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三部 第二十三話

 ロゼの言葉を聞いて、最初に思ったのはニーナがこの場にいなくてよかった、ということだった。


 もし彼女が聞いていたら、ロゼ以上に取り乱して錯乱状態に陥っても不思議ではない。


「どういう……ことだよ」


 僕が別の方に考え事をしていたため、僕が言うべきであろうセリフはガウスが先に言ってしまった。


「どういうことだよ、オイ! エクセを犠牲にするだって? そんなこと認められるわけが――」


 いきり立ってロゼの肩を掴むガウス。僕のやりたかったことを全てやってくれたな。


「――ガウス、悪いけど静かにして」


 だからこそ、僕は落ち着くことができた。


「んなこと言ってられるか! お前の命が関わってんだぞ!」


「……怒ってくれてありがとう。ガウス。僕もそうしたいのは山々だけど……ぶつけるべき相手はロゼじゃないよ」


 偉そうに諭してはいるが、ガウスが行動していなければ僕だってガウスとまったく同じ行動を取っていただろう。


「そう……だな。悪い、ロゼ」


「いえ、謝らないでくださいまし。この言葉が夢であってほしいというのはわたくしも同じですわ」


「……それで、どうしてそんなことに?」


 二人が落ち着いたのを見て、僕自身も心を落ち着ける。さすがに魔法陣の生贄にされかけていることには驚いたが、それ以外はそうでもない。




 ――だって、命の危険なんて僕には日常茶飯事もいいところだ。




 基本的に僕が立ち向かう相手は自分よりも格上の相手がほとんどだ。そのため必然的に勝率も大体五割を切る。


 でも、僕はそんな状況でも生き抜いてきた。だからそれ相応に生き残る力には自信があるつもりだ。


「はい……。まずエクセ、あなたの存在が魔導士の中では有名であることをご存知ですか?」


「うん。まあ、それくらいは」


 そのせいで狙われたこともあるくらいだ。何となく有名ではあるんだな、と思っている。


「微妙に実感が足りませんわね……。それが原因であなたは生贄にされかけているのですわよ!」


「そんなこと言われても……」


 どうしようもないだろう。実感なんて人に言われて持てるようになるものでもあるまい。


「まあ、今のはともかく……エクセのことが会議の途中で話題に上がり、彼が異体に関する事件の中心にいることが発覚した途端……彼を使って魔法陣を発動させれば、安全に異体を滅ぼせるのではないかという言葉が……」


