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三部 第二十二話

 ニーナと約束をしてから、ハルナ師匠に手紙を書く。もともと僕の部屋に来たのはこれが目的でもある。


 内容は現状の説明から今後予測される展開についてをなるべく簡潔にまとめ、戦力としてこちらまで来てほしいというもの。


 剣士としての実力はまず間違いなく世界最強であると言える人だ。おそらく、魔法をフル活用している僕でも勝率は五分を越えない。


 ……本音を言えば、あの人の方が異体を倒すのに向いているのではないかと邪推してしまう始末だ。


(まあ、できないことはわかってるんだけど)


 異体を倒す際、僕に求められているのは剣士としての実力でも魔導士としての実力でもない。


 必要なのは純然なる攻撃力のみ。広範囲を一気にせん滅でき、なおかつ攻撃の密度も維持できる僕の攻撃力だけが求められている。


「……死ぬかもしれないけどね」


 異体との決戦では十中八九今まで行ったことのない出力を出さなければならないはず。それに僕の体が持つかどうか、疑問だった。


 特に《終焉(カタストロフィー)》は僕の中でも最高クラスの攻撃力と殲滅力を誇る代わりに反動もトップクラスだ。普通に放つだけでも意識の芯が揺れる感覚を味わえる。


 だが、やるしかない。もう逃げ場はないところまで来てしまっている。


「そのためにも、師匠には助けてもらうしかないか……」


 師匠は動くつもりがなさそうだったが、この状況下でワガママを言ってはいられない。多少強引な手でもあの人をこちらに引っ張り込む。


 手紙自体は二週間以内には届くだろう。返事は師匠がこちらに来ればいい。


「手紙も出したし、あとは……」


 ロゼの方を助けに行くことも考えたが、どうせ力押ししかできないので却下。無理やり脅迫するのも別に悪い手段だとは思わないが、後々の禍根を考えるとあまりやりたい方法ではない。


「魔法陣の状態を聞きに行くか」


 ティアマトの、ではなく他の街に点在する魔法陣の方だ。カルティアの知識の中にあるそれを紙か何かに書いてもらい、効果を調べて改変する際に必要となる魔法陣の位置を計算しておこう。


