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三部 第二十一話

「カルティア! 異体の方はどう!?」


 ティアマトの街に戻ってきてから真っ先に向かったのはカルティアのもとだった。


「マスター。……ずいぶんと吹っ切れたお顔になってますね」


 カルティアはこちらを見て、少しだけ頬を緩ませる。だが今聞きたいのはそんなことではない。


「お世辞はいいから! 観測結果、報告!」


「はい。異体の方に変わった様子は見受けられません。このままいけば十七日後ぐらいには攻撃が始まるかと」


「こっちから牽制攻撃を仕掛けるっていうのは?」


「お勧めはしません。無用の刺激を与えて攻撃開始の時期を早めてしまう可能性の方が高いです。それにここからの攻撃で奴らに痛手を与えられるとも思えません」


 僕の勢いに任せた提案はカルティアの冷静極まりない反論でにべもなく潰される。


「でもさ、異体からの攻撃は確か生物兵器を地上に落とすやり方だろ? でもあの高さに浮いてるんだ。落ちてくる前に倒す方法とかあるんじゃないか?」


 だが、僕もここで折れずに口を開く。頭でごちゃごちゃ考えるから袋小路に陥るんだ。だったら何も考えず頭に浮かんだことだけ話せばいい。


「それはありますが、それもまずは向こうの行動を待つことになります。向こうが攻撃の動きを見せなければ意味がありません」


「そっか……。じゃあ今すぐ異体を倒すのは無理、ということか……。悪い、邪魔したね」


 やはり勢いだけではどうにもならないようだった。ちょっと落ち込みながら部屋を出て行こうとする。


「待ってください。これからどうするおつもりですか?」


 気が逸っている僕をカルティアが呼び止める。もどかしい気持ちになりながらも、僕は振り向いて答える。


「異体を倒す! 僕の目的はそれだけだよ!」


 それだけを叫ぶように言って、僕は部屋を飛び出した。


 積もりに積もった愚痴をバハムル相手に全部こぼしたら気分が晴れて、やるべきことが真っ直ぐ見えた。もう後は立ち止まらないで走り続けるだけだ。


「差し当たっては手紙を出すか……」


 行動に一貫性がないのは自分でもよくわかる。何も考えず勢いに任せて行動するとここまででたらめになるのだと初めて知った。


 そんなことを考えながらも足は自分の部屋に向かっていた。便箋は手持ちにあっただろうか?


「うん、持ってるわけがない」


 手紙を出す相手がいるわけでもないし、何より向こうからの返事を受け取るためにはその場所に留まっている必要がある。それも一週間以上。


 そこまで長く一つの場所に滞在するとも思えなかったため(今となってはジパングにいた時に手紙でも出しておけばよかったと後悔するばかりだ)、便箋など買わなかったのだ。意外と高いし。


 だが今はそれが必要。よし、買いに行こう。


 懐にしまってある財布を確認してから、オウム返しに部屋を出ようとする。




「待ちなさいっての。イノシシかあんたは」




 部屋に背中を向けていた僕の肩に誰かの手が乗っかる。同時に女性の声もかけられた。


「……ニーナ?」


 まさか僕の部屋に隠れていたとは。まったく気付かなかった。


「別に隠れてたわけじゃないわよ。ちょっとあんたに言いたいことがあったから部屋で待ってただけ。……というか気付きなさいよ。目の前にいたってわけでもないけど、隠れてはいないわよ」


 呆れ切ったその声音に、僕の注意力がかなり落ちていることに気付く。勢いに任せるのは良いが、もう少しよく見るようにしよう。


「それで、どうしたの? いきなり手紙出すとか一人でブツブツ言っちゃって。傍から見てて気分の良い光景じゃなかったわよ。とうとうおかしくなったのかと思ったくらい」


「待った。とうとうって何さ」


 いつかおかしくなることは確定だったのか!?


「ちょっとした言葉のアヤよ。気にしないで」


 無理だろ。というかそんな言葉でごまかされるほどバカじゃないぞ。


「…………まあ、問い詰めた――言いたいことは山ほどあるけど、今はいいや。僕は用事があるから急いでるから、じゃあ、」


「待ちなさいっての」


「ぐえ」


 部屋から出ようとしたところを首根っこ掴まれて引きずられる。ニーナの重さくらいなら三十人背中に乗せても問題なく走れるのだが、前準備なしではさすがにキツイ。


「はい、手紙用の便箋」


 ニーナは僕の首根っこを掴んだまま、僕の前に便箋をぶら下げる。


「あれ? 僕そんなの持ってたっけ?」


「ううん、あたしがさっき買ってきた」


「……何で?」


 自分でもこの行動は突拍子もないとわかっているから、ニーナでも驚くと思ったのだが。


「そろそろエクセがハルナ様宛に手紙でも出すんじゃないかと思って。今まで忘れていたみたいだから」


 ……不気味なくらい当たっていた。


「まあいいか、深くは考えないでおこう! とりあえずありがとね!」


 じゃっ、と言って部屋を出ようとするが未だに首根っこを掴まれていて動けない。


「あたしの用件は無視か? いい度胸してるわね、エクセ」


 そういえばニーナも僕に用事があって待っていたとか何とか言っていた気がする。うん、気が逸っていたから忘れていた。


「で、どうかしたの? わざわざ待ってくれてたんだから、ニーナ個人の問題で結構重要なこと?」


 異体に関する情報だったらもっと焦るだろうし、僕を捜し回るはずだ。それがないということは彼女個人に関わることだろう。


「はぁ……、その察しの良さがいつもあれば……」


「ん、何か言った?」


「別に、何も言ってないわよ」


 さっきまで頭を抱えていたと思ったら今度は不機嫌になった。なんなんだ一体?


