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三部 第二十六話

 会議室にいる人たち全員の視線が僕に集中する。


 ジロジロと値踏みされるような目線を不快に感じながら、それを微塵も顔に出さずに説明を続ける。


「まず、私自身が生贄になることに関しては特に拒否感はありません。どの道私が戦うことになるのは変わりませんから」


「ちょっと待ちたまえ。君を犠牲にしなければ、我々は全力で奴らに抗うだけだ。それがどれほどの被害をもたらすか、わからないほど愚鈍なわけではあるまい」


 僕の言葉に対し、一人の人が立ち上がって反論のようなものを述べる。だが、抗うだけでは勝てないことも承知のはずだろう。


「お聞きしますが、あなた方は空に浮かぶ奴相手に攻撃を与えられる手段がお有りなのですか? それに魔法陣を使用するということは、あなた方に異体を相手取るよりも多くの犠牲を強いる可能性もあります」


 さらに幾人かの人が目を見開く。僕の言った可能性に気付いてなかったのか、はたまたすでに気付いていたことを指摘されたことに驚いたのか。


「……どういうことか、君の口から聞かせてもらおうか」


 惑星会議(グランドクロス)の議長を務めているワイズマン様から説明を促される。僕もうなずき、説明を開始した。


「はい。まず知っておいてほしいこととして、私を魔法陣の生贄にして異体を倒す場合にもこちらに甚大な被害が出ることです。理由としては単純明快。――魔法陣の範囲が惑星ほぼ全てだからです」


 その中心に僕がいようと、魔法陣が範囲内のもの全てから魔力を根こそぎ奪うものであることに変わりはない。


 ならば、動植物がかなりの数で死滅してしまうことになる。


 資材となる木々や食料となる動物がほとんどいなくなることから、人類は相当な苦行――ひょっとしたら環境の急激な変化に耐え切れず絶滅してしまうかもしれないレベルのものを強いられてしまう。当然、文明の後退もあるだろう。


