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三部 第十四話

 ニーナと二人で森の奥深くへ向かう。いつもの旅なら絶対危険であることがわかっているため、訪れることなどないのだが今回は例外だ。


「森の奥ってこんなになってるんだ……、なんだか珍しい」


 周囲の物を興味深そうに眺めるニーナを見て、だいぶ落ち着いてきたなと思いながら僕も説明のため口を開く。


「基本的に奥の方が採れる植物も貴重なものが多くなってくるんだ。その代わり出てくる敵も凶悪なものになっていくけど」


 説明しながら波切に手をかけ、右側の茂みから飛び出してきたプチデーモンを一刀両断する。この程度の相手ならさほど苦労することもなく倒せる。


「ふーん……、あたしは薬草とかにしか詳しくないからよくわからないけど……。貴重な毒とかもあるの?」


「厳密には毒の材料かな。確かに奥へ行けば行くほど貴重にはなるよ。でも最終的には調合するからね。どちらかと言うと調合者の技量によるよ」


 ちなみにニーナの毒を調合しているのは僕だ。薬学を修めておいてよかったと心の底から思う。


「へぇ……。そういえば、さ。あたしたちだけっていうのも何だか珍しいと思わない?」


 僕の薬学的知識にあまり興味を惹かれなかったのか、ニーナは話を露骨にそらしてきた。だがニーナの言いたいことも何となくわかるため話に乗る。


「うん、言われてみればそうだね。最近は何だかんだ言ってカルティアもいたし」


 それに旅に出た最初は兄さんもいた、という言葉は胸の奥にしまっておく。今のニーナにそれは鬼門だろう。


「そうよね。カルティアも最近は何だか人間と大差ない行動を取るし。昔は何だか無機的な感じがしたんだけどなあ」


「悪いことじゃないよ。自立思考ができるのはありがたい」


 僕が一つ一つ指示を出す必要もなくなる。指示を出すのは結構怖いのだ。自分の言葉一つで大切な人の命を左右してしまうのはキツイ。


「…………」


「…………」


 話すことがなくなってしまったのか、ニーナが黙り込みながら僕のローブの裾を掴んでくる。


(どうしたものか……)


 欲望に従って彼女の手を握ってよろしいものか、いささか怪しいところだ。依存することが完璧に悪いこと、だなんて言うつもりはないが今の状態はあまり歓迎できるものじゃない。


「はぁ……」


 結局、何も思いつかずに僕もニーナの手を握り返す。


「あ……」


 ニーナが嬉しそうに握る手に力を強めてくるのを感じながら、僕は木々に覆われて見えない空を仰いでそっとため息をついた。




 ――本当、どうしたものか。






「ね、ねえ……さすがに怖くなってきたんだけど……、まだ奥に行くの?」


 もはや太陽の光もわずかにしか届かない奥地にまで到達した。


 得体の知れない気配がそこかしこからし、ガサガサと茂みが音を立てるたびに僕の腕にすがりついてくるニーナの力が強くなる。


「見つからない以上、探すしかないよ。あ、巨大なハチ」


 見たこともないほど大きなハチがこちらに向かって飛んできていた。非常に気持ち悪い。


「いやあああああああああぁぁっ! すごい迫力で怖い!」


 ニーナの叫びに心の中で同意しながら、僕はニーナに抱かれて使えない左手をだらりと下げて右手だけで抜刀する。


 血を浴びたくないから炎を纏わせてハチを焼き斬る。実に呆気なく倒されたそれを眺め、一言だけつぶやいた。


「こいつ、図鑑に載ってないから新種だな。ある意味宝の山かも」


 殺さずに捕まえる必要がある分から面倒ではあるが、ここを探索するだけで生物学の歴史が変わるかもしれない。


「ここまで来る人がいないってだけでしょ! あたしだって初めてよここまで来るのは!」


 ニーナは半泣きになりながら叫ぶ。あまり大きな声を出すと動物が寄ってくるぞ。


「って言ったそばから……」


 すでに日の光も届かず真っ暗だったところがさらに暗くなる。


 上を仰ぎ見ると、そこには血のように紅く滑らかな光沢を持つ鱗に覆われたドラゴンがいた。


火竜(ファイアドラゴン)か……」


 確か炎のブレスが得意な竜種で、竜種の中ではまだ下級に分類されるはずだ。


「……勝てそう?」


 先ほどまで震えていたニーナも僕の手から腕を離し、戦闘態勢に入っていた。彼女だって修羅場はくぐっているのだ。


「まあ、このレベルなら問題ないかな。でも、問題は……」


 さっきから重たいものが動くような足音がひっきりなしに聞こえるのだ。それもこちらに向かってきている。


 この足音が僕の求めている存在なのかどうかはわからない。だが、どちらにせよあまり長い時間をこいつにかけていられないという事実だけが残る。


「速攻であいつを倒す。足音の正体は……その時何とかしよう」


「……エクセ、兄さんに似てきたよね。肝心な部分が出たとこ任せ」


 ニーナにそう言われて愕然とする。兄さんのその部分だけは見習わないようにしていたのに……!


