三部 第十七話
「――セッ! エ――セッ!」
さっきから頭の上がいやにうるさい。実に久しぶりに寝ているんだからもう少しくらい寝かせてほしい。
「エクセッ! 起きてってば!」
だから何で。別に今はまだ朝……?
自分で思ったことに妙な違和感を感じ、目を閉じたまま記憶をたどっていく。
確か……僕はバハムルと戦って力を示したとかどうとか言われて……!?
「起きたの!? エクセ!」
両手を地面について起き上がろうとしたが、なぜか右手が台のような柔らかいものに阻まれて上手くいかなかった。
左回りに転がりながらその台のようなものから降りるが、同時にそれが何であったのか理解が及ぶ。
「あれ……ニーナ、なにやってるの?」
どうやら僕はニーナに膝枕をされていたようだ。妙に照れ臭くて僕は素知らぬ振りをしてしまった。
「それはこっちのセリフよ……。起きたと思ったらいきなり転がるなんて……」
ニーナはそんな僕の照れまで見抜いたような呆れた顔を向ける。というか実際見抜いているのだろう。目が笑っている。
「悪かったよ。でも、バハムルはどこにいるの? 僕、気絶して……」
そこから先の記憶は当然存在しない。気がついたらニーナに膝枕をされていたというわけだ。
「バハムルさんならあちらにいるわ。立てる?」
「うん、大丈夫」
さっき気絶したのだって単純な疲労だけだ。少し休んでそれも回復した今、動けない理由はない。
「ニーナはここで待ってて。僕だけで行ってくる」
「……まあ、いいわ。あたしじゃ蚊帳の外もいいとこだし」
やや不機嫌そうながらもニーナはうなずいてくれたため、僕は立ち上がってバハムルの方へ歩み寄る。
『む、目覚めたか。調子はどうだ?』
「大丈夫。これでも常に回復力強化の魔法がかかっているから、疲労とかもすぐに取れる体なんだ」
肩をすくめながら軽口で答える。あれだけ激しい戦いをしたあとでわざわざ敬語を使うのも何だかおかしいと思ったからだ。
バハムルもそれを気にしている様子もなく、僕の言葉に口元を緩める。
『それは何よりだ。我との戦いで後遺症が残られては悔やんでも悔やみ切れぬからな。だが、魔法具の力を感じられぬが……』
バハムルは僕の回復力の強化を魔法具によるものだと思っているらしく、怪訝な瞳を向けてきた。魔法具の存在を探しているらしい。
「無意識に行なっていることだよ。ある時からずっと継続してかかっている」
『……そのようなこと、できるのは世界でお前だけだろうな』
心なしか呆れた声音でバハムルがつぶやく。だが僕は気にしない。
「それより約束は守ってくれるな? 残り二ヶ月弱の間に間に合うよう、血を提供してもらう」
『わかっておる。我は約束を破らぬ。必ず守ってみせよう』
よし、言質を取った。
「時間が惜しい。すぐさま戻るが、構わないか?」
『お前はしばらくここより最も近い街に滞在するのだろう? ならば我一人でも辿り着ける。ゆえに少し待ってほしい。我がここを出るにも様々なしがらみがあるのだ』
本音としてはそのようなこと気にせずに来てほしいのだが、さすがにそれは自分勝手が過ぎる。
もともと血を提供してもらうだけでもこちらのワガママなのだ。これ以上文句をつけるのも人としてどうかと思う。
「わかった。可能な限り早く頼む」
『三日以内にはそちらに向かうと約束させてもらおう』
バハムルの力強い返事を聞いてから、僕は再び踵を返してニーナの方に向き直る。
「ニーナ、戻ろう。ここでの用件は済ませた」
「ん、了解」
ニーナが立ち上がって帰りの準備を始めるのを見ながら、僕はバハムルに頭を下げる。
