胸が詰まりそうなほどの闘志。


 ああ、早く降りてこい。地面に触れた瞬間、八つ裂きにしてやるから。




「――マスター。間もなく来ます」




「……っ! あ、ああ。了解」


 カルティアの何気ない一言で胸にたぎっていた激情が息を潜める。


 危なかった……あと一歩で気が昂ったまま戦いに臨むところだった。普段と違う戦い方などをしたところで無駄があるに決まっている。


 僕は僕でいつも通り、冷静に戦えばいい。


「んじゃ、行きますかね……!」


 異体が次々と地面に降り立ち、その甲殻を突き破って中から出てくるのを眺め、僕たちは奴らを倒すべく突撃を開始した。

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