「確かにそれはあるが……あれを相手に確実に勝てる方法はこれしかないのも事実。それは君も理解しているはずだ」


「当然です。でなければ拒否させてもらっています。確実でもないことに命は懸けられても捨てることはできません」


 無駄死には勘弁してほしい。それくらいなら自爆を選んで確実性を上げる方がまだマシだ。


「ですがそれを行えば私はもちろん、あなた方にも甚大な被害がもたらされます。たとえ奴に勝ったとしても、先がなければ何の意味もないと思いませんか?」


 戦争をやって考えるべきこと。それは勝ったあとの治め方だ。相手の国をいかに傷つけず自分のものにするか。


 今回は少し意味合いが違ってくる。どうやってこちらの被害を最小にしつつ、奴を倒すか。それに全てが集約されるはずだ。


「……もったいぶらずに話しても良いぞ。……何か代案がなければわざわざここまで来ることもあるまい」


 ワイズマン様からの許可をいただき、ようやく僕は心の中で組み立てていた作戦を話すことにした。


「はい。と言っても、私たちが奴らと戦うことに変わりはありません。ただ、少しだけ魔法陣の仕組みを変えてしまいたいのです」


「ふむ……一体どんなものに変えるつもりだ?」


 考える素振りを見せながら、ワイズマン様が話の続きを促してくる。魔法の専門分野の話であるため、周りの人は聞きに徹するようだ。




「――異体内部への、転移魔法陣です」




「……無理だ。転移魔法陣は始点と終点、両方が存在して初めて成立する。こちらから始点は作れても向こうに終点は作れない」


「ああ、申し訳ありません。言い方が少し悪かったようです。正確には、異体へ突入できる道を作り出すように変えてほしいのです」


 階段ができるタイプでも、僕たちの体を浮かせてそこまで持って行くタイプでも何でも構わない。とにかく僕をあそこまで運んでくれるものであれば何でも。


「……作って、どうするつもりだ?」


「私があそこで乗り込んで内部から叩きます。その間、下に来るであろう尖兵たちはあなた方の手で防いでもらいたい」


 僕の発言に対し、会議室が騒然とする。それもそうだろう。僕が提案したのは不確実極まりない方法だからだ。


「バカも休み休み言え! そのような不安要素しかないもの、承認できるはずがない!」


「至って本気です。私が内部に突入して倒す。ただ、ここで知っておいてもらいたいこととして私が失敗した場合――」




 ――私の全魔力を暴走させて自爆します。




 そこかしこから息を呑む音が聞こえる。ただ、生贄にされることと大して変わらない気もするため僕はあまり気にならなかった。


「これなら万が一失敗しても異体の排除はできます。それに成功すればこちらの被害も最小限に抑えられる」


 魔法陣を利用して僕の魔力をぶつけるとしても、地上からより内部でやった方が効果は高いはず。確実性も増して、僕が助かる見込みも出てくる。一石二鳥の作戦だ。


 ……問題としては、僕以外の人的被害が出てしまうことだが。


「いかがでしょう? 別にこれは私が助かりたくて言っているわけではありません。何でしたら、自爆術式を組み込むのは他人に任せてくれたっていいです。ただ、こちらの方が先を見た場合の被害は格段に少なくなる」


 僕が死んで異体と相討ちになるか、ほんのわずかな損害を出しただけで空の脅威を退けられるか。はたまた、僕を犠牲にして魔法陣を使い、荒廃し切った世界に生きるか。物事を大局的に判断できる人なら、答えは考えるまでもないはずだ。


「……正直、そこまで上手い話があるということが信じられない。そもそも、自爆術式を組み込んだ君があの内部まで侵入できるのか? できなければ、君という魔力の塊が地上近くで爆発するのだぞ? 異体を消滅させられると断言できるほどの魔力だ。どれほどの被害をもたらす?」


 僕の言葉に異議を唱える者も当然出る。だが、その内容に対しての保証は僕でもできない。


「質問に質問を返すことの失礼を承知で言いますが、私を犠牲にして魔法陣を発動させたところで異体を倒せる確実な保証というのはあるのですか?」


「む……」


 卑怯な言い回しであることはわかっているが、あえて使わせてもらう。奴を倒せる方法に確実な保証というものは何一つない。


 ひょっとしたら魔力に対して圧倒的な耐性を身につけ、僕が自爆しても傷一つ負わない可能性だってある。


 要するに何もわかっていないのだ。奴に対して、僕たちはあまりに情報が少ない。


「私を犠牲にするならそれも構いません。ですが、いきなり切り札を切るのはあまりに短絡的だと思いませんか? 相手は何の情報もない空に浮かぶ物体。……私の提案した作戦にしたって、失敗すれば支払うのは私自身の命です。ならばほんの少し、私に時間をいただけないでしょうか?」