「それじゃあ、また」
『うむ、ではな』
どうせすぐに会うことになるだろうと見越しての短い挨拶を終え、僕たちはティアマトへの道を急いだ。
「エクセ!? もう帰ってきたんですの!?」
「あ、ロゼ。会議お疲れ様」
夜叉を使うことにより、その日の夜の間に戻ってきた僕たちを出迎えたのはロゼだけだった。とりあえず僕は彼女が会議を終えてきたことを労う。
「あ、これはありがとうございますわ……って今はわたくしのことなどどうでもよいのです!」
「そうかなあ……?」
堅苦しい会議に参加するなんて僕には耐えられないことだ。僕にできないことをやってもらっているのだから、ありがたく感じるのは当然のことだと思うのだが。
「ええ、そうですわ! ……皆さんから聞きましてよ。あなた、わたくしと以前遭遇したエンシェントドラゴンに会いに行ったそうじゃありませんの! 言い逃れはできませんわよ!」
「いや、本当のことだからごまかすつもりもないけど」
「……ケガはありませんの?」
ロゼはさっきまでの興奮していた様子とは打って変わって不安そうな様子で僕の姿を眺める。そして目立つ傷がないことを確認してから、安堵の息を吐いた。
「無事だったのですわね……。よかった……」
「こんなところで死ぬつもりはないよ」
全力でぶつかって死を覚悟したことは伏せておく。協力の約束を取り付けたことだけ教えれば十分だろう。
……というかこれ以上心配させたら泣きそうだ。言う必要のないことを言ってわざわざ泣かせる必要もない。
「一応、協力してもらえるよう言質は取ってきた。たぶんしばらくしたら来ると思う。そっちはどうだった?」
僕の心配ばかりしてもらって話が進まないのも困るので多少無理があっても話題を変える。
ロゼも僕が話題を変えたがっていることに気付き、顔を心配していたものから真剣なものに変える。
「そこまで芳しいものではありませんでしたわ……。わたくしなど新参者ですからロクに発言権もありませんし……。結局、できたのは事の推移を見守ることだけでしたわ」
「僕にはよくわからない世界だけど、それって出られるだけでもすごいことなんじゃないの? 僕たちの中で会議に出られるのはロゼだけなんだし」
悔しそうに唇を噛み締めるロゼを励ますように声をかける。僕やニーナでは逆立ちしても入れない世界にロゼがいると思ったのも事実だし。
「それでも親の七光りというのが確かにありますわ。それでも、ですの?」
「権力も立派な力だよ。僕の知る限り、それはロゼだけが持っている力だ」
悪いがあまり形振り構っていられないのだ。使えるものは全て使わせてもらう。
「……そうですわね。わたくしとしたことが、卑屈になるなんて……一生の不覚ですわ!」
そんなに落ち込むようなものだろうか、僕には疑問だった。プライドが高いロゼだからかもしれないが。
「ニーナはどうする? たぶん話の内容は魔法絡みか国家間事情ありの話になると思う。疲れてるようなら先に帰ってもいいよ」
「残るに決まってるでしょ。世界がどうにかなりそうなことなんだから、無関係ではいたくないわ」
知ってしまった以上、知らんぷりはできないということか。ニーナらしい。
「……それにあんたたちだけを残したら何が起きるかわからないじゃない」
「ん? ゴメン。なんて言ったかわからなかった。なに?」
ニーナの言葉によく聞き取れない部分があったため、もう一度聞こうとする。
「ちょっとした独り言よ!」
だが、それはニーナのごまかしによってわからずじまいとなってしまった。
……本当、何だったんだろう?
