三部 第十八話
「……ある意味、当然の流れなんだろうね。それが発動するのも」
惑星会議が行われることを聞いても、僕の心は冷静なままだった。異体の存在感を考えれば、世界規模の事件であることは誰の目にも明らかだ。
「そうだな。あれが出現した時点から話はあったみたいだぞ。ただ、どこに集まってやるのかとかを話し合って今までもめていたらしい」
それとガウス。お前はどこからそんな詳細な情報を仕入れてきている?
「企業秘密……と言いたいけど今回は行商人から聞いたんだよ。こんな状況だからこそ自衛用の武器が売れて大助かりだそうだ」
空に浮かぶあれが怖い、ということか。だが、ナイフ一本持ったところで何が変わるわけでもあるまい。
「まあいい、話を続けるぞ。開催地はここ、ティアマトだ。ここの魔法技術が何をするにしても必要になるだろうし、その点を考えてのことだな」
「それは理解できるけど……いつ行われるんだ? そんな世界中のお偉いさんが集まるんだったら、あらかじめティアマトの人たちにも何かあるはず……」
「いいえ、必要ありませんわ」
僕の疑問に答えたのはロゼだった。ついでニーナも、
「ああ……なるほど」
ロゼの一言で何もかも理解したかのように何度もうなずいていた。
……あれ? この空間でわからないの僕だけ?
よし、バカ扱いは嫌だから全力で考えよう。
「………………………………………………あ!」
「結構長い間が開いたけど、わかったみたいだな」
僕が答えを出したことにガウスが笑う。確かに少し考えればわかることだった。
「言っちゃ悪いけど、一般市民は基本的に旅をしない……!」
「そういうこと。お前みたいに物心付いた頃から旅の人生送ってる奴なんて滅多にいないんだよ。だから世界中の偉い人が集まるったって顔も名前も知らないような――いわば他人だ」
ガウスの言い分に僕もうなずく。世界中を旅して、偉い人とも少しだけ面識のある僕の方が例外として扱われるべき人なんだ。
「だから教えちまうと逆に騒ぎを招きかねない。そのためいつ行われるかは話さず行われるらしい」
「らしい、ということは……」
「いつ行われるかまではわからなかった。すまん」
ガウスが申し訳なさそうに頭を下げるが、そこまで情報を入手できただけでも間違いなく大金星だ。賞賛されることこそあれ、非難されることはない。
「すごい情報だよ。開催地がここだってわかっただけ僥倖だ。あとはこの目で偉い人というのを見つければいい」
幸い、僕は街の重鎮などを何人か知っている。偶然祭りの時期にやってきて見かけたこともあるし、事件に巻き込まれて否応なしに関わったこともある。
「そうだな……これに関してはお前が頼りだ。頼んだぞ」
「任せて。……ところでカルティアとディアナは?」
話すことが尽きたと判断した僕は今まで姿を見ていない二人のことを聞く。
「ディアナはもう戻った。明日も仕事があるんだとさ。エクセに申し訳ないと言ってた」
「別にいいんだけどなあ……」
僕の都合で振り回しているのだから、むしろこっちが申し訳ない。
「カルティアさんは宿に戻した。あの人、下手に歩くと危険だぞ? ここの連中なんて基本的に研究欲の塊だからな」
……ティアマトの特徴を忘れていた。確かにそんな人たちにカルティアを見せたらどうなるかなんて考えるまでもない。こればっかりは僕のミスだ。
「あー……失敗したな。とりあえず無事?」
「そこは問題ない。ヤバいことになる前に俺が帰したから。一応顔は見せてやれよ」
「わかってるって。……んじゃ、今日はこれくらいかな」
話題がなくなったと判断し、今日のところはこれで解散しようとする。
「そうだな。明日からが本番だ。今のうちに休んでおくか」
「ですわね。わたくしは明日からも会議の日々ですので……」
ロゼには本当に頭が下がる。もう一生足を向けて眠れない。
みんなと別れてから、僕はニーナの方を見る。
「大丈夫? 今回の話ってかなり蚊帳の外な部分が多かったと思うけど」
「平気。そりゃ、できることが何もないのは辛いけど……これからはどうせ魔導士じゃない人手も必要になると思うし」
「まあ、それはそうだろうね。多分僕は休まされるだろうけど」
「どうして?」
やるべきことがわかっているのに動かないと言う僕にニーナは首をかしげる。