 そう言って、僕は知らず知らずのうちにこもっていた肩の力を呼吸とともに緩める。


 もう僕の言いたいことは全て言った。ダメだったら……力づくで突入をかけるしかない。


 別に生贄になることに忌避感があるわけではなく、ニーナと生きる約束をしてしまったからだ。


 彼女が生きようとする限り、僕も生き残る努力を怠ってはいけない。だからああは言ったものの、本当に生贄となるつもりは一切ない。


 ……まあ、僕が突入する際に自爆術式を組み込むというのは本気だが。


「……勝算は?」


 僕の言葉が作り出した長い沈黙を破ったのはワイズマン様だった。そのしわがれた低い声が僕を射抜く。


「ハッキリこれと言った断言はできませんが……、私の予想では三割あれば良い方だと思っております」


 カルティアからの情報を頼りにした推測だが、大きく外れているとも思えない。あの尖兵どもの戦力次第だ。


「……もう一つ聞こう。君が失敗し、自爆術式を発動させた場合の勝算は?」


「確実だと言わせてもらいます。たとえ奴に魔力の耐性があったとしても、私の魔力全てをぶつけて無事でいられるはずがありません」


 これだけは断言できる。僕の魔力はすでに空に見える星を全て消し飛ばしても余りある量になっている。その魔力を全て解放するのだ。どんな存在であれ例外なく消し飛ばす。


 ……まあ、自爆術式でもない限りそんな大きな魔力、人間の身に扱えるわけがないのだけど。


「大した自信だ。できなければ我々の命運も尽きるというのに」


「万が一――いえ、兆が一にも私が自爆して奴が存命していた場合は改めて魔法陣を使ってください。必ず無傷ではないはずですから」


 会場が静まり返る。各々の頭の中には様々な思考が渦巻いているのだろう。


「……皮肉なものだな。いくら我々が議論したところで、結局のところは君に全て集約される」


「そうだな。我々の技術がたった一人の存在によって意味のないものとなる……あまり気分の良いものではない」


 シルバたちがしみじみと言いながら、僕に視線を投げかけてくる。僕は気付かないふりをしてその場に立っていた。


 ……あと、そんなことは僕に言われても困る。こっちだって好きでこうなったわけじゃない。


「……エクセル。惑星会議(グランドクロス)議長であるワイズマンの名の下に命ずる。――




 ――奴の中に突入し、奴を消滅せよ。




「なお、これは命令ゆえ、拒否権はない。……返事はどうした?」


 ワイズマン様からの言葉が自分の狙い通りのものであったとしても、信じられない思いが沸いてしまい返事が遅れてしまう。


「は――はいっ! 魔導士エクセル、確かに承りました!」


 背筋を伸ばし、ワイズマン様の言葉に応える。


「よろしい。今この時をもって、我々は全力で彼の援護をする。……一丸となって、奴を倒すのだ!」


 ワイズマン様はその老体からは想像もできない覇気のある声を出し、会議室にいる人たち全員に喝を入れる。


「エクセル。君は休め。作戦決行まで、魔法陣のことなど異体に関する情報については指揮を仰ぐこともあるだろうが、それ以外は体調を整えることに費やせ」


「わかりました」


 他にやることがあるわけでもないし、魔法陣の解析は専門家に任せた方がいい。


「それでは失礼します。……ああ、一つだけ。魔法陣の起点に一人待機させていますが、気にしないでください」


 バハムルは僕に協力してくれるし、ニーナとの関係も悪いわけじゃない。彼女に任せても平気だろう。


「ロゼ、行こう」


「え、ええ……。わたくしがここにいても無意味ですものね」


 僕とワイズマン様の対話の邪魔をしないよう壁際にいたロゼに声をかけ、一緒に部屋を出た。






「……疲れた!」


 部屋を出てしばらく歩いたところで、僕は一気に脱力する。


 いや、あんな空気の中に長時間いるだけで疲れてしまう。動いていればまだマシなんだけど。


「その気持ちは察しますわ。わたくしも最初は慣れませんでした」


「僕は一生慣れそうにないよ……」


 あの重っ苦しい空気の中にいるくらいなら戦場で死と隣り合わせの戦いをしていた方が性に合っている。


 ……僕もずいぶんと武闘派になってきたな。


「ですわね……。エクセ、あなたはこれからどうするのです? ポーション作成ももう、あなたがする必要はありませんわよ?」


「わかってる。何かあるまで休むつもり。……あとは少しだけ出かけるかもしれないくらい」


 今さらだが、兄さんの墓参りにも行っておきたい。何もかもを終わらせてくることを報告したい。


「……あまり長くならないようにしてくださいまし? あ、わたくしは少し用事がありますので、ここで……」


「うん、気をつけて」


 ロゼが図書館の方向に向かうのを見送ってから、僕は宿に向かって歩く。


(……これから大変になりそうだ)


 一気に状況が動くであろうことを、予想しながら。

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