「……会議の簡単な概要を話しますわ。それなりに長くなりますので一度で覚えるよう!」
「は、はい!」
妙に不機嫌そうな顔をしたロゼが咳払いをしながら僕の疑問を打ち切る。その剣幕に僕は姿勢を正して、話を聞く姿勢を作ることしかできなかった。
「まず、会議の中でいくつかの派閥が作られました。大まかに分けてしまえば傍観派と攻撃派の二つですわ」
「傍観派、ねえ……。まあ、わからなくもないけど……」
空に浮かぶ異体に関する情報はあまりに少ない。僕たちは消滅に向けて動いているものの、それだってカルティアのもたらした情報を信じているだけだ。確たる根拠があるわけじゃない。
「言葉の通り傍観派は相手の出方を見る方向で周囲に働きかけていますわ。向こうの距離がこれ以上縮まったり、敵対行動を取ってくるようでしたらそこでようやく反撃に出る。基本方針はこれですわね」
「妥当な線なんだろうなあ……情報のない現状じゃ」
僕自身も何も知らなければ傍観派につくだろう。向こうの戦力、文明レベルもわからない状態でケンカを売るのはバカの所業だ。
……そのバカが今の僕たちなんだけど。
「対して攻撃派は奴らが何かをしてくる前にこちらから打って出る方向で動いていますわ。わたくしたちが味方に引き込めそうなのもこちらでしょう」
「……質問だけど、どうやって打って出るつもりなのか知らない? あの距離じゃどんな魔法も届かないはずだけど……」
距離が離れれば離れるほど攻撃の威力が下がるのは魔法でも剣技でも変わらない。ましてやあの距離だ。僕が全力で魔法を撃っても威力は微々たるものになってしまうだろう。
「それはこれから考えるそうですわ。このことからもわかるように、攻撃派は現在少数となっていますわ。おそらく様子見派が多数になるかと」
「だろうね……。どうしたものか……」
頭をグシャグシャとかきながら打開策を考える。さすがに異体に対して一人で突っ込むのは無謀だし、何よりあそこまで到達する手段がない。
「ねえ、色々と複雑になってきたから一旦まとめ直した方がいいんじゃない? 何か浮かぶかもしれないし」
考えが煮詰まっているのを悟ったのか、ニーナがそんな提案をしてくる。悪くない提案だ。
「まず、僕たちの目的は異体を消滅させること。そのためにはまず移動手段の確保が必須。なので魔法陣の効果を書き換えて移動系に変えてしまうことを提案。しかしそのためには人員が豊富に必要。ここまでは全員理解しているはずだ」
僕の説明にニーナとロゼがコクコクとうなずく。その様子を見て僕も説明を続ける。
「……だけど、この街の上層部は異体をどう対処するかでもめており、様子見派が有力。そのため魔法陣の書き換えに必要な人員が用意できない。ついでに僕たちの計画も話していない。まとめ終わり」
説明を締めくくり、同時に頭を抱える。本当に現状って八方塞がりだな。
「……待てよ。僕はバハムルと約束を取り付けたんだから、それを盾にすれば何とかなるか?」
神話の時代を生きた竜だ。彼を連れて話をさせれば少しは信ぴょう性も増すかもしれない。仮に増さなくても力押しでどうにかできるはずだ。
だけどその場合、混乱も大きくなる可能性が高い。この状況下でできる最善の行動は……。
「ロゼは上層部に僕たちの考えていることをそれとなく話して。ニーナと僕はガウスたちの方を見にいこう」
「わかりましたわ。やってみますの」
「とにかく動かないことには始まらないもんね!」
全員で気合を入れ直し、さあ動こうと言ったところでこちらに駆け寄ってくる足音が邪魔をした。
「おーい! お前ら、帰ってきてたのか! すごい報せがあるぞ!」
足音の主はガウスだった。こっちが探す手間を省けたのでありがたい。
「報せって何さ?」
そしてガウスが息せき切らしながら持ってくるほどの情報を僕が聞いてみる。
「ああ、この事態はどう考えても地上全体に関わる問題だってことでさ、地上に存在する主要な街全ての重鎮たちが集まって会議することが決まったんだよ!」
それは――惑星会議の発動を意味していた。