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三部 第二十五話

「……そっか。ようやく来たんだ」


 僕は椅子から立ち上がりながら、今まで使っていた辞書などを片付ける。


「エクセ……? ずいぶん落ち着いてらっしゃるのですね……」


「遠からず来ることはわかってたよ。それが今だってだけ」


 魔法陣の解析で凝ってしまった体をほぐしながら、念のため波切(なぎり)を腰に差しておく。


「ニーナ、留守番お願い。お呼ばれしてるのは僕だけだから」


「別にいいけど……遅くても明日の正午には帰ってきて。でないとあたしはあんたが囚われたと判断して動くから」


「……肝に銘じておきます」


 何がなんでも戻らなければ僕以外の人たちの命が危ない。


 妙な使命感を持ったまま、僕はロゼの後ろについて行って部屋を出るべく扉を開ける。


「じゃあ――行ってくる」


「行ってらっしゃい。――帰ってきてね」


 ニーナの言葉に手を振って、僕は扉を閉めた。






「それにしても……中央議会なんて行くの初めてなんだけど」


 学院時代はもっぱら講義やら勉強やらアルバイトやらで忙しかった。あるということは知っていたが、遠目で見るだけで終わりだ。


「確かにそうですわね。わたくしも入ったのは学院を卒業してからですし」


「別に気にすることでもないけどさ。どうせただの建物であることに変わりはないんだし」


 入った瞬間に転移術式が発動して、得体の知れない場所に吹っ飛ばされることもない。ある意味安全ではないか。


「……本当に変わりましたのね。以前、エクセはわたくしの家に連れていった時、門の前で怖気付いてましたもの」


「あまり過去は振り返らない主義なんだ」


 昔話に思い当たる節はあったが、しれっと返しておく。


「……エクセ、本当に変わりましたのね」


 しみじみとつぶやくロゼの言葉が、なぜかあまり喜んでいるように聞こえなかった。


「まあ、たかだか家ぐらいで驚いていたんじゃ、師匠との修行では一瞬で叩き潰されるからね」


 あの人の繰り出す技に一つ一つ驚いていたのでは、あっという間に僕の首が物理的に飛んでいた。なので何が起こっても動じず、すぐさま対応策を考える癖がついてしまったのだ。


「あなたの送った修行というのも気になりますが……着きましたわよ」


 ロゼが指差す先には、巨大な建造物がそびえ立っていた。ここが中央議会なのだろう。


「僕もあまりティアマトの政治形式には詳しくないけど……どうなっているわけ?」


 入る前に確認をしておこうとロゼに質問する。


「エクセも知っているでしょうが、ここにいる人間は大半が研究畑の人間ですわ。ですがそれだけでは街が成り立たないのも事実。なので、ある一定以上の階級にある人間と政治に学のある人間で動かしてますわね」


 確かティアマトでは階級が高ければ高いほど、研究費の支給が増えたり機材の融通も利くようになると学んでいた。


 つまり、より上質な研究がしたければ、政治への造詣も深めなければならないのか。面倒極まりないシステムだ。


「面倒だと言う声もありますが、街が街として機能しなくなることの方が研究者たちにとって憂うべき事態ですわ。ここほど施設の整った魔導研究都市はありませんもの」


「だろうね。ロゼも学んでるの?」


 それにティアマトを去った人間の僕にとっては対岸の火事である。興味もないし、関係もない。


「わたくしは物心のついた頃から帝王学などは学ばされましたわ。ですので、その辺は免除です」


「ほへぇ……さすが名家」


 僕からすれば想像もできない世界だ。まあ、物心ついた頃が村の焼かれた後になる僕からすれば幼少期の記憶があるだけでもすごいと思ってしまう。


「その代わり、名家に生まれれば色々としがらみもある。エクセだって一端をのぞき見ているはずですわ」


 そう言って虚ろな目をするロゼ。彼女の脳裏に映っているのはお見合い騒動の際の出来事だろうか。


「……まあ、一生縁のない世界だろうね」


 僕は気ままな旅暮らしの方が性に合っている。物心ついた頃からほとんど旅をして生きてきたのだ。今さら変えようとも思わない。


「説明はこれくらいにして……入りますわよ」


 ロゼは僕の言葉に何か物言いたげな顔をするが、結局何も言わずに扉に手をかける。


「わかった」


 僕がロゼの確認にうなずくのと同時に、扉が開かれて中央議会の中に足を踏み入れた。






「……初めて入るけど、どうしてこの手の場所ってやたらと凝っているんだろうね?」


 淡い光が通路を照らし、壁にはやたら高級そうな絵画がかけられている。ついでに見たことのない魔法具(アーティファクト)まであり、魔導研究都市であることを存分にアピールしていた。


「……これは何の魔法具(アーティファクト)だろう? 見たことないし、用途がわからないんだけど」


 さすがに現存するものを全て網羅しているわけではないから単純に僕が知らないだけかもしれないが、これは何となく違う気がする。


「ああ、それは……ただの明かりですわ」


「……は?」


 ロゼが僕を案内する片手間に説明してくれる。


 その内容にぽかんと口を開けることしかできない。え? ただの明かり? こんなにゴチャゴチャと仕掛けが蠢いているのに?