「まあいいわ……。あたしが言いたいのはただ一つ!」


 語気を強めたニーナの口調に思わず背筋を伸ばしてしまう。




 ――あんたの後ろは絶対守るわ。




「……どういう意味?」


 その言葉を表面上は捉えられても、ニーナの言いたいこととは違う気がしたので素直に聞いてみる。


「言葉通りの意味よ。……あたしはあんたに死なれたら大切な人を全部失うことになる。それはわかるわね?」


「まあ、それはわかる」


 ニーナの支えは僕だけだ。その僕が死んだら彼女は支えを失って倒れてしまうだろう。容易に予測できることだ。


「あたしはそれをなくしたくない。だからあんたを束縛はしないわ」


「……? ごめん、ちょっと言ってることが矛盾してる気がするんだけど」


 なくしたくないのなら、自分の手元に置いておくのが当然ではないのか?


「……あんた、もしあたしが監禁とかの行動に出たらおとなしく従う? もし成功したとしても脱出しないなんて言える?」


「うん、絶対無理」


 そんな行動をサラリと言うニーナにも驚くが、自分がそんな状況に陥ったら絶対に脱出を考える。動くべき状況で動かないなんて僕にはできない。


「でしょ? そんなエクセを束縛することなんて誰にもできやしないわ。――だからあたしはそんなことしない。その代わり絶対エクセから離れない」


「ニーナ……」


 僕のことをどこまでも理解して、それでいて自分の意思も通す。ニーナの言葉はそういうものだった。


「あたしなりの考えよ。エクセはあたしがあんたに依存しているって思っているみたいだけど……否定はしないわ」


 ニーナが儚げな微笑みで僕の内心を肯定する。やはり僕の推測は当たっていたらしい。


「きっとあんたが死ねばあたしは生きていく価値を見出せないだろうし、あんたの後を追って死ぬのも考えると思う」


「……だろうね」


 疲れは特に溜まっていないはずなのに、体がズシリと重くなった錯覚を感じた。こんなところで背負っているものの重みを再確認することになろうとは……。


「でも、それはあんたが死んだ時。だったらあたしはあんたを死なせないように全力を尽くす。エクセルを死なせないことが、今のあたしの戦う理由」


「……そっか」


 ニーナの言葉にうなずく。それが依存から来たものであろうと打算から来たものであろうと、どちらにしても誰かを死なせないために頑張るのは尊いことだと思うから。


「わかったよ。正直、どうにかしないとって思っていたんだけど……それじゃしょうがないか」


 僕を死なせないために頑張られてしまうのは、今を生きている僕にはどうにもできないことだ。ならば僕にできることは一つ。




「僕も約束するよ。ニーナ以外の人に背中を預けないって」




「エクセ……」


 感極まったような呆けたような表情でこちらを見るニーナ。僕は照れやら恥ずかしさやらで熱くなっていく頬をかきながら言葉を続ける。


「どうしてニーナのことに関して、色々と思い悩んだかわかる?」


「え? そりゃあ……自惚れかもしれないけど、あたしもあんたの守るべき人の中に入っているからじゃないの?」


「うん、それは合ってるよ。……でも、それだけじゃない」


 ちょっと前まではわからなかったことだ。だけど、今ならハッキリとわかることでもある。


「……なに?」


 本当にわからないらしく、ニーナの首がかしげられる。その姿を可愛らしいと思いながら、僕は口を開いた。




 ――僕もニーナを失いたくないと思っているからだよ。




「色々考えてさ……、僕もニーナを死なせたくないと思ったんだ。だから今の戦う理由はニーナを守るため。ニーナの住む世界を守るため。最後に、僕がこれからも旅をするため」


 今、旅が自由にできないのは辛い。だけど一人で旅をしたって面白くも何ともない。見たことのない綺麗な景色だって、食べたことのない美味しい食べ物だって、誰かと一緒にいて初めてそう思えるものだ。


「……理由が多いわよ。しかも一つは完全に自分のためじゃない」


 僕の言葉にニーナは呆れたような小さな笑みを見せる。苦笑一歩手前の笑顔と言ったところか。


「まあ、ね。違うとは言わないよ。だけど、僕がニーナを死なせないために頑張る。ニーナが僕を死なせないために頑張る。これで釣り合いが取れてると思うんだけど」


 お互いがお互いを死なせないために頑張って、どっちか片方が死んでしまったらそのまま共倒れ。だけどそうならないために全力を尽くす。


 うん、これって案外悪くない在り方なのではないだろうか。少なくとも僕はそう思う。


「……何だかんだ言って、あたしたちって似たもの同士みたいね。相手を心配するのも同じで、出した結論も同じだなんて」


 ニーナはどこか嬉しさをにじませた苦笑を浮かべながら、そんなことを言った。


「……うん、ニーナの言う通りだね」


 まったく否定のできないそれに苦笑しながら、僕も肯定する。


「じゃあ、約束しよ」


 笑いながらニーナは小指を立ててこちらに向けてきた。確かこれは……、


「指切り、だっけ? ウソついたらどうたらこうたらの」


 ハルナ師匠と修行している時に知ったことで、中途半端な知識しかないがおそらく間違ってないはず。


「一番重要な部分が忘れてるけど……まあいいわ。これで形にしましょう?」


 そう言って小指を突き出してくるニーナ。


 僕もうなずきながら、その小指に自分の小指を絡める。


「約束だからね。絶対に死なない。エクセルも死なせない」


「約束だよ。必ず生き残る。ニーナを死なせない」


 小指を絡め、額と額をくっつけ合いながら相手に聞こえる程度の小さな声で互いに果たすべき内容を言う。そして――




『ゆーび切った!』




 約束はここに交わされた。

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