 ……まあ、難しい分野ではあるが不可能なわけではない。複雑に絡み合った糸を一つ一つほどいていくようなものだ。


 思い立ったが吉日と言わんばかりに僕は立ち上がり、カルティアのところまで走っていった。






「……それで、また来たわけですか」


「は、はい……」


 不機嫌であることを隠そうともしないカルティアの様子を見て、さすがにすぐに来るのは悪いことだったかもしれないと今さらながらに思う。


「マスター、私はあなたの命令通りに異体の観測をし続けております。それよりも優先順位は高いのですか?」


 高くなかったらぶっ殺す。そう言っているようにしか聞こえない。


「えっと……世界中に存在する魔法陣の効果と位置関係を把握しておきたいな、と……思った……んですけど……」


 カルティアの無表情がたまらなく恐ろしい。次にどんな言葉が飛んでくるかわからないため、僕としてはガタガタ震えながらカルティアの反応を待つしかなかった。


「……わかりました。確かにマスターの考えているように魔法陣の効果を変えるとしたら、それを知っておくのは重要なことであるはずです。少々お待ちください」


 だが、カルティアは僕の行動をため息一つで流してくれ、部屋から紙を取り出す。


「あれ、ペンは?」


 しかし書くものが見当たらない。カルティアも気にした様子がないあたり、ペンがなくても大丈夫なのだろうか。


「……っ!」


 カルティアの行動に予測ができないままぼんやりと彼女を眺めていると、いきなり彼女の目から光が迸る。


「待った待った待った! 何してんのさ!?」


 常識の範囲を遥かに越えたその行動にビックリして思わず制止の声をかけてしまう。だが、カルティアは目から光を発するのをやめなかった。


「……終わりました。こちらをどうぞ」


 僕がオロオロしながらどうしたものか考えていると、いつの間にか目から光を収めたカルティアが一枚の紙を差し出してくる。


「…………これは」


 そこには、世界地図と魔法陣の位置を詳細に示されていた。……プスプスと煙を出してほんのり温かいのが怖いが。


「手で書くこともできたのですが、私の予測できない原因でブレが生じないとも限りません。それゆえこの方法を取らせていただきました」


 手書きができないから目から光線って発想がぶっ飛んでいるにもほどがあるだろう。あまりとやかく突っ込みはしないけど。


「……気にしたら負けか。ありがとう、使わせてもらうよ」


 未だ熱の引かないそれを受け取りながら、僕は笑ってカルティアの部屋を出ようとする。


「お待ちください」


 だが出ようと扉に手をかけた時、カルティアに呼び止められてしまう。何の用だろうか。僕がさっき来たときにはあからさまに嫌な顔をしていたというのに。


「なに?」


「いえ、まだ用件はありませんか?」


「ん、用件? いや、ないけど」


 歓迎していなかったはずなのにまだ用件を聞いてくるカルティアを怪訝に思いながらも、ちゃんと否定しておく。曖昧な言葉にするとカルティアが勝手に解釈してしまうから怖い。