 言いながらもロゼの体はワナワナと震えている。自分の力でそれを止められなかったのがよほど悔しいのだろう。


「なるほど、としか言えないね」


 確かに魔法陣の範囲から逃れた人間には効果がないし、僕の限界を越えた魔力も魔法陣なら引き出せる。


 合理的ではあるのだ。僕の命を度外視しているという大局で物事を判断する人たちから見れば取るに足らない要素以外は。


「……お前、これに乗るつもりかよ?」


 全然驚きも恐怖もしない僕の様子を見て勘違いしたのか、ガウスが慄くような声を出す。


「冗談じゃないよ。僕だって命は惜しい。いきなり死んでくれ、って言われてハイわかりました、なんてうなずけるか」


「だよな。よかった……、ちょっとヒヤヒヤしたぜ?」


 胸に手を当てて露骨に安堵してみせるガウス。僕はそんなに自分の命を粗末にするような奴だと思われていたのか。


「ガウスがそう思うのも無理はありませんわ。エクセは誰かのためであるのなら自分の命を平気で危険にさらす癖がありますもの」


 ロゼの言葉を否定できない自分がいた。


「うっ……だけど、それだって見知った人だけだよ。さすがに見ず知らずの人のために命を差し出すなんてことはできない」


「ですが、今回はあなたの見知った人も全員助かりますわよ?」


 ロゼが僕の反論を封じる。だが、それは嫌がらせのためではなく、僕の何かを試そうとしている感じがした。


「それは……」


「どうなんですの? この方法なら安全かつ確実にあなたの守りたいと思ったものを守れますわよ?」


 曖昧な言い方で逃げることは許さないと言わんばかりに強い眼光でこちらを見てくるロゼ。僕もハッキリとした意志を見せるべく、その瞳を真っ直ぐ見る。


「……それでもダメだ。僕は納得できないことに全力を尽くせるほど器用な人間じゃない」


「……その結果、あなたの大切な人が傷ついても?」


「僕が死んだら、心を傷つけてしまう人がいるんだよ。少なくとも一人。その人を泣かせたくないから死ぬことはできない」


 ロゼの言葉にも一理ある――というか僕が赤の他人だったらロゼの提案に全面的にうなずいているものだが、それでも僕は否定した。


「……ここにもいますわよ、バカ」


「悪い、何か言った? よく聞き取れなかったんだけど」


 ただ、何となく不貞腐れているのがわかるためフォローできるならしておきたい。


「何でもありませんわ。エクセの覚悟はちゃんと聞きました。――その上で聞きます。どうしますか?」


「ハッキリ言って何も思い浮かびません」


 ロゼからの報告自体青天の霹靂(へきれき)だし。すぐに対策を考える方が無理だって。


「胸を張って言うな!」


 しかし、あまりに偉そうな態度を取ったためかガウスに突っ込みを食らう。


「ガウスの言う通りですわ。あなたの命がかかっているのですわよ。もっと真面目にやってほしいものですわ」


「そう言われても……。そんなすぐに思いつくなんて無理だよ。まあ、すぐにやるというわけでもないんだし、とりあえずお茶でも飲もう?」


 僕も魔法陣の解析に少し飽きてきたところだ。ここらで一息入れてもいいだろう。


「それは構いませんけど……、何だかエクセ、どんどん図太くなっておりません?」


「同感……」


 ロゼとガウスが疲れたため息を吐きながら僕の後ろをついてくる。というか図太いって何さ。


「失礼だね。僕ほど繊細に物事を考えている人間もそうはいないよ」


「それと繊細な感受性はまったく別物ですわ」


 ごもっとも。






「まず言っておくけど、ニーナには絶対内緒ね。どうせいずれはバレるだろうけど、それまでは隠し通すよ」


 喫茶店のテラスで紅茶を含みながらの第一声がこれだ。とりあえず釘を刺しておかないとどうにもならない。


「別にいいけど……そういうのって本人の口から聞かされるのが一番なんじゃないのか? 俺だったらその方が嬉しいけど……」


「わたくしもガウスに賛成ですわ。彼女だってあなたが隠し事をしていることを知れば少なからずショックを受けるでしょう」


 ロゼとガウスは同じ意見を言ってくる。うん、僕も本心ではそれが一番だってわかってるんだよ。


「ニーナだから言わないんだよ。もし僕の幼馴染がニーナじゃなければ自分で言っている。……彼女は隠密技能の天才だ。おまけに僕を生かそうと全力を尽くしている。そんなニーナに僕を殺して世界を守ろうとしている人がいるなんて教えても見なよ?」


 待つのは悲惨な結果だけだ。そう言って話を締めくくる。


 ニーナのそういった一面を知らなかったであろうロゼとガウスは驚きのあまり、声も出ない様子だった。


「なんつーか……変わってるな。お前の幼馴染」


「うん……」


 これでもっと普通の人間ならやりようもあったのに、なまじ隠密方向では僕なんか及びもつかないほどの能力を持っているから厄介だ。


「ま、まあ、無碍に命を粗末にするのもどうかと思いますし、黙っておいて差し上げますわ。これでこの話は終了ということで……」


 冷や汗をかいたロゼが無理やり話題を切るが、僕もあまりニーナを悪く言いたくはなかったのでその流れに乗る。


「うん。それより問題は僕だよ」


「そうだよ! 本人が落ち着き過ぎてたから小さいことみたいに思えちまったけど、一番ヤバイのはどう考えてもお前だろ!」


 至って冷静にお茶を飲んでいる僕だが、この中で一番命の危険にさらされているのも僕だ。自分で言うのも何だが、これってある意味世界中から命狙われている状況ではないだろうか。