「動きたいのは山々だけどね。なるべく万全の状態に保っておきたいんだ。魔力も体力も、両方を」
もともと人の身が扱うには膨大過ぎる魔力だが、無限大というわけでもない。詳しく調べたことはないが、絶対に底は存在する。
「僕も魔力に関してはまったく消耗とか考えずに使っていたんだけど、今回ばかりはちゃんと静養して回復させた方がいいかもしれない」
戦う相手が相手だ。今までと同じ感覚で考えない方がいい。具体的にはハルナ師匠を打倒するくらいの用心深さを持って挑むべきだ。
「……異体と戦っても、帰ってくるわよね?」
「そのつもり。全力を尽くして生きる努力はするよ」
この歳で自殺願望はない。まだまだ生きていたいし、何より兄さんとの約束をまだ果たしていない。
……タケルの生死は不明。異体の触手に飲み込まれる姿は確認したが、その後を見ていない。不明だからこそ、死んだと判断できないのだ。
「ならいいわ。帰りましょう?」
タケルについて考えている僕の手を引き、ニーナが宿へ戻る道を歩き出した。
僕はそれに引きずられるようについて行きながら、奴に関して一つの方針を立てた。
優先すべきは生死の確認。死んでたらよし。生きてたら――殺す。
うむ、実に単純明快でわかりやすい。これなら何があっても迷わずにやれそうだ。
自分で考えた方針の素晴らしさに自画自賛をしながら、ニーナに手を引かれて僕は宿へと戻っていった。
「マスター、お戻りになられましたか。ニーナ様もご無事で何よりです」
「ちょっと待って。何でカルティアが男部屋にいるわけ? ここ、僕の一人部屋だよ」
宿に到着してからもニーナは手を離さず、僕はそのままの姿勢で自分の部屋に連れていかれたのだが、そこにはカルティアが待っていた。
宿に戻ってきて最初の作業が突っ込みとかどうなんだろう、と思いながらも突っ込まざるをえない状況だ。そもそもここは一人部屋なので三人が入れるほど広くない。
「マスターの寝床を温めていたのです。褒めてください」
「お断りだ。というかお前いつもそんなことしないだろ。その場で思いついたこと言っただけだろ。はいと言え」
「はい、その通りです」
何だかカルティアとのやりとりが楽しくなってきた自分がいる。この打てば響く感じはなんだ。
「よし言質取った。今後一切、僕の部屋には入らないこと。重要な連絡がある時のみ許可」
「では今は許可されるべき問題です。異体を少しだけ観測することに成功しました」
カルティアの報告で、今まで弛緩していた空気が一気に引き締まる。僕とニーナの表情も真剣なものに変わった。
「――詳しく話せ。ニーナは部屋に戻ってくれる?」
「嫌よ。言ったと思うけど、一度関わった以上知らんぷりはできないの。エクセが最後まで戦うっていうのなら、あたしも最後まで付き合うわ。それが矜持よ」
ニーナはこちらの目をしっかりと見た言葉で僕を圧倒する。
……駄目だ。この状態のニーナを丸め込むのは無理。そう悟ってしまった。
「……わかったよ」
この瞳の力強さを精神的な支柱の脆さに分けてやってほしいくらいだ、と思いながらニーナを部屋に招き入れる。
ニーナとカルティアが僕のベッドに腰かけてから、僕は壁にもたれかかってカルティアを見る。
「……話して」
「はい。少し立体映像を見せることになりますが、よろしいですか?」
立体映像とは、僕がカルティアと初めて会った時に見せられたあれのことだったな。ニーナが見るのは初めてだったか。
「りったいえいぞう? なにそれ?」
案の定、カルティアの言葉が理解できなかったニーナが首をかしげる。当時の僕とまったく同じだ。
「あー……実際に見た方が説明の手間が省ける。カルティア、お願い」
「了解いたしました」
カルティアの目が青く光、空中に映像を作り出す。この光景を見せられると、目の前の存在が人間でないことを嫌でも再確認させられる。
映し出されるのは空に浮かぶ禍々しい異体が心臓のような拍動をしながらゆっくりとこの地上に向かっている光景だった。
「キャアッ!? なに、何なのこれ!?」
映像自体の吐き気を催す醜さもそうだが、カルティアの目から光が出ていることにニーナが驚く。
「見たまんまだよ。カルティアは自分の見たものをこうして僕たちに見せることができる。……まあ、要は慣れだね」
「エクセは慣れてるわけ!?」
一度見たことがあるから。
