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三部 第十五話

「……僕の正体をご存知でしたか」


『主の魔力、地上のどこにいようとわかる。三年前に会った時よりずいぶんと成長しおった』


「ありがとうございます」


 口を動かしながら頭の方は必死にいつも通りの動きを取り戻すのに必死だった。


 顔の見えない相手、しかも相手は神話の時代から生きている伝説そのものの存在。


 僕自身も伝説に残ると言えばそうかもしれないが、先のことだし実感がわかない。


『……用件を聞こう。こんな奥地まで、人間の枠に収めるべきかわからぬ存在とはいえ人が来るのは本当に久しぶりなのだ。会話を楽しみたい』


 そう言って低くくぐもった声を出す。おそらく笑っているのだろう。空気がビリビリと振動するからやめてほしい。


「……空に浮かぶあれをご存じですか?」


『ふむ、お前らが言うところの異体のことか? ならば答えは是だ。あれは我が生きている時代にもやってきたものよ』


 目を見開きかけるが、この人(竜か?)が本当に神話の時代から生きているならそれも当然だ。むしろ異体と出会った回数も一回ではないかもしれない。


 しかしそんなことは僕にとってどうでもいいことだ。大事なのは今であって、昔の異体など興味の対象外だ。


「単刀直入に言います。――あなたの血が欲しい」


『は! 魔法陣の媒体にでも使うつもりか? この地上をほぼ覆い尽くすほどの大きさを持つ魔法陣、我の血でもまかない切れぬだろうよ!』


 嘲笑うかのような呼気が上から降り注ぎ、大気が震える。上から見下ろされているのがわかるのでなかなかキツイ。


「いえ、期間は二ヶ月ほど。その間にティアマトの方にある魔法陣だけをお願いしたいのです」


 まさか全部の魔法陣をこの竜の血でまかなおうなんて考えるわけがない。殺すまで抜くつもりはないとはいえ、血を抜かれて気分の悪い思いをするのはそっちなのだ。ある程度は意見だって聞き入れる。


『ティアマト? ……む、我の住処から一番近きあの街か』


 場所の説明はいらないか。話が早い。


「はい。あの場所にある魔法陣こそ起点。そこを最も良い媒体で補いたいと思います」


『ほう……。で、お前らはまた同じことを繰り返すつもりなのか? 退けることはできても、倒すには至らないあれを?』


 やはりこの竜、知っているらしい。あの魔法陣が使われたことのあることを。


「本来の用途で使うつもりはありません。いくつかの魔法陣を書き足して使うつもりです」


 必要な魔法陣は効果緩和と力場生成。力場生成の部分は転移でも何でもいいが、異体に突入できるものを作る必要がある。


『新たな試みをするということか……。だが、肝心の退ける方法はどうする? 入ったところであれの物量は凶悪だ。押し潰されるが道理だぞ?』


 その声音にはこちらの反応を楽しんでいるかのような響きが感じられた。少なくとも興味は示す程度の価値は認められたらしい。


 ……ニーナ、変な真似はするなよ。


 彼女の竜すら欺く隠密技能にちょっと戦慄を感じながら、僕は口を開く。


「突入するのは僕です。……僕の魔力で奴を二度とここへ来ないよう、消滅させるつもりです」


『人間が吠えよるわ! あの魔法陣の効果は我も一目置いていたものぞ。それを越えると言うか!』


 こちらの鼓膜が破けそうな大声を出す竜。だが、あの魔法陣が素晴らしいものであることは僕も否定するつもりはない。


 人類のほぼ全てを使うとはいえ、それだけ巨大な魔法陣を一つのミスなく作り上げるのは本当に難しいことだろう。術式を刻む際、一つでも間違いがあれば待っているのは暴走だけだ。