「本当ですね? また途中で来るようであれば今度こそ実力行使に出ますよ?」


 これが理由か。僕にもう一度来られると迷惑だから、今いるうちに用件を全て聞き出してしまうつもりだったのか。


「……ごめんなさい。ゆっくり観測してください」


 言い訳のしようもなく僕が悪いため、できることは頭を下げながらそそくさと部屋を出ていくことだけだった。






「さて、次は図書館にでも行くか……」


 カルティアからもらった地図を片手に図書館への道を急ぐ。さすがに僕の知識だけではこれの読み取りと魔法陣を加える位置は割り出せそうもないからだ。


 ……あと、間違えるのも怖い。できることなら僕以外にも何人か手伝いがほしいところだ。


「お、エクセ。暇なのか?」


 そんな折、ちょうどよくガウスが通りかかる。


「ダメだ……ガウスじゃ役に立たない……」


 しかし知識面では僕と同レベルかそれ以下であるはずのガウスではどうにもならない。というかガウスの学ぶ分野に魔法陣関係はなかったはずだ。


「いきなり失礼なセリフ吐きやがったなオイ」


 しまった。つい深く考えずに思ったことを口に出してしまった。


「ごめんごめん。ちょっと難しい問題を解こうとしていたところでさ」


「ふーん……見せてみ? まだ見てないから何にも言えないし」


「うん」


 別段断る理由もないため、カルティアからもらった地図を見せてみる。


「これが今現在、地上に存在する惑星魔法陣の全て」


「なるほど。しっかし綺麗な円になるもんだなあ……。俺はもっと歪な円形になるものだとばかり思ってたよ」


 ガウスの発言は僕も思ったことであったためうなずく。大陸の配置は楕円形に近いため、できあがるものも楕円形の形になるのかと思いきや綺麗な円形だった。


 ……魔法陣を海底に作ることなくやってのけたのだ。昔の人はすごいことを考えついたものだと思う。


「僕もそう思った。色々と古代の人のものに触れる機会が増えたけどさ、どれも驚くばかりだよ」


 現存しない魔法技術に魔法。両方ともある程度予想はしていたが、所詮現代人の浅知恵。古代人の発想には敵わない。


「だよな……。で、これをどうするつもりなんだ?」


「これを調べて割り込ませても問題ない位置を探す。そしてそこにどのような魔法陣を配置させれば僕の望む効果になるか調べるつもり」


「……それってかなり難しくないか? 古代の人が作り上げたものに介入するんだぞ?」


 ガウスの言っていることなんて百も承知だ。だけど、異体への突入方法を考えるとこれしか浮かばない。


 ……他にも異体が地上近くまで近づくのを待ってから空駆(そらがけ)を使って乗り込む方法もあるが……正直、そこに来るまで人類が生き残っているかが疑問だ。


「わかってるよ。でもやらなきゃいけない。だからこうして図書館で調べつつやっていこうと……」


 魔法陣の土台はあるため、あとはそこにどんな魔法陣をどんな場所に設置すればいいかを調べるだけだから、丸っきり手がかりがないわけじゃない。やればできるはずだ。


「んじゃ、俺も手伝うことにする。こっちも一段落ついて暇だったんでね」


「え、いいの?」


「さすがに知恵を貸すのは無理そうだけどな。辞書を取ってくるくらいはできるだろ?」


 いや、それってかなり暇だろう。基本は僕の調べ物を見てるだけになるし。


「……まあ、本人が決めたことならどうこう言うつもりはないけど」


 僕は自分を納得させるために何度かうなずきながら、ガウスとともに図書館へと向かった。






「……おい、エクセ。お前さっきから手が止まってるぞ」


 図書館で地図を片手に本とにらめっこして三時間ほど。僕は完全に行き詰まっていた。


 そのため、先ほどからガウスが呆れ顔でこちらを見ている状態になっている。


「う、うぅ……」


「……なあ、わかんねえなら素直に言って誰かに任せた方がいいと思うぞ。お前、どっちかって言うと実践を重視するだろ」


 正論過ぎるガウスの言葉に疲れていた心が折れかける。内心ではガウスの提案にうなずきたい気持ちでいっぱいだった。


「……まあ、ガウスの言うことももっとも……というか全面的にその通りだと言うしかないけどさ、役に立てなくてもこれは最後までやり続けなきゃいけないものだと思う」


 異体を倒す方法は複数ある中で、最も難しいであろう道を選んだのは僕のワガママだ。ならばどんなに苦しくても最後まで参加し続けるのが当然だろう。


「いや、心意気は立派だけどさ。一人で抱え込んでも何も解決しないぞ?」


「うっ……」


「別にお前が関わり続けることに文句を言うつもりはないけど、これは誰かに協力を仰ぐべき問題だろ」


「その通りでございます……」


 ガウスに畳み掛けられるように正論をぶつけられ、僕はうなだれて辞書を戻してくることくらいしかできなかった。


「ほら、とりあえずこの紙だけでもロゼに渡しておこうぜ。少しは進展があったかもしれないし――」


「エクセ!」


 ガウスがそう言って話を切り上げようとした時、金色の髪を振り乱して走ってくるロゼの姿があった。


「図書館では静かに……なんて言える状況じゃないみたいだね」


 ふざけている場合ではないことはロゼの慌てようを見ていればわかる。隣にいるガウスも表情を引き締めていた。


「エクセ! 大変ですわ!」


 ロゼは僕のところまで駆け寄ると、僕の腕を掴んで息を整え始める。


「……何があったの?」


 落ち着くまでじっとして、息が整った頃合いを見計らって僕が口を開く。


「え、ええ……。それが……」


 呼吸を整えたロゼは僕が今まで見たことないほど、顔面を蒼白にさせていた。


「エクセ……! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……! わたくしの力が及ばないばかりに……!」


 蒼白にさせたまま、ロゼは僕の服にすがりついて何度も謝り始める。本当に一体何なんだ!?


「ちょ、ちょっと落ち着いてよ! これじゃ訳がわからないよ!」


 若干語気を強め、ロゼの両肩を掴んでこちらと目を合わせさせる。


「す、すみませんでした……。わたくしとしたことが……」


 少しだけ調子を取り戻したものの、ロゼの顔は未だ青いままだ。


 ……彼女をここまで取り乱させるほどの出来事って何がある?


 ロゼの尋常じゃない様子に僕も怪しみ始めるが、まずはロゼから事情を聞き出すのが先決だ。


「……大丈夫? だったら落ち着いて、ゆっくりとでいいんだ。何があったのか話してほしい」


 なるべく優しく、言い含めるようにロゼに言い聞かせる。彼女が慌てている以上、僕が可能な限り落ち着いて対処する必要がある。


「え、ええ……大丈夫、もう大丈夫ですわ。話しますわね。わたくしが会議で聞かされたことを――」


 ロゼは口に出すのも嫌だと言わんばかりに顔をしかめて、その言葉を告げた。




 ――魔法陣を発動させ、エクセ一人を犠牲にする方向に話が向かっているのです。




 そして、その言葉は僕たち全員に等しく沈黙を強いた。

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