「ははっ、僕としても初めてだよ。一歩間違えれば世界中全部敵に回すような状況なんて」


「そこまでわかっていながらこの余裕……! エクセ、本当に図太い……!」


 何やらロゼが戦慄しているが、僕は気にせず紅茶のカップを傾ける。旅の間はほとんど飲めないから実に久しぶりだ。


 ……まあ、ジュース系の方が好きではあるのだが、一応の見栄だ。


「さて、どうしたものか……」


 カップをソーサーに置いて、額に手を当てて思考をようやく回転させる。どうせ僕を生け贄にすると言ったってすぐに動くわけじゃない。一休みをする時間くらいあるだろうと思っただけだ。


「まず、実際に行うとしたら魔法陣の効果範囲を見切って、その範囲外に人々を逃がす必要がある。それだけでかなりの時間がかかるはず。だからそれまでは余裕がある……。ぶっちゃけ、何だってできる」


 逃げ出すなり、一人で異体に突撃かけるなり、だ。


「まあ、余裕があると言っても楽観視できるほどではない……。ロゼの話だってまだ本格化してないからこうしていられるだけであって、本当に動き出したら僕は監禁でもされるだろうね……」


 それも魔法が使えないよう徹底的に魔力分散の魔法陣のかけられた場所に。武器も取り上げられて。


「……どうしたものか」


 あれ? 落ち着いて考えてみたけど、打開策が何一つ思いつかない。だってこれ、合理性だけを見たら非の打ち所がないよ?


「…………」


 今さらになってこの状況の打開の難しさを痛感した僕は冷や汗をダラダラと流す。その様子をガウスたちがジト目で見つめてくる。


「だ、大丈夫……かな?」


「ほらこいつ余裕あるようでいて何にも考えてない! ロゼだってわかるだろ!? こいつ、基本は行き当たりばったりだぞ! 俺たちの時だってそうだったじゃないか!」


「た、確かに……」


 ガウスが声高に叫んでいることをまったく否定できない自分がいる。いや、兄さんの後を引き継いでからはだいぶ変わったつもりだけどね。


「こいつは本当にヤバイ状況だって理解するか、自分の目的に関わっていない限り動かないぞ……! しかも今回は現実味がないから実感してない!」


「ガウス、君は僕の心の解説役か?」


 その上不気味なまでに僕の思考パターンを当てているから怖い。


「ガウスの(げん)に全面的に同意するとして……エクセ、本格的にどうします? もしかしなくてもかなりマズイ状況ですわよ?」


「うん……」


 僕が今手にしている情報は当然、第三者の耳においそれと入れてはならない情報のたぐいだ。ロゼは自分の地位やら何まで一切合切捨てる覚悟で僕に情報を与えてくれている。


 ならばその情報を完全に使いこなせなければ僕はただの道化だ。守りたい人を危険にさらし、僕自身が何もできなかった無能。




 ――そんなのゴメンだ。




「…………やっぱやるべきことは変わらない。その代わり、今まで以上に全力を尽くそう」


「そう……だよな。タイムリミットが短くなっただけで、できることが増えたわけでもないしな……」


 だが、出せた案は結局現状維持が精一杯だった。


「……わたくしはもう少し情報を稼いできますわ。エクセもその間に思うところをやっておいてくださいな」


「わかってる。……ごめん。でも、必ず、必ず何とかするから」


「信じますわ。エクセがそう言うのであれば、本当に何とかしてくれますもの」


 僕の情け無さ全開の発言にもロゼは笑ってうなずいてくれた。


 これは本当に期待を裏切れないな……。


 喉の奥が震えるほどの重圧と期待を受け、その重みを心地良いと感じながら僕は空を仰いでため息をこぼした。

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