 うん、あの魔法陣は本当にすごいものだ。現代に生きる僕らでは再現することはできないだろう。


「越えなければ奴を消せないのであれば、いくらでも越えてみせましょう。僕の保有する魔力が人間全てを足しても届かないものであることはあなたも知っているはずです」


 それを全部扱えるほど僕の体は強くできていないのだが。どうせならそちらも強くしてほしかったものだ。


『面白い! 星の意志の代弁者よ! そこまで生きることに執着するか!』


 当然だろう。この世に生まれてきた以上、最後の最後まであがくのは人間の義務だ。


 ……まあ、僕自身何もかもを犠牲にしてまで生き延びたいか、と言われると首を傾げる部分があるのだが。


「絶対に失いたくない人がいるんです。世界を救うとか、そんな英雄じみたことは考えていません」


 僕は英雄の柄じゃない。みんなを引っ張り、先へ進むような性格ではないのだ。それは自分だからこそ十二分に理解している。


「みんなに支えられてここまで来たからこそ、僕はみんなのためにあの異体を破壊したい。――お願いします。あなたの力を貸してください」


 言って、頭を下げる。僕と竜では体格がアリと象だから向こうが見えているのかはわからないけど、とにかく誠意を示すために腰を直角に折る。


『……悪くはない。下手に使命感などを持ち出されるよりは自分の欲望をさらけ出してくれた方がよほど胸に響く。だが……それだけでは意味のないことを知っているな?』


 腹に響く声が再び僕を試そうとしている。しかも今度は殺気まで高まっている。


 全身が総毛立ち、皮膚が粟立つ。今すぐにでも土下座してこの場から逃げ出したい感情が頭をかすめるが、無視する。


「……わかってます。どんな至言を叫んでも実現する力がなければただの妄言……。奴を破壊できるだけの力を示せ、ということでしょう?」


 言いながら左手にクリスタルの刃を作り出す。相対している相手が巨大過ぎるため、普通の長さの二倍ほどの刀身を持つ刀だ。


『ほぅ……我が永き生でも初めて見る……。人の身でクリスタルを作り出すことができることのなんという奇怪ぶり! 実に面白い!』


 地面が何度か揺れ、空気が振動する。人間で言うところの地面を叩きながら笑っている状態のようだ。その巨大な足で踏み潰されたら僕など即死なのであまりシャレにはならないが。