「他の国の人がこうして集まる際、低く見られないようにするためですわ。これが華美に過ぎるという意見には賛成ですが、あまり質素に過ぎるのもよくないということですわね」


「ふーん……」


 やはり僕には理解できない世界だ。他人に嘗められないようにある程度の威圧感を放つというのはわからないでもないのだが……。


 用心棒やら護衛などをする際、僕みたいにひょろっとした体格であるのは嘗められる原因になるのだ。


 ……チクショウ。僕だって好きでこんな細っこい体に生まれたわけじゃない。


「まあ、何となくだけどわかったことにしておくよ。要するに僕が酒場とかで嘗められないようにしてるのと同じだね」


 と言っても、相手に気付かれない程度の魔力放出を行うくらいだが。一定以上の魔力密度を保てば、感覚的に圧迫感を与えることもできるのだ。


「……例えが今一つわかりませんが、きっとその解釈で正しいと思いますわ」


 ロゼは冷や汗を流しながらうなずき、少しだけ歩を早める。そして大きな扉の前で立ち止まった。


「この先が会議室ですわ。――心の用意はよろしくて?」


「最初からできてるよ」


 気負いなくうなずいた僕を見て、ロゼはかすかに微笑んでから扉を開けた。






「皆さま。エクセルをお連れしましたわ」


 先に入ったロゼが会議室の中にいる面々に対してうやうやしく頭を下げる。礼節なのだろう、と判断して僕も中に足を踏み入れる。


「……っ」


 入った瞬間に感じたのは空気の重さだった。まるでこの空間だけ重力が違うかのような気分さえするくらいだ。


 だが、殺気でもないこの程度の重圧、僕にとってはそよ風に等しい。


「僕……私がエクセルです。本日お呼ばれしたご要件は何でしょう?」


 すでに知っているが、あえて何も知らない体裁を取る。駆け引き的な深い意味はないが、僕の把握している事実との確認を兼ねている。


「ああ、うむ……私がティアマトの議長を務めている賢者頭のムスペル・ワイズマンだ。君のことを知らない魔導士はこの街にはいないだろう」


「ご謙遜を。あなたほど有名ではございません。『当代最高の魔導士(メイジ・ゼロ)』ワイズマン様」


 致命的な弱みを握られないことだけを最低条件にしながら、僕は真正面にいる白髪の老人と相対していた。


 こちらを見つめる視線は鋭く、一瞬でも不審な動きを見せたら即刻射殺されるような威圧感を感じる。


(まさか、この方にまで僕の顔を覚えられているとはね……)


 煩わしいと思うと同時、途方もなく光栄だとも思った。僕が相対している人物は、それだけの大物だ。


 『当代最高の魔導士(メイジ・ゼロ)』という二つ名の通り、現在の魔導士で彼に並ぶほどの技術を備えた人間はおらず、全魔導士の頂点に位置すると言っても過言ではない人物だ。


 専門属性は闇と風に水属性で、その三つの分野全てにおいて超一流の知識と魔法技術を持つ。ハッキリ言ってこの分野で戦うことは僕でも無謀だろう。術式構築の速度が違い過ぎて、一方的に狙い撃たれるのがオチだ。


「……歴史に残るであろう惑星会議(グランドクロス)の場に僕を呼んで、一体どんなご要件でしょうか? 私の取り柄など、魔力ぐらいのものですが」


「何を言う。すでに『魔導王(マジックロード)』に至ろうとしている者に言われても皮肉にしか聞こえんな。……単刀直入に言おう。君の報告にあった魔法陣に君の魔力を使わせてほしい」


「嫌です」


 ワイズマン様の言葉に僕は間髪入れずに断ってみせる。


 にわかに騒ぎ出す会議室。その中で一人の人間が立ち上がった。


「議長! 私も反対させてもらおうか。彼は我が国の恩人なのでね。その彼を犠牲にするのは看過できん」


 その人は三年前、兄さんとともに旅をしていた頃に出会った――アインス帝国大統領シルバだった。


「あなたは……」


 国を救うためになりふり構わず、僕をさらおうとした人物。好感情を持っているわけでもないが、さすがに三年前のことをいつまでも引きずるほど子供でもない。


「久しぶりだね。エクセル君。色々なことを聞きたいところだが……今は置いておこうか」


「……シルバ殿。今は世界を揺るがす一大事。彼の命一つで世界が救われるのであれば、彼も本望だろう」


 いきり立ったシルバをまた別の人が諭すように言う。だが、内容は吐き気の催すものだった。


 僕が世界を救うことで本望? 冗談ではない。人の気持ちを勝手に推測するな。決め付けるな。僕はいつだって自分の意志で選ぶ。勝手に道を決められてたまるか。


「確かに世界が危険であることは認めよう。だが、それを一人の人間に全て背負わせて良いのか? 良いわけなかろう! 彼だけに背負わせて、私たちは遠くでそれを眺めているだけか? 奴を打ち倒す努力は全て彼に押し付けるのか? それはあまりにも――人として醜い姿ではないのか!」


 畳み掛けるようなシルバの熱弁に誰もが言葉を失う。しかし、それは現実が見えていないものに対する失笑であった。


「では、他に方法があるのかね? 彼を犠牲にする以外に、もっと確実で何もかもが助かる方法が」




「それはありませんが、被害を限りなくゼロに近づける方法なら有りますよ」




 そして、ようやく僕が口を開いた。僕の思い描く理想を、現実へと持ってくるために。

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