「……説明を始めてもよろしいでしょうか?」
「僕は構わない。ニーナは?」
「え、えっと……大丈夫!」
まだ心は平静を取り戻していないようだが、初めて見た驚きは減っているらしい。
この調子ならすぐに順応するだろう、と思いながら僕は視線でカルティアを促す。
「……それでは始めます。手段は説明しても理解できないと思われますので省いて結論だけ申し上げます。――このままいくと、しばらくで異体からの攻撃が始まります」
「……早過ぎるわよ」
「…………」
呆然とつぶやくニーナを横目に、僕は努めて混乱しないようにする。
僕はリーダーだ。この中では絶対に慌ててはいけない存在。だから落ち着け。落ち着いて頭を働かせろ。
「……しばらくって言うけど、それって実際どれくらい?」
「今後も観測を許可いただけるなら正確にわかりますが、現状からの推測では――遅くても三週間以内には」
三週間。それを長いと捉えるのは難しいだろう。だが、決して短いわけでもない。
「カルティアは引き続き異体の観測をお願い。攻撃を仕掛けてくる場所と時間を可能な限り正確に特定して。……何かあったら僕が出撃する」
「マスター、それは看過できません」
僕が決死の覚悟を込めて言った言葉をカルティアが全面否定した。
「……どういうことだ」
出鼻をくじかれた感じがしたことから、少し苛立った声を出してしまう。だが、カルティアは表情一つ変えずに口を開いた。
「あなたは私たちの希望です。万に一つでも失われてはならない。……私たちが異体突入の準備を終えるまで、ここで待っていてください」
「お断りだ」
カルティアの懇願にも近い頼みを僕は考える余地すら見せずにぶった切る。
「僕はいつだって悔いの残らない道を選ぶ。ニーナたちを守る。タケルとの因縁に決着をつける。そして――僕の助けられる人は全て助ける。どれも自分で決めたことだ。絶対に邪魔はさせない」
「……ここで動かない方がより多くの人をより確実に救えるとしても?」
カルティアの質問。それは人を助けたい人からすれば逡巡するような内容であるのかもしれない。
「人を助けたくて動いているわけじゃない。僕が後悔したくないから動いているだけだよ。そこに数の大小は関係ない」
だけど、僕は何の打算もなく人を助けられるほど崇高な人間ではない。そんな人間であったのなら、今まで襲いかかってくる盗賊を全て殺すことなく、いくらかは見逃していたはずだ。
「言っておくけど、撤回するつもりはないからね。なんと言われようと僕は動くよ」
ついさっきニーナに静養するようなことを言った記憶もあるが、そっちも前言撤回させてもらおう。
……それに動かないままでいるのは落ち着かない。体を動かしていた方が頭も回る。
「…………わかりました。ですが、本当に無茶をしないでください。あなたに代わりはいないのですから」
「重々承知の上だよ」
話疲れた僕はカルティアを立たせてベッドに腰掛ける。今日は色々あって疲れた……。
「ニーナも戻ってくれない? あと、先に言っておくけど僕は自分の意思を変えるつもりはないよ」
「わかってるわよ、それぐらい。あんたとどれだけ一緒にいると思ってるわけ? ……まあ、エクセが行くのならあたしも行くから特に問題もないしね」
……予想していたが、実際に言われるとキツイ。
ニーナ、本当に僕に依存している。僕が本気で死ねと命令したら死ぬんじゃないか? ってくらいのレベルだ。
「……そうだね」
僕は心が淀んだ霧に覆われるのを感じながら、ゆっくりとうなずく。
「それじゃあたしも寝るわね。お休みなさい」
「お休み……」
手を振りながら部屋を出て行くニーナを見送ってから、ベッドに寝っ転がる。
(…………本当、どうしたものか)
ニーナのことと異体のこと、さらには惑星会議のこともあって考えることは山積みだ。
……でも、今はとにかく疲れた。
一秒でも時間を無駄にできない状況で、僕はしばらく何も考えず目をつむることにした。
アガレスト戦記の小説が全然見つからない……。検索かけても当たらないってどんだけだ……。かくなる上は、私が書くしかないのか……!
どうも、初っ端からリビドー全開でした。アンサズです。
すでに最終話のオチは考えてあるのにそこまで持っていくのがどこまでも長い……! まさかの百五十突破も……?
ともあれ、明日もよろしくお願いします。