『だが、この姿のままではいささか戦いに不便だな……これではお前が有利過ぎる』


 竜の言葉に内心ギクリとする。竜の姿のままであったのなら、鏡写しからの連携で一方的に叩けたのに。


 僕の目の前で、首を折れる寸前まで上に傾けても全容が見えなかった竜はどんどん体を縮めていき、最終的には僕と同じぐらいの人間にまでなってしまった。


 黒い鱗をそのまま髪色に変え、全身に巻き付けてもなお余りが出るくらい長い。初めて見る瞳は爛々と輝く紅。


 その悪魔的なまでに整った美貌には人を無条件に屈服させるようなオーラが発せられており、僕も少しだけ腰が引けてしまう。ちなみに服は着ている。


「ひ、人に変化した……。神域レベルの術式だ……」


 もっとも、理由は一般の人とはまったく違うのだが。


 今の時代に現存する変化術式など、せいぜい顔の造型を変えるくらいだ。これはどう見ても古代、あるいは目の前の人間が生きたと言われる神話の時代に存在した魔法だ。


 ……チクショウ、うらやまし過ぎる。魔法を使うものとして一度教えを請いたいくらいだ。


『ここまで変化すれば良いだろう。この程度、永き時を生きる我にとってはたやすい』


 僕には不可能なんだよ。知らない魔法なんて使えるわけないだろう。


「……ニーナ」


「なに」


 誰にも聞こえないほど小さな声で名前を呼んだだけにも関わらず、ニーナはしっかりと反応して僕の隣にやってきた。


 そして今の今までまったく感知できていなかった竜が驚愕の顔になった。ちょっと爽快だ。


『これは……! 驚いた。まさか我を欺くほどの隠者が世に現れるとは! 本当にお前は我を驚かせる!』


 さも愉快そうに笑うが、今度は僕たちの耳にも心地よい程度の音量だった。竜の姿での笑い声は正直いつ鼓膜が破れるか気が気ではなかった。


「初めまして。あた――私はニーナと申します。あなたのような高貴な存在と出会えた幸運に感謝を」


 ニーナが僕よりも丁寧な自己紹介をする。そんなしゃべり方もできたのかとこっちは驚くばかりだ。


『遅くなってしまったが、我が名はバハムル。この名は人間の間でも有名なのではないか?』


「…………」


 竜の中の竜。竜種の頂点に立つもの。そして――神話に出てきた竜そのもの。


 頬が引きつっていくのが止まらない。同時に途方もない畏怖が沸き起こり、今すぐにでも平伏したくなる衝動に駆られる。


「エクセ!」


「わかってる。呑まれてはいないつもり」


 だが、僕の様子を察したニーナの素早い叱咤の声でどうにか自分を取り戻し、腹に気合を入れて竜――バハムルと対峙する。


「早く戦いましょう。挑むのは僕一人です」


『よいのか? 彼女も含めた方が勝率は上がるぞ?』


「勝つための戦いではありません。僕の力を見せる戦いです」


 バハムルの言葉に素早く返答し、全身に力を入れる。いつでも攻撃できる姿勢だ。


『ならば言うことは何もなし。始めようか』


 その言葉と同時に周囲の空間が歪み、隣にいるニーナの姿がおぼろげになる。


「っ! ニーナ!」


 手を伸ばして霞みゆくニーナを掴もうとするが、僕の手は虚しく空を切るばかり。というか距離的には届いているはずなのに、霊体を触ろうとしているかのように感覚がないのだ。


(何が起こっている!? 魔法? それともこいつの特殊能力!?)


 動揺する頭が何とか答えを弾き出そうとするが、正直意味のないことだ。僕とニーナが手の触れることのできない場所に引き離されたことだけが事実としてそこにある。


『これも魔法だ。空間を切り離し相手を指定することで一対一の状況を作り出す。もっとも、途方もない熟練が必要だったため徐々に廃れていった魔法だが』


「……でしょうね」


 こんな魔法、人間では一生かかってようやく習得できるかできないかといったレベルだ。


『初手はお前に譲ろう。どんな攻撃でもいい。打ち込んで来い』


 バハムルは両手を広げてこちらの攻撃を受ける姿勢を取った。どうやら反撃するつもりもないらしい。


 ……舐められてる。


「わかりました。手加減はしません!」


 好都合と言わんばかりに僕は距離を取り、周囲に六属性のクリスタルを作り出す。


 剣技での最強は壱刀改変・斬光だが、あれは僕の最強攻撃ではない。


 僕の才能は魔法にこそある。いくら剣を振るってもそればかりは変えることのできない事実。




 だから――力は全て利用する!




『む……すごい魔力だ』


 初手を譲ってくれるという言葉に甘えさせてもらい、僕は距離を取った上での最強攻撃の準備にじっくりと時間をかけていた。


「これが僕の最強魔法……!」


 基本六属性全ての究極魔法を同時発動させ、その全てを混じり合わせて圧縮させる。


 内部で際限なく力が反発し合い、それによって外に出ようとする反動も全て魔力で押さえつけ、その手応えに笑みを作る。


 ――最高だ。これは今までで最高の出来だ。


 タケルとの勝負でもおびき出す時にしか使っていないこの魔法。攻撃目的で使うのは実に二年半ぶりになる。しかし鈍った様子はないようだ。


 押さえつけられる限界まで押さえつけ、ようやく僕はその力の全てを解き放つ。




「《終焉(カタストロフィー)》!!」






 目を焼き潰す光が全てを覆い隠し、僕の意識は一瞬だけどこかへ飛んでいった。


 ただ――驚いたようなバハムルの顔が妙に印象に残った。

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