「とにかく――行くよ!」


 僕がそう叫ぶと同時に火竜(ファイアドラゴン)が爪を振り下ろし、地面が削られる。


 お互いに夜叉を使って僕は右に。ニーナは左に避けてそれぞれで攻撃を開始した。


「はぁっ!」


 初手は僕。接近戦で僕に劣るニーナの負担を少しでも減らすべく、まずはこちらに向かって振るわれる尻尾に狙いを定め、抜刀する。


「斬光!」


 範囲が狭い以外を除けば極めて使いやすい魔法剣である壱刀改変・斬光を繰り出して尻尾を斬り落とす。動きも容易に予測できたのだ。今の僕に斬れないわけがない。


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』


 自分の尻尾がいとも容易く、それも人間に斬られたことが驚きなのだろう。驚愕と苦痛を半々に混ぜたような絶叫が辺りに響き渡る。


「くっ……」


 そのあまりの大声に僕も耳を塞いで退くより他に方法がなかった。


 忘れていた。ここしばらくは声を出さないモンスターや人間とばかり戦っていたから、大型モンスターの警戒すべき点をその巨体だけに限定してしまった。奴らの行動は何もかも人間にとっては危険であるというのに。


「いつつ……、ニーナ!」


 頭蓋骨を内側から叩かれているような激痛に顔をしかめながら、ニーナの安否を確かめる。返事がないところを考えると、少なくとも近くに倒れてはおらず未だ気配を隠している最中のようだ。


 尻尾を斬り落としたから適当に振るわれた尻尾が彼女に当たるという事故ももう起こらない。かなりの安全が確保されたニーナが取りうる行動は一つだけ。急所を狙って殺すこと。


 でもニーナはドラゴンの生態に詳しいわけではないので、狙う箇所も必然的に絞られてくる。


 つまり――彼女の狙うであろう場所は頭以外に考えられない。


 僕の方に憤怒の視線を向けている火竜(ファイアドラゴン)に対して不敵に笑い、奴の尻尾を斬った波切を挑発的に振る。


 途端、この世の生物が発する声とはおよそ思えない叫びを上げ、こちらに突進を開始してきた。ちなみに耳にはすでに魔力で防護膜を作っている。


「真正面からなら……!」


 タイミングを合わせての抜刀術で簡単に屠れる。獣の単調な動きでは僕の剣のいい的だ。


 ……魔法剣の練習台にでもなってもらうか?


 ニーナの姿は相変わらずどこにいるかわからないし、彼女は姿を隠すのが役目みたいなものだから確認もできない。


 よし、彼女の声もないことだし独断で動こう。


 結論が出たら素早く刀を鞘に戻し、鞘の中で魔力を循環させる。この状況下で最も適した魔法剣は――


「……はっ!」




 ――多重抜刀・飛燕斬。




 天技・鏡写しの応用で体の腕部分だけを作り出し、抜刀する際に通る腕の軌跡をそのままなぞらせる。そしてその腕には各々クリスタルの刀を持たせた。


 その結果として、僕の抜刀に追従するように無数の腕がクリスタルの刀を持って抜刀する。


 無数の残像が形を持ったようにも見えるそれは、僕の斬撃の軌跡とは微妙に違う軌跡を描いて火竜(ファイアドラゴン)の体を斬り裂く。


 そして僕は後ろに飛び下がり、大きく声を上げた。




「ニーナ! 心臓露出!」




 僕の斬撃はどうも竜種の分厚い肉に覆われた心臓まで届かなかったのだ。いや、僕が未熟というのではなく刃の長さが根本的に足りなかった。


 だが、幾重にも放たれた斬撃が肉を細切れにし、心臓に至る道筋は作り出した。トドメを刺すのはニーナに譲ろう。


「任せ……なさいっ!」


 いきなり僕の目の前に出現したニーナが火竜(ファイアドラゴン)に向かって夜叉の速度で駆け寄り、その心臓目がけて短剣を突き刺す。


『UGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』


 心臓を突き刺された火竜(ファイアドラゴン)は断末魔の叫びを上げ、爪をでたらめに振り回す。


 しかしニーナは血を吹き出し続ける心臓により密着することで爪の暴威から安全地帯を作り出す。その位置を爪で薙ぎ払うことは、自分の心の臓をえぐるも同然だからだ。


 その代わり、ニーナの姿はどんどん血に塗れていく。もはや赤く染まってない場所を探すのが難しいくらいだ。


「……動かない」


「ええ、確実に死んだわ。……もう、血塗れよ。エクセ、何とかならない?」


「無茶言うな。服に付着した血だけを綺麗に取れる魔法なんてあるわけないでしょ」


 即興で術式組み立ててもいいのだが、成功率は三割ぐらいになる。残り七割は術式暴走によるリバウンドを僕が直撃する確率だ。


「我慢するしかないのね……」


「うん。悪いけど近寄らないでね。すごい臭気してるから」


「ひどい!」


 いや、そこそこの距離があってもニーナの体から血の臭いがするってわかる。さすがに今の彼女の隣は歩きたくない。


「ニーナの姿は後でどうにかするとして……この足音、もうかなり近くまで来てる」


 涙目になっている彼女をいなし、僕は再び警戒を強めた。火竜(ファイアドラゴン)と戦っていた時はそちらに集中して忘れかけていたが、僕たちの方に向かってくる巨大な足音があった。


「……そうね。影があたしたちを覆っているのがわかるわ」


 ニーナも血塗れの顔に緊張を張り付かせ、気配を少しだけ薄くしているのがわかる。先ほどに比べ、存在感が希薄なのだ。


「……当たり、かな」


 徐々に姿が見えなくなっていくニーナを見ながら、僕はなぜか止まらない足の震えを止めようとしていた。


(あの時は気が昂っていたけど……怖い)


 自分がなまじ強くなってしまったからわかる。今向かってきている相手の強大さが。


(戦いになった場合、勝てるのか……?)


 否、勝つことだけが僕に許された選択肢だ。


 心を折られるな。魔力だけは誰にも負けないんだ。ならば勝機だってゼロじゃない。


 自分を奮い立たせながら、僕はこちらに向かってくる巨大なドラゴンと相対した。


「久しぶり、と言うべきでしょうか……またお会いしました」




『うむ、久しいな。星の魔力を宿すものよ』






 魂すら震え上がるような低い声で、竜が答える。


 ここに、人間と竜の対話が始まった。

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